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第一部『序章』

第六話

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徳川家康は毅然とした態度で岡崎城大手門前にて織田軍の到着を待つ事にした。


すると、織田の大軍勢が目に飛び込んで来た!


「あれが織田軍最大戦力の新式一巴筒か!しかもなんという数だ!」

数正「殿、あれは何ですか?騎馬隊ですが短い火縄銃を持っておりますが。」
「あれは鉄砲騎馬という奴じゃ。」

忠次「あんなに長い槍で戦えるのですか?」
「あれが信長様考案の三間槍じゃな。なんでも近付かずとも槍で相手を刺せるとか。」

忠吉「あの後の方で重そうに引っ張っているのは何でしょう?」
「あれは見た事がないな。」


などと話していると、先鋒らしき武将がこちらに来た。


「某は織田家筆頭家老・柴田勝家である!家康殿!覚悟致せ!」

「あいや待たれい!勝家殿、覚悟とは如何なる事でしょうか?」

「これは異な事を、我が殿を追い返しておいて今更言い訳でもするつもりか?」

「その件については某の教育が行き届かなかったのだ。織田様に対して誠に申し訳ないと思っている。」

「ほう。つかぬ事を聞くが、それはいつ分かったのかな?家康殿。」

「昨日の夜に、おおよその見当が付いたくらいで信長様だと確信したのは今朝でござる。」

「それに、嘘偽りはございますまいな!」

「はい!天に誓って!どうか、信長様にお目通りを伏してお願い仕ります。」

「駄目だな!我らは殿から岡崎城を壊しても構わないと言われて先鋒として来たのじゃ。今更、引き返せないわ!」

「そこを何とかお願い致す!」

と、家康が勝家に土下座し頭を下げた。


勝家は苦笑して
「家康殿、見苦しい振る舞いをしないで欲しいのだが?それなら、殿に無礼な事言った門番を呼んで来てもらって、もう一度ワシに土下座してもらおうかのう。」

数正「おのれ、柴田勝家。殿がこれほどまでに頭を下げているのに!」
「数正は黙っておれ!すぐに昨日の門番の足軽2人を呼べ!」


しばらくすると、2人の足軽がガタガタと震えながら勝家の元まで連れて来られた。


「お前達が殿に暴言を吐き「斬り捨てる」と脅したやつらか?」


それを聞いた家康は
「お前達!昨日の話とは違うではないか!ただ追い返しただけと…」


家康は他の配下や一般足軽達が居る大手門前で、勝家に対し再び土下座し頭を地面に擦り付け謝罪した。


すると、信長が勝家の後方から勝家の前に立つ。


勝家は再び家康に
「(殿から事前に言われた時は冷や汗物じゃったが、ワシの芝居でも意外と見破られないな。)家康殿、いい加減なされい!駄目な物は駄目じゃ… と、門番の足軽達が殿に言った通りの事を言ったまでじゃ。さあ、面を上げられい!いい加減、見っともないぞ?家康殿。」


そう言われ家康が面をあげると、目の前に織田信長が立っていた。


家康「の。信長様!」
「で、ある。」


信長は徳川家臣達と門兵を見て
「お前達の失敗を、この家康が庇ってくれたのだぞ?分かっておるのか?こんな良い奴は、そうそう居ないぞ?」


徳川家臣達と門兵は黙り込む。


家康「信長様…」
「普通なら手討ちして首が献上されても可笑しくない所業だぞ?まぁ良い。竹ち… いや家康殿、おぬしも悪いのだ国力をあげ国を豊かにするのは良い事だが、もっと末端にも目を配らないとな!」


家康は信長の言葉に感動して
「信長様が来て下さったのに、配下の門兵のせいで追い返してしまって誠に申し訳ない!お前達もこっちへ来て一緒に謝れ!」


門兵は家康と共に深くお詫びした。

「次は無いからな。家康殿。」

家康「へ?」
「また、こやつらに「殿を呼び捨てにするな!」と、怒られるからのぅ。」

家康「は?」


門兵達は震えながら、額の汗を拭った。


「そう強張るな!わっはっはっは!今回の詮議はこれにて終了じゃ!わっはっはっは!」

家康「今回の事を教訓にし、指導を徹底致しまする。」
「うむ。でだ、ワシはこのまま駿府の義元・居城の駿府城を攻める。」


家康は、鳩が豆鉄砲食らったみたいになり
「は?今何と?」

「だから、駿府城を攻めると申したのじゃ!ワシが、家康の岡崎城を本気で攻る思っておったのか?(まぁ、出方次第ではどうなっていたか分からんかったがな。)」

「某は全面降伏するつもりでおりましたから。」

「これだけの大軍勢じゃ、今川も度肝を抜くに違いない。それにな、今は9月後半だし武田は上杉との合戦の準備と冬支度で援軍は来ない。北条にしても関東統一に躍起になってる。という事は、分かるな?」

