壬生狼の戦姫

天羽ヒフミ

文字の大きさ
上 下
14 / 46

しおりを挟む
芹沢鴨が関わった事件について少し語ろう。
話は遡る。君菊がまだ壬生村に辿り着いたばかりの頃の話だ。

京都守護として入京した会津藩、そしてその配下として結成された壬生浪士組の地道な市中警備が功を奏し、京都市中を騒がせていた不逞浪士たちは大阪に流れる傾向にあった。
壬生浪士に対して、その大阪への出張を会津藩が命じる。命の内容は不逞浪士を逮捕することである。

大阪に下ったのは、芹沢鴨、近藤勇、平山五郎、山南敬助、沖田総司、永倉新八、井上源三郎、野口健司、斎藤一、島田魁の十人である。
歳三は仲間に入っていなかった。

翌日早朝に浪士の宿所へ向かった壬生浪士は、二人の浪士を尋問のすえ逮捕。町奉行所に引き渡している。
公務を無事に終えた壬生浪士は宿所に戻ったが、この日は今の暦で七月十八日である。夕方になっても屋内にいられない程の暑さだった。
熱中症にならないようにするため、小舟を仕立て夕済みに出かけることになる。

服装は稽古着に脇差を差しただけの簡単な身なりであった。
勇と井上を除いた八人を乗せた小舟は淀川を辿っていたが、斎藤一が腹痛を訴える。介抱する為に付近の河岸に上陸した壬生浪士は、北新地の住吉楼に向かおうと差し掛かった時、向かいから大阪力士がやってきたが道を譲らない。狭い橋上で力士とすれ違いざまに足を踏まれた壬生浪士だったが、病人がいる。優先すべきは病人である。本来斬り捨てるべきところを耐え、殴りつけただけで、その場を後にする。
壬生浪士は蜆橋上でも力士とすれ違うことになるが、ここでは暴言を吐かれたという。
ここでも殴りつけるだけで壬生浪士は済ませている。

ようやく住吉楼に到着し斉藤を介抱していると、何やら表が騒がしくなった。窺えば力士数十人のの姿があった。
攘夷の先鋒を志す大阪力士に無礼を働いたと口々に騒ぎ立て、手にしているのは攘夷戦に備えて奉行所から支給された八角棒であった。
脇差を引き抜いた芹沢が屋外に飛び出すと、他の浪士も後に続く。散々に斬り捨てられた大阪力士たちは三人の重症者を含め十数人の負傷者を出し、退却していった。
翌日に一人、死亡している。

双方が奉行所に届け出たが、相手が壬生浪士だと知った大阪力士が詫びを入れた為、その後、壬生浪士と大阪力士は友好関係を結ぶこととなった。

このように芹沢鴨は君菊と歳三のことを狙っているものの、壬生浪士組の局長としては優秀な面もあると言えるだろう。
芹沢鴨という男は酒癖が悪く横暴ではあったものの、決して悪というわけではなかったのである。




「大阪力士の相撲興行が京都で開催される?」

君菊は勇の話に家事の手を止めた。
興は勇と共に家事当番をこなしている。

「あぁ。この前話ただろう?あの力士の事件。そのことがきっかけで今度、警備の担当をすることになったんだ」
「へぇ。すごいですね、勇さんたち」
「駄賃も貰える。立派な仕事さ」
「良かったじゃないですか」

心からの言葉だった。
力士の話を聞いた時には君菊は不安に思っていたものの男同士、問題はないらしい。
これは邪魔してはいけない仕事だなと君菊は身を引くことを決めていた。



「面倒だ」

歳三は就寝前、君菊を自室に呼び出して不満を漏らしていた。
珍しく愚痴を吐いている歳三。今まで壬生浪士とのしての仕事に不満を漏らしたことはなかった。
歳三は君菊と共にいられないことが不満なのである。

「文句を言わないの」

当たり前のように君菊が座る膝の上に頭を乗せている歳三。
それをなんてことのないように彼女は受け入れいていた。
歳三の長い髪が君菊の足に広がる。
頬に触れる。嫌がることはない。君菊は全てを受け入れている。
黒曜石のような黒い瞳と目が合った。

