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「落ち着いてくれ、みんな。昨日はあの土砂降りだった。ここに人はほとんど居なかった。これ運が悪かったとしか言えないことだったと俺は思っている。」
そう演説するように言ったのは芹沢と同じく局長である勇だった。隣には副局長の歳三が居る。
事件の真相を知るものは限られていた。
君菊は勇の話を隊士達に混じって聞いているふりをする。
表情もいつも通り。なんら変化はない。
「君菊も一緒だったんだよな。大丈夫だったか?」
「ええ。お陰様で。お梅さんでしたっけ?あの人と寝るって芹沢さんは言って私は自室に戻りましたから」
原田が心配そうに尋ねてきた。
歳三と君菊が後から聞いた話であるが、お梅は自害したらしい。
芹沢の持っていた脇差で自身の首を斬ったそうだ。
そこまでする相手だったのだろうか、と君菊は思う。
誰かのことをそこまで好きになったことのない彼女には理解できないことだった。
「芹沢さん達のことは残念だったけど、君菊が無事で何よりだぜ」
原田の隣に居た永倉がそう言った。
その言葉に君菊は苦笑いで返した。普通に考えれば、万歳をして喜ぶべきことではないからである。
普通の反応をするのは意外と難しいことだな、と思いながら君菊は前を向いた。
新撰組は近藤一派が率いることを勇は宣言した。
芹沢が居なくなったことで反対する者は居なかった。
それからいつもの通りの朝が始まった。朝稽古である。
一つ、勇が率いることが決定したことで変化があった。
君菊を指導役として本格的に稽古をつけることになったことだ。
朝餉の支度が出来なくなると言って君菊は反対したのだが、芹沢暗殺をたった一人で成功させた実力者を世話役だけさせるのは勿体無いと勇は力説し、彼女が折れる形になった。
竹刀を持って隊士たちの稽古の様子を事細かく見る。
戸惑いを見せる隊士達。君菊の目は厳しい。手を抜いている隊士が居ればすぐさま指導をする。
君菊の隣には歳三も同じく隊士達のことに目を光らせている。そこに私情はない。
一定以上の実力者達の指導によって稽古は続けられていた。
芹沢鴨の暗殺からしばらく経った頃。
新瀬組内において不満が募り始めていた。
理由は簡単だ。将軍の上洛により攘夷の開戦に期待をかける新撰組だったが、一向に進展を見せる気配がなかったのである。
将軍はそのまま東帰するとの気配が濃厚になった。それにより、新撰組の攘夷に対する欲求不満は頂点に達しようとしていた。
近藤勇が新撰組を代表して、このまま攘夷が実行できない状態が続くのであれば、組織を解散させて欲しいと願い出る。
五月三日のことだった。
幕閣から解散を慰留された新撰組だったが、十六日に将軍は海路を江戸に帰って行った。
この頃から新撰組に脱走者が続出することになる。理由は攘夷という本来、新撰組のあるべき姿を実施できないからだ。
これにより、この時期に新撰組では後の隊規の一条目に発展する「出奔せし者は見付け次第、同士にて討ち果たし申すべし」との規定が設けられることとなる。
新撰組は不満を募りつつあったが、地道に市中取締りという与えられた任務をこなしていた。
「脱走者減ったわね」
「そうですねぇ…茶が身体に沁みます」
「総司。あんた年寄りみたいなこと言ってんじゃないわよ。若いくせに」
「君菊さん、厳しい」
「厳しくないでしょう。厳しくしているのは稽古の時ぐらいよ」
市中見回りから帰ってきた歳三達に茶を淹れながら君菊はそう言った。
橙色に染まる空。見上げれば烏が飛んでいる。燃えるような夕日。今日の京の街は平和であった。
「意外でしたよ、君菊さんが稽古を引き受けるだなんて」
「勇さんの力説ってどうも私、弱いのよね…」
沖田と君菊の会話を黙って見守る歳三。
歩き回ったせいか、少し疲れている自分に気がつく。
攘夷の開戦が出来ないでいる今、自分は武士らしくなってきているのだろうかとふと疑問に思った。
数年前、武士よりも武士らしくなりたいと武士になることを夢見た。
その為に君菊を嫁にもらうことを諦めた。最愛の人を嫁にしたいという夢は諦めた。
それくらい武士になることを夢見た。
でも、彼女を他の男に嫁がせるという選択肢は捨てさせた。
「京に来い」とあの日に言ったからである。
側から見れば酷い男である。
惚れた女に好きだという一言も言わずに、ここまで君菊を連れてきた。
たった一言で良いのに、歳三は言わない。
きっと呪いの言葉になってしまうだろうから言わない。
歳三は自分は長くは生きられないだろうと何処かで達観していた。
暗殺やら市中の警護をしている自分が長生きできるはずがないとわかっていた。
だからこそ告げないのである。
最愛の人に、自身の本当の想いを。
それでも傍に居て欲しい、だなんて。本当に勝手な話だ。
「勇さんの押しに弱いのは今に始まったことじゃないだろ」
「えぇ…そうだっけ。私、そんなに押しに弱い女だっけ」
「あと同性からの押しにも弱いだろ」
「それは自覚があります。女は怖いよぉ」
色んなことを見抜いちゃうからねぇ、と会話に参加してきた歳三に向けて君菊は言う。
