壬生狼の戦姫

天羽ヒフミ

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「焼き討ちだなんていくらなんでもやりすぎでしょう!」

勇たちが強く言えない中、そう言ったのは女の君菊であった。
大和屋焼き討ち事件の詳細を聞いた君菊は芹沢鴨に話をつけに行ったのである。
止めようとする勇や歳三。しかし二人がかりでも君菊の力には及ばない。
芹沢の部屋に押し入ると、開口一番そう言ったのだ。

「元気な女だな」
「話を逸らさないでください。私は今、大和屋の話をしているのです」

声色は真剣そのものに変わっていた。
やれやれといった雰囲気で芹沢は立ち上がり、君菊を見下ろす。

「あれは攘夷に必要な行為だ。女のお前には分からないかもしれんがな」
「確かに政には疎いです。それでもやりすぎなことくらいは分かります」
「町民たちが納得していてもか」
「そんなの貴方の主観でしょう」

平行線を辿る意見。互いに譲ることを知らない。
芹沢から放たれる圧を最も簡単に受け流す君菊。
両者が逼迫する空気の中、勇が空気を壊すように言う。

「芹沢さん。会津藩はお怒りだってさ」

芹沢が目を見開く。君菊の表情に変わりはなかった。

焼き討ち事件の事後処理の為、十一日に会津本国に帰郷する為に京都を出発した一千人の藩士を務める会津藩は、約千人でその任務にあたっていたが、ちょうどその人員の交代の時期だった。これには秘められた事情があった。
十三日、朝廷から孝明天皇の大和行幸が発表されている。
天皇自らによる攘夷親征を目指すこの行幸は、長州藩を中心とする過激尊皇攘夷派の意思が反映されたものだった。

薩摩藩は危機感を募らせていた。長州藩を京都の政界から排除する計画を薩摩藩から持ちかけられた会津藩はこれを了承。
長州藩の排除で手を結ぶことになる。
さらに朝廷の中川宮をも取り込んでいたのであった。
会津藩はこの計画を前に長州藩に怪しまれることなく、通常の二倍の兵力を手にすることに成功する。

このことで壬生浪士組が活躍したのは正午頃の話だった。
公武合体派の公卿が御所に参内し御所が会津藩、薩摩藩、京都司代の淀藩の三つの膠着状態となり半日が過ぎようとしていた。
問題は御所内の蛤御門に到着した時のことであった。守備する会津兵は壬生浪士組のことを知らなかったのである。

これは秘密裏に会津藩が動いていたことで壬生浪士組に出動命令を出すのが遅くなったからではと言われている。
不審な集団と思われるが壬生浪士組は引き下がらない。会津兵を冷やかす芹沢。

この騒ぎに気づいた会津藩の公用方が駆け付け、ようやく御所内に入ることができた壬生浪士は南門の守備についている。
会津藩の合印である黄色の襷を支給されると大喜びだったという。

後に言われる八月十八日の政変である。
この功により朝廷から「新撰組」の隊名が与えられている。命名自体は会津藩が行った。
寛政四年(一七九二)に改められた会津藩の軍制の中で、武芸に秀でた藩士の子弟から選抜される「新撰組」という組織があった。
そこから付けられたとされている。



新撰組の名を冠した後の話。

「あんま表に出るな…じゃなくて出ないでくれ」
「どうしてよ。あんた達が縮こまって何も言わないからあの時、私が言ったんじゃない」
「それでもお前は女だろ。少しは自重してくれ」

歳三に言われ君菊は目をまんまると見開いた後、俯いた。
「あんたも…」とぽつりと呟くように言う。
彼女の地雷を踏んだと気がついた時にはもう遅かった。顔を上げた君菊の瞳には怒りが込められていた。

「あんたも私が女だからって言うのね。もう勝手にしろ!」

君菊はそう言うなり自身の部屋に戻り、その日は一歩も出てこなかった。
夕餉さえ摂らずに布団の中に篭っていた。
初めてここまで怒らせてしまったかもしれない──歳三は嫌な心臓の高鳴りをおぼえていた。

翌日。

「…はよう」
「あら、おはようございます。歳三さん」

喧嘩した後の翌日が歳三が家事当番の日だった。
穏やかな笑みを浮かべて君菊は言うが、いつもの口調とまるで違う。
女らしい女となっている。仕草も何処か色っぽさが含まれている。
歳三は寒気を感じた。こんな君菊は初めてだ。

──俺が好きになったのはこういう女じゃねぇ。

台所から手が離れた隙に、歳三は君菊の腰を掴んで自身の腕の中に閉じ込めた。
細い身体がすっぽりと包み込まれる。丁度歳三の胸元あたりに君菊の頭が当たる。
歳三は君菊の細さと温もりを一気に感じていた。

「俺が悪かった。許してくれ」
「……」
「頼む。お願いだ」

──お前のいつもの笑顔が見たい

その想いは口にせず、ただただ懇願する。
太鼓のようにうるさい鼓動。きっと君菊に聞こえてしまっているはずだ。
自分の気持ちを伝えたことはないが、気づかれてしまうかもしれない。
それでも歳三は懇願せずにはいられなかった。

「次やったら股間潰れると思いなさい」

先ほどの女らしさは何処へ消えたのやら。
とてつもなく低い声で君菊はそう告げた。
言うからには本当に実行するのだろう。君菊という女はそういう人間である。

「ほら、朝餉の支度終わらせなくちゃ。さっさとする!」

持ち前のしなやかさでするりと君菊は歳三の腕の中から消え去る。

それがなんだか怖くて。消えてしまいそうな気がして。
もう一度歳三は後ろから今度は抱きしめた。

ここに居る、ということを確かめたくて。


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