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勇に想像以上の力を見せつけた君菊は門人として入門することになった。
そうは言いつつも本業は農業。その傍らで剣術も習うことになり、忙しい日々を送ることになった。
だが良いことが一つできた。歳三と話す時間が以前よりも格段に増えたのである。
それは許嫁として良いことと言えた。また歳三もその時間が何よりも嬉しかった。
君菊は確実に力をつけていき、門人の中で一番の実力者になるまでそう時間はかからなかった。
しかし指南免許を受け取ることはなかった。名を残したかったという訳ではないのである。
「え?刃引で試合?」
稽古後、いつもの着物に着替え終えた君菊が勇にそう聞き返した。
刃引とは刃のつけていないまた刃を潰した刀剣のことを指す。
それで近々試合をするのだと言う。天然理心流、最大の催しといって過言ではない。
「六所宮に門人の名前を大奉納額に奉納するんだ。それで新たに加わったトシは絶対参加だ」
「へぇ。抜擢されたの良かったじゃない。歳三」
「上から目線なのがムカつくな…」
「私に勝ってから言うことね」
得意げな顔をして言う君菊。
再入門をしてから一年と六ヶ月。その期間で形試合に抜擢されるのは歳三も相当な実力者であることは確かだ。
しかし才能という名の壁があった。
君菊には剣術の才能が元々備わっていたのである。その壁を歳三は壊せずにいた。
一度も君菊相手に剣術も勝てたことがなかったのである。
それでも、当日は絶対に試合に全て勝ってみせると歳三は意気込んだ。少しは男らしいところ君菊に見せたかったのである。
試合当日。
寺尾安次郎、西村一平、井上松五郎ら計七名で試合が行われた。
門人らが見守る中、試合は行われ君菊もその試合を眺めていた。
審判は三代目天然理心流を継いでいる近藤周助である。
歳三は君菊が自身のことをしっかり見ていることを確認してから、相手と向き合った。
「はじめ!」
いきなり突きの技を繰り出し相手を追い込む歳三。
突きの技は危険なため、初心者には教えられない技だ。
それでも惚れた女が見ているのである。なりふり構ってなどいられなかった。
そんな歳三を首を傾げて君菊は見ていた。
これでも天然理心流の門人の端くれ。歳三の構えがいつもより本気なのが伝わってきていた。
自身が抜擢された試合で気合いが入っているのはわかる。
それでも必死すぎるのではないか、と感じていた。
どうしてそんなに必死なのか、知らぬのは本人だけである。
「歳三どうしちゃったんだろう…」
ぽつりと呟く君菊。
歳三の魂胆は近藤勇は正しく見抜いていた。
「男らしいところを見せたいんだろうさ」
そう言って笑う勇。言っている意味がよく理解できない君菊。
この恋が成就する日が来るのだろうか、と勇は他人ながらも少し心配になってしまった。
君菊が鈍すぎるからである。
恋愛経験が歳三と違って全くと言って良いほどない君菊は歳三の心中を理解することができなかったのだ。
変わり者の女子と言われて男から遠巻きに見られていた君菊にとってそれはどうしようもないことだった。
試合は全試合、歳三が勝利収める。
それを自分のことのように君菊は喜んでいた。その笑顔を見れただけで歳三は頑張った甲斐があると息をついた。
それから少し経った後。
「ついに勇さんが四代目就任するんですか。おめでとうございます」
近々、近藤勇の天然理心流四代目襲名披露の野試合が行われると聞いて丁寧に祝う君菊。
自身よりなお実力のある彼女から言われ、苦笑いをする近藤。
歳三は少し哀れんだ目でそれを見つめていた。
男たるもの女より力があって当然と思いたいものである。
「他の流派も参加するんだ」
「他の流派も…それならば私は参加するのを遠慮しておきますね」
「どうしてだい?」
「近藤さんは違いますけれど、他の流派の方が女の私が参加していると知ったらおかしく思うからです」
「そんなこと言わせるものか。実力で黙らせればいいだけだよ」
勇は力強くそう主張した。
歳三は珍しく弱々しくなっている君菊に言う。
「そうだぞ。俺より強いんだからお前も参加しろ」
「あら。今度は脳天にお見舞いしましょうか?この棍棒で」
笑顔で稽古の棍棒を歳三へ振りかざす君菊。彼女に命令口調は御法度である。
歳三が躱わすことなど無理だろう。痛いのは懲り懲りなので慌てて言い直す。
「参加したら良いんじゃないか」
「そうは言っても…」
「何弱気になってんだ。らしくねーぞ」
「だって、色んな人に見られたくないんだもの」
君菊は女だ。強くあっても女らしくありたいと思うことは当然のことである。
「お前はちゃんと女らしいよ。だからあんま気にすんな」
彼女の心を読み取ったように歳三が言う。
そうして頭を軽く撫でる。愛しい人を見る眼差しで君菊を見つめている。
恋愛には疎い君菊は歳三がどうしてそんなに優しい眼差しをくれるのか、わからず見上げていた。
それでも歳三の言葉に幾分か心が軽くなっているのがわかった。
「…あまり目立たないようにきちんと男装しますね」
困ったような顔で君菊は野試合に参加することを承諾する。
近藤勇と歳三、それと静かに聞いていた沖田と永倉は多分それは無理な話じゃないだろうかと思った。
彼女の強さをよく知ってるからである。
そうは言いつつも本業は農業。その傍らで剣術も習うことになり、忙しい日々を送ることになった。
だが良いことが一つできた。歳三と話す時間が以前よりも格段に増えたのである。
それは許嫁として良いことと言えた。また歳三もその時間が何よりも嬉しかった。
君菊は確実に力をつけていき、門人の中で一番の実力者になるまでそう時間はかからなかった。
しかし指南免許を受け取ることはなかった。名を残したかったという訳ではないのである。
「え?刃引で試合?」
稽古後、いつもの着物に着替え終えた君菊が勇にそう聞き返した。
刃引とは刃のつけていないまた刃を潰した刀剣のことを指す。
それで近々試合をするのだと言う。天然理心流、最大の催しといって過言ではない。
「六所宮に門人の名前を大奉納額に奉納するんだ。それで新たに加わったトシは絶対参加だ」
「へぇ。抜擢されたの良かったじゃない。歳三」
「上から目線なのがムカつくな…」
「私に勝ってから言うことね」
得意げな顔をして言う君菊。
再入門をしてから一年と六ヶ月。その期間で形試合に抜擢されるのは歳三も相当な実力者であることは確かだ。
しかし才能という名の壁があった。
君菊には剣術の才能が元々備わっていたのである。その壁を歳三は壊せずにいた。
一度も君菊相手に剣術も勝てたことがなかったのである。
それでも、当日は絶対に試合に全て勝ってみせると歳三は意気込んだ。少しは男らしいところ君菊に見せたかったのである。
試合当日。
寺尾安次郎、西村一平、井上松五郎ら計七名で試合が行われた。
門人らが見守る中、試合は行われ君菊もその試合を眺めていた。
審判は三代目天然理心流を継いでいる近藤周助である。
歳三は君菊が自身のことをしっかり見ていることを確認してから、相手と向き合った。
「はじめ!」
いきなり突きの技を繰り出し相手を追い込む歳三。
突きの技は危険なため、初心者には教えられない技だ。
それでも惚れた女が見ているのである。なりふり構ってなどいられなかった。
そんな歳三を首を傾げて君菊は見ていた。
これでも天然理心流の門人の端くれ。歳三の構えがいつもより本気なのが伝わってきていた。
自身が抜擢された試合で気合いが入っているのはわかる。
それでも必死すぎるのではないか、と感じていた。
どうしてそんなに必死なのか、知らぬのは本人だけである。
「歳三どうしちゃったんだろう…」
ぽつりと呟く君菊。
歳三の魂胆は近藤勇は正しく見抜いていた。
「男らしいところを見せたいんだろうさ」
そう言って笑う勇。言っている意味がよく理解できない君菊。
この恋が成就する日が来るのだろうか、と勇は他人ながらも少し心配になってしまった。
君菊が鈍すぎるからである。
恋愛経験が歳三と違って全くと言って良いほどない君菊は歳三の心中を理解することができなかったのだ。
変わり者の女子と言われて男から遠巻きに見られていた君菊にとってそれはどうしようもないことだった。
試合は全試合、歳三が勝利収める。
それを自分のことのように君菊は喜んでいた。その笑顔を見れただけで歳三は頑張った甲斐があると息をついた。
それから少し経った後。
「ついに勇さんが四代目就任するんですか。おめでとうございます」
近々、近藤勇の天然理心流四代目襲名披露の野試合が行われると聞いて丁寧に祝う君菊。
自身よりなお実力のある彼女から言われ、苦笑いをする近藤。
歳三は少し哀れんだ目でそれを見つめていた。
男たるもの女より力があって当然と思いたいものである。
「他の流派も参加するんだ」
「他の流派も…それならば私は参加するのを遠慮しておきますね」
「どうしてだい?」
「近藤さんは違いますけれど、他の流派の方が女の私が参加していると知ったらおかしく思うからです」
「そんなこと言わせるものか。実力で黙らせればいいだけだよ」
勇は力強くそう主張した。
歳三は珍しく弱々しくなっている君菊に言う。
「そうだぞ。俺より強いんだからお前も参加しろ」
「あら。今度は脳天にお見舞いしましょうか?この棍棒で」
笑顔で稽古の棍棒を歳三へ振りかざす君菊。彼女に命令口調は御法度である。
歳三が躱わすことなど無理だろう。痛いのは懲り懲りなので慌てて言い直す。
「参加したら良いんじゃないか」
「そうは言っても…」
「何弱気になってんだ。らしくねーぞ」
「だって、色んな人に見られたくないんだもの」
君菊は女だ。強くあっても女らしくありたいと思うことは当然のことである。
「お前はちゃんと女らしいよ。だからあんま気にすんな」
彼女の心を読み取ったように歳三が言う。
そうして頭を軽く撫でる。愛しい人を見る眼差しで君菊を見つめている。
恋愛には疎い君菊は歳三がどうしてそんなに優しい眼差しをくれるのか、わからず見上げていた。
それでも歳三の言葉に幾分か心が軽くなっているのがわかった。
「…あまり目立たないようにきちんと男装しますね」
困ったような顔で君菊は野試合に参加することを承諾する。
近藤勇と歳三、それと静かに聞いていた沖田と永倉は多分それは無理な話じゃないだろうかと思った。
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