壬生狼の戦姫

天羽ヒフミ

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「あれ。でも山南さんと永倉さんと藤堂さんの名前がないわね」
「あー…それはだな」

歳三は気まずそうに話始めた。

「山南さんはずっと病気だろ?そして藤堂はまだ江戸で勧誘中。永倉は勇さんが江戸に行った時、部下を家来のように扱ったって会津藩に訴え出てるんだ。勇さんに処分を求めている。しかも永倉だけじゃねぇ。斉藤、原田、尾関、島田、葛山も一緒にだ」
「え、えぇ!?」

歳三の隣に座った君菊は驚いて声を出した。
無理もない。昔からの馴染みの連中が近藤勇に処分を求めているというのだから。

「全く。頭の痛い話だぜ」

そう言いながら頭をかく歳三。副長という立場もあって悩みも多いのだろう。
君菊は自分に何かできることはないかと考えたが、特に思い当たることはなかった。

「歳三。私に手伝えることがあったら遠慮なく言いなさいね」
「あぁ。…山南さんにはあまり近づくなよ」
「え?なんか言った?」
「何にも。早く行ったらどうだ」
「…そうするわね」

出されたお茶を一気に飲み干すと、歳三は書類仕事に取り掛かった。
君菊も任されている仕事があるため、その場を後にする。
歳三がなんと言ったのか、少し気になる君菊であった。

その後。
組織を乱したとして斉藤以下四人は謹慎処分を受け、葛山が切腹を命じられている。
永倉は帰京後、組織の編成中に謹慎処分を受けていたのであった。
この近藤と永倉の確執は消えることはなく、最終的には新撰組の分裂を引き起こすことになる。


新撰組は、組織の再編と同時に戦場での心得をまとめた十箇条から「軍中法度」を作成している。
うち、八条目は「組頭、討死におよび候とき、その組衆、その場において死戦を遂くべし」とある。
指揮官不在による戦列の崩れを防ぐ目的だが、所属する組長が戦死した場合、その場で死ぬまで戦え、というこの厳しい規定は、そのあと隊規の変還に大きな影響を与えることになる。

長州征伐への従軍に余念がない新撰組の意に反して、長州藩は禁門の変を指揮した家老三人を切腹させて、十一月二十五日に降伏する。
新撰組の思惑に反して、第一次長州討伐は実戦を伴うことなく終結した。

そんな中で、新撰組は、池田屋事件、禁門の変で京都を追われた過激派尊攘夷浪士たちが大阪市中の焼き討ち計画をしているとの情報を得る。
元治二年(慶応改元・一八六五)一月八日夕刻、浪士の潜伏するぜんざい店石蔵屋を襲撃したのは、谷三十郎・万太郎兄弟ら四人で、土佐浪士・大利鼎吉を斬殺している。新撰組は長州藩が潜伏してもなお、市中に眼を光らせていた。


「山南さん、総長になったそうですね」
「ええ。おかげさまで」
「お体の調子はどうですか」
「だいぶ良くなりましたよ」

君菊と山南は会話こそ少なかったものの付き合いは試衛館の頃からなので長い。
だからこそ君菊にはわかることがあった。
山南は何か嘘をついていると。
この穏やかな笑みの裏には何か大きなことを隠していることにしっかりと気がついていた。
実際、その通りであった。

山南は精神的ストレスからによる体調不良で実権を持たない総長の座に収まることになったのである。
ストレスとは何か。
それは勇、歳三があくまでも幕府指揮下での尊皇攘夷を求めるのに対し、山南はそうではなかったことである。
山南の意に反して、新撰組は池田屋事件、禁門の変、そして長州征伐を通して佐幕化していっている。それが原因だった。
そんな山南に理解を示したのは、十月に尊皇攘夷活動を実戦するために入隊した伊東甲子太郎だった。
山南は伊東の語る尊王論を傾聴していたという。



「この場所じゃ、手狭だな。さて、どこにするか…」

長州征伐に向けて隊士を急増させた新撰組は、壬生屯所が手狭になっていた。
歳三はそのことに頭を悩ませていたが、あちこちを調べて回った結果。

「え?ここを引き払うの?」
「あぁ。西本願寺の北集会所に移転するつもりだ」
「そっかぁ。なんだか寂しいわねぇ」
「そうか?」
「貴方たちと違って私はここにいる時間が長いんです」
「そういえば、そうだったな」

西本願寺の北集会所にしたのには理由がある。
西本願寺は長州藩に好意的で、それを監視するという意味も込めての移転先だった。

これに反対をしたのが山南だった。

「威力を僧侶にしまし、転陣を名とし、影に同等の動静を探らんとするは、実に卑劣に触れて見苦しからず」

そう抗議したのである。

君菊は嫌な胸騒ぎをおぼえていた。
山南のそう抗議した目は、一種の諦めと、死を覚悟している者の目だと気がついたからだ。
今からでも蟠りは解けないだろうか、と君菊は山南のもとへ向かった。

「山南さん。私です。君菊です。ちょっとお話ししたいことがあるのですけれど」
「君菊さんでしたか…どうぞ」
「失礼します」

以前、君菊と話をした時よりもげっそりと痩せ細った身体をした山南敬助が布団の中から起き出していた。
何も病状は良くなっていない。やはり嘘だったのだと君菊は自身の考えが当たっていたことに胸が苦しくなった。

「率直に言います。どうして死のうとしているのですか」
「…気がついていたのですか」
「はぐらかさないでください」
「何も進んで死のうとは思っていません。ただ、結果そうなるかもしれないというだけの話です」
「同じことじゃないですか。長州藩を抑えるには手段を問うている場合ではないでしょうに」
「…分かったような口で言わないでください」
「はい?」
「ただの強いだけが取り柄の女が、尊王攘夷も知らずに語るなと言っているんです!」
「──」

君菊はその言葉に何も言い返さなかった。
ただ黙って、何も読み取れぬ表情で山南のことをまっすぐ見つめている。
山南は自身が熱くなって言い過ぎた発言をしたことに、その表情を見て気がついた。
狼狽する。

「わ、私は、なんてことを…」
「事実を言っただけじゃないですか、山南さん」

たおやかな笑みを浮かべて君菊はそう言った。
その笑顔が山南の心を更に苦しめた。


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