壬生狼の戦姫

天羽ヒフミ

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君菊の手が止まった。
背中に体温を感じる。首元には自分の腕とは違う逞しい両腕。
自身の身体の体温が上がっていくのを感じ取れた。
歳三に抱きしめられたことはこれまで何度かあった。
今まで君菊は何も思うことはなかった。
でも今はどうだろう。どうしてこんなに身体が熱いんだろう。
鼓動も跳ね上がっているのが自分でわかる。

──私、どうしちゃったんだろう。

自分の気持ちの変化に気がつかないまま歳三に腕を振り解くように言う。
歳三は名残惜しい気持ちを抱えたまま、君菊の隣に立って家事仕事を始めた。
手を止めていた君菊も同じように家事仕事をする。
しばらくの間、身体の熱さが取れることはなかった。

それから幾日か経った後の話。

「なんだかさ、君菊最近色っぽいよなぁ」
「は?」

朝の稽古後、永倉新八が着替えながら呟くようにそう言った。
永倉の言葉に隣にいた歳三は睨んで返した。
見た者を殺してしまいそうな勢いである。声色も低い。
その表情を見た永倉は慌てて自身の無罪を主張した。

「別に俺だけが言ってることじゃねぇってトシさん。隊内の連中、結構君菊のこと狙ってるみたいだぜ?」

君菊が歳三の許嫁ということは隊内に明言している。手を出すな、という意味を込めて言っている。
そうだというのに狙っているとは度し難い。
歳三は一気に不機嫌になった。

「お前もそういう目で見てるってことか」
「俺はちげーよ!あんな強い女、俺の手に負えねぇっての」
「じゃあなんで色っぽいなんて言ったんだ」
「事実だよ。なんだか、女独特の色気ってやつが溢れ出て止まらない感じがするんだよなぁ」
「…そうか?あいつは昔から色気が充分にあっただろ」
「惚気かよトシさん。はいはいごちそーさん」

ひらひらと手を振って普段着に着替え終え、その場を後にする永倉。
歳三は少し永倉が言っていたことを考えながら着替えを終えた。
着替え終えた歳三は君菊の様子を見てみることにする。
道場の片付けを手伝っているようだ。雑巾がけをしている。
他の男が動きがもつれる雑巾がけを君菊は素早くかつ丁寧に行っていた。
運動神経も良い証拠である。歳三はその姿に感心した。
だがよく見てみると確かに色気というものは前より増しているような気がした。
それは君菊の歳三に対しての気持ちの変化の現れということだったのだが、互いに気がついていない。

──これは確かに他の男も当てられるかもしれない。

だが他の男に許す気などさらさらない。
君菊は本人が否定していようが歳三の女である。
そんなことを歳三が思っているとも露知らず、君菊は他の男に笑顔を振りまいていた。


芹沢鴨は君菊の色気に当てられていた。
愛妾のお梅がいるというのにすっかり夢中になって彼女を見ていた。
お梅と一緒にいる時も心ここにあらず。
ある時、お梅に言われる。

「最近、私に対して冷たくありませんか?芹沢さん」
「…そう見えるならそうかもしれんな」
「どうしたのですか。何かあったのですか」
「別に大したことじゃない。他の女に夢中になっているだけだ」
「まぁ!私という女がいるというのに酷い人」

お梅は無理やり愛妾にされたという説もあるが、ここでは自ら望んで愛妾となったとする。
この芹沢を夢中にさせるくらいの女とは、はたしてどんな女なのか。お梅は少し気になった。


「手伝おう」
「芹沢さん。…ありがとうございます」

一人、隊士の洗濯物を干しているところを君菊は芹沢に声をかけられた。
意外という顔をする彼女。今まで手伝いなどしてくれたことはなかったのだ。
彼の中で何かしたの心境の変化というものがあったのだろうか。
そんな妄想を膨らませながら、君菊は有り難く手伝ってもらうことにした。
だが家事仕事に慣れていない芹沢は手つきがおぼつかない。

「手伝うと言っておきながらこの様ですまないな。手取り足取り教えてもらえると助かるんだが」
「そんな時間はありませんよ。芹沢さんはゆっくりでいいです。後は私がやってしまいますから」

芹沢の口説きに全く耳を貸さない君菊。否、下心満載の言葉であったことに気がついていない。
そんな彼女に苛立ちをおぼえることなく芹沢は隣で洗濯物をゆっくり干していく。
恋愛に鈍い女であることも含めて気に入っていた。

「悪い君菊、遅くな…った」
「ああ。歳三。芹沢さん手伝ってくれてるからなんとかなってるよ」

今日の洗濯当番は歳三であった。
勇たちとの大事な話し合いがあり、少し遅れてしまったのだ。
言葉に詰まる。他の男が君菊の隣で家事をしている。
この光景は珍しいことではない。ただ、芹沢だけは別だった。
芹沢の目つきが妖しいことは、一目見ればわかることであった。
そのことに言葉を詰まらせたのだ。

──こいつも、いやこいつは間違いなく君菊を狙っている。

手伝いなど二の次だろう。何か言われたはずである。
それを君菊の恋愛の鈍さで跳ね返したのだろう。想像に難くない。
何せ家事の手つきがおぼつかないのだ。理由なんて一つしかないだろう。
君菊を手篭めにしようとしていた。

「悪いな芹沢さん。もう上がってくれていいぞ」
「俺から手伝いたいと言ったんだ。いいだろ?土方」
「でもちっとも進んでねぇじゃねぇか。無理することないぜ」

芹沢と君菊の間に入って歳三が言う。
眼光が鋭い。目つきが手を出すなと言っていた。
だが、芹沢はやれるならやってみろとその目が言っていた。

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