壬生狼の戦姫

天羽ヒフミ

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二十三日未明、本道軍に先立って出発していた先鋒隊が峠下で新政府軍の襲撃を受け、箱館戦争は始まる。
本格的な戦闘となったのは二十四日のことだった。

午前七時に大野村に布陣する新政府軍と進撃下旧幕府軍との間で戦闘が始まったが、一時間ほどで新政府軍は敗走する。
七重村に進んだ旧幕府軍に新撰組の姿もあったが、午後二時ごろ、七重村に入った旧幕府軍に対し新政府軍は攻撃を開始した。
新撰組隊士は樹木家屋を盾にとりながら反撃の機会をうかがいつつ、敵陣に斬り込みを敢行してようやく敵を撃退したという。
君菊もその中におり、戦闘員として戦働きをしっかりこなした。

この敗北により新政府軍は箱館の防衛を断念し、翌日には青森への避難を開始した。
歳三率いる間道軍も二十四日に川汲峠の温泉場でてきの斥候の銃撃を受けているが、抵抗はそれまでだった。
二十六日、本道軍に半日遅れて五稜郭に入城することになる。

新政府軍は青森に撤退したものの、蝦夷地には新政府軍の一隊として旧幕府軍と交戦した松前藩が残されていた。
松前藩は奥羽列藩同盟の同盟国だったが、七月に藩内クーデターが発生し、新政府軍への加担を表明した経緯がある。

この松前藩討伐には、五稜郭進軍時に消耗の少なかった部隊が投入されることになった。
間道軍が中心となって、二十八日に五稜郭を出発している。
これに君菊も参戦。総督は歳三だった。

十一月一日に知内で敵の夜襲を受けたものの撃退し、五日には松前城に迫っている。
午前七時ごろ、城東五キロの地点にある及部川流域に布陣した松前軍と戦闘を開始した旧幕府軍は、十一時ごろにこれは突破、城下に殺到した。

城下東方の高台に位置する法華寺を占拠した旧幕府軍は城への砲撃を開始したが、地上には旧幕府軍・回天の姿があって、これも城に艦砲射撃を加えていた。
やがて旧幕府軍が城の外郭に殺到すると、松前軍は城門の開閉を利用した防戦をみせたという。

閉門して砲に装填し、開門して発砲、再び閉門して装填する。
これを繰り返したため、旧幕府軍はなかなか城門に近づけない。
旧幕府軍は、決死隊が閉門中に門前に進み閉門と同時に敵兵を掃討することで、城門を突破した。

旧幕府軍がさらに堅い守りの城門に攻めあぐねるのを法華寺の高台から俯瞰していた歳三は、自ら一隊を率いて域の裏手に回り込んだ。
君菊もその中に入って戦闘に参加した。
松前軍は正面の防戦に釘付けになっており、一隊は抵抗を受けることなく梯子を使って城を乗り越え、場内に侵入することができた。

突然、背後から攻撃を受けた松前軍は浮き足立ち、さらに内側から開かれた城門から旧幕府軍が殺到し、城は落城へと向かった。

宇都宮城に引き続き、一日で松前城の攻略に成功した歳三が逃げる松前兵を追って北上したのは、十一日のことだった。
十六日に江差に到着した歳三と君菊はその沖に信じられない光景を目撃することになる。

「ちょっと、歳三!あれ!」
「君菊どうした…なっ」

二人が目撃したのは、旧幕府軍艦隊・開陽の座礁する姿だった。

旧幕府軍の蝦夷地渡航は、開陽一艦を根拠とするものだったといっても過言ではなかった。
幕府が「裁量の品質で最高の性能」を条件にオランダで発注し、一八八六年(慶応二)十一月に完成した世界水準最新鋭の軍艦だった。

この船がある限り、新政府軍に対して制海権を握ることができる。
海に囲まれた蝦夷地では、新政府軍に対し、優位に戦いを進めることができるはずだった。

開陽は数日をかけてゆっくりと江差の海に沈んでいった。
これは旧幕府軍の蝦夷地攻略の失敗を暗示する光景だった。
榎本は、「暗夜に灯火を失うごとし」と嘆き、歳三は破船する開陽の姿を高台から望みながら、傍の松の木を叩いて悔しがった。

十一月二十日に松前藩は降伏の意を示し、旧幕府軍の蝦夷地統一がなった。
歳三が箱館に凱旋した十二月十五日、箱館の街は万国旗に彩られ、港に停泊する艦屋、弁天台場から百一発の祝砲が放たれた。

「すっごいわね…あれ、どこの国かしら」
「俺にわかるかよ」
「威張るところじゃないでしょ…」

歳三の開きなおりに呆れてため息をつく君菊。
君菊はバラガキの面影が残っていると少し懐かしくも感じていた。

そんな歳三であったが、翌十六日、旧幕府内で入札(投票)が実施され、政権の役職が決定されている。
箱館政府を代表する総裁には榎本武揚、副総裁には松平太郎が就任、陸軍奉行には大鳥圭介、歳三は陸軍奉行並に箱館市中取締と裁判局頭取という三つの役職を兼務することになった。

「並」とは次官の意味で、箱館市中の警備、軍事警察をも統括することになった。
歳三の市中取締就任に伴い、五稜郭に待機していた新撰組も箱館警備を担当することになる。

「あの、あの歳三が、陸軍奉行並だなんて…」

早速、仕事部屋を与えられた歳三はお茶を持ってきた君菊にそう言われていた。
言われている歳三はお茶を啜りながら反論できずにいる。
君菊にだけは反論できないのだ。
だって昔から彼女は歳三のことを知っている。
特に知られたくないバラガキの頃から知っているのだから、何も言えずにいた。

「悪いか」
「立派になったなぁって思ってさ」

この笑顔が見れるからまだ踏ん張れる。粘ることができる。
粘り強さだけは負けたことはないのだから。
歳三はそんなことを思いながら残りのお茶を啜った。



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