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蝦夷地に向かうことになった旧幕府艦隊にも、もちろん乗せられる人数に制限があった。
仙台に集結した陸軍を全て収容することはできない。
一人一人に蝦夷地渡航の意思の有無が確認され、さらに非戦闘員には人数制限が設けられることになった。
「君菊。戦闘員として来てくれるか」
「ここまで来たら遠慮はいらないわよ」
常に戦闘できるように男装姿が常備服になっている君菊は歳三の問いかけに答えた。
どこか困ったような顔を君菊はしている。
今更、遠慮されるような言い方をされるのが少し寂しかったようだった。
人数制限は仙台に到着した新撰組も例外ではなかった。
四十数人にまで減少していた隊士のうち、二十三人が蝦夷地渡航を断念し、新撰組は二十数人にまで隊士を減らしていた。
これでは一隊を組織することができない。
そんな時、すでに新撰組の隊長にとどまらず、奥羽列藩同盟の総督に推挙されるほどに旧幕府軍の中で地位を高めていた歳三の元に、ある相談が持ちかけられる。
桑名藩士からのものだった。
若松城下に新政府軍が侵入した八月二十三日に若松を去った松平定敬は、歳三と同じく米沢を経由して仙台に到着しており、蝦夷地渡航も許されていたが、その随行人数を数人に制限されていた。
非戦闘員だからだ。
その選に漏れた藩士は、その意思に反して蝦夷地に渡航できないという悩みを抱えていたのだ。
それをなんとかできないかという相談だった。
これに対し、歳三は新撰組に入隊すれば蝦夷地渡航の権利を得ることができると提案する。
藩士たちは蝦夷地に渡航ができ、新撰組も組織を再生することができるという一石二鳥の案だった。
同様の理由で各藩士から入隊の旨が伝えられ、新撰組は再び百人を越す組織に再生することになる。
「小姓は二人もいらないんじゃない?鉄之介がいるじゃない」
ここまで付き合ってきた君菊にも新撰組の隊士としての役割を与えようと、歳三は自身の小姓になることを提案していた。
歳三の小姓というところが君菊を束縛しようとしているのがわかる。
だが君菊はそれを最初は断った。
市村鉄之介という少年隊士がすでに居るからである。
「いいや。小姓というか…俺の意志をすぐに汲み取ってくれる人が必要だ」
「…もう私くらいしかいないか」
「そうだ。そんなに嫌なら他の役割にするが…」
「嫌ではないわよ。単に必要ないと思っただけ」
そう言って笑う君菊。
歳三はそんな君菊を思い切り抱きしめた。
「ちょ、どうしたのよ」
「……俺にとって、お前は新撰組の記憶そのものなんだよ。だからそんな風に言わないでくれ」
「……分かった。ごめん」
君菊は自身を軽く言ってしまったことに罪悪感と少しの喜びを感じていた。
ずっと世話役と汚れ仕事だけが自身の役割だと君菊は思っていた。
新撰組の隊士ではないからこそできる役割なのだと考えていた。
でも歳三にとっては違うらしい。
言われてみれば確かにそうだ。君菊と新撰組はいつも一緒だった。
いつまで一緒なのかはわからない。けれど、一緒だった。
だから、その意志を。託された意志を。
君菊の中にもある誠を、貫くべきだと思った。
「これは誰にも言わないでくれよ。本当はな、蝦夷地に行くのは反対なんだ」
「え。そうなの?」
「幕府のために戦うのが俺たちであって、榎本さんのように開拓のために行くためじゃない」
「…そういえば目的がすり替わっているわね」
「そうだろ?それに…俺は勇さんのことが忘れられねぇ」
それは君菊も同じことだった。
泣くことはしなくとも、悲しみは歳三にも負けずとも劣らずだった。
同郷であり、同じく剣術を習った人間なのだ。
悲しみは歳三ほどでなくとも、それに近いものだった。
