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松前祟広との面会に成功し長州征伐に向けた将軍の上洛を進言した近藤達。
もう一つの目的をはたすべく、江戸にて隊士の募集を始めた。
勇が到着する前に既に到着していた藤堂が伊東太蔵の北辰一刀流道場を訪ね、新撰組の勧誘を開始していた。
土方歳三と同じ天保六年(一八三五)生まれの大蔵は、旗本の郷目付を務める鈴木家の長男として、常陸国新治郡志筑村(茨城県新治郡千代田中志筑)に生まれている。
後に水戸に遊学して、神道無念流と尊皇攘夷を生み出した水戸学を学び、さらに江戸に出て、北辰一刀流の伊東誠一郎道場に入門した。
文久元年、(一八六一)ごろに塾頭となっていた大蔵は、誠一郎の死を機にその娘を娶って伊東姓を名乗ることになった。
藤堂は、剣もでき、新撰組の本旨である尊皇攘夷思想をも有する伊東を入隊させることで、新撰組をさらに強力にすることができると判断したのであった。
勇と面会した伊東は新撰組が尊皇攘夷思想をもつことを確認した上で、入隊を決意した。
門弟、友人を誘って状況することになった伊東は、この年の干支から甲子太郎と改名している。
「──というわけで新たに入隊することになった伊東甲子太郎先生だ。皆、よろしく頼むぞ」
「よろしくお願いしますね」
勇は壬生屯所に帰ってくるなり、伊東甲子太郎を連れて新撰組の皆に紹介をした。
家事当番の途中だった君菊と歳三も揃って彼のことを見ている。
「新しい人ね」
「そうだな」
「私達と同じ歳に見えないわね」
「そうだな」
「興味なさげね」
「大いにあるぞ」
「嘘つくんじゃありません」
歳三の脇を突く君菊。少しだけ歳三の体幹が揺れた。
馬鹿力なのは未だ変わりないようである。
そんな二人の姿を捉える伊東。
「おや。女性もいらっしゃるんですか」
「彼女も任務についてくれることのある立派な隊士の一人ですよ」
勇が得意げに言う。君菊は首を傾げた。
確かに人数が少なくて池田屋の時は助太刀したし、芹沢の暗殺も可能だったために一人で行った。
でも、新撰組の隊士ではない。尊皇攘夷とかそういう思想を持っている人間ではない。
「勇さん。勘違いさせてはいけません。私は隊士ではありませんよ。君菊と申します。世話役と指導役を引き受けているだけの者です」
「指導?」
「剣術の指導を勇さんからするように頼まれてからしております」
「女性のあなたが?」
「女であることに何か問題が?」
男尊女卑の思想を許さない考え方の君菊は伊東の尋ね方に苛立ちをおぼえた。
君菊の言葉に伊東は僅かに驚く。
この女子には男を持ち上げるという考え方が一切ないのだということが一言で分かったからだ。
「君菊は変わったところがある人間でして…あまり気にしないでください」
「そのようですね」
勇が宥めるようにそう言う。
伊東は愛妾を作るつもりはなかったが、隊士に隠れて見えなかった彼女の容姿をしっかりと見るなり惚けた。
見る者を惹きつける魅力がある美貌の持ち主だったからである。
聞けば天然理心流の指南免許を取得できるほどの実力者だという。
そんな強い女子を相手にできるかと言われれば、伊東はわからなかった。
「その変わったところのある人間によく指導を頼みますねぇ。勇さん」
「誤解だ!君菊」
「別にいいですよ。変人扱いは慣れていますから」
そう言うなりそっぽ向く君菊。
慌てて勇が駆けつけて弁解をするが、君菊は全く耳を貸すつもりはないようだった。
それを不思議な光景を見ているかのように伊東は見ていた。
歳三はそんな伊東のことを警戒するようにそっと見つめていた。
話は少し遡る。
勇は江戸に帰郷中、新撰組ととりわけ自分と歳三が後に親しい関係を築くことになるある人物と出会い、攘夷思想の転換を果たしている。
将軍・家茂の侍医の務める松本良順である。
松本は佐倉藩医・佐藤泰然の次男として勇より二年早い天保三年(一八三二)に生まれている。
幕府医官・松本良甫の養子となって長崎でボンぺに蘭学医を学び、文久二年(一八六二)に十四代将軍・家茂の侍医、翌文久三年に死没した緒方洪庵に変わって幕府の医学所頭取を拝命していた。
攘夷思想を持つ勇は、蘭学医として外国と積極的に交流しようとする松本の態度に疑問を投げかけると、松本は攘夷の無意味を聞かせたという。
勇はこの松本の説明に理解を示した。
攘夷思想の志を胸に結成された新撰組はその本旨を失ったことになるが、尊王攘夷思想までが消えることはなかった。
朝敵である長州藩の征伐は、紛れもなくその組織の本旨に合致する者だったが、それが幕府の指揮下で実行されたことで、新撰組の佐幕化が進行することになった。
十月二十七日、新入隊士を引き連れた勇たちは京都に到着している。その直後十一月、七十人ほどの規模となった新撰組は、長州征伐への従軍を意識した大々的な組織の再編を行なっている。
局長・近藤勇
副長・土方歳三
一番・沖田総司 五番・尾形俊太郎
二番・伊東甲子太郎 六番・武田観柳斎
三番・井上源三郎 七番・松原忠司
四番・斉藤一 八番・谷三郎
小荷駄雑具方・原田左之助
局長と副長は変わっていないが、このような振り分けに分けている。
「副長のままで良かったわね」
「うるせーな」
