42 / 46
42
しおりを挟む
二十三日未明、本道軍に先立って出発していた先鋒隊が峠下で新政府軍の襲撃を受け、箱館戦争は始まる。
本格的な戦闘となったのは二十四日のことだった。
午前七時に大野村に布陣する新政府軍と進撃下旧幕府軍との間で戦闘が始まったが、一時間ほどで新政府軍は敗走する。
七重村に進んだ旧幕府軍に新撰組の姿もあったが、午後二時ごろ、七重村に入った旧幕府軍に対し新政府軍は攻撃を開始した。
新撰組隊士は樹木家屋を盾にとりながら反撃の機会をうかがいつつ、敵陣に斬り込みを敢行してようやく敵を撃退したという。
君菊もその中におり、戦闘員として戦働きをしっかりこなした。
この敗北により新政府軍は箱館の防衛を断念し、翌日には青森への避難を開始した。
歳三率いる間道軍も二十四日に川汲峠の温泉場でてきの斥候の銃撃を受けているが、抵抗はそれまでだった。
二十六日、本道軍に半日遅れて五稜郭に入城することになる。
新政府軍は青森に撤退したものの、蝦夷地には新政府軍の一隊として旧幕府軍と交戦した松前藩が残されていた。
松前藩は奥羽列藩同盟の同盟国だったが、七月に藩内クーデターが発生し、新政府軍への加担を表明した経緯がある。
この松前藩討伐には、五稜郭進軍時に消耗の少なかった部隊が投入されることになった。
間道軍が中心となって、二十八日に五稜郭を出発している。
これに君菊も参戦。総督は歳三だった。
十一月一日に知内で敵の夜襲を受けたものの撃退し、五日には松前城に迫っている。
午前七時ごろ、城東五キロの地点にある及部川流域に布陣した松前軍と戦闘を開始した旧幕府軍は、十一時ごろにこれは突破、城下に殺到した。
城下東方の高台に位置する法華寺を占拠した旧幕府軍は城への砲撃を開始したが、地上には旧幕府軍・回天の姿があって、これも城に艦砲射撃を加えていた。
やがて旧幕府軍が城の外郭に殺到すると、松前軍は城門の開閉を利用した防戦をみせたという。
閉門して砲に装填し、開門して発砲、再び閉門して装填する。
これを繰り返したため、旧幕府軍はなかなか城門に近づけない。
旧幕府軍は、決死隊が閉門中に門前に進み閉門と同時に敵兵を掃討することで、城門を突破した。
旧幕府軍がさらに堅い守りの城門に攻めあぐねるのを法華寺の高台から俯瞰していた歳三は、自ら一隊を率いて域の裏手に回り込んだ。
君菊もその中に入って戦闘に参加した。
松前軍は正面の防戦に釘付けになっており、一隊は抵抗を受けることなく梯子を使って城を乗り越え、場内に侵入することができた。
突然、背後から攻撃を受けた松前軍は浮き足立ち、さらに内側から開かれた城門から旧幕府軍が殺到し、城は落城へと向かった。
宇都宮城に引き続き、一日で松前城の攻略に成功した歳三が逃げる松前兵を追って北上したのは、十一日のことだった。
十六日に江差に到着した歳三と君菊はその沖に信じられない光景を目撃することになる。
「ちょっと、歳三!あれ!」
「君菊どうした…なっ」
二人が目撃したのは、旧幕府軍艦隊・開陽の座礁する姿だった。
旧幕府軍の蝦夷地渡航は、開陽一艦を根拠とするものだったといっても過言ではなかった。
幕府が「裁量の品質で最高の性能」を条件にオランダで発注し、一八八六年(慶応二)十一月に完成した世界水準最新鋭の軍艦だった。
この船がある限り、新政府軍に対して制海権を握ることができる。
海に囲まれた蝦夷地では、新政府軍に対し、優位に戦いを進めることができるはずだった。
開陽は数日をかけてゆっくりと江差の海に沈んでいった。
これは旧幕府軍の蝦夷地攻略の失敗を暗示する光景だった。
榎本は、「暗夜に灯火を失うごとし」と嘆き、歳三は破船する開陽の姿を高台から望みながら、傍の松の木を叩いて悔しがった。
