17 / 46
⑰
しおりを挟む
「君菊。もうちょっと近くに来てくれ」
「え?どうしたのってちょっと!」
就寝前、君菊の部屋で彼女は歳三に自身の背中へ腕を回される。
自然と抱擁される形になった。囁き声で歳三が言う。
「芹沢さんに気をつけてくれ」
「え?」
「この意味がわからなくてもいい。とにかく気をつけてくれ」
「…えっと、わかった」
必死に耳元で訴えかける歳三。
君菊は言われている意味が本当にわからずにいた。
それよりも歳三とのこの距離と、耳元で囁かれたことの方が彼女にとっては問題だった。
──また身体が熱くなってきた。どうしちゃったの、私。
今の君菊にとっては歳三も気をつけるべき対象である。
何せ勝手に身体がおかしくなるのだから。まるで機械が故障したかのように。
「わかったから…離してもよくない?歳三」
「嫌だ」
「なんで!?」
歳三の抱きしめる力が強まる。戸惑う君菊。
「お前、ちょっと他の男に気を遣い過ぎだ」
「そりゃあ、一緒にお世話になってるんだから当たり前でしょ」
「気に入らねぇんだよ」
「そう言われても…円滑な関係は大切だよ?」
更に抱きしめる腕の強さが増す。
歳三の言っている意味がまるでわからない君菊。
どうして他の男に気遣いをすると気に入らないのか、わかっていない。
この腕の力の強さの理由も同じくである。
とにかく自身の中にある決めていることを歳三に示すしかできない。
「そりゃあ、そうだろうけどよ…」
歳三は肯定の言葉を示そうと努力するものの紡がれる言葉は違うものになる。納得していないようだ。
普通の人間なら察しようものの君菊はあまりにも恋愛に関することは鈍過ぎる為に察することができない。
まるで有り余る力の代償かのようにわかっていない。
そのことも重々わかっている歳三。だからこそ色気が増した君菊が他の男に笑顔を振りまいていることが気に入らなかった。
「わかってるならあんまりわがまま言わないでよ。子供じゃないんだから」
歳三の腕の中でため息をつく君菊。バラガキの頃に戻ったのか、と呆れる。
呆れらても譲りたくない気持ちが優っている歳三。
そんな両者の意見が噛み合っていない中、君菊がいきなり低い声で言った。
「ねぇ、歳三。勇さんたちと何を話していたの?」
いつもならそんなことを聞き出すような真似をしない君菊。
竹刀で胸を突かれたかのような衝撃を受ける歳三。あまりにも珍しいことを聞いてくる彼女に驚いたのだ。
攘夷のことなど政の話に君菊は普段から参加しない。
興味がないという訳ではない。男同士だけで話をした方が良いこともあるという考えを持っているからだ。
歳三も君菊のその気遣いはわかっている。だからこそ衝撃を受けた。
「男同士の話だぞ。珍しいな、聞きたがるなんて」
「だって、当番の時にあんた遅刻したことないじゃない。少なくとも私と一緒の時は」
「そういえばそうだな」
「だから、余程のことをお話ししていたのかなって思って。気になったの」
歳三は許嫁の鋭さに感心したのと同時に頭が痛くなった。
このことには察して欲しくなかったのだ。
何故ならば──芹沢鴨を暗殺する、という内容の話をしていたのだから。
芹沢一派と近藤一派の関係はお世辞にも良いものとは言えなかった。
最初から勢力が強かった芹沢一派。それにようやく時間をおいて追いついてきた近藤一派。
何より会津藩より芹沢鴨の処置を近藤勇は頼まれていたのだ。
壬生浪士組結成時、芹沢一派の次の勢力は新見錦だっが、その後、平山五郎が急速に台頭を見せ始めた。局長ぐらいまで昇進する勢いであったことを暗示する記録が残されている。
その代わりに新見錦は何らかの理由で失脚している。
考えられるのは彼が自暴自棄になっており、特に乱暴が酷かったということだ。
芹沢の説得にも耳を貸すことはなかったという。
そのためついには新撰組総意で切腹という形で新見錦は命を断つことになった。
九月十三日のことであった。
それが行われたのが昨日。
君菊は新鮮組が決めたことに口を出すような真似はしなかった。
本当に邪魔をしない女だったのである。
二日後、島原遊郭の角屋で会合が開かれることになっている。
その時を狙って歳三たちは芹沢鴨を暗殺しようと企んでいたのだ。
話とはそのことであった。
「悪い。言えねぇ」
「そっか。なら仕方ないよ」
歳三の背中を軽く叩いて了承の意を示す君菊。
実は君菊も勇とある話をしていたのである。それは君菊にしか出来ぬことであった。
その話の内容から推測するに、歳三たちのしようとしている内容が彼女にはわかった。
──芹沢さんを消すつもりね。
