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芹沢鴨が関わった事件について少し語ろう。
話は遡る。君菊がまだ壬生村に辿り着いたばかりの頃の話だ。
京都守護として入京した会津藩、そしてその配下として結成された壬生浪士組の地道な市中警備が功を奏し、京都市中を騒がせていた不逞浪士たちは大阪に流れる傾向にあった。
壬生浪士に対して、その大阪への出張を会津藩が命じる。命の内容は不逞浪士を逮捕することである。
大阪に下ったのは、芹沢鴨、近藤勇、平山五郎、山南敬助、沖田総司、永倉新八、井上源三郎、野口健司、斎藤一、島田魁の十人である。
歳三は仲間に入っていなかった。
翌日早朝に浪士の宿所へ向かった壬生浪士は、二人の浪士を尋問のすえ逮捕。町奉行所に引き渡している。
公務を無事に終えた壬生浪士は宿所に戻ったが、この日は今の暦で七月十八日である。夕方になっても屋内にいられない程の暑さだった。
熱中症にならないようにするため、小舟を仕立て夕済みに出かけることになる。
服装は稽古着に脇差を差しただけの簡単な身なりであった。
勇と井上を除いた八人を乗せた小舟は淀川を辿っていたが、斎藤一が腹痛を訴える。介抱する為に付近の河岸に上陸した壬生浪士は、北新地の住吉楼に向かおうと差し掛かった時、向かいから大阪力士がやってきたが道を譲らない。狭い橋上で力士とすれ違いざまに足を踏まれた壬生浪士だったが、病人がいる。優先すべきは病人である。本来斬り捨てるべきところを耐え、殴りつけただけで、その場を後にする。
壬生浪士は蜆橋上でも力士とすれ違うことになるが、ここでは暴言を吐かれたという。
ここでも殴りつけるだけで壬生浪士は済ませている。
ようやく住吉楼に到着し斉藤を介抱していると、何やら表が騒がしくなった。窺えば力士数十人のの姿があった。
攘夷の先鋒を志す大阪力士に無礼を働いたと口々に騒ぎ立て、手にしているのは攘夷戦に備えて奉行所から支給された八角棒であった。
脇差を引き抜いた芹沢が屋外に飛び出すと、他の浪士も後に続く。散々に斬り捨てられた大阪力士たちは三人の重症者を含め十数人の負傷者を出し、退却していった。
翌日に一人、死亡している。
双方が奉行所に届け出たが、相手が壬生浪士だと知った大阪力士が詫びを入れた為、その後、壬生浪士と大阪力士は友好関係を結ぶこととなった。
このように芹沢鴨は君菊と歳三のことを狙っているものの、壬生浪士組の局長としては優秀な面もあると言えるだろう。
芹沢鴨という男は酒癖が悪く横暴ではあったものの、決して悪というわけではなかったのである。
「大阪力士の相撲興行が京都で開催される?」
君菊は勇の話に家事の手を止めた。
興は勇と共に家事当番をこなしている。
「あぁ。この前話ただろう?あの力士の事件。そのことがきっかけで今度、警備の担当をすることになったんだ」
「へぇ。すごいですね、勇さんたち」
「駄賃も貰える。立派な仕事さ」
「良かったじゃないですか」
心からの言葉だった。
力士の話を聞いた時には君菊は不安に思っていたものの男同士、問題はないらしい。
これは邪魔してはいけない仕事だなと君菊は身を引くことを決めていた。
「面倒だ」
歳三は就寝前、君菊を自室に呼び出して不満を漏らしていた。
珍しく愚痴を吐いている歳三。今まで壬生浪士とのしての仕事に不満を漏らしたことはなかった。
歳三は君菊と共にいられないことが不満なのである。
「文句を言わないの」
当たり前のように君菊が座る膝の上に頭を乗せている歳三。
それをなんてことのないように彼女は受け入れいていた。
歳三の長い髪が君菊の足に広がる。
頬に触れる。嫌がることはない。君菊は全てを受け入れている。
黒曜石のような黒い瞳と目が合った。
「人のことを触ってどうしたのよ」
「別にいいだろ。許嫁なんだし」
「なんか言い訳に聞こえるわね…別にこれくらいいいけど」
「他の男には許すな…許さないでくれよ」
「許したら私の貞操概念おかしくない?」
不機嫌そうに君菊はそう言った。
逆にそれを満足そうに歳三は見ていた。自分だけの特権だと思ったのである。
当日。ダンダラ羽織を着た壬生浪組が居た。初披露は将軍警護の時にもう済ませている。
八月十二日。興行が壬生に移され警備が終わったその日の午後八時頃。
壬生浪士組が一条屋の年寄のところに出向いていた。町内で生糸商を営む大和屋庄兵衛方の焼き討ちを前もって伝えるためだ。
外国との交易が始まって以来、大和屋が輸出品の生糸を買い占めたことにより生糸の値段が高騰していた。外国と手を結び庶民の生活を圧迫していることは攘夷を志す壬生浪士組にとって許し難いことであった。
壬生浪士組は徐々に姿を見せ始め、その人数は三十六人になった。これを率いたのは芹沢鴨だ。類焼を防ぐ為、土蔵周辺の建物を取り壊し、その内部を焼き払った壬生浪士が店舗や家屋も打ち壊し始めた時にはすでに夜が明け始めていた。
次第に一般市民が大和屋を取り囲み、徐々に壬生浪士の行為に加わるようになった。壬生浪士の行為は市民の代弁行為でもあったのだ。
午後四時ごろ、壬生浪士から打ちこわしの終了が告げられると、市民は拍手喝采の上、その場から去って行った。
芹沢はとても満足げな様子だったという。
後の大和屋焼き討ち事件と呼ばれるものである。芹沢の横暴さが垣間見える事件だった。
