壬生狼の戦姫

天羽ヒフミ

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当日。
君菊は宣言通りに男装をして府中六所宮の東の広場に門人たちと共に来ていた。
長い髪は頭の上で一つに結ばれている。現代で言うポニーテールだ。
群青色の着物と灰色の袴を着て女らしい色はなくなっている。
本当に男であるならば歳三と同じく美丈夫だといえよう。

「すっかり男装しちゃって…」
「あまり目立ちたくないんで」

勇の言葉に苦笑いで返す君菊。
今日も歳三と共に歩いて来た訳だが、道中女子達にじろじろと見られて辛かったと思い起こす。
こんなことをするのは今日限りにしようとひっそりと君菊は決意していた。

「あんま似合ってねぇな」
「…それ、さっきも言ってた気がする。喧嘩売ってるなら買うわよ?」

なるべく口調も男に近いものにしようとする君菊。
だが普段の癖というものはなかなか取ることはできない。
語尾がつい、いつもと同じようになってしまった。喧嘩を買うところではなくなる。

「いつも通りしてりゃあ良いものを…」
「うるせぇな」

なんとか男口調で対抗する君菊に睨まれる歳三。
これくらいのことは二人にとって日常茶飯事なので歳三は特に怖がることもなかった。

「まぁまぁお二人とも。目立ちますよ」

沖田が間に入って二人の中を制裁する。沖田は審判役で今回仲間に加わらないのが決定している。
確かに他の流派から見れば、美丈夫が二人並んでいるのと変わりないのである。
目立つということは当然のことであった。
それは勘弁願いたい君菊はさっさと然るべき場所へ座る。
隣に歳三も何も言わずに座った。二人の間に流れる沈黙は不思議と暖かった。

「えー本日は…」

当代天然理心流の周助が勇の隣に立ち、口上を述べる。
長い口上が述べられた後に大きく二組に組が分けられた。
小島という男が軍師として頼まれていたのだがあいにくの病欠。彦五郎が届けられた書状に従い、細かく組を分けた。

源平になぞらえ紅白二軍に分けられ、赤軍は多摩郡小山村名主・萩原糺を隊長に、先頭に朱雀隊七人、右翼に青龍隊七人、左翼に白虎隊七人、大将の周りに旗本衛士七人、大将の後尾に玄武隊七人の合計一軍三十六人。
赤軍の旗本衛士に土方歳三、同じく玄武に山南敬助が配置。
一方、白軍の大将は佐藤彦五郎で旗本衛士に井上源三郎の兄松五郎と君菊が配置された。
歳三はため息をつきたくなった。

もう勝負は決まったのと同然である。向こう側には指南免許を取得できるくらいの実力がある君菊がいるのだ。
それでも勇を襲名披露するための野試合である。手を抜くつもりはない。
例え、それが惚れた相手であっても手を抜くという考えは歳三の中にはなかった。

「はじめ!」

なんとか君菊を相手にしないことで赤軍が先に勝利する。
団体戦なのだ。君菊だけが強くとも意味がない。これは赤軍が勝利するのではと思われた。
しかし、そうはさせないのが君菊という女であった。
男の身体とは違い、しなやかに動けるという点でまず優っていた。

剣術だけでなく柔術も使い、相手を素早く倒していく。全て一撃必殺である。
全員を倒すまでは行かずとも、彦五郎を一騎打ちさせるまで展開を持ち堪える。
自分の仕事は終えたとばかりに彦五郎が相手の大将を討ち取るのを寝転がったまま君菊は見届けた。

勝敗は引き分け。どちらも充分な力を発揮した。
寝転がったままの彼女を見かねて歳三は手を差し伸べる。君菊と違って大きな手のひらだ。
君菊はその手を迷うことなく握り締めた。まるでそれが当たり前のことかのように握り締めた。
体格が小さい君菊は軽々と引っ張り上げられる。
歳三はこれは自分の特権だと満足した。

「なんだかすごく疲れた」
「お前を相手にしないっていうのがこっちの作戦だったからな。疲れて当然だろ」
「そんなに重要視されてたの?わた…自分なんて大したことないじゃん」
「自覚がないのもほどほどにして欲しいもんだな」
「え?ちょっとなんのことだよ~!」

軽いため息と共に元にいた場所へ先に戻る歳三。
そう、この許嫁は自身の実力を大したものではないと考えているのである。
君菊は疑問を抱えながらその背中を追う。
こうして勇の天然理心流の襲名披露は無事に終えた。
白軍に居た君菊の強さは他の流派にも一目置かれることとなった。
それを知らぬのは本人だけである。

それから少し経った後の話である。
江戸牛込甲良屋敷「試衛館」の道場に招かれることになる。
招かれたのは襲名披露の際に活躍した歳三、君菊、審判役をしていた沖田、そして主役の勇である。
いつもの通り彦五郎の道場に来た歳三と君菊は試衛館道場に招かれると言われ、二人は驚いた。

「私、男装してたんですけど…」
「なあに、そんなの小さなことさ。君を連れて行って良かったと思っているよ、俺は」
「かなり大きな問題なような」
「あんま気にすんな。何か言われたら黙らせれば良いだろ」

勇に続いてぶっきらぼうに歳三も言う。
君菊は呆れて歳三を見つめる。

「それはあんた相手に限った話です。他の人だと危ないじゃない」
「言ってることおかしいぞ」
「何もおかしくないでしょ。石頭のくせに」

いつものように言い争いが始まる。
これが彦五郎の道場では日常茶飯事になりつつあった。



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