「人のことを触ってどうしたのよ」
「別にいいだろ。許嫁なんだし」
「なんか言い訳に聞こえるわね…別にこれくらいいいけど」
「他の男には許すな…許さないでくれよ」
「許したら私の貞操概念おかしくない?」

不機嫌そうに君菊はそう言った。
逆にそれを満足そうに歳三は見ていた。自分だけの特権だと思ったのである。


当日。ダンダラ羽織を着た壬生浪組が居た。初披露は将軍警護の時にもう済ませている。
八月十二日。興行が壬生に移され警備が終わったその日の午後八時頃。
壬生浪士組が一条屋の年寄のところに出向いていた。町内で生糸商を営む大和屋庄兵衛方の焼き討ちを前もって伝えるためだ。
外国との交易が始まって以来、大和屋が輸出品の生糸を買い占めたことにより生糸の値段が高騰していた。外国と手を結び庶民の生活を圧迫していることは攘夷を志す壬生浪士組にとって許し難いことであった。

壬生浪士組は徐々に姿を見せ始め、その人数は三十六人になった。これを率いたのは芹沢鴨だ。類焼を防ぐ為、土蔵周辺の建物を取り壊し、その内部を焼き払った壬生浪士が店舗や家屋も打ち壊し始めた時にはすでに夜が明け始めていた。
次第に一般市民が大和屋を取り囲み、徐々に壬生浪士の行為に加わるようになった。壬生浪士の行為は市民の代弁行為でもあったのだ。
午後四時ごろ、壬生浪士から打ちこわしの終了が告げられると、市民は拍手喝采の上、その場から去って行った。
芹沢はとても満足げな様子だったという。
後の大和屋焼き討ち事件と呼ばれるものである。芹沢の横暴さが垣間見える事件だった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

熾ーおこりー

ようさん
ホラー
【第8回ホラー・ミステリー小説大賞参加予定作品(リライト)】  幕末一の剣客集団、新撰組。  疾風怒濤の時代、徳川幕府への忠誠を頑なに貫き時に鉄の掟の下同志の粛清も辞さない戦闘派治安組織として、倒幕派から庶民にまで恐れられた。  組織の転機となった初代局長・芹澤鴨暗殺事件を、原田左之助の視点で描く。  志と名誉のためなら死をも厭わず、やがて新政府軍との絶望的な戦争に飲み込まれていった彼らを蝕む闇とはーー ※史実をヒントにしたフィクション(心理ホラー)です 【登場人物】(ネタバレを含みます) 原田左之助(二三歳) 伊代松山藩出身で槍の名手。新撰組隊士(試衛館派) 芹澤鴨(三七歳) 新撰組筆頭局長。文武両道の北辰一刀流師範。刀を抜くまでもない戦闘の際には鉄製の軍扇を武器とする。水戸派のリーダー。 沖田総司(二一歳) 江戸出身。新撰組隊士の中では最年少だが剣の腕前は五本の指に入る(試衛館派) 山南敬助(二七歳) 仙台藩出身。土方と共に新撰組副長を務める。温厚な調整役(試衛館派) 土方歳三(二八歳)武州出身。新撰組副長。冷静沈着で自分にも他人にも厳しい。試衛館の弟子筆頭で一本気な男だが、策士の一面も(試衛館派) 近藤勇(二九歳) 新撰組局長。土方とは同郷。江戸に上り天然理心流の名門道場・試衛館を継ぐ。 井上源三郎(三四歳) 新撰組では一番年長の隊士。近藤とは先代の兄弟弟子にあたり、唯一の相談役でもある。 新見錦 芹沢の腹心。頭脳派で水戸派のブレインでもある 平山五郎 芹澤の腹心。直情的な男(水戸派) 平間(水戸派) 野口(水戸派) (画像・速水御舟「炎舞」部分)

【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部

山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。 これからどうかよろしくお願い致します! ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...