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開陽沈没の報は、諸外国の箱誰政府への対応にも影響を与えていた。
開陽を失ったことで旧幕府軍を見込みがなくなったと判断したアメリカ合衆国が、それまで局外中立を理由に双方への引き渡しを延期していた甲鉄を新政府軍に引き渡したのだ。
明治二年三月、この甲鉄を含めた新政府艦隊北上の報が箱館に届いた。
旧幕府軍の中にはアメリカまで赴き、甲鉄を発注した者もいた。
彼らにとって甲鉄は自分たちのものだった。十九日にこの甲鉄を奪取する計画が発案されている。
発案者はニコールというフランス人だった。
箱館政府にはプリュネを中心とする十人のフランス人が参加しており、この時点で箱館にいた四人と回天船将・賀源吾の五人で一回目の立案会議は持たれている。
作戦は回天・蟠龍・アシュロットの三艦で行われることになった。
蟠龍・アシュロットが甲鉄に接触、兵士を乗り込ませて甲鉄艦内を制圧し、回天が曳船して箱館に戻るという、大胆不敵な作戦だった。
甲鉄に乗り込む陸兵が大きな鍵を握るため、その検分役として陸軍奉行並の歳三、陸軍奉行添役の相馬主計、陸軍奉行添介の野村利三郎が乗船することになった。
相馬、野村は近藤勇とともに板橋に囚われていたあの隊士たちだ。
近藤処刑後に釈放されたのち、仙台で旧幕府軍に合流していた。
早くも二十一日未明に出航した三艦だったが、二十二日夜になって暴風に遭遇してしまう。
三艦は離散してしまったものの、偶然に二十四日朝に回天とアシュロットが山田湾入口で再会した。
「君菊!捕まれ!」
「うん!」
暴風の中、歳三と君菊の二人は寄り添ってどうにか乗り切った。
機関を損傷していたアシュロットの修理の必要もあり、山田湾に入港したが、万が一の場合は鮫沖に落ち合う約束のため、蟠龍が現れることはない。
「危なかったな…」
「暴風は人間の力じゃどうにもならないわね…」
二人は箱館奉行所の部屋で暴風に見舞われた疲れをとっていた。
座ってお茶を啜りながら月夜を眺めている。
今日の箱館は晴天だったらしく、夜も同じく晴れていた。
「この後、どうするつもり?」
「今は何も考えなくていい。休んでくれ」
「……そうね。今は何も考えられないわ」
長いため息が君菊の口から漏れる。
今日この日まで休むことなくずっと戦ってきた。
流石の戦姫と言われている彼女でも、自然に勝つことは出来ない。
その為、体力がだいぶ奪われていた。
そんな君菊の疲れている様子を見て、歳三は申し訳なくなった。
「悪いな。こんなに戦わせて」
「…いきなりどうしたの」
目をまんまるにして見開く君菊。
労いの言葉を言われるとは思ってもいなかったようだ。
君菊は歳三の顔を覗き込んだ。
「傷はないか?跡になってないか?」
「怪我なんかしてるわけないじゃない。もちろん、跡もないわ」
流石は壬生狼の戦姫と言われるだけの戦闘能力の持ち主だと歳三は思った。
今までの戦闘で無傷だというのだから、そう思わざるを得ない。
「これからもそのままでいて欲しい」
「なるべくその努力はするわ。私も痛い思いはしたくないしね」
愛しい者を見る顔付きで歳三は君菊を見ていた。
今や歳三の長かった髪はばっさり切られており、後の世に遺っている写真の髪型になっていた。
服装も洋装となっている。
君菊も同じく洋装で戦っている。今も洋装だ。
「君菊。死ぬんじゃねぇぞ」
「歳三こそ。死なないでよね」
「…あぁ」
歳三は嘘をついた。本当は違う。
近藤勇が亡くなってからずっと探しているのだ。
自身の死場所を。
それくらい後悔していた。助けられなかったことを後悔していた。
でも、それでいいのかと問いかける自分がいる。
君菊を残して、死んでしまっていいのかと。
ずっと許嫁だからという自身の勝手な気持ちの理由で連れ回していた。
挙句、戦闘員として戦わせている。
一番守りたいと思う人を、一番危険なところに居させている。
それを不思議に思わない君菊。
当たり前のように自身の持つ力を振るっている。
きっと国のためじゃない。では何のためだろうか。
不思議に思った歳三は尋ねてみた。
「君菊。お前は何のために戦っているんだ?」
「……あら。歳三なら分かっていると思ったんだけど」
「わからねぇから聞いてるんだ」
すると湯呑みを置いて真っ直ぐな瞳で歳三にこう答えた。
「私にも貫きたい誠があるからよ」
その言葉に胸が刺されたような感覚を歳三はおぼえた。
新撰組の想いを、君菊はきちんと背負っていた。
ただ力があるから戦っているわけではなかった。
ただ許嫁だから傍にいるわけではなかった。
君菊のその言葉に、歳三はもう何度目かも分からぬほどに惚れ直してしまっていた。
一番欲しい言葉を、一番言って欲しい人が言ってくれたことがこんなにも嬉しいことだと知らなかった。
「…そうか」
愛しさが溢れて止まらない。
歳三は言ってしまいたいと思った。愛していると。告げてしまいたいと思った。
けれど。
それは言ってはいけない言葉だ。一番言ってはいけない言葉だ。