「まさに好機ですな。」

「うむ。我らは先に向う。家康は準備を整え次第、我らの後ろから来い!待っておるぞ!」

「はっ!心得ました!」

「言うの忘れたが、駿府を落とせたら家康が好きに使ってよいぞ!」

「また、領地をくれるのですか?」

「いらぬなら、良いが?」

「いえ!貰える物は貰いまする!」

「では、待っておるぞ!皆の者、目指すは今川義元居城、駿府城じゃ!父上の代からの因縁を晴らすとしようか!出陣!!!」


(今川に一泡吹かすつもりで良かったが、落とせれば御の字の気持ちで戦うとするか。上杉との連携も上手く行くからな。)


”おおおぉぉぉぉぉぉ”


家康は(さすがは織田信長!そうでなくてはな!忙しくなるぞ、我らも義元を倒せれば我らの名が全国に轟くに違いない!)


家康は織田の大軍勢を見送り岡崎城本丸で軍評定を始めたのだった。



                 ★



家康は、すぐにでも信長の後を追うつもりだったが、そう簡単に兵は集まらずにいた。


忠次「そうは言われましても、すぐには兵が集まりませんぞ。」
「そこを何とかするのが、お前達ではないか!」


【酒井忠次(サカイタダツグ)。家康に仕え、三河衆を従えて数々の軍功をあげ、外交にも腕を振るった。】


忠吉「急には無理です!」
「では、すぐに動かせる兵はどれくらいなんだ?」


【鳥居忠吉(トリイタダヨシ)。家康が今川に人質として預けられてた頃に岡崎城の留守を守り、今川から独立するような事があるかもと思い、軍資金を貯めるのに貢献した。】


数正「そうですね… 約3000人程度が限界かと思われまするな。」
「それだと、織田軍の一割しかないではないか!」

忠次「だいたい、急に決まった事なので無理なのでござる。」
「しかし、このままでは援軍に行けず、今度は確実に領地を召し上げられる事に成りかねんぞ!」

忠吉「殿はまだお若い、こういう事は順序という物がございますので。」
「お前達は、いつからそんな弱腰の役立たずになったのだ?」

数正「殿!それはいくらなんでも言い過ぎです!我らは、殿の為に仕えてるのですぞ。織田殿の意向などに従うなどもってのほかですぞ!」
「それでは、お前達はこの隙に尾張に攻め込めとでも言うつもりか!」

忠次「それは、良い考えですな。」

そのやり取りを見ていた、家康と同い歳の服部半蔵が
「いい加減になさいませ!家康様が、織田様に謝罪したばかりなのに、また土下座さすおつもりですか?もうあんな殿は見たくありません!ここは、織田様の援軍に加わるのが得策です。それに、ここに織田の間者が潜んでいたら終わりですぞ?」

数正「言い過ぎだったと反省はするが、実際問題どうするのだ!」


家康は落ち着いた様子で
「お前達。この徳川は誰の配下だ?織田信長の一家臣に過ぎないのだぞ?」

忠次「それはそうですが…」
「さっき、ワシが謝らなかったら滅亡していたのが分からんのか?信長様は最後笑っておったが、内心は腹腸が煮えくり返っていたに違いないのだ。信長様の気性の荒さは幼い頃から知っている。あの鉄砲の数を見たであろう?いつか、徳川家として独立をと考えている。今は耐えてくれ!」

数正「それは、誠でしょうな?」
「(そんな訳あるか!どれだけワシが信長様から恩を頂いてると思っているのだ?仇で返す事自体考えてないわ!この事は信長様へ内々に報告する必要があるな。)誠じゃ。それで、兵はどれだけ集まるのじゃ?」