新撰組を代表すると言っても過言ではない事件が発生するまでもう間も無くの話だった。
そう演説するように言ったのは芹沢と同じく局長である勇だった。隣には副局長の歳三が居る。
事件の真相を知るものは限られていた。
君菊は勇の話を隊士達に混じって聞いているふりをする。
表情もいつも通り。なんら変化はない。
「君菊も一緒だったんだよな。大丈夫だったか?」
「ええ。お陰様で。お梅さんでしたっけ?あの人と寝るって芹沢さんは言って私は自室に戻りましたから」
原田が心配そうに尋ねてきた。
歳三と君菊が後から聞いた話であるが、お梅は自害したらしい。
芹沢の持っていた脇差で自身の首を斬ったそうだ。
そこまでする相手だったのだろうか、と君菊は思う。
誰かのことをそこまで好きになったことのない彼女には理解できないことだった。
「芹沢さん達のことは残念だったけど、君菊が無事で何よりだぜ」
原田の隣に居た永倉がそう言った。
その言葉に君菊は苦笑いで返した。普通に考えれば、万歳をして喜ぶべきことではないからである。
普通の反応をするのは意外と難しいことだな、と思いながら君菊は前を向いた。
新撰組は近藤一派が率いることを勇は宣言した。
芹沢が居なくなったことで反対する者は居なかった。
それからいつもの通りの朝が始まった。朝稽古である。
一つ、勇が率いることが決定したことで変化があった。
君菊を指導役として本格的に稽古をつけることになったことだ。
朝餉の支度が出来なくなると言って君菊は反対したのだが、芹沢暗殺をたった一人で成功させた実力者を世話役だけさせるのは勿体無いと勇は力説し、彼女が折れる形になった。
竹刀を持って隊士たちの稽古の様子を事細かく見る。
戸惑いを見せる隊士達。君菊の目は厳しい。手を抜いている隊士が居ればすぐさま指導をする。
君菊の隣には歳三も同じく隊士達のことに目を光らせている。そこに私情はない。
一定以上の実力者達の指導によって稽古は続けられていた。
芹沢鴨の暗殺からしばらく経った頃。
新瀬組内において不満が募り始めていた。
理由は簡単だ。将軍の上洛により攘夷の開戦に期待をかける新撰組だったが、一向に進展を見せる気配がなかったのである。
将軍はそのまま東帰するとの気配が濃厚になった。それにより、新撰組の攘夷に対する欲求不満は頂点に達しようとしていた。
近藤勇が新撰組を代表して、このまま攘夷が実行できない状態が続くのであれば、組織を解散させて欲しいと願い出る。
五月三日のことだった。
幕閣から解散を慰留された新撰組だったが、十六日に将軍は海路を江戸に帰って行った。
この頃から新撰組に脱走者が続出することになる。理由は攘夷という本来、新撰組のあるべき姿を実施できないからだ。
これにより、この時期に新撰組では後の隊規の一条目に発展する「出奔せし者は見付け次第、同士にて討ち果たし申すべし」との規定が設けられることとなる。
新撰組は不満を募りつつあったが、地道に市中取締りという与えられた任務をこなしていた。
「脱走者減ったわね」
「そうですねぇ…茶が身体に沁みます」
「総司。あんた年寄りみたいなこと言ってんじゃないわよ。若いくせに」
「君菊さん、厳しい」
「厳しくないでしょう。厳しくしているのは稽古の時ぐらいよ」
市中見回りから帰ってきた歳三達に茶を淹れながら君菊はそう言った。
橙色に染まる空。見上げれば烏が飛んでいる。燃えるような夕日。今日の京の街は平和であった。
「意外でしたよ、君菊さんが稽古を引き受けるだなんて」
「勇さんの力説ってどうも私、弱いのよね…」
沖田と君菊の会話を黙って見守る歳三。
歩き回ったせいか、少し疲れている自分に気がつく。
攘夷の開戦が出来ないでいる今、自分は武士らしくなってきているのだろうかとふと疑問に思った。
数年前、武士よりも武士らしくなりたいと武士になることを夢見た。
その為に君菊を嫁にもらうことを諦めた。最愛の人を嫁にしたいという夢は諦めた。
それくらい武士になることを夢見た。
でも、彼女を他の男に嫁がせるという選択肢は捨てさせた。
「京に来い」とあの日に言ったからである。
側から見れば酷い男である。
惚れた女に好きだという一言も言わずに、ここまで君菊を連れてきた。
たった一言で良いのに、歳三は言わない。
きっと呪いの言葉になってしまうだろうから言わない。
歳三は自分は長くは生きられないだろうと何処かで達観していた。
暗殺やら市中の警護をしている自分が長生きできるはずがないとわかっていた。
だからこそ告げないのである。
最愛の人に、自身の本当の想いを。
それでも傍に居て欲しい、だなんて。本当に勝手な話だ。
「勇さんの押しに弱いのは今に始まったことじゃないだろ」
「えぇ…そうだっけ。私、そんなに押しに弱い女だっけ」
「あと同性からの押しにも弱いだろ」
「それは自覚があります。女は怖いよぉ」
色んなことを見抜いちゃうからねぇ、と会話に参加してきた歳三に向けて君菊は言う。
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