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三月十日ごろに新撰組は結成後、二年間過ごした壬生を引き払い、西本願寺内に屯所を移している。
「部屋割り、壬生に居た時と同じね」
「何か問題があるか?」
「別にないわ。でもしばらくはここは広いから迷いそう」
「迷ったら俺を呼ぶように言ってくれ」
「助かるわ」
歳三と君菊は西本願寺内で会話を交わす。
初日はもっぱら引越し作業で潰れた。
特に君菊の部屋は他の隊士に踏み入らせないように、奥の方へと当てがわれた。
そのため道が入り組んでいる西本願寺内で君菊は迷わずに自室へ行く必要があった。
元治元年(一八六四)十一月に幕府に降伏した長州藩だったが、その直後に藩内でクーデターが発生していた。幕府に降伏した保守派(俗論党)から政権を奪うため、高杉晋作が兵を挙げたのだった。
山南の切腹する元治二年(一八六五)二月には、従来の幕府に対抗する急進派が長州藩政を握ることになる。
幕府が再度長州征伐の必要があると判断すると、前年に臨戦態勢にありながら出兵命令も降らなかった新撰組は、再び組織の拡充を目指すことになる。
三月下旬、前年に引き続き江戸で募集を計画した新撰組は、土方歳三、伊東甲子太郎、斎藤一、歳三の付き添いとして君菊が下ることになった。
四月五日に江戸に下ることになった歳三、伊東、斉藤の三人は早速、募集を開始したが、前年来、江戸に留まっていた藤堂平助の下準備の甲斐があり、二十七日には五十二人もの新入隊士の獲得に成功していた。
「藤堂さんすごいわ」
「いやぁ。それほどでも」
隊士募集には参加していなかった君菊が藤堂に向けて言った。
傾国とも呼べるほどの美貌を持つ君菊に持ち上げられて藤堂は鼻の下を伸ばしている。
そんな藤堂は殺気を感じていた。歳三がいる方向からである。
殺気の元は言うまでもなく歳三だった。目だけで人を殺してしまいそうな勢いだ。
「別に喜ぶくらい良いじゃねぇか!トシさん!」
「男のくせに情けねぇ顔してんじゃねぇよ」
そう言って歳三は拳骨を頭上に落としていた。
痛そうに藤堂は頭をさすっている。
「トシさんも人のことをあまり言えないと思うんだが」
斉藤が呆れたようにそう言った。
普段、無口な彼だが歳三の横暴ぶりに流石に口を出すことにした。
「なんだと斉藤」
「いつまで許嫁のままにしているのやら」
「なっ」
斉藤はその言葉は君菊に聞こえないように小声で言った。
痛い所を突かれる歳三。
一番他の人に言われたくない言葉だった。
「今はもう『壬生狼の戦姫』とも言われている人だから問題はないと思う。狙う奴など新入隊士くらいだろう。でも、いつまで待たせる気なんだ?」
「……それは」
「嫁にする気がないのならさっさと解放してしまえば良いものを」
「それをするつもりはねぇ」
低い声がその場を支配した。
藤堂の頭をさすっていた君菊が何事かと歳三の方向を向く。
「斉藤。これは俺とあいつの問題だ。他人が口出しするんじゃねぇ」
一番酷いことをしているという自覚を持っているのは歳三なのだ。
斉藤は歳三の反応に息を呑んだ。
その瞳には、誰にも君菊を渡すものかという覚悟があったからだ。
あまりにも矛盾している。それでも、歳三の意志が変わることはなかった。
君菊は一連の様子を見て何となく自分のことを話しているのだろうと察した。
それでも何も言うことはなかった。
五月十日、歳三たちが京都に到着し、百三十人を超える規模となった新撰組は、再び大々的な組織の編成を行うことになる。
局長 近藤勇
副長 土方歳三
参謀 伊東甲子太郎
一番 沖田総司 二番 永倉新八
三番 斉藤一 四番 松原忠司
五番 武田観柳斎 六番 井上源三郎
七番 谷三十郎 八番 藤堂平助
九番 三木三郎 十番 原田左之助
諸士調役兼監察
山崎燕 篠原泰之進 新井忠雄 服部武雄
芦屋昇 吉村貫一郎 尾形俊太郎
勘定方
河合耆三郎
「へぇ。伊東さんが参謀で、永倉さんたちがそれぞれ組長になっているのね。そして組長の下には二人の伍長が置かれて、さらに一人の伍長の下には五人の隊士が配属され、一組十三人で構成されているのね」
「あぁ。俺は特に変わりはねぇな」
「いつも通りね」
「俺にはこれくらいの位置が良いんだ」
「まぁ…歳三がてっぺんにいる想像はあまりつかないわ」
「俺もそう思っているから良いんだよ」
歳三は小姓の市村鉄之介から渡された書類に目を通していた。
そこには再編成された新撰組の組分けが書かれている。
君菊はその再編成された書類を覗き込んで見て言っていた。
「お前に合ってる役職も検討中だ」
「え。そんなものいらないのだけれど」
「いいや。ここまで付き合ってもらってるんだからやってもらう。給金も出すぜ?」
「正直、ここに居るだけでお給金って必要ないのよねぇ。あったら困ることはないけれど」
「腐るもんでもねぇんだから貰っとけ」
そうして君菊に与えられた役職は沖田屋永倉などが務めていた「師範職」と呼ばれるものである。
一定以上の実力者が隊士に師範として教えるのである。
撃剣だけではない。柔術、文学、砲術、馬術などが挙げられる。