忠吉「はっ!約8000は集まりまする。」
「(さっきの3倍近くあるではないか!どこまでワシを馬鹿にしてるのだ?そもそも、父上を殺した本当の理由が分からないままだしな。一部では父上を手にかけたのは忠次と聞く。松平家存続の為にワシを今川の人質に出すという行為は戦国の世では当たり前の行為だ。こやつらは、ただ単にワシを担いで裏でワシを操ろうとしてる可能性も、今のやりとりを聞いたワシにはそう思えてしかたない。三郎様を悪く言う奴は信用ならんな。)先ほどと全然違うではないか!」

忠吉「先程と今とでは状況が違います。殿が「いつか独立し耐えろ」と言われたから、我らもそれに応えただけの事ですので。」
「まぁ、良い。すぐに集めて出陣するぞ!(こやつら、本当に独立すると思ってるのか?一家臣の配下にしか過ぎない足軽大将の分際でぬけぬけと、よく言うわ。ワシに忠誠を誓ってるのか、独立しワシを裏で操るためなのか分からんが…)」


織田信長からの独立を夢見る家康の一部の部下達は、織田の援軍として駿府に2日遅れで向った。


すると、駿府と遠江の国境の街道を西に向ってた家康に一報が届く。


「織田軍敗退中」との知らせだった。


家康「なんだと?今川に負けただと?それは誠か?!」

数正「はっ!物見の知らせでは、信長様がいたく落ち込んで戻って来ているとの事です。」
「残存の兵はどれぐらいなのだ?」

忠次「はっ!約5000との事ですが、あの重そうな何かは足軽数十名で押して運んでるらしいです。」
「あの軍勢が負けるとは…」

忠吉「織田信長もたいした事はないな。」
「馬鹿者!!その今川を倒さねば、この徳川の未来もないのだぞ!それに不謹慎ではないか!」


と話してると、前方から織田信長と後方に数千の軍勢がやって来たが、落ち込んでいたのは信長だけで、残りの兵達は清々しい顔をし堂々とした感じで帰ってきていた。


家康は可笑しく思い、信長の元に急いだ!


「信長様、今回は…」

と、慎重に聞いてみる。


すると、信長から返って来た答えに家康が自分の耳を疑った!




時間を一日遡る。


信長は駿府に入るやいなや、今川の砦を次から次へと落として行った。


駿府城の本丸では、織田軍が砦を落とし侵攻して来たという一報が届く。


義元「尾張の田舎侍が軍勢を率いて我が駿府に攻めて来ているとは、いったい何の冗談じゃ?雪斎(セッサイ)、冗談で無いなら説明しろ!」


【太原雪斎(タイゲンセッサイ)。 今川 義元の右腕として手腕を振るい、有名所で言えば今川・武田・北条の三国同盟を画策に成功させた。】


雪斎「殿。某の調べたところでは、織田軍約3万がこの駿府城に向け進軍中とのよし。」
「なんじゃと?3万?!我が兵は今どうなっておる?」

雪斎「兵12000が常駐しておりますが、ここは武田か北条に援軍の要請をし篭城をする戦法で宜しいかと。丁度、年貢を集めたばかりで兵糧は沢山ありますし。」
「さすがは雪斎!しかし武田は援軍に応じないじゃろう?」

雪斎「そういえばそうですな。上杉との戦いと冬支度で兵を送れないでござるな。」
「北条に援軍要請を頼むとしよう。雪斎、行ってくれるな?」

雪斎「はっ!三国同盟のように見事、北条の援軍と共に駿府へ凱旋致しまする。」


信長軍は雪斎の予想を上回る速度で駿府城まで到達し、その事が義元の耳に入った。


義元「もう来たと申すか!早すぎる!ええい!雪斎が北条に向ったのは数刻前か… 開門はせずに篭城で出来るだけ時間を稼ぐぞ!皆に伝え…」


”どごおぉぉぉぉん!どおおおおおお!!”

と、雷が落ちたような音が城中に聞こえ、しかもその後に城全体が揺れた!


