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試衛館道場へ歳三、君菊、沖田、勇らが向かった当日。
「えぇ!名前は君菊!?女だったのか!?」
「嘘だろ…」
後の新撰組八番隊組長となる藤堂平助、四番隊組長となる斎藤一が君菊の着物姿を見て驚愕した。
襲名披露の時とは違い、艶やかな唇と化粧が施された乳白色の肌の色をしている。
着物は歳三の姉ののぶから贈られた上等な着物を着ている。絹地は赤色で出来ており、君菊の肌色とも似合っていた。
歳三はそんな藤堂と斉藤のことを呆れた目で見ていた。
他に集まった男たちはどうやら君菊が女であるということを気がついていたからであった。
集まった男たちは後の新撰組結成時の面子である。
山南敬助、永倉新八、原田左之助、井上源三郎らである。
「他の皆さんは気がついていたみたいですね…」
困ったような笑みを浮かべて君菊は呟くように告げる。
きちんと男装を決めたつもりであったが、ここにいるほとんどの男共に見抜かれていたのは君菊にとって痛恨の痛手であった。
なんの為に男に扮したのかと意味がなかったかのように思えてくるからだ。
「動きが他の人とまるで違いましたし…何より女らしらが仕草にありましたからね」
代表するかのように山南が言う。
君菊はそんな仕草もかき消していたつもりでいたのだが、意味はあまりなかったらしい。
はぁ…と何かを諦めたかのように君菊は短くため息を漏らした。
そんな君菊に原田が言う。
「そんな落ち込む必要はねぇよ。君菊だったよな。お前さん、めちゃくちゃ強かったじゃねぇか、俺のことも倒してたんだぜ?」
「そうでしたっけ…?彦五郎さんを守るのに必死でしたから敵のことは覚えていません」
「強者が言う言葉だぜ。あの時は女にやられて腹立ってたけどな。今の言葉を聞いたらもう何も言えねぇよ」
「はぁ…そういうものですか」
君菊には自身が強者という自覚があまりない。
あるのは歳三よりは強いという自覚のみだ。
その為、原田の言葉に実感を持つということが出来ずにいる。
そんな中勇がぱんぱんと手を叩き、
「さて。うちの君菊の話はこれくらいにしておこう。今日は君たちとも攘夷について語りたくて来たんだ」
と君菊の話題をお開きにするように言った。
そう。勇は四代目を襲名したことによって攘夷について更に興味を持つようになっていたのである。
攘夷とは至極簡単に述べると日本において幕末期に広まった外国は敵であるという考えだ。
この頃京都では、尊皇攘夷を建前にした浪士らのテロが横行し、王城の地は無法地帯になりつつあった。
元々、彦五郎の道場でも勇は攘夷について歳三と沖田と永倉らと共に語っていたことが稽古後に何度も。
君菊はそんな三人のことを黙って遠くから見守っているのみ。
女だから意見しなかったわけではない。歳三の夢の邪魔をしたくなかったのである。
「私、お茶淹れるの手伝ってきますね」
笑顔を見せると、素早く君菊は道場の奥へ他の門人と共に消えていった。
歳三はそんな君菊の様子の変化に気がついていた。
──遠くから見守るんじゃなくて隣に居てくれていいのに。
その資格があるというのに隣に居てくれない。
一番隣に居てほしいのは誰よりもあいつなのに。
本当に居て欲しい人はいてくれない。
歳三はなんだか腹ただしい気持ちになった。
「トシ、どうした?」
「なんでもねぇよ」
不機嫌そうに勇の言葉に答える歳三。
バラガキの面影がそこにはあった。
それから数刻。攘夷について存分に語り合い、意気投合した。
ここまで意気投合できるのはここに居る男たちだけではないかと歳三は考えた。
まるで最初から道場の仲間だったかのような暖かな雰囲気。
歳三からしてみれば珍しいことであった。
今でこそ穏やかな性格であるが、昔は乱暴者であった彼。
そんな彼と親しくしてくれる者など君菊以外にいなかったのである。
その為、歳三の心を早くも許せるこの男共は貴重な存在といえた。
「いやあ、君たちと話が出来て良かった。やはり攘夷は必要だな!」
勇が意見を纏めるかのようにそう言った。
歳三は君菊の様子を眺めながら勇にも視線をやる。
君菊は遠くから歳三たちの様子をお茶を啜りながら見守るだけだった。
その瞳はとても穏やかで。何者にも侵されることのない雰囲気であった。
武士になりたい。
その夢を邪魔するような真似を君菊は一度も歳三にしなかった。
夢のことを告げていないにも関わらずである。
きっとこれから先もそうなのだろう。
歳三はまた負けたような気持ちに襲われる。
──誰にも渡したくない。
その気持ちが強くなるのが歳三の胸の内で分かる。
先の事など分かりはしないが、それでも歳三の許嫁のままでいて欲しかった。
そうすれば他の男に渡す事など、出来はしないのだから。
「今日はお茶、ご馳走様でした」
「大したおもてなしが出来ず申し訳ない」
「いいえ。攘夷のお話は大変興味深く聞かせてもらいました」
君菊は大人の笑顔を見せていた。
いつものような綻んだ笑顔ではない。作り笑いに近い笑み。
その表情には理由があった。
──己の中に譲れぬ武士道があろうとも、自分は女であるから本物の武士にはなれない。
そんな諦めにも似たような歳三たちとの溝が出来ていたのである。
「えぇ!名前は君菊!?女だったのか!?」
「嘘だろ…」
後の新撰組八番隊組長となる藤堂平助、四番隊組長となる斎藤一が君菊の着物姿を見て驚愕した。
襲名披露の時とは違い、艶やかな唇と化粧が施された乳白色の肌の色をしている。
着物は歳三の姉ののぶから贈られた上等な着物を着ている。絹地は赤色で出来ており、君菊の肌色とも似合っていた。
歳三はそんな藤堂と斉藤のことを呆れた目で見ていた。
他に集まった男たちはどうやら君菊が女であるということを気がついていたからであった。
集まった男たちは後の新撰組結成時の面子である。
山南敬助、永倉新八、原田左之助、井上源三郎らである。
「他の皆さんは気がついていたみたいですね…」
困ったような笑みを浮かべて君菊は呟くように告げる。
きちんと男装を決めたつもりであったが、ここにいるほとんどの男共に見抜かれていたのは君菊にとって痛恨の痛手であった。
なんの為に男に扮したのかと意味がなかったかのように思えてくるからだ。
「動きが他の人とまるで違いましたし…何より女らしらが仕草にありましたからね」
代表するかのように山南が言う。
君菊はそんな仕草もかき消していたつもりでいたのだが、意味はあまりなかったらしい。
はぁ…と何かを諦めたかのように君菊は短くため息を漏らした。
そんな君菊に原田が言う。
「そんな落ち込む必要はねぇよ。君菊だったよな。お前さん、めちゃくちゃ強かったじゃねぇか、俺のことも倒してたんだぜ?」
「そうでしたっけ…?彦五郎さんを守るのに必死でしたから敵のことは覚えていません」
「強者が言う言葉だぜ。あの時は女にやられて腹立ってたけどな。今の言葉を聞いたらもう何も言えねぇよ」
「はぁ…そういうものですか」
君菊には自身が強者という自覚があまりない。
あるのは歳三よりは強いという自覚のみだ。
その為、原田の言葉に実感を持つということが出来ずにいる。
そんな中勇がぱんぱんと手を叩き、
「さて。うちの君菊の話はこれくらいにしておこう。今日は君たちとも攘夷について語りたくて来たんだ」
と君菊の話題をお開きにするように言った。
そう。勇は四代目を襲名したことによって攘夷について更に興味を持つようになっていたのである。
攘夷とは至極簡単に述べると日本において幕末期に広まった外国は敵であるという考えだ。
この頃京都では、尊皇攘夷を建前にした浪士らのテロが横行し、王城の地は無法地帯になりつつあった。
元々、彦五郎の道場でも勇は攘夷について歳三と沖田と永倉らと共に語っていたことが稽古後に何度も。
君菊はそんな三人のことを黙って遠くから見守っているのみ。
女だから意見しなかったわけではない。歳三の夢の邪魔をしたくなかったのである。
「私、お茶淹れるの手伝ってきますね」
笑顔を見せると、素早く君菊は道場の奥へ他の門人と共に消えていった。
歳三はそんな君菊の様子の変化に気がついていた。
──遠くから見守るんじゃなくて隣に居てくれていいのに。
その資格があるというのに隣に居てくれない。
一番隣に居てほしいのは誰よりもあいつなのに。
本当に居て欲しい人はいてくれない。
歳三はなんだか腹ただしい気持ちになった。
「トシ、どうした?」
「なんでもねぇよ」
不機嫌そうに勇の言葉に答える歳三。
バラガキの面影がそこにはあった。
それから数刻。攘夷について存分に語り合い、意気投合した。
ここまで意気投合できるのはここに居る男たちだけではないかと歳三は考えた。
まるで最初から道場の仲間だったかのような暖かな雰囲気。
歳三からしてみれば珍しいことであった。
今でこそ穏やかな性格であるが、昔は乱暴者であった彼。
そんな彼と親しくしてくれる者など君菊以外にいなかったのである。
その為、歳三の心を早くも許せるこの男共は貴重な存在といえた。
「いやあ、君たちと話が出来て良かった。やはり攘夷は必要だな!」
勇が意見を纏めるかのようにそう言った。
歳三は君菊の様子を眺めながら勇にも視線をやる。
君菊は遠くから歳三たちの様子をお茶を啜りながら見守るだけだった。
その瞳はとても穏やかで。何者にも侵されることのない雰囲気であった。
武士になりたい。
その夢を邪魔するような真似を君菊は一度も歳三にしなかった。
夢のことを告げていないにも関わらずである。
きっとこれから先もそうなのだろう。
歳三はまた負けたような気持ちに襲われる。
──誰にも渡したくない。
その気持ちが強くなるのが歳三の胸の内で分かる。
先の事など分かりはしないが、それでも歳三の許嫁のままでいて欲しかった。
そうすれば他の男に渡す事など、出来はしないのだから。
「今日はお茶、ご馳走様でした」
「大したおもてなしが出来ず申し訳ない」
「いいえ。攘夷のお話は大変興味深く聞かせてもらいました」
君菊は大人の笑顔を見せていた。
いつものような綻んだ笑顔ではない。作り笑いに近い笑み。
その表情には理由があった。
──己の中に譲れぬ武士道があろうとも、自分は女であるから本物の武士にはなれない。
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