壬生狼の戦姫

天羽ヒフミ

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残りの内訳は土方歳三を筆頭とする十三人、井上源三郎を筆頭する十一人である。
武具に身を固めた新撰組は、会津藩が支持した夜五つ時を待たずに、祇園会所を出発した。
午後八時ごろの話であった。人数の少なさを時間で補おうという発想だった。

四条通を西進した新撰組は、綴通で土方、井上達が北上を開始し、近藤達は四条大橋を渡り、高瀬川沿いの木屋町通から北上を開始する。
不審箇所をしらみつぶしに探しながら近藤チームが三条通に到着したのは、午後十時過ぎのことであった。
四条通から四百メートルの探索に二時間以上もかかった理由は、その捜索方法にあった。対しを二手にわけ表口と裏口を固めたうえで不審屋内に入り、さらに天井裏まで調べると言う徹底ぶりだったからである。

三条沿い三条小橋から西に七軒目の池田屋は長州藩の定宿として知られ、不審箇所として捉えていた。
新撰組はこれまでの探索と同じように隣家などから池田屋内の間取りを調査し、表口を谷万太郎、武田観柳斎、浅野藤太郎の三人、裏口を奥沢栄助、安藤早太郎、新田革左衛門の三人が固める。その上で近藤勇、沖田総司、永倉新八、藤堂平助、そして君菊の五人が屋内に入った。

時間が時間がだけに帳場には人影は少なかった。
台所を抜け、客室のある奥との仕切戸まで進んだ勇達は、ここで宿の主人に声をかけた。

「今宵、旅宿改めである」と。

鎖帷子を身に纏った勇達の姿に驚愕の表情を浮かべた主人は、奥へと駆け込み階段の上に急を知らせる。
これを迫った勇と沖田と君菊が裏階段を上がった先には、不逞浪士二十人ほどの姿があった。
三人の姿に騒然となる不逞浪士に対し、勇は大きな声で宣言した。

「御用改めである。手向かいいたすと容赦なく斬り捨てる」

勇達は刀を抜刀した。
多くの浪士は、逃げ場所を北側の縁側に求め、裏庭へと逃亡にかかる。二階には五人の浪士が残ったが、勇はこれを沖田に任せ、階下に降って裏庭に走った。君菊はどちらに着くべきか少し迷ったが、勇の元へ駆けつけることにした。

「総司!無茶しないようにね!」
「君菊さんこそ!」

君菊も走って行った。

沖田は浪士二人をたやすく斬り倒していた。残りは四人。沖田の実力を考えれば圧倒的であった。
しかし──。

「ごほっ…ごほっ…」

いきなり吐血し始めたのである。労咳の発作が起きたのだ。
沖田の異変を感じた浪士たちは、その場から逃走する。

勇と君菊が到着した裏庭では、すでに奥沢、新田、安藤が十数人の浪士の攻撃を受け、重傷を負っていた。
裏口を出れば三百メートルほどで長州藩弟がある。治外法権を認められていた藩邸内に逃げ込めば助かるのである。
浪士達も必死だった。勇と君菊は二人の浪士を斬り倒すと、三人に代わって裏口の守備につく。

「…あれ。勇さん、あの浪士、さっき見た浪士ですよ。…まさか総司がやられた?」
「君菊。トシが聞いたら怒るだろうことを頼む。全体的な手助けをしてくれ。俺はここで守備をつとめる」
「分かりました。歳三もわかってくれますよ」

君菊は颯爽と踵を返す。
混沌とした状況下の中、もう一度池田屋に入って行った。

永倉は後に言う。──戦姫が戦場にやってきたのだと。

「助太刀します!」

言うなり君菊は永倉が苦戦していた相手を一息で斬りかかる。
まさに一撃必殺。あっという間であった。苦戦している藤堂の元へ二人は助太刀にかかる。
途中、便所に逃げ込もうとする浪士を君菊が容赦なく斬り捨てる。
君菊は藤堂の元へ駆けつけると軽々とその場を飛び上がり、突きの技を繰り出した。
相手の喉に刃の先が刺さる。血飛沫が舞った。

「助かったぜ…君菊…」
「藤堂さん、眉間に怪我を…!永倉さん、藤堂さんを外に運べますか」
「あぁ。なんとかやってやるさ!」
「お願いします。私は総司の様子を見てきます」

君菊は勇に言われた通りに全体の手助けをしようと奔走する。
再び二階に辿り着くと、そこには発作を起こし、口が血まみれになっている沖田総司が倒れ込んでいた。

「総司!」
「君菊…さ……ん」
「喋らなくていい!」

君菊はすぐさま持ってきていた布を取り出し、沖田の口元を拭く。

「ごほっ…ごほっごほっ…」
「今、外に運び出すからしっかりして!」

小さな背中だが力はある君菊は沖田を片手で持ち上げ、刀を構えたまま一階に降りて行く。
途中、浪士が斬りかかろうとしてくる。君菊はそれを片手で刀を振り下ろし、息絶えさせた。
勇も浪士五人相手に苦戦を強いられていた。
その時である。井上達と表口守備に当たっていた十四人が一気に池田屋に突入して行ったのは。

池田屋で戦闘が始まった時点で、ほぼ同時に四条通から三条通に北上を開始していた土方、井上達に伝令が飛んでいたのだ。
土方達十三人が池田屋の外を固め、井上達が苦戦する勇達の応援に屋内に入った。
君菊は歳三達に沖田を任せると、再び池田屋内に入ろうとしていた。
ぐいっと君菊は腕を引っ張られる。歳三が君菊の腕を引っ張っていた。

「歳三?」
「お前もここで待機だ」
「いいえ。局長命令よ。私は全体的な手助けをしなくちゃならない。まだ屋内は苦戦中よ。行かなきゃ」

凛とした声が響き渡る。いつの日か聞いた乾いた声ではない。無感情な瞳ではない。
使命を帯びた覚悟を決めた瞳がそこにはあった。
その瞳に何も言えなくなる歳三。そんな瞳をする彼女だから好きになった。

「大丈夫。ちゃんと帰ってくるから」

そう言って軽い足取りで君菊はその場を後にした。
その姿を歳三は悔しそうな表情で見守っていた。


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