話は遡る。君菊がまだ壬生村に辿り着いたばかりの頃の話だ。
京都守護として入京した会津藩、そしてその配下として結成された壬生浪士組の地道な市中警備が功を奏し、京都市中を騒がせていた不逞浪士たちは大阪に流れる傾向にあった。
壬生浪士に対して、その大阪への出張を会津藩が命じる。命の内容は不逞浪士を逮捕することである。
大阪に下ったのは、芹沢鴨、近藤勇、平山五郎、山南敬助、沖田総司、永倉新八、井上源三郎、野口健司、斎藤一、島田魁の十人である。
歳三は仲間に入っていなかった。
翌日早朝に浪士の宿所へ向かった壬生浪士は、二人の浪士を尋問のすえ逮捕。町奉行所に引き渡している。
公務を無事に終えた壬生浪士は宿所に戻ったが、この日は今の暦で七月十八日である。夕方になっても屋内にいられない程の暑さだった。
熱中症にならないようにするため、小舟を仕立て夕済みに出かけることになる。
服装は稽古着に脇差を差しただけの簡単な身なりであった。
勇と井上を除いた八人を乗せた小舟は淀川を辿っていたが、斎藤一が腹痛を訴える。介抱する為に付近の河岸に上陸した壬生浪士は、北新地の住吉楼に向かおうと差し掛かった時、向かいから大阪力士がやってきたが道を譲らない。狭い橋上で力士とすれ違いざまに足を踏まれた壬生浪士だったが、病人がいる。優先すべきは病人である。本来斬り捨てるべきところを耐え、殴りつけただけで、その場を後にする。
壬生浪士は蜆橋上でも力士とすれ違うことになるが、ここでは暴言を吐かれたという。
ここでも殴りつけるだけで壬生浪士は済ませている。
ようやく住吉楼に到着し斉藤を介抱していると、何やら表が騒がしくなった。窺えば力士数十人のの姿があった。
攘夷の先鋒を志す大阪力士に無礼を働いたと口々に騒ぎ立て、手にしているのは攘夷戦に備えて奉行所から支給された八角棒であった。
脇差を引き抜いた芹沢が屋外に飛び出すと、他の浪士も後に続く。散々に斬り捨てられた大阪力士たちは三人の重症者を含め十数人の負傷者を出し、退却していった。
翌日に一人、死亡している。
双方が奉行所に届け出たが、相手が壬生浪士だと知った大阪力士が詫びを入れた為、その後、壬生浪士と大阪力士は友好関係を結ぶこととなった。
このように芹沢鴨は君菊と歳三のことを狙っているものの、壬生浪士組の局長としては優秀な面もあると言えるだろう。
芹沢鴨という男は酒癖が悪く横暴ではあったものの、決して悪というわけではなかったのである。
「大阪力士の相撲興行が京都で開催される?」
君菊は勇の話に家事の手を止めた。
興は勇と共に家事当番をこなしている。
「あぁ。この前話ただろう?あの力士の事件。そのことがきっかけで今度、警備の担当をすることになったんだ」
「へぇ。すごいですね、勇さんたち」
「駄賃も貰える。立派な仕事さ」
「良かったじゃないですか」
心からの言葉だった。
力士の話を聞いた時には君菊は不安に思っていたものの男同士、問題はないらしい。
これは邪魔してはいけない仕事だなと君菊は身を引くことを決めていた。
「面倒だ」
歳三は就寝前、君菊を自室に呼び出して不満を漏らしていた。
珍しく愚痴を吐いている歳三。今まで壬生浪士とのしての仕事に不満を漏らしたことはなかった。
歳三は君菊と共にいられないことが不満なのである。
「文句を言わないの」
当たり前のように君菊が座る膝の上に頭を乗せている歳三。
それをなんてことのないように彼女は受け入れいていた。
歳三の長い髪が君菊の足に広がる。
頬に触れる。嫌がることはない。君菊は全てを受け入れている。
黒曜石のような黒い瞳と目が合った。
「人のことを触ってどうしたのよ」
「別にいいだろ。許嫁なんだし」
「なんか言い訳に聞こえるわね…別にこれくらいいいけど」
「他の男には許すな…許さないでくれよ」
「許したら私の貞操概念おかしくない?」
不機嫌そうに君菊はそう言った。
逆にそれを満足そうに歳三は見ていた。自分だけの特権だと思ったのである。
当日。ダンダラ羽織を着た壬生浪組が居た。初披露は将軍警護の時にもう済ませている。
八月十二日。興行が壬生に移され警備が終わったその日の午後八時頃。
壬生浪士組が一条屋の年寄のところに出向いていた。町内で生糸商を営む大和屋庄兵衛方の焼き討ちを前もって伝えるためだ。
外国との交易が始まって以来、大和屋が輸出品の生糸を買い占めたことにより生糸の値段が高騰していた。外国と手を結び庶民の生活を圧迫していることは攘夷を志す壬生浪士組にとって許し難いことであった。
壬生浪士組は徐々に姿を見せ始め、その人数は三十六人になった。これを率いたのは芹沢鴨だ。類焼を防ぐ為、土蔵周辺の建物を取り壊し、その内部を焼き払った壬生浪士が店舗や家屋も打ち壊し始めた時にはすでに夜が明け始めていた。
次第に一般市民が大和屋を取り囲み、徐々に壬生浪士の行為に加わるようになった。壬生浪士の行為は市民の代弁行為でもあったのだ。
午後四時ごろ、壬生浪士から打ちこわしの終了が告げられると、市民は拍手喝采の上、その場から去って行った。
芹沢はとても満足げな様子だったという。
後の大和屋焼き討ち事件と呼ばれるものである。芹沢の横暴さが垣間見える事件だった。
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