壬生狼の戦姫

天羽ヒフミ

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その後。
新手の到着にて浪士達は諦めることになる。
そんな中、新撰組は徹底的に池田屋を捜索。隠れている浪士を斬り倒した。
屋内の捜索は午前零時までかかった。
屋内に潜む浪士達があらかた片づいたことを確認すると、新撰組は休むことなく市中に逃げて行った浪士達を捜索した。
捜索は朝の九時ごろまで行われ、新撰組は祇園会所で隊を整えた上、壬生屯所へ凱旋することになる。
傷だらけになりながらも晴々しいその姿は吉良邸討り入りを成功させた赤穂浪士のようだったと言われている。
これが後に言われる新撰組を代表する事件、「池田屋事件」である。

壬生屯所に戻るなり、君菊は歳三の部屋で抱きしめられた。
抱きしめている腕が僅かに震えていることに気がつく。
池田屋事件は見事に勝利を収め、解決した。
歳三はその中で聞いていたのだ。歴史には残らない君菊の活躍を。
隊士達が苦戦を強いられる不逞浪士達との間に颯爽と現れ、助太刀をしてほとんど一撃で倒していた君菊。
助けられなかった隊士もいたものの、その姿は一騎当千の戦姫だったと。
君菊はそのため無傷で帰ってきた。
この事件の頃から言われるようになる。壬生狼には戦姫が居るのだと。

歳三はその強さが心配で仕方がなかったのだ。
君菊は約束を破らない。死ぬことはなかっただろう。それでも。
それでも、惚れた相手を守りたいと思うことは当然の想いである。
危険な場所に居て欲しいと思うことはない。
池田屋は本当に危険な場所だった。だからこそ震えが止まらなかった。

君菊は恋沙汰に対して滅法鈍い女であったが、歳三が自分のことを心配してくれていたことは痛いほど分かった。
そのことが無性に嬉しかった。
そっと、自分より大きな背中に腕を回す。
ここに自分はちゃんと居ると。心配は無用だと意味を込めて腕を回した。

「歳三。大丈夫だよ」
「……」
「大丈夫」

歳三はいつの日だかのように再びくっつき虫になってしまった。
仕方ないなぁと思いながら君菊はずっと歳三の傍に居た。
歳三は離すものかとずっと君菊のことを離さなかった。


就寝前。

「総司。…労咳だって?」
「君菊さん。…そうみたいです。あの時は助けていただいてありがとうございました」
「そんなこと良いのよ。気にしないで」

歳三と共に君菊は沖田の見舞いに来ていた。
今は屯所に移り、自室で病に冒されたその身体を休ませている。
なんて言葉を掛ければいいのか、君菊は見つけられずにいた。
労咳はこの時代においては死病だ。間違いなく死ぬ。
それくらいの知識は持ち合わせていた。

「無理すんなよ、総司。明日からまた不逞浪士の捜索が始まるが参加しなくて良い。お前はよくやった。よく休め」

歳三が副局長として言う。
それに対して沖田は首を振った。

「俺はまだ戦えますよ、トシさん」
「駄目よ、総司。いざという時のために今は力を温存しておきなさい」

君菊も休むように言う。
沖田の気持ちは痛いほど分かっている。
命が短いのなら、その短い時間を戦いに使いたいのであろう。
でもそれは更に命を短くするだけの話だ。本当に必要な時に動くことができない。

「君菊さんまで…酷いお方だなぁ」
「どこが酷いのよ。歳三も私もあんたのことを心配してるから言っているのよ」

沖田の心に君菊の言葉が突き刺さる。
武州の道場時代からずっと強くあった人。

初めて見た時から思っていた──この人は強い人だと。

憧れていた。その強さに。
自分も同じくらい強くなりたいと思っていた。強くなれると思っていた。
でもいつまで経っても追いつくことはない。
それどころか一番活躍したい時に助けられてしまった。
男だというのに情けない話だ。
病にも冒され、追いつくということはなくなってしまった。
沖田はずっと秘めていた想いを告げることにする。
こうなってしまった以上、後悔したくないと思ったのだ。

「君菊さん、俺、貴女のことが出逢った時から好きです」

目を見開く歳三と君菊。
歳三とは違い想いを告げた沖田。
君菊は言われている意味が咄嗟にわからずにいた。
戦闘能力は高いのにこういう時は頭が回らない人間なのである。
やがて理解すると、

「え、えぇ…!?う、うそだよね?からかってるんでしょ?もう、総司ったら」

となんとか言葉を紡ぎ出す。
だが残念なことに沖田の瞳は真摯そのものだった。
君菊でも言われた言葉に嘘などないものだとわかるほどだった。

「な、な、なんて返せばいいか、わからないから、とりあえずお大事にね!」

いつものような余裕さはどこへ消えたのやら。
君菊は頬を染めたままそそくさとその場を逃げるように後にした。
その姿をじっと見つめながら歳三は言う。

「言いやがったな、この野郎」
「いつまでも言わないから言われるんですよ、トシさん」

引き攣った笑みを浮かべながら歳三。
あくまでも落ち着いて答えるように言う沖田。

「あいつは、俺の女だ。誰にも渡さねぇ」
「せいぜい頑張ってみて下さい」

意地悪な笑みを浮かべながら沖田はそう言った。
その日、歳三が君菊と再びくっついて寝ることになったのは言うまでもない。
嫉妬である。



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