歳三は蝦夷地に渡航する前、俳句を遺している。
早き瀬に力足らぬや下り鮎
「早き瀬」とは八月から九月にかけて一気に旧幕府勢力を崩壊させた時代の流れのことだろう。
自分の力ではどうにもならないその流れに、蝦夷地に落ち下る自らの姿を海に下る鮎になぞらえたのだった。
「この俳句…」
朝、歳三を起こしに来た君菊が机の上に俳句が書かれた書物があるのを見つけた。
歳三が悔しい思いをしていることが君菊は俳句の意味から理解することができた。
盟友の死に敗戦が続き蝦夷地へ下ること。
それらが歳三に大きな負担をかけているのが君菊には分かった。
自分にできることはなんだろう。そう考えてみる。
──戦って勝つことでしか、歳三の憂いを晴らすことはできない。
君菊は戦闘員としての役割を果たそうと決意を固めた。
開陽を旗艦とする旧幕府艦隊八隻が仙台東方の折ノ浜を出帆したのは、十月十二日のことだった。
十九日夜から蝦夷地・鷲ノ木の沖に姿を見せ始めることになる。
歳三と君菊、新撰組の乗船した大江丸は、二十日午後になって鷲ノ木沖に到着している。
作戦会議に出席する必要のある歳三は翌日に上陸し、新撰組は二十二日になって上陸している。
君菊は歳三の小姓として歳三とともに翌日に上陸していた。
旧幕府軍はその日のうちに五稜郭を目指して進軍を開始する。
内陸部を進む本道軍は大鳥圭介が率い、海岸線を迂回する間道軍は歳三が率いることになった。
新撰組は、歳三が間道軍を率いているにもかかわらず本道軍に編入されている。
これは歳三が新撰組隊長にとどまらない旧幕府軍全体の幹部となっていたことを意味している。
流山後、新撰組と別行動をとっていた歳三は、旧幕府軍の江戸脱走、いわば旧幕府軍脱走の誕生に立ち会い、その時点で幹部に就任していた。
新撰組のみと行動することはなくなったが、歳三と新撰組の信頼関係は、その終焉まで途切れることはない。
仙台に集結した陸軍を全て収容することはできない。
一人一人に蝦夷地渡航の意思の有無が確認され、さらに非戦闘員には人数制限が設けられることになった。
「君菊。戦闘員として来てくれるか」
「ここまで来たら遠慮はいらないわよ」
常に戦闘できるように男装姿が常備服になっている君菊は歳三の問いかけに答えた。
どこか困ったような顔を君菊はしている。
今更、遠慮されるような言い方をされるのが少し寂しかったようだった。
人数制限は仙台に到着した新撰組も例外ではなかった。
四十数人にまで減少していた隊士のうち、二十三人が蝦夷地渡航を断念し、新撰組は二十数人にまで隊士を減らしていた。
これでは一隊を組織することができない。
そんな時、すでに新撰組の隊長にとどまらず、奥羽列藩同盟の総督に推挙されるほどに旧幕府軍の中で地位を高めていた歳三の元に、ある相談が持ちかけられる。
桑名藩士からのものだった。
若松城下に新政府軍が侵入した八月二十三日に若松を去った松平定敬は、歳三と同じく米沢を経由して仙台に到着しており、蝦夷地渡航も許されていたが、その随行人数を数人に制限されていた。
非戦闘員だからだ。
その選に漏れた藩士は、その意思に反して蝦夷地に渡航できないという悩みを抱えていたのだ。
それをなんとかできないかという相談だった。
これに対し、歳三は新撰組に入隊すれば蝦夷地渡航の権利を得ることができると提案する。
藩士たちは蝦夷地に渡航ができ、新撰組も組織を再生することができるという一石二鳥の案だった。
同様の理由で各藩士から入隊の旨が伝えられ、新撰組は再び百人を越す組織に再生することになる。
「小姓は二人もいらないんじゃない?鉄之介がいるじゃない」
ここまで付き合ってきた君菊にも新撰組の隊士としての役割を与えようと、歳三は自身の小姓になることを提案していた。