正しく勇たちの考えをまるで最初から知っていたかのように察したのである。
その日、くっつき虫と化していた歳三を引き剥がすことは出来ず、仕方なく同衾することになった。
当時としては夫婦でもない男女二人の同衾は褒められた行為ではなかったが、許嫁同士ということで君菊は目を瞑ることにした。
翌日。
「手伝おう。俺は何をしたらいい」
「ありがとうございます、芹沢さん。そうですね…茶碗を並べてくださいますか?」
今日は若き隊士と共に朝餉の支度をしている君菊。
さりげなく君菊のことを触ろうとしてくるが、それを綺麗に躱し続けていた。
そんな中、局長の芹沢が現れる。彼女に触ろうにも触ることができない。
若き隊士の心中を察したのか、芹沢は短く笑っていた。
「え?どうしたのってちょっと!」
就寝前、君菊の部屋で彼女は歳三に自身の背中へ腕を回される。
自然と抱擁される形になった。囁き声で歳三が言う。
「芹沢さんに気をつけてくれ」
「え?」
「この意味がわからなくてもいい。とにかく気をつけてくれ」
「…えっと、わかった」
必死に耳元で訴えかける歳三。
君菊は言われている意味が本当にわからずにいた。
それよりも歳三とのこの距離と、耳元で囁かれたことの方が彼女にとっては問題だった。
──また身体が熱くなってきた。どうしちゃったの、私。
今の君菊にとっては歳三も気をつけるべき対象である。
何せ勝手に身体がおかしくなるのだから。まるで機械が故障したかのように。
「わかったから…離してもよくない?歳三」
「嫌だ」
「なんで!?」
歳三の抱きしめる力が強まる。戸惑う君菊。
「お前、ちょっと他の男に気を遣い過ぎだ」
「そりゃあ、一緒にお世話になってるんだから当たり前でしょ」
「気に入らねぇんだよ」
「そう言われても…円滑な関係は大切だよ?」
更に抱きしめる腕の強さが増す。
歳三の言っている意味がまるでわからない君菊。
どうして他の男に気遣いをすると気に入らないのか、わかっていない。
この腕の力の強さの理由も同じくである。
とにかく自身の中にある決めていることを歳三に示すしかできない。
「そりゃあ、そうだろうけどよ…」
歳三は肯定の言葉を示そうと努力するものの紡がれる言葉は違うものになる。納得していないようだ。
普通の人間なら察しようものの君菊はあまりにも恋愛に関することは鈍過ぎる為に察することができない。
まるで有り余る力の代償かのようにわかっていない。
そのことも重々わかっている歳三。だからこそ色気が増した君菊が他の男に笑顔を振りまいていることが気に入らなかった。
「わかってるならあんまりわがまま言わないでよ。子供じゃないんだから」
歳三の腕の中でため息をつく君菊。バラガキの頃に戻ったのか、と呆れる。
呆れらても譲りたくない気持ちが優っている歳三。
そんな両者の意見が噛み合っていない中、君菊がいきなり低い声で言った。
「ねぇ、歳三。勇さんたちと何を話していたの?」
いつもならそんなことを聞き出すような真似をしない君菊。
竹刀で胸を突かれたかのような衝撃を受ける歳三。あまりにも珍しいことを聞いてくる彼女に驚いたのだ。
攘夷のことなど政の話に君菊は普段から参加しない。
興味がないという訳ではない。男同士だけで話をした方が良いこともあるという考えを持っているからだ。
歳三も君菊のその気遣いはわかっている。だからこそ衝撃を受けた。
「男同士の話だぞ。珍しいな、聞きたがるなんて」
「だって、当番の時にあんた遅刻したことないじゃない。少なくとも私と一緒の時は」
「そういえばそうだな」
「だから、余程のことをお話ししていたのかなって思って。気になったの」
歳三は許嫁の鋭さに感心したのと同時に頭が痛くなった。
このことには察して欲しくなかったのだ。
何故ならば──芹沢鴨を暗殺する、という内容の話をしていたのだから。
芹沢一派と近藤一派の関係はお世辞にも良いものとは言えなかった。
最初から勢力が強かった芹沢一派。それにようやく時間をおいて追いついてきた近藤一派。
何より会津藩より芹沢鴨の処置を近藤勇は頼まれていたのだ。
壬生浪士組結成時、芹沢一派の次の勢力は新見錦だっが、その後、平山五郎が急速に台頭を見せ始めた。局長ぐらいまで昇進する勢いであったことを暗示する記録が残されている。
その代わりに新見錦は何らかの理由で失脚している。
考えられるのは彼が自暴自棄になっており、特に乱暴が酷かったということだ。
芹沢の説得にも耳を貸すことはなかったという。
そのためついには新撰組総意で切腹という形で新見錦は命を断つことになった。
