壬生狼の戦姫

天羽ヒフミ

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上京の道中、君菊は言われる。

「君菊さんは体力もあるんだね…」
「農家ですから」
「多分、それは関係ない」

歳三が睨みを効かせながら君菊は他の男共と会話をする。
周りの男達が牽制されている事実に全く気がつくことなく君菊は歩いていた。
歳三の気持ちに気がついていないのは本人だけ。
牽制されている男達は少しそのことを哀れに思った。

武州から長い道のりを歩き、ついに京の都の直前まで着いた。
集合場所は都の中ではなかったのである。
君菊はここで一度別行動をとることになる。
彼女は浪士組に入るわけではないからだ。
歳三は最終場所が分かり次第、飛脚を走らせられるように文の準備をしておいた。

「じゃあまた後でね」

小さな宿で飛脚の知らせを待つことになる君菊。
待つことは慣れているので別に苦痛でもなかった。
だが歳三はそうではない。心苦しく思っている。
それを表情に出すということはしなかったが、君菊に悪いと思っていた。

「待っててくれ」
「うん。気をつけてね、みんな」

歳三だけでなく皆に気を遣う君菊。
こういう時はは自分だけにして欲しかったと思う歳三なのであった。

文久三年二月八日、各地から集合した浪士組は江戸小石川伝通院の塔頭処静院より中山道を進んで、二月二十三日に着京する。
その後、歳三らは壬生村の八木源之丞宅に入った。
清河は浪士らに「我々は幕臣ではないのだから自由に行動しても良い」と江戸に戻って攘夷活動を進んで行うことを威圧的に持ちかける。
これが、三月三日に朝廷により受理され東帰することが決定するのだが、歳三らはこれに反対した。
目的が変わっているのではないか、と話し合いの末に考えたからである。
これにより一部の浪士達は京都に残留することになる。
彼らは十二日に「会津藩お預かり」という立場で残留を認められ、翌日、清河八郎率いる浪士組は東帰することとなった。
ようやく自分らの立場が決まった所で、歳三は君菊に文をしたためる。飛脚を走らせた。

「文でございます」
「ありがとうございます」

宿でのんびりと知らせを待っていた君菊は早速部屋で文を開いた。
そこには面倒くさいことが起こっているという愚痴がつらつらと書かれた内容が書かれていた。
素直に武士の一歩を歩めていることを書かない辺り、歳三らしいと彼女は思った。

「壬生村か…私の足でどれくらいで着くかな」

地図も丁寧に書いてくれていたので自身の足の速さを考える。
少し考えると一月以内には着くだろうと算段を立てた。
明日にでも宿を発とうと決め、君菊は荷物をまとめ始めた。

夕日が障子から差し込む。歳三が抱きしめてくれた時のことを思い出す。
許嫁らしいことをされたのはこの歳になってからであった。
それまで許嫁という名のただの幼馴染に過ぎなかった。
少なくとも君菊の中ではそうであった。
自分が歳三のことをどう思っているのか、そんなことを初めて考えた。

「…やめよう。今考えることじゃないわ」

思考をすぐ停止する。黙々と荷物をまとめる作業を続けた。



そんな君菊が荷物を纏めている間の話だ。
会津藩主・松平容保が清河八郎の暗殺を歳三らに命令をする。
計画を綿密に立てて暗殺を夜、暗い中挑むが失敗に終わってしまう。
恐らく、清河も暗殺を充分に警戒をしていたのだろう。徒労に終わった。
しかし、歳三の中でこの失敗が大きな変化をもたらすことになる。
人を斬るという覚悟が歳三の中で出来上がりつつあったのである。

その後、殿内義雄の一派も加わり、近藤勇・芹沢鴨派十七名と殿内・家里次郎派十七名の計二十四名が会津藩お預かりとなった。
この危うい関係は二十五日に殿内が暗殺されたのを機に一気に崩れさり、近藤勇・芹沢鴨派十五名が「壬生浪士組」として新しく一歩を踏み出すことになる。
それらのことを君菊が知ったのは壬生村の八木邸に着いてからの話だ。

「そんな危ないことしてたんだ…」
「命令だからな。仕方がなかったんだ」

勇が少し厳しい表情をして言う。
一方歳三は何も言わなかった。しかし君菊は歳三の表情の変化に気がついていた。僅かな変化だ。
何か、一つの覚悟を決めたような表情をしていることに気がついたのだ。
暗殺を企てたということは人を斬るということである。
そこから導かれる答えは一つ。

歳三の中に人を斬るという覚悟ができたということなのだろうと考えが行き着いた。
幼馴染だからこそできる思考であった。
これから先もこのようなことが起こるのだろうと予想を立てることもできた。
それでも、着いて行くと決めたのは君菊自身だ。後悔はない。
寂しい思いをして誰かに嫁ぐよりずっと良い選択だった。

「君菊にはそんなことをさせないから安心してくれ」
「私は浪士組の人間じゃありませんけれど、そこは気遣い無用ですよ」

私が必要なら使ってください──今まで見せたことのない無表情な顔で君菊はそう言った。
その表情を見た歳三は冷や汗が止まらなかった。
全く知らない女が勇に向けて話をしているように見えたからである。


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