20 / 46
20
しおりを挟む
話は少し遡る。
勇は君菊に暗殺の話し合いの前、あることを頼んでいた。
芹沢鴨を誘惑して自分の思い通りにして欲しい──と。
それが一つ目の頼み。これは歳三との仲を狙われている女の彼女にしかできぬことであった。
そして二つ目。これは会合直前に言われた言葉。
「もし、可能なら芹沢さんを殺して欲しい」
そう頼まれていたのである。
これは勇が彼女の実家の家系を調べていたことから言われたことであった。
君菊の家系は古くは暗殺を生業としていた闇に生きる家系だった。
今でこそただの農家ではあるが、教えとして「誰であろうと人を殺す覚悟」だけは代々受け継がれている。
それは君菊も例外ではなかった。
主人格から別人格へ切り替えられるように訓練するのである。
君菊の無表情さは主人格から別人格に切り替わっていた時の表情であった。
なんてことのないように君菊は全て話す。
歳三は驚愕こそしたものの、君菊のことを嫌いになることなど出来はしなかった。
むしろそこまで強くなってしまった事実を悲しく思った。
人殺しができる人間が剣術を習えば、こうなることは必然だった。
血まみれになっている君菊。
その君菊を歳三は強く正面から抱きしめた。突然のことに彼女は持っていた刀を落とす。
「血まみれになるよ、歳三も」
「構わねぇ。むしろ歓迎だ」
「変な歳三」
乾いた声で君菊は話す。それでも瞳には暖かさが戻りつつあった。
歳三からの温もりが感じられる。人を殺したことは何とも思っていないが、その暖かさは心に沁みた。
「後処理は私たちに任せてトシさんは君菊さんの傍にいてあげてください」
山南がそう言った。沖田と井上も頷いている。
ひょいと軽々と荷物でも持つかのように歳三は君菊を横抱きにして抱き上げた。
「歩けるよ」
「大仕事したんだから無茶すんな」
歳三は言われた通りに山南達に後処理を任せ、部屋に戻った。
運ばれた部屋は君菊の部屋であった。
「襦袢、他に持ってるか?」
「持ってるよ。私も休むから歳三も自分の部屋で休みなよ」
「嫌だ」
「ここでわがまま言わないで」
「嫌なもんは嫌なんだよ」
居座る気満々の歳三。ため息を漏らす君菊。粘り強さだけは君菊に負けない歳三。
早々に諦めた彼女は、纏めている荷物の中から新たな襦袢を出した。
「着替えるから。見たら目が潰れるからね」
「見ねーよ」
しゅるしゅると紐が解かれる音が歳三の耳に届いた。
振り向いたらあられのない姿の君菊を見ることが出来るのだろう。
でもそうしたくはなかった。何故か君菊に対してはそのような不埒なことを考えなかった。
大切過ぎて、そのようなことをしたいと思えないのである。
少しすると、「終わったよ」と声がした。
振り向くとすっかり血が取れている普段の君菊がそこには居た。
「血まみれの襦袢どうしようか」
「焼いちまえばいいんじゃねぇか」
「そうしよう」
朝餉の支度の時に火を起こす際に燃やしてしまえばいい。
寝坊はできないなと君菊は早速寝る支度を始めた。
布団を敷き終わると、布団の中に入る。
歳三はそれを見てるだけだ。寝るつもりがないのだろうか、と君菊は思った。
「寝ないの?」
「ああ。今日は元々起きてるつもりだったからな」
「…別に隣で寝てもいいよ。この前も寝たし」
「え」
「もう私は寝るね。おやすみ」
言うなり君菊は背中を向けて目を閉じた。
歳三は君菊に言われた言葉を反芻する。
以前、同衾した時はただの歳三のわがままだった。
だが今回は違う。君菊から歩み寄ってくれているような言葉だった。
…こんな機会、逃したら一生後悔するかもしれない。
そう歳三は思い、着流しの姿になると君菊の布団の中に入った。
既に寝息が聞こえる。どうやら疲れていたらしい。
無理もない。君菊にとって初めての人殺しだったのだから。
精神の疲労の方が本人が思っているよりもしているだろう。
君菊の背中を抱きしめて歳三も眠りについた。
ここに自分は居る、一人じゃない。という意味を君菊に込めて。
翌日。
「おはよう。朝稽古、遅刻するよ」
先に起きていたのは君菊だった。君菊がいた場所は冷たい。
既に普段着の着物に着替えていた。捨て置いていた血まみれの襦袢はもうない。
寝ている間に燃やしたようだ。
歳三は目を擦りながら起きる。寝坊はしない方の人間だ。
ドタドタと廊下を乱暴に歩く音が聞こえてくる。
隣の歳三の部屋で足音は止まった。
「トシさん!やべぇぞ!!」
「なんだ、永倉。朝からうるせーぞ」
君菊の部屋から顔を覗かせる歳三。
すると永倉は顔を真っ赤にさせて、
