壬生狼の戦姫

天羽ヒフミ

文字の大きさ
上 下
18 / 46

しおりを挟む
二日後、会合前。

「え?私も行くんですか、勇さん」
「あぁ。芹沢さんが是非って」
「浪士組じゃないんですけどねぇ…何で私が…」

困ったような顔をする君菊。
歳三から芹沢に気をつけろと言われたばかり。その芹沢の指名。
うなづくのは難しいことである。
だが、それでも君菊は行くことに決める。勇にある一言を言われたからである。

「君菊も行くのか」
「うん。芹沢さんのご指名だって」
「……あんま近づかないでくれよ」
「今日は無理なんじゃないかなぁ」

歳三は渋い顔を見せる。
副局長の座に収まっている彼は上官である芹沢にあまり強く言うことは出来ない。
焼き討ちの際に強く言えなかった理由がそれである。
それに勢力の差がある。仕方のないことだと言えた。

「大丈夫だよ。あの人もみんながいる前で変なことしないって」

そう確信めいたように言う君菊。
歳三はそうだろうか、と思いながら君菊の支度を待った。
女の支度はいつの時代も時間がかかるものである。


君菊も混じって会合場所の島原遊郭・角屋へ向かう。
選りすぐりの美女たちからお酌をしてもらえるかと思うと、隊士たちの足取りは軽くなった。
そんな浮かれている隊士たちを見て歳三はため息を漏らす。
隣を歩く君菊は早くも歳三が仕事で疲れているのかな、と斜め上のことを考えていた。

「あまり離れないようにしてくれよ。迷うぞ」
「分かってます。だから離れて歩いてないじゃない」

歳三は市中見回りの警護で京の街の道はもう頭に入っている。だから迷うことはない。
本来なら君菊の肩でも抱いて歩きたいところだったが、公衆の面勢でそれをする勇気はなかった。
だが君菊から行動を起こした。
歳三の手を、自身の手に絡ませたのだ。現代で言う恋人繋ぎというやつだ。
普段ならこのようなことを決してしない。歳三は心の中で歓喜と共に驚く。

「どうかしたのか?」
「こうしてれば私が迷うことないでしょ」

名案だとばかりに得意げに言う君菊。
小さな手が歳三の手に絡んでいる。それをしっかりと握り締めた。

──その二人の姿を憎らしいという目つきで芹沢は見ていた。


「私、この着物でいいのですが…」
「せっかくなんだし、借りて着てみればいいんじゃないか?」

勇が君菊の戸惑いに背中を押す。
数多いる遊女たちから見ても君菊という女は美女であった。
そこで一人の遊女が自身たちの着物を着せてみたいと言ってきたのである。
確かに君菊の着物は質素だ。だからこそ容姿が目立ったのであるが。

「でも着付けとか分かりませんよ」
「そこはわっちらに任せてくださいまし。君菊さん」

言い出しっぺの遊女が自信を持ってそう言う。
しばらく押し問答が続いたが同性である女の押しには弱い君菊は折れた形になり、隊士たちとは一度別行動になった。


一方、歳三は困っていた。会合と立派に言いつつも現代でいうただの飲み会である。
遊女たちはこぞって歳三にお酌しようと迫ってきたのである。
女から見れば、滅多に見ることの出来ぬ美男子である。逃す手というのはないだろう。
実際に、故郷へ「遊女にモテて仕方ない」という旨の文を送っていたという。
それだけの美男子だったということである。
この話では君菊という女に惚れているため土方歳三はそのようなことはしなかったが。

「総司、ちょっと助けろ」
「嫌です。君菊さんに怒られれば良いんですよ」
「それが嫌だから頼んでるんじゃねぇか!」

さすがに鈍い君菊でも、他の女と遊んでいるところを見ればどんな反応をするやら。
想像するだけでも恐ろしい。
自分よりも戦闘能力の高い女を歳三は怒らせたくはなかった。


大広間の襖が静かに開かれる。

──そこには傾国が居た。

軽く化粧が施された頬は乳白色に染まっている。口紅はしっかりと施されたようで薔薇色。
当時、花魁がしていたとされる伊達兵庫髷の髪型。派手な赤色の絹地の着物に黒い打掛を着ている。
君菊という名の傾国がそこには居た。
その場に居た男女問わず全員がその美しさに惚けた。