十一月二十日に松前藩は降伏の意を示し、旧幕府軍の蝦夷地統一がなった。
歳三が箱館に凱旋した十二月十五日、箱館の街は万国旗に彩られ、港に停泊する艦屋、弁天台場から百一発の祝砲が放たれた。
「すっごいわね…あれ、どこの国かしら」
「俺にわかるかよ」
「威張るところじゃないでしょ…」
歳三の開きなおりに呆れてため息をつく君菊。
君菊はバラガキの面影が残っていると少し懐かしくも感じていた。
そんな歳三であったが、翌十六日、旧幕府内で入札(投票)が実施され、政権の役職が決定されている。
箱館政府を代表する総裁には榎本武揚、副総裁には松平太郎が就任、陸軍奉行には大鳥圭介、歳三は陸軍奉行並に箱館市中取締と裁判局頭取という三つの役職を兼務することになった。
「並」とは次官の意味で、箱館市中の警備、軍事警察をも統括することになった。
歳三の市中取締就任に伴い、五稜郭に待機していた新撰組も箱館警備を担当することになる。
「あの、あの歳三が、陸軍奉行並だなんて…」
早速、仕事部屋を与えられた歳三はお茶を持ってきた君菊にそう言われていた。
言われている歳三はお茶を啜りながら反論できずにいる。
君菊にだけは反論できないのだ。
だって昔から彼女は歳三のことを知っている。
特に知られたくないバラガキの頃から知っているのだから、何も言えずにいた。
「悪いか」
「立派になったなぁって思ってさ」
この笑顔が見れるからまだ踏ん張れる。粘ることができる。
粘り強さだけは負けたことはないのだから。
歳三はそんなことを思いながら残りのお茶を啜った。
本格的な戦闘となったのは二十四日のことだった。
午前七時に大野村に布陣する新政府軍と進撃下旧幕府軍との間で戦闘が始まったが、一時間ほどで新政府軍は敗走する。
七重村に進んだ旧幕府軍に新撰組の姿もあったが、午後二時ごろ、七重村に入った旧幕府軍に対し新政府軍は攻撃を開始した。
新撰組隊士は樹木家屋を盾にとりながら反撃の機会をうかがいつつ、敵陣に斬り込みを敢行してようやく敵を撃退したという。
君菊もその中におり、戦闘員として戦働きをしっかりこなした。
この敗北により新政府軍は箱館の防衛を断念し、翌日には青森への避難を開始した。
歳三率いる間道軍も二十四日に川汲峠の温泉場でてきの斥候の銃撃を受けているが、抵抗はそれまでだった。
二十六日、本道軍に半日遅れて五稜郭に入城することになる。
新政府軍は青森に撤退したものの、蝦夷地には新政府軍の一隊として旧幕府軍と交戦した松前藩が残されていた。
松前藩は奥羽列藩同盟の同盟国だったが、七月に藩内クーデターが発生し、新政府軍への加担を表明した経緯がある。
この松前藩討伐には、五稜郭進軍時に消耗の少なかった部隊が投入されることになった。
間道軍が中心となって、二十八日に五稜郭を出発している。
これに君菊も参戦。総督は歳三だった。
十一月一日に知内で敵の夜襲を受けたものの撃退し、五日には松前城に迫っている。
午前七時ごろ、城東五キロの地点にある及部川流域に布陣した松前軍と戦闘を開始した旧幕府軍は、十一時ごろにこれは突破、城下に殺到した。
城下東方の高台に位置する法華寺を占拠した旧幕府軍は城への砲撃を開始したが、地上には旧幕府軍・回天の姿があって、これも城に艦砲射撃を加えていた。
やがて旧幕府軍が城の外郭に殺到すると、松前軍は城門の開閉を利用した防戦をみせたという。
閉門して砲に装填し、開門して発砲、再び閉門して装填する。
これを繰り返したため、旧幕府軍はなかなか城門に近づけない。
旧幕府軍は、決死隊が閉門中に門前に進み閉門と同時に敵兵を掃討することで、城門を突破した。