そこに血相を変えた息子の氏真(ウジザネ)が来て
「父上!この城に雷が落ち、地震が!」

「雷?地震?確かに聞こえてし、揺れたが…」


そこに伝令が次々と
「殿、今しがた大手門が破られ織田軍がなだれ込んで来て、三の丸門を閉めてなかった為に二の丸まで進入を許してしまいました!」

「殿!関口氏広様、討ち死!氏元様も討ち死!先の戦いで逃げ延びた朝比奈様も奮闘の末、討ち死!」

「殿!この本丸を捨てお逃げ下さい!この城はもう持ちません!」

氏真が泣き叫び
「わあぁぁぁぁ!!父上、どうしたら良いのですか?!」

義元「そんな馬鹿な事があるはずが無い!この城は北条の小田原城より劣るが決して守りが薄い訳ではない!何故じゃ!」


それもそのはず、まだこの時代には大筒が無かったに等しいのだが、信長は堺の南蛮商会との取引で逸早く一台を購入して尾張に持ち帰り鉄砲鍛冶達に作らせていたのだ。


勝家「あの大筒とやらの威力は凄い物があるな。長秀。」

長秀「しかし、あれ一発で軍資金が異常な速さで消えて行くのは辛いですがね。」
「そう僻むな!」

両名「「これは殿!お耳障りな発言で申し訳ありませぬ。」」
「いや、実際そうじゃからな。これも堺と上杉殿との交易があってこそじゃ。それが無ければ今川攻めなど、ほいほいと言えんじゃろう?」

長秀「たしかに!」
「もう大筒は使うな!一気に本丸を攻め、義元の首を持って参れ!」


”おおぉぉぉぉぉぉ”