九月十三日のことであった。
それが行われたのが昨日。
君菊は新鮮組が決めたことに口を出すような真似はしなかった。
本当に邪魔をしない女だったのである。
二日後、島原遊郭の角屋で会合が開かれることになっている。
その時を狙って歳三たちは芹沢鴨を暗殺しようと企んでいたのだ。
話とはそのことであった。
「悪い。言えねぇ」
「そっか。なら仕方ないよ」
歳三の背中を軽く叩いて了承の意を示す君菊。
実は君菊も勇とある話をしていたのである。それは君菊にしか出来ぬことであった。
その話の内容から推測するに、歳三たちのしようとしている内容が彼女にはわかった。
──芹沢さんを消すつもりね。
正しく勇たちの考えをまるで最初から知っていたかのように察したのである。
その日、くっつき虫と化していた歳三を引き剥がすことは出来ず、仕方なく同衾することになった。
当時としては夫婦でもない男女二人の同衾は褒められた行為ではなかったが、許嫁同士ということで君菊は目を瞑ることにした。
翌日。
「手伝おう。俺は何をしたらいい」
「ありがとうございます、芹沢さん。そうですね…茶碗を並べてくださいますか?」
今日は若き隊士と共に朝餉の支度をしている君菊。
さりげなく君菊のことを触ろうとしてくるが、それを綺麗に躱し続けていた。
そんな中、局長の芹沢が現れる。彼女に触ろうにも触ることができない。
若き隊士の心中を察したのか、芹沢は短く笑っていた。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説

永き夜の遠の睡りの皆目醒め
七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。
新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。
しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。
近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。
首はどこにあるのか。
そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。
※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい
熾ーおこりー
ようさん
ホラー
【第8回ホラー・ミステリー小説大賞参加予定作品(リライト)】
幕末一の剣客集団、新撰組。
疾風怒濤の時代、徳川幕府への忠誠を頑なに貫き時に鉄の掟の下同志の粛清も辞さない戦闘派治安組織として、倒幕派から庶民にまで恐れられた。
組織の転機となった初代局長・芹澤鴨暗殺事件を、原田左之助の視点で描く。
志と名誉のためなら死をも厭わず、やがて新政府軍との絶望的な戦争に飲み込まれていった彼らを蝕む闇とはーー
※史実をヒントにしたフィクション(心理ホラー)です
【登場人物】(ネタバレを含みます)
原田左之助(二三歳) 伊代松山藩出身で槍の名手。新撰組隊士(試衛館派)
芹澤鴨(三七歳) 新撰組筆頭局長。文武両道の北辰一刀流師範。刀を抜くまでもない戦闘の際には鉄製の軍扇を武器とする。水戸派のリーダー。
沖田総司(二一歳) 江戸出身。新撰組隊士の中では最年少だが剣の腕前は五本の指に入る(試衛館派)
山南敬助(二七歳) 仙台藩出身。土方と共に新撰組副長を務める。温厚な調整役(試衛館派)
土方歳三(二八歳)武州出身。新撰組副長。冷静沈着で自分にも他人にも厳しい。試衛館の弟子筆頭で一本気な男だが、策士の一面も(試衛館派)
近藤勇(二九歳) 新撰組局長。土方とは同郷。江戸に上り天然理心流の名門道場・試衛館を継ぐ。
井上源三郎(三四歳) 新撰組では一番年長の隊士。近藤とは先代の兄弟弟子にあたり、唯一の相談役でもある。
新見錦 芹沢の腹心。頭脳派で水戸派のブレインでもある
平山五郎 芹澤の腹心。直情的な男(水戸派)
平間(水戸派)
野口(水戸派)
(画像・速水御舟「炎舞」部分)
【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部
山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。
これからどうかよろしくお願い致します!
ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる