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近藤勇は池田屋事件について後にこう語っている。
「このたびの敵は多勢でしたが、いずれも万夫の勇士で、まことにあやうい命を助かりました」
──と。
ことの始まりは、四月十二日午後八時頃。
松原通り木屋町に発生した家事現場に新瀬組が出動し、消火活動を妨害していた不審者を逮捕したことからだった。
新撰組は壬生屯所に連行した不審者の口から驚くべき事実を聞き出すこととなる。
長州系の不逞浪士、二百五十人ほどが京都の街に潜伏しているということだ。
この情報を元に新撰組の監察隊士が活動を始めた。潜伏先を突き止める為である。
六月一日。
新瀬組は大物不逞浪士の下僕の逮捕を成功させる。
不逞浪士の名前は宮部鼎蔵という。長州藩の朝廷における復権を目指して五月二十五日に入京、密かに地下活動を始めていた。
下僕には数日間に及ぶ激しい拷問が加えられ、ついに口を割ることになる。
前月末から四十人ほどが京都に潜入し、京都の南に隣接する伏見には百人、大阪には五百人が待機しているという。
そして、その目的は八月十八日の政変の首謀者である中川宮と松平容保を討ち取り、長州藩を政界に復帰させることにあった。
南風が強い日を待って京都市中に放火し、その混乱の中で目的を達成しようと、すでに四十人の浪士が火薬類を所持して京都に潜伏しているのだという。
新撰組の激しい拷問により、下僕は主人・宮部鼎蔵の潜伏場所についても口にする。潜伏場所は、四条本町上ル真街で薪炭商を営む桝屋の店舗。
場所が判明した為、新撰組は武田観柳斎をはじめとする八人の新撰組隊士が桝屋に踏み込んだ。六月五日午後七時頃のことだった。
宮部は下僕が逮捕されたことにより自身の危機を察知しており、長州藩邸に避難し、不在だった。
それでも家宅捜査を始めた新撰組は、「過日、合い奉り候とおり、烈しき風を機会とす」と記された書面、地下蔵からは大量の武器弾薬、さらに「會」は京都守護をつとめる会津藩の紋章である。
不逞浪士達は京都の焼き討ち計画を実行する中で、会津藩士を装い、混乱に拍車をかけるつもりだったのだ。
地下蔵を封印し、書類を押収した新撰組は、店の主人・喜右衛門を壬生屯所に連行した。
激しい拷問を加えられた喜右衛門は、その正体が古高俊太郎という長州系の不逞浪士であることを白状する。
さらに急速に進められた書類の分析から浪士達の計画が確認されるとともに詳細が明らかとされた。
その計画は、二日後に行われる祇園祭の山鉾巡行の混乱の中で実行に移す手筈だという。
さらに火災の中、御所から避難する天皇を奪って長州本国に連れて行くというとんでもないものであった。
新撰組が浪士の計画に驚愕したことは言うまでもない。さら事態を緊迫させる知らせが飛び込んでくる。
「大変です局長!副局長!」
「どうした」
「封印したはずの桝屋の地下裏が何者かによって破られました!」
「なんだと!中身は!!」
「武器弾薬は運び出されています!」
隊士の報告を聞く勇と歳三。
邪魔にならないように控えていた君菊だったが、彼女の耳にも隊士の報告は入った。
──浪士達は計画を前倒士にして実行するつもりなのかもしれない。
そう危機感を募らせた勇達は、会津藩に通報、さらに浪士の一斉捜索の即実施を要請することになる。
一方、計画的に古高を逮捕され、本拠地を奪われた不逞浪士も混乱していた。
新撰組の壬生屯所を襲って古高を奪い返そうと主張するものさえいたが、宮部は大事の前に軽率な行動は避けるべきだと判断し、急襲、夜五つ時(午後九時頃)から今後の方針を検討する会合をもつことになった。場所は長州藩定宿の池田屋に決まった。
新撰組の要請により一斉捜索を決意した会津藩が捜索開始時刻に定めたのが奇しくも浪士の会合が開かれる夜五つ時と同じだった。
午後になって新撰組は三々五々、壬生屯所から出発をする。浪士に一斉捜査を悟られない為だ。武具はまとめて送られることになった。
君菊はいつものならただ待っているだけだが、この時ばかりは胸騒ぎがし、男装に着替えて腰には打刀と脇差を帯刀していた。
祇園社(いまの八坂神社)西門前の祇園会所に到着した新撰組隊士は、三十四人だった。
壬生屯所には六人の隊士が残っていたが、尊王じょういが実行できない不満からくる脱走により四十人にまで隊士の数を減らしていた。
新撰組は、このなけなしの三十四人を会津藩からの助言により三つのチームに振り分けている。
近藤勇、沖田総司、永倉新八、藤堂平助、谷方太郎、浅野藤太郎、武田観柳斎、奥沢栄助、安藤早太郎、新田革左衛門の十人と人数を補う為に君菊が起用された。
「何考えてんだよ勇さん!君菊は関係ないだろ!」
「関係あるとも。ここで俺たちが止めることができなければ、京の街は火に包まれる。君菊も無事では済まない」
「だからって!」
「大丈夫よ、歳三。勇さんの言うとおり他人事ではないわ。私も戦う」
「君菊…」
勇に突っかかる歳三に対し、あくまでも冷静に言う君菊。
男装の姿に少しだけ大きいダンダラ羽織を着ていた。
別のチームとなっている歳三は不安でたまらなくなり、君菊を思い切り抱きしめた。
「無茶しないでくれよ」
「多分、無茶しないと今回は無理ね。せいぜい死なないようにするわ」
互いに温もりを確かめる。離れ難い温もりだった。
それでも君菊から離れた。この温もりを覚えていればどこでも戦える、そんな想いを抱いて。
