壬生狼の戦姫

天羽ヒフミ

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「勇さんたち、忙しないわね」

第二次長州征伐を計画している幕府は、長州訊問使を派遣することになった。
この話を耳にした近藤勇は、敵の実態を探るためにこの訊問への同行を願い出て許可されている。

「長州の動きが良いとは言えないからな」
「このご時勢にみんな仲良くは無理な話よね」

安静にしている沖田の部屋にて歳三と君菊は話をしていた。
沖田は安静にしているおかげで少し体調が落ち着くようになっていた。
歳三は書類仕事をしながら君菊と沖田に話かけている。

「確か、随行したのは伊東さんに武田さん、尾形さんに監察の五人でしたよね」
「ああ。そして近藤さんは内蔵之介に改名している」
「勇のままでも良かったと私は思うんだけど」

うーんと顎に手をやり考える仕草を見せる君菊。
改名した理由というものが女心では理解できないようだ。
戦闘能力は随一でも、男心というものはわからない。それが君菊という人間だ。

「男には改名したい時があるんだよ」
「わからないなぁ。でも歳三はしないでしょ」
「俺はしない。めんどくさいからな」
「そういうところがわからないって言っているのよ」

不満げに歳三の言うことに反論するかのように言う君菊。
そんな二人をどこか嬉しそうに見ている沖田。
歳三がその視線に気がついて「どうした?」と尋ねた。

「変わらないものがあるって良いんだなって思ってたんです」
「変わらないものって?」

君菊も尋ねる。そんな二人を見て沖田は少し笑った。
なんだかんだ言いつつ似たもの同士の二人だと思ったのだ。

「トシさんと君菊さんの仲の良さですよ」
「……」
「……」

二人同時に目を合わせて、首を傾げた。
そして同時にこう言った。

「こいつと仲良いかぁ?」

なんの示し合わせもなく同時に同じ言葉を発したので、お互いが驚いている。
そんな二人をおかしくてたまらないといった風に沖田は笑った。
そのせいで少し咳き込んでいる。

「無理しちゃだめよ」
「あんま笑いすぎるな。ていうか笑うところだったか?」

確かに同じことを言ったが、と歳三が沖田の背中を摩りながら言う。
幸い吐血はしていない。ただ咳き込んだだけだった。

「なんで歳三と同じこと言ったのかしら」
「俺が聞きたい。なんで君菊と同じこと言ってるんだ」

二人でいることが、傍にいることが、当たり前になっていた二人だからこそだった。
沖田はそのことをよくわかっている。二人より若い年齢だというのに承知している。
自分の想いが君菊に届いて欲しい。けれど──
この二人の仲を引き裂くような真似はしたくはないという苦しくも切ない気持ちにさせられていた。


翌日。
君菊は買い出しの手伝いに出かけていた。主に食材である。
台所担当の回数が多い君菊は、買い出すものを紙に書いて隊士たちに渡していた。
君菊の裏の顔を知らない新入隊士たちはこぞって買い物をしている。
少しでも彼女に良いところを見せようという魂胆だ。
手持ち無沙汰になってしまった君菊は、茶屋の席に座って隊士たちを待つことにした。
だが、そこでお気に入りの菊の簪を落としてしまう。

「あれ。どこにやったのかしら…」

歳三がくれた今まで唯一くれた大切なものだ。
地面を探してみるが、なかなか見つからない。
そんな時である。

「これ、おまんの簪かえ?」

少し離れたところに座っていた浪人がそう尋ねてきた。
土佐訛りに聞こえる。脱藩したのだろうかと君菊は考える。
浪人のごつごつした手のひらには歳三が贈った菊の簪が乗せられていた。

「はい。そうです」
「おまん、えらい別嬪さんじゃけぇ。儂が髪に刺しちゃる」
「ありがとうございます」

君菊の簪はいつもとは違うところに刺さった。
それを手で確認する君菊。この場所でも気に入ったと彼女は思った。

「見つけていただいてありがとうございます」
「気にしたらあかんぜよ」

そう言い残してその浪人は手をひらひらさせて去っていった。
その浪人の名は坂本龍馬。
後に幕末史における大きな転換の事件を起こすきっかけを作った人間である。


近藤が広島に向け、再度、京都を出発する直前、幕末史を大きく転換させる事件が起きていた。
禁門の変後、政局を一手に握ろうとする幕府に危機感を抱いた薩摩藩と、第二次長州征伐の危機を迎えていた長州藩が、土佐脱藩の活動家である坂本龍馬らの尽力により手を結んだのだ。慶応二年(一八六六)一月二十一日のことだった。

薩長同盟を結び、幕府との一戦を想定して兵器の近代化を進めていた長州藩が、幕府の降伏要求を受け入れるはずがない。
六月七日になって幕府は線端を開き、圧倒的な兵力で長州藩内に攻め入ったが、新兵器を携え、さらに士気も上がる長州藩に各地で敗れることになる。

幕府が敗戦を続けていた七月二十日、幕府軍の総大将である将軍・家茂が大阪城内で病疫し、八月一日に幕府軍の守備する小倉城が陥落すると、幕府は将軍の喪に服することを名目に終戦処理に入った。
事実上の幕府の敗北は、幕府関係者に大きな打撃をもたらしただけでなく、幕府の権威を失墜させ、さらに「討幕」が具体的に見えてきた瞬間でもあった。




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