「こんな時にお楽しみだったのかよ!余裕だな!」
と怒鳴りつけた。
「なんのことだ?」
「だって君菊の部屋から顔を出してるってことはそういうことだろ?」
「生憎、何もしてねーよ。残念だったな。…ところで朝から騒いでどうした」
「あ、あぁ!芹沢さんと平山さんが長州藩の奴に殺されたらしいんだ!」
「…本当か?」
「本当だよ。今、隊士たちが騒いで大変なことになってんだ」
「分かった。先に行っててくれ。俺もすぐに行く」
「頼んだぜ、トシさん!」
永倉がその場を後にする。
君菊はその様子を黙って見ていた。
「歳三。そこまで計画してたんだ」
「まぁな。自分の部屋で支度してくる」
「うん」
騒がしい一日が始まろうとしていた。
勇は君菊に暗殺の話し合いの前、あることを頼んでいた。
芹沢鴨を誘惑して自分の思い通りにして欲しい──と。
それが一つ目の頼み。これは歳三との仲を狙われている女の彼女にしかできぬことであった。
そして二つ目。これは会合直前に言われた言葉。
「もし、可能なら芹沢さんを殺して欲しい」
そう頼まれていたのである。
これは勇が彼女の実家の家系を調べていたことから言われたことであった。
君菊の家系は古くは暗殺を生業としていた闇に生きる家系だった。
今でこそただの農家ではあるが、教えとして「誰であろうと人を殺す覚悟」だけは代々受け継がれている。
それは君菊も例外ではなかった。
主人格から別人格へ切り替えられるように訓練するのである。
君菊の無表情さは主人格から別人格に切り替わっていた時の表情であった。
なんてことのないように君菊は全て話す。
歳三は驚愕こそしたものの、君菊のことを嫌いになることなど出来はしなかった。
むしろそこまで強くなってしまった事実を悲しく思った。
人殺しができる人間が剣術を習えば、こうなることは必然だった。
血まみれになっている君菊。
その君菊を歳三は強く正面から抱きしめた。突然のことに彼女は持っていた刀を落とす。
「血まみれになるよ、歳三も」
「構わねぇ。むしろ歓迎だ」
「変な歳三」
乾いた声で君菊は話す。それでも瞳には暖かさが戻りつつあった。
歳三からの温もりが感じられる。人を殺したことは何とも思っていないが、その暖かさは心に沁みた。
「後処理は私たちに任せてトシさんは君菊さんの傍にいてあげてください」
山南がそう言った。沖田と井上も頷いている。
ひょいと軽々と荷物でも持つかのように歳三は君菊を横抱きにして抱き上げた。
「歩けるよ」
「大仕事したんだから無茶すんな」
歳三は言われた通りに山南達に後処理を任せ、部屋に戻った。
運ばれた部屋は君菊の部屋であった。
「襦袢、他に持ってるか?」
「持ってるよ。私も休むから歳三も自分の部屋で休みなよ」
「嫌だ」
「ここでわがまま言わないで」
「嫌なもんは嫌なんだよ」
居座る気満々の歳三。ため息を漏らす君菊。粘り強さだけは君菊に負けない歳三。
早々に諦めた彼女は、纏めている荷物の中から新たな襦袢を出した。
「着替えるから。見たら目が潰れるからね」
「見ねーよ」
しゅるしゅると紐が解かれる音が歳三の耳に届いた。
振り向いたらあられのない姿の君菊を見ることが出来るのだろう。
でもそうしたくはなかった。何故か君菊に対してはそのような不埒なことを考えなかった。
大切過ぎて、そのようなことをしたいと思えないのである。
少しすると、「終わったよ」と声がした。
振り向くとすっかり血が取れている普段の君菊がそこには居た。
「血まみれの襦袢どうしようか」
「焼いちまえばいいんじゃねぇか」
「そうしよう」
朝餉の支度の時に火を起こす際に燃やしてしまえばいい。
寝坊はできないなと君菊は早速寝る支度を始めた。
布団を敷き終わると、布団の中に入る。
歳三はそれを見てるだけだ。寝るつもりがないのだろうか、と君菊は思った。
「寝ないの?」
「ああ。今日は元々起きてるつもりだったからな」
「…別に隣で寝てもいいよ。この前も寝たし」
「え」
「もう私は寝るね。おやすみ」
言うなり君菊は背中を向けて目を閉じた。
歳三は君菊に言われた言葉を反芻する。
以前、同衾した時はただの歳三のわがままだった。
だが今回は違う。君菊から歩み寄ってくれているような言葉だった。
…こんな機会、逃したら一生後悔するかもしれない。
そう歳三は思い、着流しの姿になると君菊の布団の中に入った。
既に寝息が聞こえる。どうやら疲れていたらしい。
無理もない。君菊にとって初めての人殺しだったのだから。
精神の疲労の方が本人が思っているよりもしているだろう。