また伝令が
「義元様!氏真様!早よう、お逃げ下さい!織田軍がもうそこまで来ていますゆえ!」


そうこうしていると
「そこに見えるは今川義元公でござるな?!その首貰い受けに来たぁァァ。」


義元は泣き喚く息子の氏真を囮にして、駿府城の西に位置する興国寺城に向って命からがら逃げたが織田軍の追っ手からは逃げられず討ち死したのだった。

その息子は哀れな最後を遂げたのは言うまでもない…


今川義元を討ち取ったとの一報が届いたのは、その日の未の刻だった。


まさに電光石火の如く、戦いは半日で終わり今川家は滅んだ…


【今川氏真(イマガワウジザネ)。義元の嫡子。桶狭間の戦いで親である義元を失い、松平家や武田家に今川家を滅ばされ、その後は徳川や北条の庇護を受けた。】

【関口氏広(セキグチウジヒロ)。桶狭間の戦いで主君を失うと、娘が家康の正室だった事で疑われ切腹した。】

【葛山氏元カ(ツラヤマウジモト)。年貢軽減や領内社寺の保護などをした。】

【朝比奈泰朝(アサヒナヤストモ)。今川家に最後まで尽くした忠臣で氏真と共に北条家へ落ち延びた。】


信長は、約三分の一の兵力を残し帰路に着いた。



時間を元に戻す。


「家康!今川は弱すぎて、ワシは暇じゃったわ!」


家康は目が点になり
「は?まさかとは思いますが、今川を滅ぼしたのですか?」

「ああ、まだ届かぬが今川義元の首は明日までに岡崎城に届けさせるゆえ検分致せ!」

「さすがと言うしか言葉が出て来ません。三郎殿、内密にお話したい事がありまするので日を改めて稲葉山城にお祝いがてらに向かいます。」

「お前が、ワシの名前をそう呼ぶという事はよっぽどじゃな?よし、分かった。土産は期待しているぞ!」

「はっ!」

「おっと、それからな竹千代に良い物を与えると言ってたのを覚えているか?」

「ああ、覚えておりまする。」

「それも、その時で渡すが良いか?」

「何の事か検討も付きませんが、くれる物であれば何でも貰いまする。」

「では、凱旋と行こうではないか!」


信長は遅れて来た徳川軍を引き連れて帰路に着き、家康は岡崎城に信長はゆっくりと稲葉山城に帰還した。




『西暦1554年の冬先某月』


信長は21歳。家康13歳。猿19歳。その年に稲葉山城は岐阜城に改名した。


【岐阜(ギフ)。岐阜の意味とは岐山で、聖王こと周の文王が岐山から天下を治めた由来。】


そして今後、信長の発行する文面に『天下布武』の印章を用いる事になった。


【天下布武(テンカフブ)。武力で天下を治めるという意味。】



                 ★



今川義元が織田信長に討たれた事により、尾張・美濃に加え三河・遠江・駿府と五国を制した織田家は『天下布武』を掲げ、国中に信長の名が知れ渡ったのだった。


三河・遠江・駿府の国主と成った信長の家臣・徳川家康が信長の居城・岐阜城を訪れて、本丸で信長と密談を交わしていた。


「信長様。義元を倒した事に対して改めて、お祝いの品を持参したので献上致しますろ。」

「家康よ、そんな気を使わなくても良いぞ。して、何を持って来たんじゃ?」

「これは茶葉です。信長様は茶の道を始められてと聞いてますので…」

「ほう。三河は良い茶葉が取れるとして有名だからな。感謝する。」

「滅相もございません。」

「それより、内々に話したいとは何じゃ?」

「はぁ、それが恥ずかしい話なのですが… 某は元服したばかりというのも有りますが、配下達が信長様を軽視し、あまつさえ徳川家として独立を望んでるのです。」


信長は腕を組み考え出す。


その姿を見ている家康は、いつ怒られるか不安で冷や汗をかいていた。


そして、信長が
「それなら、いっそ独立してみるか?」


家康は頭の上に?を浮かべ
「へ?独立でございますか?」

「そうじゃ!しかし、続きがある。独立した事を装うのじゃ!」

「は?意味が分かりません。」


信長は家康に詳しく事情を話し始めた。


「今、武田の心境を考えてみろ!三国同盟をした矢先、今川が滅ぼされたのだ。さて、どうなる?」

「はぁ、そう言われましても。困るとしか分かりません。」

「そうじゃ!困るで合ってるぞ!で、何故困る?」

「それは甲斐の南が敵か味方か分からないのに、おいそれと上杉と戦えなくなったからでは?」

「そうじゃ!しかし、上杉は待ってくれない。来年の早くければ2月下旬には北信濃に軍勢を進めるじゃろうな。」

「そうですね…」

「そうですね… ではない!武田は攻めないと駄目だが我らが気に成って信濃に進軍出来ない。すると、どうなる?」

「信濃が上杉の手に落ち、甲斐一国となり風前の灯になりますね。」

「そうなると、間違いなく北条から同盟を断れるか属国になれと成る。忽ち武田は窮地に立たされる。」

「それなら、織田としては良いのでは?」

「だと良いが、そう容易くはいかん。これはまだ確かではないが、上杉と北条が密かに繋がってるとの噂を耳にした。これが真実なら?」

「不味い… ですが、信長様は輝虎様と昵懇の仲なのでは?」

「今は戦国の世。子が平気で親を殺し、家臣が君主を殺す時代じゃ。何があるか分からん。」

「それもそうですが…」

「で、話すを戻すが… 独立を装うと武田は家康との間に同盟を持ちかけてくるじゃろう?」

「まぁ、その可能性大ですね。それで同盟を受けると。」

「それでじゃ。武田は後顧の憂いが無くなり、安心して全軍で上杉と戦える。しかし、その隙に我ら織田軍が駿府から北上し武田信玄の居城を落とす。信玄さえ居なければ容易に落とせるからな。」


今度は家康が腕を組み考える。


「どうも分かりません。」

「あのな。その時、おまえの配下がどう出るか。じゃ。」

「どう出るとは?」

「お前が最初言っていた。配下がワシを軽視してるって奴じゃ。」

「それが何か?」

「お前は猿より要領が悪いな!もっと勉学に励め!」


信長に怒鳴られた家康は半泣きになり
「も、申し訳ありません!」

「もう良い!あのな、ワシを軽視した者は、織田軍がほぼ出払った尾張や美濃をどうしようと思う?」

「取りに行く可能性が… って、は?」

「そうじゃ!そうなって、一歩でも軍勢を率いて岡崎を出るなり、尾張を落とす為の軍評定を家康を無視して始めたら謀反とみなし、尾張に伏せていた大筒隊で殲滅する!その際、家康は多少の負傷を負って貰う事になる。」

「え?」

「当たり前じゃ。自分の配下を御せない罰じゃ!それが嫌なら、説得ないし極刑にし配下の武将を完全に従えて見せろ!」

「某に出来るでしょうか?」

「出来る!そして、北条を攻めよ!」


また、突飛よしもない事を信長が家康に言うと
「は?北条ですか?まさか、小田原城を落とせとか?」

「そのまさかじゃ!」

「無理です!いくら国力が上がっても、我らの兵力は一万にも満たないですし。」

「阿呆!誰もお前達だけに攻めよとは言ってないわ!ここから話す事は、お前に心にだけ留めておけ!」

「はい!!」

「これは当初の作戦とは違ったのだが、上杉と武田が戦ってる最中に、我らが甲斐を、家康が小田原を、甲斐を落とした我らが二手に分かれ、一隊は上杉と挟撃し武田を背後から襲い、もう一隊は南下して小田原を北から攻める。加えて、織田本体と家康軍より先んじて越後より上杉軍を装った織田軍が上野の長野と合流し関東に攻め込む。北条を弱体化させる目的だ!」