「そんなに見られるとちょっと恥ずかしいですね…あまり似合っていませんか?」

着慣れない着物を引きずりながら歩いて行く君菊。
言い出しっぺの遊女が「そんなことありはしませんよ」と笑顔で言っている。
それはその場に居る誰しもが思っていることであった。

「歳三、どう?似合ってる?」
「………」

歳三の周りを囲んでいる遊女たちが引いていく。
問われた当の本人は心臓の高鳴りをどうにかするのに必死であった。
こんなにもまだ美人になれるのかと、こんなにもまた惚れされることが出来るのかと。
言葉が、なかなか出ない。

「歳三?」
「…良いんじゃねぇか?」
「おー!歳三にしては良い褒め言葉じゃない」

ようやく絞り出した言葉はそんな味気ない言葉だった。
それでも一所懸命に出した言葉だということに君菊は気がついており、素直に嬉しく思った。

「お酌してあげましょうか?」
「…頼む」

小さくぽつりと言う歳三。刺激が強すぎて耐えられないのである。
そんな歳三の隣に綺麗な仕草で座る君菊。
慣れた手つきで歳三にお酌をした。それを天にも上ってしまいそうな気持ちで歳三は一気に酒を飲み干した。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

浅葱色の桜

初音
歴史・時代
新選組の局長、近藤勇がその剣術の腕を磨いた道場・試衛館。 近藤勇は、子宝にめぐまれなかった道場主・周助によって養子に迎えられる…というのが史実ですが、もしその周助に娘がいたら?というIfから始まる物語。 「女のくせに」そんな呪いのような言葉と向き合いながら、剣術の鍛錬に励む主人公・さくらの成長記です。 時代小説の雰囲気を味わっていただくため、縦書読みを推奨しています。縦書きで読みやすいよう、行間を詰めています。 小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも載せてます。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

鷹の翼

那月
歴史・時代
時は江戸時代幕末。 新選組を目の敵にする、というほどでもないが日頃から敵対する1つの組織があった。 鷹の翼 これは、幕末を戦い抜いた新選組の史実とは全く関係ない鷹の翼との日々。 鷹の翼の日常。日課となっている嫌がらせ、思い出したかのようにやって来る不定期な新選組の奇襲、アホな理由で勃発する喧嘩騒動、町の騒ぎへの介入、それから恋愛事情。 そんな毎日を見届けた、とある少女のお話。 少女が鷹の翼の門扉を、めっちゃ叩いたその日から日常は一変。 新選組の屯所への侵入は失敗。鷹の翼に曲者疑惑。崩れる家族。鷹の翼崩壊の危機。そして―― 複雑な秘密を抱え隠す少女は、鷹の翼で何を見た? なお、本当に史実とは別次元の話なので容姿、性格、年齢、話の流れ等は完全オリジナルなのでそこはご了承ください。 よろしくお願いします。

幕末レクイエム―士魂の城よ、散らざる花よ―

馳月基矢
歴史・時代
徳川幕府をやり込めた勢いに乗じ、北進する新政府軍。 新撰組は会津藩と共に、牙を剥く新政府軍を迎え撃つ。 武士の時代、刀の時代は終わりを告げる。 ならば、刀を執る己はどこで滅ぶべきか。 否、ここで滅ぶわけにはいかない。 士魂は花と咲き、決して散らない。 冷徹な戦略眼で時流を見定める新撰組局長、土方歳三。 あやかし狩りの力を持ち、無敵の剣を謳われる斎藤一。 schedule 公開:2019.4.1 連載:2019.4.19-5.1 ( 6:30 & 18:30 )

陣借り狙撃やくざ無情譚(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走
歴史・時代
(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)猟師として生きている栄助。ありきたりな日常がいつまでも続くと思っていた。  だが、陣借り無宿というやくざ者たちの出入り――戦に、陣借りする一種の傭兵に従兄弟に誘われる。 その後、栄助は陣借り無宿のひとりとして従兄弟に付き従う。たどりついた宿場で陣借り無宿としての働き、その魔力に栄助は魅入られる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

居候同心

紫紺
歴史・時代
臨時廻り同心風見壮真は実家の離れで訳あって居候中。 本日も頭の上がらない、母屋の主、筆頭与力である父親から呼び出された。 実は腕も立ち有能な同心である壮真は、通常の臨時とは違い、重要な案件を上からの密命で動く任務に就いている。 この日もまた、父親からもたらされた案件に、情報屋兼相棒の翔一郎と解決に乗り出した。 ※完結しました。

処理中です...