旧幕府軍がさらに堅い守りの城門に攻めあぐねるのを法華寺の高台から俯瞰していた歳三は、自ら一隊を率いて域の裏手に回り込んだ。
君菊もその中に入って戦闘に参加した。
松前軍は正面の防戦に釘付けになっており、一隊は抵抗を受けることなく梯子を使って城を乗り越え、場内に侵入することができた。
突然、背後から攻撃を受けた松前軍は浮き足立ち、さらに内側から開かれた城門から旧幕府軍が殺到し、城は落城へと向かった。
宇都宮城に引き続き、一日で松前城の攻略に成功した歳三が逃げる松前兵を追って北上したのは、十一日のことだった。
十六日に江差に到着した歳三と君菊はその沖に信じられない光景を目撃することになる。
「ちょっと、歳三!あれ!」
「君菊どうした…なっ」
二人が目撃したのは、旧幕府軍艦隊・開陽の座礁する姿だった。
旧幕府軍の蝦夷地渡航は、開陽一艦を根拠とするものだったといっても過言ではなかった。
幕府が「裁量の品質で最高の性能」を条件にオランダで発注し、一八八六年(慶応二)十一月に完成した世界水準最新鋭の軍艦だった。
この船がある限り、新政府軍に対して制海権を握ることができる。
海に囲まれた蝦夷地では、新政府軍に対し、優位に戦いを進めることができるはずだった。
開陽は数日をかけてゆっくりと江差の海に沈んでいった。
これは旧幕府軍の蝦夷地攻略の失敗を暗示する光景だった。
榎本は、「暗夜に灯火を失うごとし」と嘆き、歳三は破船する開陽の姿を高台から望みながら、傍の松の木を叩いて悔しがった。
十一月二十日に松前藩は降伏の意を示し、旧幕府軍の蝦夷地統一がなった。
歳三が箱館に凱旋した十二月十五日、箱館の街は万国旗に彩られ、港に停泊する艦屋、弁天台場から百一発の祝砲が放たれた。
「すっごいわね…あれ、どこの国かしら」
「俺にわかるかよ」
「威張るところじゃないでしょ…」
歳三の開きなおりに呆れてため息をつく君菊。
君菊はバラガキの面影が残っていると少し懐かしくも感じていた。
そんな歳三であったが、翌十六日、旧幕府内で入札(投票)が実施され、政権の役職が決定されている。
箱館政府を代表する総裁には榎本武揚、副総裁には松平太郎が就任、陸軍奉行には大鳥圭介、歳三は陸軍奉行並に箱館市中取締と裁判局頭取という三つの役職を兼務することになった。
「並」とは次官の意味で、箱館市中の警備、軍事警察をも統括することになった。
歳三の市中取締就任に伴い、五稜郭に待機していた新撰組も箱館警備を担当することになる。
「あの、あの歳三が、陸軍奉行並だなんて…」
早速、仕事部屋を与えられた歳三はお茶を持ってきた君菊にそう言われていた。
言われている歳三はお茶を啜りながら反論できずにいる。
君菊にだけは反論できないのだ。
だって昔から彼女は歳三のことを知っている。
特に知られたくないバラガキの頃から知っているのだから、何も言えずにいた。
「悪いか」
「立派になったなぁって思ってさ」
この笑顔が見れるからまだ踏ん張れる。粘ることができる。
粘り強さだけは負けたことはないのだから。
歳三はそんなことを思いながら残りのお茶を啜った。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。
でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。
けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。
同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。
そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる