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その日のうちに旧幕府軍は江戸を脱走し、前軍は下妻、下館の日和見藩を服従させながら北上、十九日に宇都宮城への攻撃を開始した。
君菊もこれに参戦。自分から参加すると言ったのである。
先鋒を率いた歳三は下河原門の攻略に向かい、中河原、今小路、南館の各門でも激戦が展開される。
あまりの乱戦ぶりに持ち場を離れようとする一人の兵卒を歳三は一刀の元に斬り捨て、「退却する者は誰でもこうだ」と激を飛ばす。
歳三の一喝に一段と激しさを増した攻撃に、午後になって宇都宮城は落城へと傾く。
翌日になって大鳥圭介の部隊が宇都宮に合流したが、大鳥は初めての大城郭の宇都宮城がわずか一日の攻撃で落城したことが信じられなかったという。
「君菊。怪我はねぇか?」
「私はないわ。歳三は?」
「俺は指揮をしていたから平気だ。お前が無事で何よりだ」
鉄砲の使い方も君菊にとっては手慣れたものになっていた。
時と場合によって剣と鉄砲で使い分けている。
戦姫の名に恥じぬ戦いぶりを見せていた。
新政府軍の反撃が始まったのは、早くも二十二日未明のことだった。
城南の壬生城に進出しようとしていた旧幕府軍が敗れると、翌二十三日早朝には再び城の攻防戦へと発展する。
南館門に向かった歳三は、防戦中、足の指に被弾してしまう。
正午ごろのことだった。君菊はそのことから戦線離脱。
歳三と共に若松に護送されることになった。
歳三が若松に向けて今市を発った翌日、近藤勇が板橋宿平尾の一里塚の刑場で処刑されている。
享年三十五歳。二十五日正午ごろの話である。
歳三が若松に到着したのは四月二十九日だった。
清水屋という旅宿に運び込まれたが、立ち上がることもできないほどの重症だった。
立ちあがろうとするたび、君菊に叱られ、布団に戻された。
そんな歳三に更なる追い討ちがかけられる。
「歳三、入るわよ」
看病のため、部屋に入った君菊の声はどこか硬い。歳三の傍に座る。
歳三はそのことに気がつき、怪我を刺激しなようにどうにか自身の力で起き上がった。
「どうした、君菊」
「……落ち着いて聞いて。歳三」
表情もいつもと違い悲しげだった。
何を告げられるのだろうかと歳三は唾をごくりと飲み込む。
「勇さんが、亡くなったそうよ。…極刑で」
その言葉を聞いて、土方歳三は頭が真っ白になった。
思い起こされるのは日野での日々。
そこで剣術を習い、近藤勇と出逢った。
共に語り合い、分かり合い、盃も交わし、義兄弟にもなった人であった。
君菊とはまた違う視点から大切な人だった。
誰よりも守りたいと思う人だった。
そんな彼が、死んだ。しかも、極刑という最悪な形で。
自分が助けると約束したのに。なのに。
布団を何度も何度も殴った。
怪我した足が痛んだ。それでも殴った。
その殴る腕を止める小さな手があった。
小さくとも力は歳三よりある手だった。
「怪我が酷くなるだけよ。やめなさい」
優しい口調で君菊はそう言った。
その口調が逆に歳三の悲しみと怒りを増幅させた。
「お前に何がわかるんだよ…」
「そうね。勇さんと歳三の方が仲が良かったから理解できていないところもあるかもしれないわね」
君菊は歳三の八つ当たりを怒らなかった。
ただ、肯定して冷静に答えるだけだ。
「泣きもせずに勇さんが死んだって言ったお前に何がわかるんだよ!!!」
もはや暴言だった。
歳三は頭に血が上っていた。自分が何を言っているのかも、わかっていない。
「……私が泣いて、勇さんは帰ってくるの?」
そんな歳三を受け止めて、真っ直ぐな瞳で君菊はそう言った。
その真っ直ぐな瞳を見て歳三は、自分はなんて酷いことを言ってしまったのかと気がついた。
──そうだ。君菊が泣いていたとしても、あの人は帰ってこない。
歳三の身体から力が抜けた。
怪我した足がじんじんと痛んだ。
頬に水がついていた。
なんだろうと自身の手で水を拭いてみると、それは涙だった。
泣いたことなんてほとんどなかったのに。
歳三は自然と泣いていた。
そんな歳三をふわりと包みこむ暖かさがあった。
君菊の着物の柄だとわかった。
歳三から抱きしめることは何度もあったが、君菊から抱きしめることはなかった。
八つ当たりにも暴言にも動じることなく、ただ受け止めてくれた君菊の優しさに歳三は泣いた。
『よぉ!トシ』
もう聞くことはないその響きを、頭の中で何度も思い出した。
新撰組は今、斉藤一が若松にて率いている。
閏四月五日にその新撰組に会津藩から出陣命令が下がった。
会津藩は欧州の入り口ともいうべき要衝の白河を押さえる準備を進めており、新撰組はその備えとして翌六日に城下を出発、猪苗代湖南岸(湖南)まで前進して待機することになる。
新撰組は二十二日に白河に到着し、白坂関門の守備についた。
白坂関門を会津軍とともに守備する新撰組は、二十五日の新政府軍の攻撃を撃退したものの、五月一日の攻撃によって白河城を奪われてしまう。