歳三の小姓というところが君菊を束縛しようとしているのがわかる。
だが君菊はそれを最初は断った。
市村鉄之介という少年隊士がすでに居るからである。
「いいや。小姓というか…俺の意志をすぐに汲み取ってくれる人が必要だ」
「…もう私くらいしかいないか」
「そうだ。そんなに嫌なら他の役割にするが…」
「嫌ではないわよ。単に必要ないと思っただけ」
そう言って笑う君菊。
歳三はそんな君菊を思い切り抱きしめた。
「ちょ、どうしたのよ」
「……俺にとって、お前は新撰組の記憶そのものなんだよ。だからそんな風に言わないでくれ」
「……分かった。ごめん」
君菊は自身を軽く言ってしまったことに罪悪感と少しの喜びを感じていた。
ずっと世話役と汚れ仕事だけが自身の役割だと君菊は思っていた。
新撰組の隊士ではないからこそできる役割なのだと考えていた。
でも歳三にとっては違うらしい。
言われてみれば確かにそうだ。君菊と新撰組はいつも一緒だった。
いつまで一緒なのかはわからない。けれど、一緒だった。
だから、その意志を。託された意志を。
君菊の中にもある誠を、貫くべきだと思った。
「これは誰にも言わないでくれよ。本当はな、蝦夷地に行くのは反対なんだ」
「え。そうなの?」
「幕府のために戦うのが俺たちであって、榎本さんのように開拓のために行くためじゃない」
「…そういえば目的がすり替わっているわね」
「そうだろ?それに…俺は勇さんのことが忘れられねぇ」
それは君菊も同じことだった。
泣くことはしなくとも、悲しみは歳三にも負けずとも劣らずだった。
同郷であり、同じく剣術を習った人間なのだ。
悲しみは歳三ほどでなくとも、それに近いものだった。
歳三は蝦夷地に渡航する前、俳句を遺している。
早き瀬に力足らぬや下り鮎
「早き瀬」とは八月から九月にかけて一気に旧幕府勢力を崩壊させた時代の流れのことだろう。
自分の力ではどうにもならないその流れに、蝦夷地に落ち下る自らの姿を海に下る鮎になぞらえたのだった。
「この俳句…」
朝、歳三を起こしに来た君菊が机の上に俳句が書かれた書物があるのを見つけた。
歳三が悔しい思いをしていることが君菊は俳句の意味から理解することができた。
盟友の死に敗戦が続き蝦夷地へ下ること。
それらが歳三に大きな負担をかけているのが君菊には分かった。
自分にできることはなんだろう。そう考えてみる。
──戦って勝つことでしか、歳三の憂いを晴らすことはできない。
君菊は戦闘員としての役割を果たそうと決意を固めた。
開陽を旗艦とする旧幕府艦隊八隻が仙台東方の折ノ浜を出帆したのは、十月十二日のことだった。
十九日夜から蝦夷地・鷲ノ木の沖に姿を見せ始めることになる。
歳三と君菊、新撰組の乗船した大江丸は、二十日午後になって鷲ノ木沖に到着している。
作戦会議に出席する必要のある歳三は翌日に上陸し、新撰組は二十二日になって上陸している。
君菊は歳三の小姓として歳三とともに翌日に上陸していた。
旧幕府軍はその日のうちに五稜郭を目指して進軍を開始する。
内陸部を進む本道軍は大鳥圭介が率い、海岸線を迂回する間道軍は歳三が率いることになった。
新撰組は、歳三が間道軍を率いているにもかかわらず本道軍に編入されている。
これは歳三が新撰組隊長にとどまらない旧幕府軍全体の幹部となっていたことを意味している。
流山後、新撰組と別行動をとっていた歳三は、旧幕府軍の江戸脱走、いわば旧幕府軍脱走の誕生に立ち会い、その時点で幹部に就任していた。
新撰組のみと行動することはなくなったが、歳三と新撰組の信頼関係は、その終焉まで途切れることはない。
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