壬生狼の戦姫

天羽ヒフミ

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永倉新八、原田左之助らが分離し、沖田総司も離隊してしまった新撰組は、一度組織を立て直す必要があった。
近藤、歳三のほかに、かつての幹部は斉藤一、尾形俊太郎のみになってしまった。

「ほとんど人がいなくなってしまったわね」
「思想の違いはどうしようもねぇよ」
「わかっているわ」

橙色に染まる空の下、君菊と歳三は歩きながらそう話をしていた。

江戸郊外の五兵衛新田に新撰組四十八人が姿を現したのは、三月十三日のことだ。
五兵衛新田の金子家を新撰組に紹介したのは松本良順だった。
翌日十四日には「大久保大和」とさらに変名した近藤と、十五日には内藤隼人こと歳三と君菊が到着している。

新撰組が本陣を据えたのは、名手見習いを務める金子家の屋敷だった。一間(約一・八メートル)の用水路に囲まれた三千坪の敷地と母屋に土蔵がたち、まるで子城のようだったという。

二十四日には松本良順が、五兵衛新田を訪れている。
今後、戦闘が予想される医師が必要となる若松(会津)に発つ別れの挨拶のためだった。

勝沼戦争後、一じ、今戸の松本宅で療養していた沖田は、その後、再び千駄ヶ谷の植木屋平五郎の離れ座敷に引き移った。
そこで君菊は沖田と今生の別れを済ませていた。

「君菊さん。どうしても俺の気持ちを受け入れることはないんですね」
「ごめん。名ばかりだとしても私は歳三の許嫁。それを裏切る真似はできない」

沖田にとってその答えは分かりきったことだった。
いいや。正しくはそれ以外の言葉など聞きたくはなかった。
もし気持ちを受け入れてくれるなら嬉しいことはない。
けれど。
一途に約束を守るそんな性格だから君菊を好きになった。
そんな彼女だから好きになった。その強さに憧れた。

だから──

「分かりました。…それでも、愛しています。君菊さん」
「…ありがとう」

最後は君菊から沖田の手を握った。
もう二度と触れることのできぬであろうその温もりを、沖田は最期まで忘れることはなかった。
慶応四年(一八六八)五月三十日。
肺結核にて齢二十七の若さでその生涯を閉じた。

五兵衛新田を本拠に積極的な募集を行い、隊士数を鳥羽・伏見の開戦前を超える二二七人にまで急増させた。
しかし急遽、転陣することになる、付近の千住宿に新政府軍が入ってことが原因だった。
勝沼戦争と同じようにならないように接触を避けたのである。

四月二日、朝に新撰組が到着したのは、流山だった。
豪商の家に本陣を据え、大勢を整え始めた新撰組だったが、翌日三日午前四時ごろに突如、新政府軍に本陣を包囲されてしまう。
君菊もこれに巻き込まれるが、鎮撫隊と名乗っていたため新撰組と気づかれることはなかった。
屋外で新政府軍副参謀で薩摩藩士の有馬藤太らと対応した土方は、武装解除を命じられると即座に了承し、本陣内に戻った。

中では近藤が切腹の意志を固めていた。
本陣を包囲された上は、潔く死のうとしたのだ。それに歳三は異を唱えた。

「ここに切腹するは犬死なり。運を天にまかせ、板橋総督府へ出頭し、あくまで鎮撫隊を主張し説破するこそ得策ならん」

こう告げたとされている。

歳三の作戦はこうだ。
近藤が新政府軍に出頭して一鎮撫隊長を名乗って切り抜けるうちに、歳三が幕閣を動かして救出するというものだ。
歳三に説得され出頭を決意した近藤は、大久保大和を名乗って新政府軍の前に姿を現し、分宿先に新政府軍を案内して、武装解除を受けている。
差し出された小銃は二五〇挺にものぼったという。

しかし、新政府軍の中に元御陵衛士の二人が参加していたことにより四日の夜には近藤の運は尽きてしまった。
正体を認めた近藤は逮捕され、近藤に付き添っていた野村利三郎も同時に逮捕された。

流山で近藤を見送ったのち、新撰組本体は会津若松に向かうことになった。
歳三は君菊も連れて隊士数人と共に江戸に潜入することになる。
四日に大久保一翁、勝海舟を訪ねて近藤救出を依頼すると秋月右京亮元役宅に入っている。

翌五日、近藤勇宛書簡が秋月邸に届けられ、歳三に付き従っていた相馬主計にこれを板橋の近藤に届けさせるが、相馬が歳三の元に戻ることはなかった。
既に正体が判明していた近藤に手紙は渡らず、相馬もまた逮捕されることになる。

歳三が江戸郊外の鴻ノ台に屯集する旧幕府軍に君菊、そして六人の隊士を引き連れて合流したのは、江戸無血開城の十一日のことだった。
翌日、歩兵奉行・大鳥圭介の合流した旧幕府軍は、新政府軍の入城している北関東の要衝・宇都宮城を目指して北上することになった。

歳三は手兵が六人であるにも関わらず、前軍の参謀に就任している。それほどまでに京都で幕府の最前線を戦ってきた新撰組・土方歳三の名は大きくなっていたのであった。

「……」

君菊は歳三の姿を見て思った。
どんどん自分から遠い存在になっていると。
かつて夢見ていた武士よりも武士らしく戦うという願いを今、叶えようとしていることを。
自分がここに居ていいのだろうかと疑問に思うようになった。


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