壬生狼の戦姫

天羽ヒフミ

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「お茶が入ったぞ~」

道場の端で歳三と君菊は二人並んで座っていた。
少し離れたところで沖田がだらしなく座っている。
勇は遠巻きで見ている門人たちに呆れながらも小さなちゃぶ台の上にお茶を三つ、茶菓子と共に置いた。

「ありがとうございます」
「良いんだ。気にしないでくれ」

「いただきます」と言ってから君菊は茶を啜った。
香ばしい香りと共に苦味が広がる。とても良い味付けであった。
茶菓子は羊羹である。綺麗な作法と共に君菊は食す。見惚れる仕草だ。
一方、歳三は不機嫌そうに茶を啜り乱暴に羊羹を食べていた。
自慢をしたいと思ったのは歳三であるが、ここまで反応が良いとは思ってもいなかったのである。
男共はじろじろと舐めるかのように君菊のことを見ている。

──気に入らない。この女は俺の女なのに。

あっという間に羊羹と茶を平らげていた。
そんな歳三の様子に気がつく君菊。内心、呆れていた。

「歳三さん。子供みたいな真似はよしてください」
「お前こそ、その余所行きの言葉使いやめろよ」
「命令してんじゃないわよって何度言ったらわかるのかしら」

気がつけば歳三の頭は道場の床に叩きつけられていた。歳三の後頭部に鈍い痛みがじりじりと広がっていく。
それを見て茶を吹き出す勇。冷静に見つめる沖田。口をだらしなく開ける門人たち。
まさかただの女が成人男性を片手で地面に叩きつける程の力と技量を持っているとは夢にも思うまい。
三方の反応は正しかった。

「き、君菊さん?」
「すみません。子供のようなことをしているのを見ていたら頭にきてしまいまして。お見苦しいところを見せました」

笑顔で勇の呼びかけに答える君菊。
勇は冷や汗が止まらなくなっていた。頬張っていた羊羹の味もしない。
細い身体付きをしているというのにこの力。普通ならあり得ない。
ふと近藤は視線を沖田に向けると彼だけは冷静に君菊のことを見ていた。

「やっぱり、喧嘩強いんですね。君菊さん」
「…ふふ。やっぱり気がついていたのね総司」

なんら驚くことなく君菊はそう言った。
君菊も同じく彼が自分のことを正しく見抜いていると気がついていたのである。
それを態度にも何にも示さなかっただけという話で。
女だから引かれるのではないかという恐怖心を抱かず堂々としていたのだ。

「いつまで寝てるのよ、歳三」
「お前が倒したんだろうが…」
「そうさせたのは誰のせいかしらね」

頭を摩りながら起き上がる歳三。
まるで歯が立たないとはこのことである。

「その…総司がいう通り、君は喧嘩が強いのかい?」

勇がどうにか落ち着きを取り戻しながらそう言った。
君菊はその問いかけに首を少し傾げる。

「私は基本喧嘩はしないんです。でもこの人とはよく喧嘩はしていました。負けたことはないですけれど、強いかどうかはわかりません」

バラガキとかつて呼ばれた乱暴者に一度も負けた事がないという君菊。
それだけでも彼女の強さが充分に示されていた。
たった今見せた一撃でも強さは見てとれた。
勇は思案する。
こんな逸材は男でもなかなか居ない。
もし、天然理心流を習わせたら一体どれ程強くなれるのだろうか。習得できるのだろうか。
女が剣術を習ってはいけないという決まりはこの時代にない。
物は試しにと近藤は口を開く。

「君菊さん。もしよければなんだが…」

そう言って君菊が渡されたのが道着であった。包帯も一応とばかりに渡される。
一瞬息を呑む君菊。勇が本気で言っているという事がわかったからである。
言われた言葉を反芻しながら渡されたものを見つめる。

「君菊さん、もしよければなんだが天然理心流を習ってみないかい?」
「はい?」
「総司に喧嘩が強いだなんて言わせるのは相当だと見た。一度でも構わない。お願いだ。この通り!」

そう言って頭を下げる勇に君菊は、

「頭を上げて下さい、勇さん。小娘相手にする事じゃないですよ」

慌てて頭を上げるように言う。すると近藤は、

「小娘だなんてとんでもない。君は立派な女性だよ」

そう優しく言った。子供に言い聞かせるように、優しく言った。

「そう…でしょうか」

君菊は珍しく言い淀んだ。
自分でも力が普通の女子より秀でているのは充分過ぎるほどわかっているのだ。
これで男と言われても今の君菊は上手く言い返せないだろう。
もう子供ではないのだ。精神の成長として仕方のない事だった。

「そうだとも。道着とあと…包帯!包帯もあげよう。ちょっと待っていてくれ」

勇は再び道場の奥へ姿を消すと、すぐにお目当ての物を持ってきた。
「はい」と言って勇は君菊に渡す。
少しの逡巡を踏まえてから渡されたものを彼女は受け取る。
真剣には真剣で返すべきだと君菊は考えた。
深呼吸をする。そして、

「私でよければ教えて下さいますか」

覚悟を決めた瞳でそう言った。

そうしてまずは門人たちを相手にどこまで出来るかを力試しすることに。
歳三は実力が既にわかっているので見学に徹することになった。
門人たちは道着に着替え、髪の毛を一つに纏めた君菊に掴み掛かろうとする。
それはまるで西洋のロンドを踊るかのように。
一切の無駄のない動きで門人たちを素手で君菊は床に倒していった。
身長差、力の差など関係ない。技術も力と同様に彼女にはあった。
沖田と永倉も負けじと奮闘するがあっさりと倒されてしまい床と背中がくっつく。
背中と頭の衝撃に耐えられず痛みが走り、立ち上がることができない。
門人たちはやがて全員倒され、

「次」

そうして一人だけ立ち、無感情な声が道場に響き渡ったのである。

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