歳三の自室にお茶を持ってきた君菊が書類を覗き込んでそう言った。
もう一つの目的をはたすべく、江戸にて隊士の募集を始めた。
勇が到着する前に既に到着していた藤堂が伊東太蔵の北辰一刀流道場を訪ね、新撰組の勧誘を開始していた。
土方歳三と同じ天保六年(一八三五)生まれの大蔵は、旗本の郷目付を務める鈴木家の長男として、常陸国新治郡志筑村(茨城県新治郡千代田中志筑)に生まれている。
後に水戸に遊学して、神道無念流と尊皇攘夷を生み出した水戸学を学び、さらに江戸に出て、北辰一刀流の伊東誠一郎道場に入門した。
文久元年、(一八六一)ごろに塾頭となっていた大蔵は、誠一郎の死を機にその娘を娶って伊東姓を名乗ることになった。
藤堂は、剣もでき、新撰組の本旨である尊皇攘夷思想をも有する伊東を入隊させることで、新撰組をさらに強力にすることができると判断したのであった。
勇と面会した伊東は新撰組が尊皇攘夷思想をもつことを確認した上で、入隊を決意した。
門弟、友人を誘って状況することになった伊東は、この年の干支から甲子太郎と改名している。
「──というわけで新たに入隊することになった伊東甲子太郎先生だ。皆、よろしく頼むぞ」
「よろしくお願いしますね」
勇は壬生屯所に帰ってくるなり、伊東甲子太郎を連れて新撰組の皆に紹介をした。
家事当番の途中だった君菊と歳三も揃って彼のことを見ている。
「新しい人ね」
「そうだな」
「私達と同じ歳に見えないわね」
「そうだな」
「興味なさげね」
「大いにあるぞ」
「嘘つくんじゃありません」
歳三の脇を突く君菊。少しだけ歳三の体幹が揺れた。
馬鹿力なのは未だ変わりないようである。
そんな二人の姿を捉える伊東。
「おや。女性もいらっしゃるんですか」
「彼女も任務についてくれることのある立派な隊士の一人ですよ」
勇が得意げに言う。君菊は首を傾げた。
確かに人数が少なくて池田屋の時は助太刀したし、芹沢の暗殺も可能だったために一人で行った。
でも、新撰組の隊士ではない。尊皇攘夷とかそういう思想を持っている人間ではない。
「勇さん。勘違いさせてはいけません。私は隊士ではありませんよ。君菊と申します。世話役と指導役を引き受けているだけの者です」
「指導?」
「剣術の指導を勇さんからするように頼まれてからしております」
「女性のあなたが?」
「女であることに何か問題が?」
男尊女卑の思想を許さない考え方の君菊は伊東の尋ね方に苛立ちをおぼえた。
君菊の言葉に伊東は僅かに驚く。
この女子には男を持ち上げるという考え方が一切ないのだということが一言で分かったからだ。
「君菊は変わったところがある人間でして…あまり気にしないでください」
「そのようですね」
勇が宥めるようにそう言う。
伊東は愛妾を作るつもりはなかったが、隊士に隠れて見えなかった彼女の容姿をしっかりと見るなり惚けた。
見る者を惹きつける魅力がある美貌の持ち主だったからである。
聞けば天然理心流の指南免許を取得できるほどの実力者だという。
そんな強い女子を相手にできるかと言われれば、伊東はわからなかった。
「その変わったところのある人間によく指導を頼みますねぇ。勇さん」
「誤解だ!君菊」
「別にいいですよ。変人扱いは慣れていますから」
そう言うなりそっぽ向く君菊。
慌てて勇が駆けつけて弁解をするが、君菊は全く耳を貸すつもりはないようだった。
それを不思議な光景を見ているかのように伊東は見ていた。
歳三はそんな伊東のことを警戒するようにそっと見つめていた。
話は少し遡る。
勇は江戸に帰郷中、新撰組ととりわけ自分と歳三が後に親しい関係を築くことになるある人物と出会い、攘夷思想の転換を果たしている。
将軍・家茂の侍医の務める松本良順である。
松本は佐倉藩医・佐藤泰然の次男として勇より二年早い天保三年(一八三二)に生まれている。
幕府医官・松本良甫の養子となって長崎でボンぺに蘭学医を学び、文久二年(一八六二)に十四代将軍・家茂の侍医、翌文久三年に死没した緒方洪庵に変わって幕府の医学所頭取を拝命していた。
攘夷思想を持つ勇は、蘭学医として外国と積極的に交流しようとする松本の態度に疑問を投げかけると、松本は攘夷の無意味を聞かせたという。
勇はこの松本の説明に理解を示した。
攘夷思想の志を胸に結成された新撰組はその本旨を失ったことになるが、尊王攘夷思想までが消えることはなかった。
朝敵である長州藩の征伐は、紛れもなくその組織の本旨に合致する者だったが、それが幕府の指揮下で実行されたことで、新撰組の佐幕化が進行することになった。
十月二十七日、新入隊士を引き連れた勇たちは京都に到着している。その直後十一月、七十人ほどの規模となった新撰組は、長州征伐への従軍を意識した大々的な組織の再編を行なっている。
局長・近藤勇
副長・土方歳三
一番・沖田総司 五番・尾形俊太郎
二番・伊東甲子太郎 六番・武田観柳斎
三番・井上源三郎 七番・松原忠司
四番・斉藤一 八番・谷三郎
小荷駄雑具方・原田左之助
局長と副長は変わっていないが、このような振り分けに分けている。
「副長のままで良かったわね」
「うるせーな」
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