「なんと、壮大な!某が参戦出来るのですね?」

「そうじゃ。お前にも箔が付き良い話であろう?しかし、もし配下を御せなかったら、この作戦も御破算じゃ…」

「御破算とは?」

「武田は滅びるが、北条を弱体化が出来ずに終わる。今後の北条攻めが困難になる。」


家康は自分を奮い立たせ
「信長様!某はすぐに戻って、配下を一人一人説得します。説得に応じない者は国外追放に致します!」

「家康よ、国外追放では駄目じゃ!極刑をもって対処しろ!でないと、北条や他の国に余計な情報を渡す事になりかねん!」

「極刑ですか… 分かり申した…」

「そなたのは思い入れのある配下も居ようが、心を鬼にして事にあたれ!」

「はっ!話は変わりますが、某に何か貰えるという話でしたが?」


先程の険しい表情から一変、信長は思い出したように
「そうじゃった!家康!お前に許婚とかいるか?」

「は?許婚でござるか?そんな女子(オナゴ)はおりません!」

「そうか。では、ワシの妹の市を貰ってはくれぬか?」

「はぁぁぁぁ?信長様の妹って、あのお市様ですよね?」

「だから、そう言っとるだろうが!」


家康は顔を真っ赤にして
「い、い、頂きます!あんな美女は他には居ません!是非に!」

「で、あるか。祝言日取りは武田が滅びた後で良いな?」

「は、はい!某はお市様の為に配下を御して、壮大な作戦に参戦します!」

「で、あるか。楽しみにしておるぞ!今日は泊まって、久しぶりにとことん話そうではないか。」

「はっ!あり難き幸せ!お言葉に甘えまする。」


こうして、岐阜城に泊まる事になった家康は、市姫の事で頭がいっぱいになり、信長との会話が上の空であったのは言うまでも無かったのだった。



                 ★



信長と家康が岐阜で会談していた頃、越後の上杉の元に信長からの文が届いていた。


その内容とは
「輝虎殿、前回の作戦とは違ったが予定通り来年の二月下旬に北信濃へ侵攻し武田と全力で戦って頂きたい。我らが武田の主要城を落とし甲斐を平らげ、武田の背後を突きまする。それで武田は退路が断たれ全滅するかと思われまする。とどめは輝虎殿に任せますゆえ。後、我が家臣の柴田勝家に輝虎殿の予備の兜があれば貸してやってほしいのですが。それと、庇護されてる金食い虫に上野の長野業正殿宛てに一筆書いてもらって頂きたい。その内容は上杉輝虎様に協力し関東の北条を討つべし、と。それと輝虎殿は我らが偽装してるとは告げずにお願いしたい。その長野・偽装上杉の軍勢が関東に入った次の日、我が家臣の徳川家康が小田原城に攻撃を仕掛ける手筈に成ってまする。これで、武田は滅び北条もかなりの痛手を被るでしょう。以上です。 信長『天下布武』」


書状えお読んだ輝虎は思った。


(織田信長… やはりとんだ「大うつけ」だな。まさか、ワシと手を組んだ時に今川・武田・北条を滅ぼす計画を立てていたとはな… しかも、もう我らでも織田殿に勝つ事は無理だろう… こんなに早く今川に勝つなど、どの大名達も思っていないだろうしな。これは早い内に同盟いや属国に成った方が上杉家の為になるやもしれん… 『天下布武』か、あやつは本当に成し遂げる… そんな気がするわい。)


上杉輝虎は家臣達に来年の2月下旬に信濃へ向い武田と雌雄を決する事を伝えるのだった。


今川義元が討たれはとの報が届いた武田は
「まさか義元殿が討たれるとはな。(織田信長か… もはや軽視出来ない存在になったな。)」

勘助「誠に!これでは安心して上杉を迎え撃てません。」

馬場「勘助の言う通りだが、草の情報によると上杉は早ければ2月下旬にも信濃に侵攻してくるとの事ですからな。みすみす信濃を上杉に渡す事に成りますぞ!」

勘助「そんな事になれば一大事ですぞ!西には上杉、南には織田、それに北条の動きも気になります。」
「どうした物か、何か作はないか?」

信繁「兄上!某に妙案があります!」
「なんじゃ信繁、申してみよ!」

信繁「はっ!何でも織田の家臣で国主の徳川家康は元服してまもない上に、配下が従わず織田を毛嫌いしてるとの噂を耳にしまして、もしかしたら徳川を織田から独立させられるこもしれません。」

