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「君菊。もうちょっと近くに来てくれ」
「え?どうしたのってちょっと!」
就寝前、君菊の部屋で彼女は歳三に自身の背中へ腕を回される。
自然と抱擁される形になった。囁き声で歳三が言う。
「芹沢さんに気をつけてくれ」
「え?」
「この意味がわからなくてもいい。とにかく気をつけてくれ」
「…えっと、わかった」
必死に耳元で訴えかける歳三。
君菊は言われている意味が本当にわからずにいた。
それよりも歳三とのこの距離と、耳元で囁かれたことの方が彼女にとっては問題だった。
──また身体が熱くなってきた。どうしちゃったの、私。
今の君菊にとっては歳三も気をつけるべき対象である。
何せ勝手に身体がおかしくなるのだから。まるで機械が故障したかのように。
「わかったから…離してもよくない?歳三」
「嫌だ」
「なんで!?」
歳三の抱きしめる力が強まる。戸惑う君菊。
「お前、ちょっと他の男に気を遣い過ぎだ」
「そりゃあ、一緒にお世話になってるんだから当たり前でしょ」
「気に入らねぇんだよ」
「そう言われても…円滑な関係は大切だよ?」
更に抱きしめる腕の強さが増す。
歳三の言っている意味がまるでわからない君菊。
どうして他の男に気遣いをすると気に入らないのか、わかっていない。
この腕の力の強さの理由も同じくである。
とにかく自身の中にある決めていることを歳三に示すしかできない。
「そりゃあ、そうだろうけどよ…」
歳三は肯定の言葉を示そうと努力するものの紡がれる言葉は違うものになる。納得していないようだ。
普通の人間なら察しようものの君菊はあまりにも恋愛に関することは鈍過ぎる為に察することができない。
まるで有り余る力の代償かのようにわかっていない。
そのことも重々わかっている歳三。だからこそ色気が増した君菊が他の男に笑顔を振りまいていることが気に入らなかった。
「わかってるならあんまりわがまま言わないでよ。子供じゃないんだから」
歳三の腕の中でため息をつく君菊。バラガキの頃に戻ったのか、と呆れる。
呆れらても譲りたくない気持ちが優っている歳三。
そんな両者の意見が噛み合っていない中、君菊がいきなり低い声で言った。
「ねぇ、歳三。勇さんたちと何を話していたの?」
いつもならそんなことを聞き出すような真似をしない君菊。
竹刀で胸を突かれたかのような衝撃を受ける歳三。あまりにも珍しいことを聞いてくる彼女に驚いたのだ。
攘夷のことなど政の話に君菊は普段から参加しない。
興味がないという訳ではない。男同士だけで話をした方が良いこともあるという考えを持っているからだ。
歳三も君菊のその気遣いはわかっている。だからこそ衝撃を受けた。
「男同士の話だぞ。珍しいな、聞きたがるなんて」
「だって、当番の時にあんた遅刻したことないじゃない。少なくとも私と一緒の時は」
「そういえばそうだな」
「だから、余程のことをお話ししていたのかなって思って。気になったの」
歳三は許嫁の鋭さに感心したのと同時に頭が痛くなった。
このことには察して欲しくなかったのだ。
何故ならば──芹沢鴨を暗殺する、という内容の話をしていたのだから。
芹沢一派と近藤一派の関係はお世辞にも良いものとは言えなかった。
最初から勢力が強かった芹沢一派。それにようやく時間をおいて追いついてきた近藤一派。
何より会津藩より芹沢鴨の処置を近藤勇は頼まれていたのだ。
壬生浪士組結成時、芹沢一派の次の勢力は新見錦だっが、その後、平山五郎が急速に台頭を見せ始めた。局長ぐらいまで昇進する勢いであったことを暗示する記録が残されている。
その代わりに新見錦は何らかの理由で失脚している。
考えられるのは彼が自暴自棄になっており、特に乱暴が酷かったということだ。
芹沢の説得にも耳を貸すことはなかったという。
そのためついには新撰組総意で切腹という形で新見錦は命を断つことになった。
九月十三日のことであった。
それが行われたのが昨日。
君菊は新鮮組が決めたことに口を出すような真似はしなかった。
本当に邪魔をしない女だったのである。
二日後、島原遊郭の角屋で会合が開かれることになっている。
その時を狙って歳三たちは芹沢鴨を暗殺しようと企んでいたのだ。
話とはそのことであった。
「悪い。言えねぇ」
「そっか。なら仕方ないよ」
歳三の背中を軽く叩いて了承の意を示す君菊。
実は君菊も勇とある話をしていたのである。それは君菊にしか出来ぬことであった。
その話の内容から推測するに、歳三たちのしようとしている内容が彼女にはわかった。
──芹沢さんを消すつもりね。
正しく勇たちの考えをまるで最初から知っていたかのように察したのである。
その日、くっつき虫と化していた歳三を引き剥がすことは出来ず、仕方なく同衾することになった。
当時としては夫婦でもない男女二人の同衾は褒められた行為ではなかったが、許嫁同士ということで君菊は目を瞑ることにした。
翌日。
「手伝おう。俺は何をしたらいい」
「ありがとうございます、芹沢さん。そうですね…茶碗を並べてくださいますか?」
今日は若き隊士と共に朝餉の支度をしている君菊。
さりげなく君菊のことを触ろうとしてくるが、それを綺麗に躱し続けていた。
そんな中、局長の芹沢が現れる。彼女に触ろうにも触ることができない。
若き隊士の心中を察したのか、芹沢は短く笑っていた。
