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歳三が療養している間も新撰組は戦いを続けていたものの、敗戦を余儀なくされていた。
それまでに兵力と火力に差があったのである。
歳三が戦線復帰した頃の戦いでは、各地の兵を猪苗代に集中しなければ若松が危ないという内容を会津軍指揮官に手紙でしたためるほどだった。
だが歳三の進言は受け入れられることはなく、猪苗代に通過した新政府軍は、会津軍が防衛拠点とするはずだった十六橋まで進出している。
さらに翌日早朝、大野ヶ原に布陣する白虎二番士中組を短時間で破った新政府軍は、そのまま進撃を続けて午前八時ごろには城下手前の滝沢峠に迫った。
峠下の滝沢本陣には前会津藩主の松平容保が出馬してきており、猪苗代から引き揚げていた歳三と君菊も付き従っていた。
午前九時ごろには本陣にも敵陣が届くようになり、容保は籠城戦に入ることを決し、歳三は援軍要請に庄内に向かい、君菊と共に若松を去ることになる。
途中、母成峠の敗戦後、大塩に布陣していた大鳥圭介を尋ね、新撰組の周旋を依頼した歳三は、二十五日に列藩同盟国・米沢に君菊と共に入っている。
さらに庄内を目指そうとする歳三と君菊だったが、ここで足どめされてしまう。
米沢藩がすでに降伏を模索し始めていたからだ。
やむおえず、奥羽列藩同盟の公議府が置かれる白石を目指した歳三と君菊。ここで榎本武揚率いる旧幕府軍が仙台に入港していることを耳にする。
榎本は、新政府軍が徳川家に与えた駿府七十万石に徳川家を相続した田安亀之助が八月十五日に入ったことを見届けた上で、十九日夜に品川沖に脱走していたのだった。
仙台に到着した歳三と君菊は、一度別れ、歳三のみ九月三日に仙台城で開催された奥羽列藩同盟の軍議の席に呼ばれ、榎本から同盟軍の総督に推挙される。
歳三はこれを受け、軍議の席で「諸君、もし我に生殺与奪の権を与えば、歳三、不肖なりと癒えどもあえて将軍の印綬を帯ぶることを辞せざるべし」と述べたとされている。
総督に「生殺与奪の権」が付属するならば、という条件をつけたのだ。
歳三の奥羽列藩同盟総督就任が決まりかけたが、藩主の許しがなければ受けかねる、と発言した者があり、結局話は流れてしまう。
歳三は憤然として席を立ったという。
「それはないわね」
宿で歳三のことを待っていた君菊が歳三の話を聞くとそう言った。
戦場を知らないからこそ言える言葉なのだろう。
君菊と歳三は長いため息をついた。
「あいつら、戦場を知らなすぎる」
「仕方ないわ。お偉い様ってそういうものよ」
歳三のやけ酒に付き合う君菊。
君菊は飲んでいないが、歳三は飲まないとやってられないとでもいう飲みっぷりだった。
「お前も飲んだらどうだ?」
「私はいいわよ」
「酒、強いくせに」
「あんたよりは強いわよ」
笑顔を見せる君菊。歳三はその顔を見てふと思う。
昔から何事も勝てたことがない女子。
涙すら見たことがない女子。
本当の意味での弱さを見せたことなどなかった。
どうしてそんなに強いのだろうと思った。
でも聞いたところで歳三が強くなれるわけではない。
だから聞かなかった。今はほろ酔い気分で良い気分だ。
この気分を壊すような真似はしたくなかった。
十日になって列藩同盟の筆頭である仙台藩も新政府への恭順を決すると、十二日になって歳三は榎本と共に再び仙台城に登城したものの、反論が覆ることはなかった。
君菊の元へ帰ると愚痴を漏らす歳三であった。
新撰組本隊の行動を少し見てみよう。
八月二十一日、母成峠を敗走した新撰組は若松城下に戻っていたが、二十三日に新政府軍が城下に侵入すると、大塩から塩川に転陣する大鳥圭介率いる旧幕府軍に合流している。
歳三は若松を去る際、大鳥に新撰組の周旋を依頼している。
翌二十四日、同盟国の米沢藩と連帯して会津藩の救済を決した旧幕府軍は、米沢に向かうことになる。
危機に瀕した会津藩を見捨てる形になってしまうが、母成峠敗戦後、兵糧弾薬の補給もままならず、とても戦いに挑むことができる状態ではなかった。
米沢藩から補給を受け、共に戦おうとしていた。
しかし、これに異を唱える者がいた。
新撰組隊長の斉藤一だ。
「今、落城せんとするを見て、志を捨て去るは誠の義にあらず」と己の誠を唱え、旧幕府軍から一向で離脱することになる。
しかし、隊長の斉藤が旧幕府軍を離脱しても新撰組本隊は旧幕府軍に残ることになった。
旧幕府軍から離脱した斉藤一の一向は、城下西方、会津東が本宮を置く高久付近の如来堂村にて布陣していたが、九月五日、新政府軍の高久を含めた攻撃の余波を受けて敗走することになる。
その後、単身で斉藤は会津藩にとどまる。ほかの一向と共に水戸藩の諸生党と行動して水戸に向かうが、銚子で降伏することになる。
旧幕府軍が仙台藩が恭順していると知ったのは、十二日。仙台に到着したのは十六日。八月二十三日以来の歳三との合流を果たすことになった。
拠り所を失った旧幕府軍と、旧幕陸軍海軍は、榎本の提案により蝦夷地への渡航だった。