死んだ後にも縛られて欲しくはないから、決して言わないとどうにか自分を律した。
開陽を失ったことで旧幕府軍を見込みがなくなったと判断したアメリカ合衆国が、それまで局外中立を理由に双方への引き渡しを延期していた甲鉄を新政府軍に引き渡したのだ。
明治二年三月、この甲鉄を含めた新政府艦隊北上の報が箱館に届いた。
旧幕府軍の中にはアメリカまで赴き、甲鉄を発注した者もいた。
彼らにとって甲鉄は自分たちのものだった。十九日にこの甲鉄を奪取する計画が発案されている。
発案者はニコールというフランス人だった。
箱館政府にはプリュネを中心とする十人のフランス人が参加しており、この時点で箱館にいた四人と回天船将・賀源吾の五人で一回目の立案会議は持たれている。
作戦は回天・蟠龍・アシュロットの三艦で行われることになった。
蟠龍・アシュロットが甲鉄に接触、兵士を乗り込ませて甲鉄艦内を制圧し、回天が曳船して箱館に戻るという、大胆不敵な作戦だった。
甲鉄に乗り込む陸兵が大きな鍵を握るため、その検分役として陸軍奉行並の歳三、陸軍奉行添役の相馬主計、陸軍奉行添介の野村利三郎が乗船することになった。
相馬、野村は近藤勇とともに板橋に囚われていたあの隊士たちだ。
近藤処刑後に釈放されたのち、仙台で旧幕府軍に合流していた。
早くも二十一日未明に出航した三艦だったが、二十二日夜になって暴風に遭遇してしまう。
三艦は離散してしまったものの、偶然に二十四日朝に回天とアシュロットが山田湾入口で再会した。
「君菊!捕まれ!」
「うん!」
暴風の中、歳三と君菊の二人は寄り添ってどうにか乗り切った。
機関を損傷していたアシュロットの修理の必要もあり、山田湾に入港したが、万が一の場合は鮫沖に落ち合う約束のため、蟠龍が現れることはない。
「危なかったな…」
「暴風は人間の力じゃどうにもならないわね…」
二人は箱館奉行所の部屋で暴風に見舞われた疲れをとっていた。
座ってお茶を啜りながら月夜を眺めている。
今日の箱館は晴天だったらしく、夜も同じく晴れていた。
「この後、どうするつもり?」
「今は何も考えなくていい。休んでくれ」
「……そうね。今は何も考えられないわ」
長いため息が君菊の口から漏れる。
今日この日まで休むことなくずっと戦ってきた。
流石の戦姫と言われている彼女でも、自然に勝つことは出来ない。
その為、体力がだいぶ奪われていた。
そんな君菊の疲れている様子を見て、歳三は申し訳なくなった。
「悪いな。こんなに戦わせて」
「…いきなりどうしたの」
目をまんまるにして見開く君菊。
労いの言葉を言われるとは思ってもいなかったようだ。
君菊は歳三の顔を覗き込んだ。
「傷はないか?跡になってないか?」
「怪我なんかしてるわけないじゃない。もちろん、跡もないわ」
流石は壬生狼の戦姫と言われるだけの戦闘能力の持ち主だと歳三は思った。
今までの戦闘で無傷だというのだから、そう思わざるを得ない。
「これからもそのままでいて欲しい」
「なるべくその努力はするわ。私も痛い思いはしたくないしね」
愛しい者を見る顔付きで歳三は君菊を見ていた。
今や歳三の長かった髪はばっさり切られており、後の世に遺っている写真の髪型になっていた。
服装も洋装となっている。
君菊も同じく洋装で戦っている。今も洋装だ。
「君菊。死ぬんじゃねぇぞ」
「歳三こそ。死なないでよね」
「…あぁ」
歳三は嘘をついた。本当は違う。
近藤勇が亡くなってからずっと探しているのだ。
自身の死場所を。
それくらい後悔していた。助けられなかったことを後悔していた。
でも、それでいいのかと問いかける自分がいる。
君菊を残して、死んでしまっていいのかと。
ずっと許嫁だからという自身の勝手な気持ちの理由で連れ回していた。
挙句、戦闘員として戦わせている。
一番守りたいと思う人を、一番危険なところに居させている。
それを不思議に思わない君菊。
当たり前のように自身の持つ力を振るっている。
きっと国のためじゃない。では何のためだろうか。
不思議に思った歳三は尋ねてみた。
「君菊。お前は何のために戦っているんだ?」
「……あら。歳三なら分かっていると思ったんだけど」
「わからねぇから聞いてるんだ」
すると湯呑みを置いて真っ直ぐな瞳で歳三にこう答えた。
「私にも貫きたい誠があるからよ」
その言葉に胸が刺されたような感覚を歳三はおぼえた。
新撰組の想いを、君菊はきちんと背負っていた。
ただ力があるから戦っているわけではなかった。
ただ許嫁だから傍にいるわけではなかった。
君菊のその言葉に、歳三はもう何度目かも分からぬほどに惚れ直してしまっていた。
一番欲しい言葉を、一番言って欲しい人が言ってくれたことがこんなにも嬉しいことだと知らなかった。
「…そうか」
愛しさが溢れて止まらない。
歳三は言ってしまいたいと思った。愛していると。告げてしまいたいと思った。
けれど。
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