君菊の背中を抱きしめて歳三も眠りについた。
ここに自分は居る、一人じゃない。という意味を君菊に込めて。
翌日。
「おはよう。朝稽古、遅刻するよ」
先に起きていたのは君菊だった。君菊がいた場所は冷たい。
既に普段着の着物に着替えていた。捨て置いていた血まみれの襦袢はもうない。
寝ている間に燃やしたようだ。
歳三は目を擦りながら起きる。寝坊はしない方の人間だ。
ドタドタと廊下を乱暴に歩く音が聞こえてくる。
隣の歳三の部屋で足音は止まった。
「トシさん!やべぇぞ!!」
「なんだ、永倉。朝からうるせーぞ」
君菊の部屋から顔を覗かせる歳三。
すると永倉は顔を真っ赤にさせて、
「こんな時にお楽しみだったのかよ!余裕だな!」
と怒鳴りつけた。
「なんのことだ?」
「だって君菊の部屋から顔を出してるってことはそういうことだろ?」
「生憎、何もしてねーよ。残念だったな。…ところで朝から騒いでどうした」
「あ、あぁ!芹沢さんと平山さんが長州藩の奴に殺されたらしいんだ!」
「…本当か?」
「本当だよ。今、隊士たちが騒いで大変なことになってんだ」
「分かった。先に行っててくれ。俺もすぐに行く」
「頼んだぜ、トシさん!」
永倉がその場を後にする。
君菊はその様子を黙って見ていた。
「歳三。そこまで計画してたんだ」
「まぁな。自分の部屋で支度してくる」
「うん」
騒がしい一日が始まろうとしていた。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説

永き夜の遠の睡りの皆目醒め
七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。
新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。
しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。
近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。
首はどこにあるのか。
そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。
※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい
熾ーおこりー
ようさん
ホラー
【第8回ホラー・ミステリー小説大賞参加予定作品(リライト)】
幕末一の剣客集団、新撰組。
疾風怒濤の時代、徳川幕府への忠誠を頑なに貫き時に鉄の掟の下同志の粛清も辞さない戦闘派治安組織として、倒幕派から庶民にまで恐れられた。
組織の転機となった初代局長・芹澤鴨暗殺事件を、原田左之助の視点で描く。
志と名誉のためなら死をも厭わず、やがて新政府軍との絶望的な戦争に飲み込まれていった彼らを蝕む闇とはーー
※史実をヒントにしたフィクション(心理ホラー)です
【登場人物】(ネタバレを含みます)
原田左之助(二三歳) 伊代松山藩出身で槍の名手。新撰組隊士(試衛館派)
芹澤鴨(三七歳) 新撰組筆頭局長。文武両道の北辰一刀流師範。刀を抜くまでもない戦闘の際には鉄製の軍扇を武器とする。水戸派のリーダー。
沖田総司(二一歳) 江戸出身。新撰組隊士の中では最年少だが剣の腕前は五本の指に入る(試衛館派)
山南敬助(二七歳) 仙台藩出身。土方と共に新撰組副長を務める。温厚な調整役(試衛館派)
土方歳三(二八歳)武州出身。新撰組副長。冷静沈着で自分にも他人にも厳しい。試衛館の弟子筆頭で一本気な男だが、策士の一面も(試衛館派)
近藤勇(二九歳) 新撰組局長。土方とは同郷。江戸に上り天然理心流の名門道場・試衛館を継ぐ。
井上源三郎(三四歳) 新撰組では一番年長の隊士。近藤とは先代の兄弟弟子にあたり、唯一の相談役でもある。
新見錦 芹沢の腹心。頭脳派で水戸派のブレインでもある
平山五郎 芹澤の腹心。直情的な男(水戸派)
平間(水戸派)
野口(水戸派)
(画像・速水御舟「炎舞」部分)
【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部
山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。
これからどうかよろしくお願い致します!
ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる