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土方歳三が天然理心流をどこまで習得したのか現代の記録には残されていない。
不明とされている。
歳三は嘉永四年に入門してから辞めたのである。
安政六年三月九日に八坂神社の奉額に名前が残されている事から再入門した事が分かっている。
土方歳三、齢二十五の時の話であった。
君菊との婚姻の話も出ていたが、彼女が両家を止らせた。
元々歳三が止まらせするはずだったのが、彼の思考を読み取ったかのように君菊が先に止らせたのだ。
歳三は祖父の影響で趣味が俳句であった。その俳句を君菊が歳三の部屋の整理をしている際に読んでしまったのである。
「われ壮年武人となって名を天下に上げん」
俳句には歳三の夢が書かれていた。現代には残されていない俳句。
歳三が夢を語る事など見たことがなかった君菊。
すっかり大人になった容姿の君菊はその艶やかな唇を弧に描いてその俳句にそっと触れた。
──あいつの夢を邪魔する女にはなりたくない。
俳句に触れた時のようにそっと決意する君菊。
きっとこの男とは結婚することは出来ないのだろうと覚悟が決まっていた。
庭先には武士の風習としてある弓の材料となる竹、矢竹が植えてあった。
農民である歳三の覚悟が強いことを示していた。
年頃の女なら誰かに嫁ぎ、子を産み、育て、嫁いだ相手と添い遂げるのが普通の考えのはずだ。
許嫁になってくれと言ってきたのは向こうからの話だ。それを考えないはずがないのである。
それでも、歳三の夢を邪魔したくなかったのである。
彼女なりの信念だった。
特に母から早く歳三と結婚をするように迫られたが、彼女は母を上手く説得し納得させた。
一方、歳三は再入門した天然理心流にて運命の出逢いを果たす。
その男の名を近藤勇。
後の新撰組局長、土方歳三の盟友である。
「はぁ?トシ。許嫁がいるのにまだ嫁さんにしてないのか」
トシというあだ名で勇は歳三のことを呼んでいた。
稽古の休憩中の話である。
歳三は君菊の話題を出してみると勇に呆れたように言われた。
自分でも分かっているのだ。
君菊は昔から周囲の人間に好かれる性格の女であった。
変わり者であったがそういう人間だった。
バラガキと呼ばれていた頃からずっと自分の傍にいてくれた人物でもある。
それに歳三の目から見ても美人の部類に入る。
他の男が遠巻きからでも虎視眈々と旦那の座を狙っている事は分かっていることであった。
それでも夢を見てしまったのだ。自身の恋を成就させることよりも。強く強く。
農民であろうと、武士よりも武士らしくなりたいと。
石田散薬の生業作業を指揮し、売りつづけ、剣術を再び習うようになって強く思い始めてしまった。
「どんな娘か知らないが他の男に取られるぞ~?」
「んな事は分かってる。分かってるが…」
自分勝手なのは重々承知だ。
それでも歳三は思わずにはいられない。
自分の夢の二の次の感情のくせに思わずにはいられない。
「俺以外の男に嫁いで幸せになって欲しくない」
そんな、あまりに身勝手な願望が歳三の胸の中にはあった。
勇はそんな歳三の言葉を聞いて、
「お前をそんなに夢中にさせている娘に会ってみたいなぁ」
と顔を破顔させながらそう言った。
からかっているようにも見えるが、勇の本音にも歳三には聞こえる。
勇の性格から考えて自分の許嫁に純粋な気持ちで会ってみたいのだろう。
そういえば、ここにいる入門者と一度も会わせた事がなかったと歳三ははたと思い当たった。
齢二十五だが喧嘩が強いことに変わりはない。力が馬鹿強いこともだ。
いっそのこと、会わせてみようかと歳三は考え始めた。
「今度連れてくるか」
「何!?会わせてくれるのか!」
勇は嬉しそうな表情を浮かべる。
どうやら本当に会わせようとしてくれるとは思ってもいなかったらしい。
歳三はその表情を見て自分のしようとしている行動は悪くなかったと確認できた。
「勇さん、トシさん、何を面白そうなことを話してるんです?」
勇や歳三よりも若干幼い声色をした青年が二人の背中に問いかける。
実際年下のため、声色が幼いのは当然のことだ。
青年の名は沖田総司。後の新撰組一番隊組長である。
「トシが今度許嫁を連れてきてくれるそうだ!」
近藤がやや興奮気味にそう沖田に言った。
沖田は歳三に視線をやりながら、しみじみと「へぇ」と答えた。
歳三は沖田の反応を意外に思っていた。
てっきりいつものようにからかわれるかと思ったのである。
沖田は剣術の天才であった。天然理心流の使い手としては同門の永倉新八に遅れを取らぬ。
その為か、年上の歳三に対し少々生意気なところがある性格の持ち主であった。
「そいつは楽しみですね」
沖田は井戸水を飲みながらそう言った。
歳三はそんな沖田のことを不思議そうに眺めていた。
「あら、帰ってたんだ」
夕餉の支度をしている君菊がそう言った。
歳三の姉ののぶが子育てに追われている為、この頃は家事手伝いを君菊はよくしていた。
下女ももちろん居たが、見知った相手がいるというだけでのぶは安心して子育てに集中する事ができていた。
結婚しないにしても婚約までは済ませているのである。これくらいは普通のことだった。
君菊の実家には兄も妹も弟もいる。手は足りていた。
「ああ。ちょっと話がある。終わってからで良いから部屋に来い」
「はいはい」
君菊は手早く夕餉の支度を済ませる。
下女でない女子であっても家事は得意な方の人間であった。
「で、話って何?」
「お前を道場に連れて行きたいんだ」
「はぁ?」
剣術の心得もとい武術の心得が必要のない女子である君菊が道場に訪れる。
それはこの時代においては珍しい事であった。
不明とされている。
歳三は嘉永四年に入門してから辞めたのである。
安政六年三月九日に八坂神社の奉額に名前が残されている事から再入門した事が分かっている。
土方歳三、齢二十五の時の話であった。
君菊との婚姻の話も出ていたが、彼女が両家を止らせた。
元々歳三が止まらせするはずだったのが、彼の思考を読み取ったかのように君菊が先に止らせたのだ。
歳三は祖父の影響で趣味が俳句であった。その俳句を君菊が歳三の部屋の整理をしている際に読んでしまったのである。
「われ壮年武人となって名を天下に上げん」
俳句には歳三の夢が書かれていた。現代には残されていない俳句。
歳三が夢を語る事など見たことがなかった君菊。
すっかり大人になった容姿の君菊はその艶やかな唇を弧に描いてその俳句にそっと触れた。
──あいつの夢を邪魔する女にはなりたくない。
俳句に触れた時のようにそっと決意する君菊。
きっとこの男とは結婚することは出来ないのだろうと覚悟が決まっていた。
庭先には武士の風習としてある弓の材料となる竹、矢竹が植えてあった。
農民である歳三の覚悟が強いことを示していた。
年頃の女なら誰かに嫁ぎ、子を産み、育て、嫁いだ相手と添い遂げるのが普通の考えのはずだ。
許嫁になってくれと言ってきたのは向こうからの話だ。それを考えないはずがないのである。
それでも、歳三の夢を邪魔したくなかったのである。
彼女なりの信念だった。
特に母から早く歳三と結婚をするように迫られたが、彼女は母を上手く説得し納得させた。
一方、歳三は再入門した天然理心流にて運命の出逢いを果たす。
その男の名を近藤勇。
後の新撰組局長、土方歳三の盟友である。
「はぁ?トシ。許嫁がいるのにまだ嫁さんにしてないのか」
トシというあだ名で勇は歳三のことを呼んでいた。
稽古の休憩中の話である。
歳三は君菊の話題を出してみると勇に呆れたように言われた。
自分でも分かっているのだ。
君菊は昔から周囲の人間に好かれる性格の女であった。
変わり者であったがそういう人間だった。
バラガキと呼ばれていた頃からずっと自分の傍にいてくれた人物でもある。
それに歳三の目から見ても美人の部類に入る。
他の男が遠巻きからでも虎視眈々と旦那の座を狙っている事は分かっていることであった。
それでも夢を見てしまったのだ。自身の恋を成就させることよりも。強く強く。
農民であろうと、武士よりも武士らしくなりたいと。
石田散薬の生業作業を指揮し、売りつづけ、剣術を再び習うようになって強く思い始めてしまった。
「どんな娘か知らないが他の男に取られるぞ~?」
「んな事は分かってる。分かってるが…」
自分勝手なのは重々承知だ。
それでも歳三は思わずにはいられない。
自分の夢の二の次の感情のくせに思わずにはいられない。
「俺以外の男に嫁いで幸せになって欲しくない」
そんな、あまりに身勝手な願望が歳三の胸の中にはあった。
勇はそんな歳三の言葉を聞いて、
「お前をそんなに夢中にさせている娘に会ってみたいなぁ」
と顔を破顔させながらそう言った。
からかっているようにも見えるが、勇の本音にも歳三には聞こえる。
勇の性格から考えて自分の許嫁に純粋な気持ちで会ってみたいのだろう。
そういえば、ここにいる入門者と一度も会わせた事がなかったと歳三ははたと思い当たった。
齢二十五だが喧嘩が強いことに変わりはない。力が馬鹿強いこともだ。
いっそのこと、会わせてみようかと歳三は考え始めた。
「今度連れてくるか」
「何!?会わせてくれるのか!」
勇は嬉しそうな表情を浮かべる。
どうやら本当に会わせようとしてくれるとは思ってもいなかったらしい。
歳三はその表情を見て自分のしようとしている行動は悪くなかったと確認できた。
「勇さん、トシさん、何を面白そうなことを話してるんです?」
勇や歳三よりも若干幼い声色をした青年が二人の背中に問いかける。
実際年下のため、声色が幼いのは当然のことだ。
青年の名は沖田総司。後の新撰組一番隊組長である。
「トシが今度許嫁を連れてきてくれるそうだ!」
近藤がやや興奮気味にそう沖田に言った。
沖田は歳三に視線をやりながら、しみじみと「へぇ」と答えた。
歳三は沖田の反応を意外に思っていた。
てっきりいつものようにからかわれるかと思ったのである。
沖田は剣術の天才であった。天然理心流の使い手としては同門の永倉新八に遅れを取らぬ。
その為か、年上の歳三に対し少々生意気なところがある性格の持ち主であった。
「そいつは楽しみですね」
沖田は井戸水を飲みながらそう言った。
歳三はそんな沖田のことを不思議そうに眺めていた。
「あら、帰ってたんだ」
夕餉の支度をしている君菊がそう言った。
歳三の姉ののぶが子育てに追われている為、この頃は家事手伝いを君菊はよくしていた。
下女ももちろん居たが、見知った相手がいるというだけでのぶは安心して子育てに集中する事ができていた。
結婚しないにしても婚約までは済ませているのである。これくらいは普通のことだった。
君菊の実家には兄も妹も弟もいる。手は足りていた。
「ああ。ちょっと話がある。終わってからで良いから部屋に来い」
「はいはい」
君菊は手早く夕餉の支度を済ませる。
下女でない女子であっても家事は得意な方の人間であった。
「で、話って何?」
「お前を道場に連れて行きたいんだ」
「はぁ?」
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それはこの時代においては珍しい事であった。
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