そのあと、白河城を巡る攻防戦は七月まで続くことになるが、会津軍が城を再び奪い返すことはなかった。
君菊もこれに参戦。自分から参加すると言ったのである。
先鋒を率いた歳三は下河原門の攻略に向かい、中河原、今小路、南館の各門でも激戦が展開される。
あまりの乱戦ぶりに持ち場を離れようとする一人の兵卒を歳三は一刀の元に斬り捨て、「退却する者は誰でもこうだ」と激を飛ばす。
歳三の一喝に一段と激しさを増した攻撃に、午後になって宇都宮城は落城へと傾く。
翌日になって大鳥圭介の部隊が宇都宮に合流したが、大鳥は初めての大城郭の宇都宮城がわずか一日の攻撃で落城したことが信じられなかったという。
「君菊。怪我はねぇか?」
「私はないわ。歳三は?」
「俺は指揮をしていたから平気だ。お前が無事で何よりだ」
鉄砲の使い方も君菊にとっては手慣れたものになっていた。
時と場合によって剣と鉄砲で使い分けている。
戦姫の名に恥じぬ戦いぶりを見せていた。
新政府軍の反撃が始まったのは、早くも二十二日未明のことだった。
城南の壬生城に進出しようとしていた旧幕府軍が敗れると、翌二十三日早朝には再び城の攻防戦へと発展する。
南館門に向かった歳三は、防戦中、足の指に被弾してしまう。
正午ごろのことだった。君菊はそのことから戦線離脱。
歳三と共に若松に護送されることになった。
歳三が若松に向けて今市を発った翌日、近藤勇が板橋宿平尾の一里塚の刑場で処刑されている。
享年三十五歳。二十五日正午ごろの話である。
歳三が若松に到着したのは四月二十九日だった。
清水屋という旅宿に運び込まれたが、立ち上がることもできないほどの重症だった。
立ちあがろうとするたび、君菊に叱られ、布団に戻された。
そんな歳三に更なる追い討ちがかけられる。
「歳三、入るわよ」
看病のため、部屋に入った君菊の声はどこか硬い。歳三の傍に座る。
歳三はそのことに気がつき、怪我を刺激しなようにどうにか自身の力で起き上がった。
「どうした、君菊」
「……落ち着いて聞いて。歳三」
表情もいつもと違い悲しげだった。
何を告げられるのだろうかと歳三は唾をごくりと飲み込む。
「勇さんが、亡くなったそうよ。…極刑で」
その言葉を聞いて、土方歳三は頭が真っ白になった。
思い起こされるのは日野での日々。
そこで剣術を習い、近藤勇と出逢った。
共に語り合い、分かり合い、盃も交わし、義兄弟にもなった人であった。
君菊とはまた違う視点から大切な人だった。
誰よりも守りたいと思う人だった。
そんな彼が、死んだ。しかも、極刑という最悪な形で。
自分が助けると約束したのに。なのに。
布団を何度も何度も殴った。
怪我した足が痛んだ。それでも殴った。
その殴る腕を止める小さな手があった。
小さくとも力は歳三よりある手だった。
「怪我が酷くなるだけよ。やめなさい」
優しい口調で君菊はそう言った。
その口調が逆に歳三の悲しみと怒りを増幅させた。
「お前に何がわかるんだよ…」
「そうね。勇さんと歳三の方が仲が良かったから理解できていないところもあるかもしれないわね」
君菊は歳三の八つ当たりを怒らなかった。
ただ、肯定して冷静に答えるだけだ。
「泣きもせずに勇さんが死んだって言ったお前に何がわかるんだよ!!!」
もはや暴言だった。
歳三は頭に血が上っていた。自分が何を言っているのかも、わかっていない。
「……私が泣いて、勇さんは帰ってくるの?」
そんな歳三を受け止めて、真っ直ぐな瞳で君菊はそう言った。
その真っ直ぐな瞳を見て歳三は、自分はなんて酷いことを言ってしまったのかと気がついた。
──そうだ。君菊が泣いていたとしても、あの人は帰ってこない。
歳三の身体から力が抜けた。
怪我した足がじんじんと痛んだ。
頬に水がついていた。
なんだろうと自身の手で水を拭いてみると、それは涙だった。
泣いたことなんてほとんどなかったのに。
歳三は自然と泣いていた。
そんな歳三をふわりと包みこむ暖かさがあった。
君菊の着物の柄だとわかった。
歳三から抱きしめることは何度もあったが、君菊から抱きしめることはなかった。
八つ当たりにも暴言にも動じることなく、ただ受け止めてくれた君菊の優しさに歳三は泣いた。
『よぉ!トシ』
もう聞くことはないその響きを、頭の中で何度も思い出した。
新撰組は今、斉藤一が若松にて率いている。
閏四月五日にその新撰組に会津藩から出陣命令が下がった。
会津藩は欧州の入り口ともいうべき要衝の白河を押さえる準備を進めており、新撰組はその備えとして翌六日に城下を出発、猪苗代湖南岸(湖南)まで前進して待機することになる。
新撰組は二十二日に白河に到着し、白坂関門の守備についた。
白坂関門を会津軍とともに守備する新撰組は、二十五日の新政府軍の攻撃を撃退したものの、五月一日の攻撃によって白河城を奪われてしまう。
そのあと、白河城を巡る攻防戦は七月まで続くことになるが、会津軍が城を再び奪い返すことはなかった。
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