壬生狼の戦姫

天羽ヒフミ

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偵察の結果、北方の宮古湾に新政府艦隊が入港していることがわかった。
二艦は作戦を決行することになる。二十五日午前三時に山田湾を出航した。
新政府軍の寝込みを襲うためだ。

しかし、アシュロットの機関の調子が悪く、ついに回天一艦で作戦は行われることになった。

午前五時前に新政府艦隊の停泊する宮古湾あん鉄ヶ崎に到着した回天は、甲鉄と軸先が重なり合うように接触した。
しかし本来、接触するはずでなかった回天は、甲鉄よりも甲板が三メートルも高かったのだという。

移乗を躊躇する陸兵の中で七人の勇士が甲鉄に飛び降りて行ったが、その中には野村利三郎の姿もあった。

時期に新政府艦隊から回天への射撃が始まり、甲板上に死傷者が続出する。
船将の甲賀源吾は腕、あしに被弾しつつも指揮をとっていたが、ついにこめかみに敵弾を受けてしまう。

進路を北にとった回天は、途中、蟠龍と出会い、翌二十六日午後に箱館に帰り着いたが、速力のないアシュロットは新政府艦隊の追撃を振り切れず、田野畑の海岸に自爆することになる。

「くそ…野村が死んだらしい」
「野村さんが…」

歳三と共に知らせを待っていた二人に舞い込んだのは新撰組の仲間の死であった。
もう新撰組の隊士はほとんど居ない。
浪士組から考えればずっと共に居たのは君菊くらいである。

「せめてお墓、建てられる状況であればいいのにね…」
「そうだな」

二人は夜空に向けて手を合わせた。
墓も作れない戦況の中、せめてもの別れの代わりだった。

現在、旧幕府軍兵士の墓(藤原観音堂、宮古市藤原)があり、甲鉄に乗り移り、戦死した野村利三郎のものとも言われている。

回天らを追って、二十六日に青森港に入港した新政府艦隊が、蝦夷地渡航を果たしたのは四月九日のことだった。
旧幕府軍の予想に反して江差北方の乙部に上陸した新政府軍は、松前口、二股口などから箱館を目指すことになる。

「歳三。この場所…」
「ああ。箱館と最短距離で結ぶ場所だ」

歳三も君菊も次の戦いが箱館戦争史上最大の激戦となるのが経験上、わかった。
二股口の防衛である。それに歳三と君菊は赴くことになった。

「流石に怪我するかもしれないわね、私」
「何弱気になってるんだよ」
「人数が少な過ぎるわ。いつも本気だけど、更に限界越えるつもりで行かないとだめね」
「その意気だ」

歳三は君菊の細い身体を抱きしめて、そう言った。
いつの日かのようにこの温もりを忘れなければ戦えると君菊は強くそう思った。

十日に五稜郭に出陣した歳三は、二股口にあらかじめ率いていた台場の後方基地に当たる市渡に待機することになった。

二股口に新政府軍の攻撃が始まったのは、十三日正午過ぎのことだった。
台場の三キロ先に設けられた天狗岳の偵察陣地は、新政府軍に若干の抵抗を見せたのちに退却にかかった。

新政府軍を台場は、街道が坂を上り詰めたその両側に築かれた十六もの胸壁で構成されていた。

台場への攻撃は午後二時ごろから始まった。
おりからの雨の中の銃撃戦は翌朝六時まで続いた。

旧幕府軍兵士と君菊は上着を脱いで雨から弾薬箱を守り、雷管が湿ると懐で温めて射撃を続け、その使用した弾丸は三万五千発にも及んだという。

「君菊!!」

戦いが一旦終わり、負傷者として先に奉行所で腕の手当てを受けていた君菊に歳三は駆け寄った。
怪我といってもかすり傷程度で済んだ。銃弾を避けきれなかったのだという。
あの激戦をその程度で済んだことが奇跡ともいえた。

「歳三。もう指揮は執らなくていいの?」
「大鳥さんに引き継いだ。お前、大丈夫なのか」
「平気よ。かすり傷で済んだわ」

そう言って負傷した方の腕を動かす。
なんら不便もないように見える。激戦を生き残ったようには見えない笑顔を見せていた。
歳三は君菊のその強さが今更ながら不安に思えてしまった。

強すぎて、いつの日か。孤独になるのではないのかと。

君菊は自分とは違う。
何にも縛られていない。何処にだってきっと生きていける。
きっと自分よりも良い旦那に嫁ぐことだってできたはずだ。
平凡な人生を歩むことができたはずだ。
でもそれでも君菊は言った。

己にも貫きたい誠があるのだと。
だから戦うのだと、そう言ってくれた。

日野で語り合ったときからの想いを、君菊は背負って戦ってくれている。
けれど。
それが彼女を危ない目に遭わせてしまっていることに強い不安を歳三は感じた。

あの激戦を確かに生き抜いてくれた。
でも次は?次は生き抜いてくれるのだろうか。

想像しただけで恐ろしく歳三は思う。
君菊が自分の目の前で死ぬということが。

不安でたまらなくなり君菊を横抱きに抱き上げて、歳三は自室へと連れて行った。
ベッドの上にそっとその身体を置いた。

「ちょっと歳三!かすり傷程度だって言ったじゃない。平気よ」
「俺が平気じゃねぇんだ」
「大袈裟ね…なんだか歳三、怖がってない?大丈夫?」

流石幼馴染ともいうべきか。長年の付き合いともいうべきか。
歳三の君菊への愛を汲み取ることはできずとも、不安は汲み取ることができたようだった。



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