これには新政府軍との再戦の決意も含まれていた。
それまでに兵力と火力に差があったのである。
歳三が戦線復帰した頃の戦いでは、各地の兵を猪苗代に集中しなければ若松が危ないという内容を会津軍指揮官に手紙でしたためるほどだった。
だが歳三の進言は受け入れられることはなく、猪苗代に通過した新政府軍は、会津軍が防衛拠点とするはずだった十六橋まで進出している。
さらに翌日早朝、大野ヶ原に布陣する白虎二番士中組を短時間で破った新政府軍は、そのまま進撃を続けて午前八時ごろには城下手前の滝沢峠に迫った。
峠下の滝沢本陣には前会津藩主の松平容保が出馬してきており、猪苗代から引き揚げていた歳三と君菊も付き従っていた。
午前九時ごろには本陣にも敵陣が届くようになり、容保は籠城戦に入ることを決し、歳三は援軍要請に庄内に向かい、君菊と共に若松を去ることになる。
途中、母成峠の敗戦後、大塩に布陣していた大鳥圭介を尋ね、新撰組の周旋を依頼した歳三は、二十五日に列藩同盟国・米沢に君菊と共に入っている。
さらに庄内を目指そうとする歳三と君菊だったが、ここで足どめされてしまう。
米沢藩がすでに降伏を模索し始めていたからだ。
やむおえず、奥羽列藩同盟の公議府が置かれる白石を目指した歳三と君菊。ここで榎本武揚率いる旧幕府軍が仙台に入港していることを耳にする。
榎本は、新政府軍が徳川家に与えた駿府七十万石に徳川家を相続した田安亀之助が八月十五日に入ったことを見届けた上で、十九日夜に品川沖に脱走していたのだった。
仙台に到着した歳三と君菊は、一度別れ、歳三のみ九月三日に仙台城で開催された奥羽列藩同盟の軍議の席に呼ばれ、榎本から同盟軍の総督に推挙される。
歳三はこれを受け、軍議の席で「諸君、もし我に生殺与奪の権を与えば、歳三、不肖なりと癒えどもあえて将軍の印綬を帯ぶることを辞せざるべし」と述べたとされている。
総督に「生殺与奪の権」が付属するならば、という条件をつけたのだ。
歳三の奥羽列藩同盟総督就任が決まりかけたが、藩主の許しがなければ受けかねる、と発言した者があり、結局話は流れてしまう。
歳三は憤然として席を立ったという。
「それはないわね」
宿で歳三のことを待っていた君菊が歳三の話を聞くとそう言った。
戦場を知らないからこそ言える言葉なのだろう。
君菊と歳三は長いため息をついた。
「あいつら、戦場を知らなすぎる」
「仕方ないわ。お偉い様ってそういうものよ」
歳三のやけ酒に付き合う君菊。
君菊は飲んでいないが、歳三は飲まないとやってられないとでもいう飲みっぷりだった。
「お前も飲んだらどうだ?」
「私はいいわよ」
「酒、強いくせに」
「あんたよりは強いわよ」
笑顔を見せる君菊。歳三はその顔を見てふと思う。
昔から何事も勝てたことがない女子。
涙すら見たことがない女子。
本当の意味での弱さを見せたことなどなかった。
どうしてそんなに強いのだろうと思った。
でも聞いたところで歳三が強くなれるわけではない。
だから聞かなかった。今はほろ酔い気分で良い気分だ。
この気分を壊すような真似はしたくなかった。
十日になって列藩同盟の筆頭である仙台藩も新政府への恭順を決すると、十二日になって歳三は榎本と共に再び仙台城に登城したものの、反論が覆ることはなかった。
君菊の元へ帰ると愚痴を漏らす歳三であった。
新撰組本隊の行動を少し見てみよう。
八月二十一日、母成峠を敗走した新撰組は若松城下に戻っていたが、二十三日に新政府軍が城下に侵入すると、大塩から塩川に転陣する大鳥圭介率いる旧幕府軍に合流している。
歳三は若松を去る際、大鳥に新撰組の周旋を依頼している。
翌二十四日、同盟国の米沢藩と連帯して会津藩の救済を決した旧幕府軍は、米沢に向かうことになる。
危機に瀕した会津藩を見捨てる形になってしまうが、母成峠敗戦後、兵糧弾薬の補給もままならず、とても戦いに挑むことができる状態ではなかった。
米沢藩から補給を受け、共に戦おうとしていた。
しかし、これに異を唱える者がいた。
新撰組隊長の斉藤一だ。
「今、落城せんとするを見て、志を捨て去るは誠の義にあらず」と己の誠を唱え、旧幕府軍から一向で離脱することになる。
しかし、隊長の斉藤が旧幕府軍を離脱しても新撰組本隊は旧幕府軍に残ることになった。
旧幕府軍から離脱した斉藤一の一向は、城下西方、会津東が本宮を置く高久付近の如来堂村にて布陣していたが、九月五日、新政府軍の高久を含めた攻撃の余波を受けて敗走することになる。
その後、単身で斉藤は会津藩にとどまる。ほかの一向と共に水戸藩の諸生党と行動して水戸に向かうが、銚子で降伏することになる。
旧幕府軍が仙台藩が恭順していると知ったのは、十二日。仙台に到着したのは十六日。八月二十三日以来の歳三との合流を果たすことになった。
拠り所を失った旧幕府軍と、旧幕陸軍海軍は、榎本の提案により蝦夷地への渡航だった。
これには新政府軍との再戦の決意も含まれていた。
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