勘助「おお!それは、まさしく妙案ですな!信繁様が居れば某は不要ですな!わっはっはっは。」

信繁「勘助!そんなに煽ててもワシにはお前にやる物は何一つないぞ?」

「お前達、冗談はそれくらいにせよ!信繁の妙案、試してみる価値は有りそうだな。勘助!頼めるか?」

勘助「はっ!この勘助、お館様の頼みなら何でもこなして見せまする!」
「うむ。至急頼むぞ。これが成功すれば徳川と同盟し、上杉を今度こそ倒して信濃を我が物に出来るという物じゃ。」


【武田信玄。甲斐の虎とも言われ恐れられた。実の父を追放して家督を相続し信濃に侵攻。上杉謙信との川中島の戦いでも有名だ。上洛を目指したが道中で病没。】

【山本勘助(ヤマモトカンスケ)。武田家の軍師。雑学ですが山勘というのはこの人物から来ている。】

【武田信繁(タケダノブシゲ)。信玄のすぐ下の弟。兄・信玄に忠義を誓い、川中島の戦いで戦死し信玄が物凄く悲しんだとされている。】

【馬場信房(ババノブフサ)。武田家家臣。長篠の戦いで殿軍を勤め敵に突撃をし戦死。】


武田は密かに武田信繁の妙案を勘助が作戦を練っていた頃、雪斎は北条の援軍が間に合わず義元が討たれた報を聞き客人として小田原城に滞在を余儀なくされていた。


雪斎「氏康様!今川が滅んだ今、某の帰る場所がございません。良ければ、この雪斎めを北条家の末席に加えては下さらぬか?」
「義元殿の右腕と言われた雪斎殿がワシの配下にと申すか。喜んで、その申し出を受けようではないか!」

雪斎「おお!有り難き幸せ!この雪斎、北条家の為に御尽力させて頂きまする。」
「うむ。しかし、この小田原城は上杉輝虎の攻撃でも落ちなかった城じゃ、それにこの関東を後少しで制圧出来る。そうすれば武田を脅迫し軍門に加え、上洛出来るという物じゃ!」

雪斎「しかし、織田信長がそれを黙って見ているとは思えません。」
「そちは織田信長を重要視してるが、あんな小物いつでも滅ぼせる。捨て置けば良い!我が小田原城を落とす事は不可能じゃしな!わっはっはっは。」

雪斎「しかし…」
「もうこの話は終わりじゃ!いくら義元殿の右腕でも、北条にとっては新参者じゃ!貴殿の意見を聞いてやっただけでも有り難いと思え!」


雪斎は思った…

(氏康殿は小田原城に依存し過ぎる傾向があるが、あの信長には警戒した方がよいと思うのだがな…)


【北条氏康(ホウジョウウジヤス)。関東の扇谷の上杉家を倒し、領国を関東一円まだ広げたが病没。】


そこうしてる内に月日が流れ、武田が徳川家康の配下である石川数正に接触し、再三に渡り交渉していた。


勘助「数正殿、徳川は三河・遠江・駿府の三国を信長から貰ってるのでしょう?なら今の徳川なら織田より国力が上。なので独立しては如何でしょうか?」
「織田との国力の差は徳川の方が確かに上ですが、戦力が分からないので容易く独立が出来ないでいます。」

勘助「結論から言いますと、独立はしたいのですな?」
「それは常に望んでいます。」

勘助「なら、数正殿に賛同する者を集め家康殿を説得しなされ!その後押しは我ら武田が引き受けまする。」
「分かりました。家康様を説得し、独立を画策してみせまする。」

勘助「独立した暁には、我ら武田家と同盟を結んでほしいのだが?」
「それは大丈夫です。では御免。」

と、密約を交わしたいた。


しかし、家康もまた不穏分子を洗い出すのに躍起になっていたのを数正達は知らないのだった。
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