「このたびの敵は多勢でしたが、いずれも万夫の勇士で、まことにあやうい命を助かりました」
──と。
ことの始まりは、四月十二日午後八時頃。
松原通り木屋町に発生した家事現場に新瀬組が出動し、消火活動を妨害していた不審者を逮捕したことからだった。
新撰組は壬生屯所に連行した不審者の口から驚くべき事実を聞き出すこととなる。
長州系の不逞浪士、二百五十人ほどが京都の街に潜伏しているということだ。
この情報を元に新撰組の監察隊士が活動を始めた。潜伏先を突き止める為である。
六月一日。
新瀬組は大物不逞浪士の下僕の逮捕を成功させる。
不逞浪士の名前は宮部鼎蔵という。長州藩の朝廷における復権を目指して五月二十五日に入京、密かに地下活動を始めていた。
下僕には数日間に及ぶ激しい拷問が加えられ、ついに口を割ることになる。
前月末から四十人ほどが京都に潜入し、京都の南に隣接する伏見には百人、大阪には五百人が待機しているという。
そして、その目的は八月十八日の政変の首謀者である中川宮と松平容保を討ち取り、長州藩を政界に復帰させることにあった。
南風が強い日を待って京都市中に放火し、その混乱の中で目的を達成しようと、すでに四十人の浪士が火薬類を所持して京都に潜伏しているのだという。
新撰組の激しい拷問により、下僕は主人・宮部鼎蔵の潜伏場所についても口にする。潜伏場所は、四条本町上ル真街で薪炭商を営む桝屋の店舗。
場所が判明した為、新撰組は武田観柳斎をはじめとする八人の新撰組隊士が桝屋に踏み込んだ。六月五日午後七時頃のことだった。
宮部は下僕が逮捕されたことにより自身の危機を察知しており、長州藩邸に避難し、不在だった。
それでも家宅捜査を始めた新撰組は、「過日、合い奉り候とおり、烈しき風を機会とす」と記された書面、地下蔵からは大量の武器弾薬、さらに「會」は京都守護をつとめる会津藩の紋章である。
不逞浪士達は京都の焼き討ち計画を実行する中で、会津藩士を装い、混乱に拍車をかけるつもりだったのだ。
地下蔵を封印し、書類を押収した新撰組は、店の主人・喜右衛門を壬生屯所に連行した。
激しい拷問を加えられた喜右衛門は、その正体が古高俊太郎という長州系の不逞浪士であることを白状する。
さらに急速に進められた書類の分析から浪士達の計画が確認されるとともに詳細が明らかとされた。
その計画は、二日後に行われる祇園祭の山鉾巡行の混乱の中で実行に移す手筈だという。
さらに火災の中、御所から避難する天皇を奪って長州本国に連れて行くというとんでもないものであった。
新撰組が浪士の計画に驚愕したことは言うまでもない。さら事態を緊迫させる知らせが飛び込んでくる。
「大変です局長!副局長!」
「どうした」
「封印したはずの桝屋の地下裏が何者かによって破られました!」
「なんだと!中身は!!」
「武器弾薬は運び出されています!」
隊士の報告を聞く勇と歳三。
邪魔にならないように控えていた君菊だったが、彼女の耳にも隊士の報告は入った。
──浪士達は計画を前倒士にして実行するつもりなのかもしれない。
そう危機感を募らせた勇達は、会津藩に通報、さらに浪士の一斉捜索の即実施を要請することになる。
一方、計画的に古高を逮捕され、本拠地を奪われた不逞浪士も混乱していた。
新撰組の壬生屯所を襲って古高を奪い返そうと主張するものさえいたが、宮部は大事の前に軽率な行動は避けるべきだと判断し、急襲、夜五つ時(午後九時頃)から今後の方針を検討する会合をもつことになった。場所は長州藩定宿の池田屋に決まった。
新撰組の要請により一斉捜索を決意した会津藩が捜索開始時刻に定めたのが奇しくも浪士の会合が開かれる夜五つ時と同じだった。
午後になって新撰組は三々五々、壬生屯所から出発をする。浪士に一斉捜査を悟られない為だ。武具はまとめて送られることになった。
君菊はいつものならただ待っているだけだが、この時ばかりは胸騒ぎがし、男装に着替えて腰には打刀と脇差を帯刀していた。
祇園社(いまの八坂神社)西門前の祇園会所に到着した新撰組隊士は、三十四人だった。
壬生屯所には六人の隊士が残っていたが、尊王じょういが実行できない不満からくる脱走により四十人にまで隊士の数を減らしていた。
新撰組は、このなけなしの三十四人を会津藩からの助言により三つのチームに振り分けている。
近藤勇、沖田総司、永倉新八、藤堂平助、谷方太郎、浅野藤太郎、武田観柳斎、奥沢栄助、安藤早太郎、新田革左衛門の十人と人数を補う為に君菊が起用された。
「何考えてんだよ勇さん!君菊は関係ないだろ!」
「関係あるとも。ここで俺たちが止めることができなければ、京の街は火に包まれる。君菊も無事では済まない」
「だからって!」
「大丈夫よ、歳三。勇さんの言うとおり他人事ではないわ。私も戦う」
「君菊…」
勇に突っかかる歳三に対し、あくまでも冷静に言う君菊。
男装の姿に少しだけ大きいダンダラ羽織を着ていた。
別のチームとなっている歳三は不安でたまらなくなり、君菊を思い切り抱きしめた。
「無茶しないでくれよ」
「多分、無茶しないと今回は無理ね。せいぜい死なないようにするわ」
互いに温もりを確かめる。離れ難い温もりだった。
それでも君菊から離れた。この温もりを覚えていればどこでも戦える、そんな想いを抱いて。
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