壬生狼の戦姫

天羽ヒフミ

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二日後、会合前。

「え?私も行くんですか、勇さん」
「あぁ。芹沢さんが是非って」
「浪士組じゃないんですけどねぇ…何で私が…」

困ったような顔をする君菊。
歳三から芹沢に気をつけろと言われたばかり。その芹沢の指名。
うなづくのは難しいことである。
だが、それでも君菊は行くことに決める。勇にある一言を言われたからである。

「君菊も行くのか」
「うん。芹沢さんのご指名だって」
「……あんま近づかないでくれよ」
「今日は無理なんじゃないかなぁ」

歳三は渋い顔を見せる。
副局長の座に収まっている彼は上官である芹沢にあまり強く言うことは出来ない。
焼き討ちの際に強く言えなかった理由がそれである。
それに勢力の差がある。仕方のないことだと言えた。

「大丈夫だよ。あの人もみんながいる前で変なことしないって」

そう確信めいたように言う君菊。
歳三はそうだろうか、と思いながら君菊の支度を待った。
女の支度はいつの時代も時間がかかるものである。


君菊も混じって会合場所の島原遊郭・角屋へ向かう。
選りすぐりの美女たちからお酌をしてもらえるかと思うと、隊士たちの足取りは軽くなった。
そんな浮かれている隊士たちを見て歳三はため息を漏らす。
隣を歩く君菊は早くも歳三が仕事で疲れているのかな、と斜め上のことを考えていた。

「あまり離れないようにしてくれよ。迷うぞ」
「分かってます。だから離れて歩いてないじゃない」

歳三は市中見回りの警護で京の街の道はもう頭に入っている。だから迷うことはない。
本来なら君菊の肩でも抱いて歩きたいところだったが、公衆の面勢でそれをする勇気はなかった。
だが君菊から行動を起こした。
歳三の手を、自身の手に絡ませたのだ。現代で言う恋人繋ぎというやつだ。
普段ならこのようなことを決してしない。歳三は心の中で歓喜と共に驚く。

「どうかしたのか?」
「こうしてれば私が迷うことないでしょ」

名案だとばかりに得意げに言う君菊。
小さな手が歳三の手に絡んでいる。それをしっかりと握り締めた。

──その二人の姿を憎らしいという目つきで芹沢は見ていた。


「私、この着物でいいのですが…」
「せっかくなんだし、借りて着てみればいいんじゃないか?」

勇が君菊の戸惑いに背中を押す。
数多いる遊女たちから見ても君菊という女は美女であった。
そこで一人の遊女が自身たちの着物を着せてみたいと言ってきたのである。
確かに君菊の着物は質素だ。だからこそ容姿が目立ったのであるが。

「でも着付けとか分かりませんよ」
「そこはわっちらに任せてくださいまし。君菊さん」

言い出しっぺの遊女が自信を持ってそう言う。
しばらく押し問答が続いたが同性である女の押しには弱い君菊は折れた形になり、隊士たちとは一度別行動になった。


一方、歳三は困っていた。会合と立派に言いつつも現代でいうただの飲み会である。
遊女たちはこぞって歳三にお酌しようと迫ってきたのである。
女から見れば、滅多に見ることの出来ぬ美男子である。逃す手というのはないだろう。
実際に、故郷へ「遊女にモテて仕方ない」という旨の文を送っていたという。
それだけの美男子だったということである。
この話では君菊という女に惚れているため土方歳三はそのようなことはしなかったが。

「総司、ちょっと助けろ」
「嫌です。君菊さんに怒られれば良いんですよ」
「それが嫌だから頼んでるんじゃねぇか!」

さすがに鈍い君菊でも、他の女と遊んでいるところを見ればどんな反応をするやら。
想像するだけでも恐ろしい。
自分よりも戦闘能力の高い女を歳三は怒らせたくはなかった。


大広間の襖が静かに開かれる。

──そこには傾国が居た。

軽く化粧が施された頬は乳白色に染まっている。口紅はしっかりと施されたようで薔薇色。
当時、花魁がしていたとされる伊達兵庫髷の髪型。派手な赤色の絹地の着物に黒い打掛を着ている。
君菊という名の傾国がそこには居た。
その場に居た男女問わず全員がその美しさに惚けた。

「そんなに見られるとちょっと恥ずかしいですね…あまり似合っていませんか?」

着慣れない着物を引きずりながら歩いて行く君菊。
言い出しっぺの遊女が「そんなことありはしませんよ」と笑顔で言っている。
それはその場に居る誰しもが思っていることであった。

「歳三、どう?似合ってる?」
「………」

歳三の周りを囲んでいる遊女たちが引いていく。
問われた当の本人は心臓の高鳴りをどうにかするのに必死であった。
こんなにもまだ美人になれるのかと、こんなにもまた惚れされることが出来るのかと。
言葉が、なかなか出ない。

「歳三?」
「…良いんじゃねぇか?」
「おー!歳三にしては良い褒め言葉じゃない」

ようやく絞り出した言葉はそんな味気ない言葉だった。
それでも一所懸命に出した言葉だということに君菊は気がついており、素直に嬉しく思った。

「お酌してあげましょうか?」
「…頼む」

小さくぽつりと言う歳三。刺激が強すぎて耐えられないのである。
そんな歳三の隣に綺麗な仕草で座る君菊。
慣れた手つきで歳三にお酌をした。それを天にも上ってしまいそうな気持ちで歳三は一気に酒を飲み干した。


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