君菊は言うまでもなく撃剣の師範である。
「部屋割り、壬生に居た時と同じね」
「何か問題があるか?」
「別にないわ。でもしばらくはここは広いから迷いそう」
「迷ったら俺を呼ぶように言ってくれ」
「助かるわ」
歳三と君菊は西本願寺内で会話を交わす。
初日はもっぱら引越し作業で潰れた。
特に君菊の部屋は他の隊士に踏み入らせないように、奥の方へと当てがわれた。
そのため道が入り組んでいる西本願寺内で君菊は迷わずに自室へ行く必要があった。
元治元年(一八六四)十一月に幕府に降伏した長州藩だったが、その直後に藩内でクーデターが発生していた。幕府に降伏した保守派(俗論党)から政権を奪うため、高杉晋作が兵を挙げたのだった。
山南の切腹する元治二年(一八六五)二月には、従来の幕府に対抗する急進派が長州藩政を握ることになる。
幕府が再度長州征伐の必要があると判断すると、前年に臨戦態勢にありながら出兵命令も降らなかった新撰組は、再び組織の拡充を目指すことになる。
三月下旬、前年に引き続き江戸で募集を計画した新撰組は、土方歳三、伊東甲子太郎、斎藤一、歳三の付き添いとして君菊が下ることになった。
四月五日に江戸に下ることになった歳三、伊東、斉藤の三人は早速、募集を開始したが、前年来、江戸に留まっていた藤堂平助の下準備の甲斐があり、二十七日には五十二人もの新入隊士の獲得に成功していた。
「藤堂さんすごいわ」
「いやぁ。それほどでも」
隊士募集には参加していなかった君菊が藤堂に向けて言った。
傾国とも呼べるほどの美貌を持つ君菊に持ち上げられて藤堂は鼻の下を伸ばしている。
そんな藤堂は殺気を感じていた。歳三がいる方向からである。
殺気の元は言うまでもなく歳三だった。目だけで人を殺してしまいそうな勢いだ。
「別に喜ぶくらい良いじゃねぇか!トシさん!」
「男のくせに情けねぇ顔してんじゃねぇよ」
そう言って歳三は拳骨を頭上に落としていた。
痛そうに藤堂は頭をさすっている。
「トシさんも人のことをあまり言えないと思うんだが」
斉藤が呆れたようにそう言った。
普段、無口な彼だが歳三の横暴ぶりに流石に口を出すことにした。
「なんだと斉藤」
「いつまで許嫁のままにしているのやら」
「なっ」
斉藤はその言葉は君菊に聞こえないように小声で言った。
痛い所を突かれる歳三。
一番他の人に言われたくない言葉だった。
「今はもう『壬生狼の戦姫』とも言われている人だから問題はないと思う。狙う奴など新入隊士くらいだろう。でも、いつまで待たせる気なんだ?」
「……それは」
「嫁にする気がないのならさっさと解放してしまえば良いものを」
「それをするつもりはねぇ」
低い声がその場を支配した。
藤堂の頭をさすっていた君菊が何事かと歳三の方向を向く。
「斉藤。これは俺とあいつの問題だ。他人が口出しするんじゃねぇ」
一番酷いことをしているという自覚を持っているのは歳三なのだ。
斉藤は歳三の反応に息を呑んだ。
その瞳には、誰にも君菊を渡すものかという覚悟があったからだ。
あまりにも矛盾している。それでも、歳三の意志が変わることはなかった。
君菊は一連の様子を見て何となく自分のことを話しているのだろうと察した。
それでも何も言うことはなかった。
五月十日、歳三たちが京都に到着し、百三十人を超える規模となった新撰組は、再び大々的な組織の編成を行うことになる。
局長 近藤勇
副長 土方歳三
参謀 伊東甲子太郎
一番 沖田総司 二番 永倉新八
三番 斉藤一 四番 松原忠司
五番 武田観柳斎 六番 井上源三郎
七番 谷三十郎 八番 藤堂平助
九番 三木三郎 十番 原田左之助
諸士調役兼監察
山崎燕 篠原泰之進 新井忠雄 服部武雄
芦屋昇 吉村貫一郎 尾形俊太郎
勘定方
河合耆三郎
「へぇ。伊東さんが参謀で、永倉さんたちがそれぞれ組長になっているのね。そして組長の下には二人の伍長が置かれて、さらに一人の伍長の下には五人の隊士が配属され、一組十三人で構成されているのね」
「あぁ。俺は特に変わりはねぇな」
「いつも通りね」
「俺にはこれくらいの位置が良いんだ」
「まぁ…歳三がてっぺんにいる想像はあまりつかないわ」
「俺もそう思っているから良いんだよ」
歳三は小姓の市村鉄之介から渡された書類に目を通していた。
そこには再編成された新撰組の組分けが書かれている。
君菊はその再編成された書類を覗き込んで見て言っていた。
「お前に合ってる役職も検討中だ」
「え。そんなものいらないのだけれど」
「いいや。ここまで付き合ってもらってるんだからやってもらう。給金も出すぜ?」
「正直、ここに居るだけでお給金って必要ないのよねぇ。あったら困ることはないけれど」
「腐るもんでもねぇんだから貰っとけ」
そうして君菊に与えられた役職は沖田屋永倉などが務めていた「師範職」と呼ばれるものである。
一定以上の実力者が隊士に師範として教えるのである。
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君菊は言うまでもなく撃剣の師範である。
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