「え?どうしたのってちょっと!」
就寝前、君菊の部屋で彼女は歳三に自身の背中へ腕を回される。
自然と抱擁される形になった。囁き声で歳三が言う。
「芹沢さんに気をつけてくれ」
「え?」
「この意味がわからなくてもいい。とにかく気をつけてくれ」
「…えっと、わかった」
必死に耳元で訴えかける歳三。
君菊は言われている意味が本当にわからずにいた。
それよりも歳三とのこの距離と、耳元で囁かれたことの方が彼女にとっては問題だった。
──また身体が熱くなってきた。どうしちゃったの、私。
今の君菊にとっては歳三も気をつけるべき対象である。
何せ勝手に身体がおかしくなるのだから。まるで機械が故障したかのように。
「わかったから…離してもよくない?歳三」
「嫌だ」
「なんで!?」
歳三の抱きしめる力が強まる。戸惑う君菊。
「お前、ちょっと他の男に気を遣い過ぎだ」
「そりゃあ、一緒にお世話になってるんだから当たり前でしょ」
「気に入らねぇんだよ」
「そう言われても…円滑な関係は大切だよ?」
更に抱きしめる腕の強さが増す。
歳三の言っている意味がまるでわからない君菊。
どうして他の男に気遣いをすると気に入らないのか、わかっていない。
この腕の力の強さの理由も同じくである。
とにかく自身の中にある決めていることを歳三に示すしかできない。
「そりゃあ、そうだろうけどよ…」
歳三は肯定の言葉を示そうと努力するものの紡がれる言葉は違うものになる。納得していないようだ。
普通の人間なら察しようものの君菊はあまりにも恋愛に関することは鈍過ぎる為に察することができない。
まるで有り余る力の代償かのようにわかっていない。
そのことも重々わかっている歳三。だからこそ色気が増した君菊が他の男に笑顔を振りまいていることが気に入らなかった。
「わかってるならあんまりわがまま言わないでよ。子供じゃないんだから」
歳三の腕の中でため息をつく君菊。バラガキの頃に戻ったのか、と呆れる。
呆れらても譲りたくない気持ちが優っている歳三。
そんな両者の意見が噛み合っていない中、君菊がいきなり低い声で言った。
「ねぇ、歳三。勇さんたちと何を話していたの?」
いつもならそんなことを聞き出すような真似をしない君菊。
竹刀で胸を突かれたかのような衝撃を受ける歳三。あまりにも珍しいことを聞いてくる彼女に驚いたのだ。
攘夷のことなど政の話に君菊は普段から参加しない。
興味がないという訳ではない。男同士だけで話をした方が良いこともあるという考えを持っているからだ。
歳三も君菊のその気遣いはわかっている。だからこそ衝撃を受けた。
「男同士の話だぞ。珍しいな、聞きたがるなんて」
「だって、当番の時にあんた遅刻したことないじゃない。少なくとも私と一緒の時は」
「そういえばそうだな」
「だから、余程のことをお話ししていたのかなって思って。気になったの」
歳三は許嫁の鋭さに感心したのと同時に頭が痛くなった。
このことには察して欲しくなかったのだ。
何故ならば──芹沢鴨を暗殺する、という内容の話をしていたのだから。
芹沢一派と近藤一派の関係はお世辞にも良いものとは言えなかった。
最初から勢力が強かった芹沢一派。それにようやく時間をおいて追いついてきた近藤一派。
何より会津藩より芹沢鴨の処置を近藤勇は頼まれていたのだ。
壬生浪士組結成時、芹沢一派の次の勢力は新見錦だっが、その後、平山五郎が急速に台頭を見せ始めた。局長ぐらいまで昇進する勢いであったことを暗示する記録が残されている。
その代わりに新見錦は何らかの理由で失脚している。
考えられるのは彼が自暴自棄になっており、特に乱暴が酷かったということだ。
芹沢の説得にも耳を貸すことはなかったという。
そのためついには新撰組総意で切腹という形で新見錦は命を断つことになった。
九月十三日のことであった。
それが行われたのが昨日。
君菊は新鮮組が決めたことに口を出すような真似はしなかった。
本当に邪魔をしない女だったのである。
二日後、島原遊郭の角屋で会合が開かれることになっている。
その時を狙って歳三たちは芹沢鴨を暗殺しようと企んでいたのだ。
話とはそのことであった。
「悪い。言えねぇ」
「そっか。なら仕方ないよ」
歳三の背中を軽く叩いて了承の意を示す君菊。
実は君菊も勇とある話をしていたのである。それは君菊にしか出来ぬことであった。
その話の内容から推測するに、歳三たちのしようとしている内容が彼女にはわかった。
──芹沢さんを消すつもりね。
正しく勇たちの考えをまるで最初から知っていたかのように察したのである。
その日、くっつき虫と化していた歳三を引き剥がすことは出来ず、仕方なく同衾することになった。
当時としては夫婦でもない男女二人の同衾は褒められた行為ではなかったが、許嫁同士ということで君菊は目を瞑ることにした。
翌日。
「手伝おう。俺は何をしたらいい」
「ありがとうございます、芹沢さん。そうですね…茶碗を並べてくださいますか?」
今日は若き隊士と共に朝餉の支度をしている君菊。
さりげなく君菊のことを触ろうとしてくるが、それを綺麗に躱し続けていた。
そんな中、局長の芹沢が現れる。彼女に触ろうにも触ることができない。
若き隊士の心中を察したのか、芹沢は短く笑っていた。
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