破壊神の加護を持っていた僕は国外追放されました  ~喋る黒猫と世界を回るルーン技師の**候補冒険記~

剣之あつおみ

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魔法学園編

055話 悪だくみ

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 中間考査も終わり、魔力マナの扱いが多少上手くなった事もあって授業後の補習内容がより濃くなったのは言うまでもない。
 補習中、僕から少し距離を置く黒猫2匹はここぞとばかりに他の生徒に可愛がられていた。
 黒猫2匹は皆に大人気だが、僕は相変わらず腫物的な扱いで少し寂しい。

 補習も終わり休憩がてら、翌月からの授業に合わせて準備をしていると、入学当初に受け取った配布物が目に入った。
 その中に年間の行事予定表があり、そこで幾つか目を引いた行事があった。

 4月:入学式
 5月:中間考査(学科、実技)
 6月:競技祭
 7月:期末考査(学科、実技)、終業式
 8月:夏季休暇
 9月:始業式
 10月:中間考査(学科、実技)、修学旅行
 11月:交流祭
 12月:期末考査(学科、実技)、終業式
 1月:冬季短期休暇、始業式
 2月:学年末考査(学科、実技)、終業式
 3月:卒業式

 アルテナ国の初等部、中等部では”競技祭”と”交流祭”という行事は存在しなかった。
 僕は単純に競技祭の事を運動会のようなモノだろうなと安易に考えていた。
 ・
 ・
 ・

 6月に入り、競技祭に関する話題が生徒の中で囁かれるようになってきた。
 クーヤとデイジーさんに誘われ、昼食を食べている時に話の流れから競技祭の話題になった。

「非常に憂鬱です」

 そう言って暗い顔をしているのはデイジーさんだった。
 スプーンを咥えて肉体酷使が嫌だとテーブルに突っ伏して愚痴をこぼし、それを見たクーヤが苦笑しながらなだめていた。

「そんなに嫌なんですか? 運動会みたいなものじゃないんですか?」

 僕がそう言うとデイジーさんは「はぁ?」と疑問符の浮かべ、あからさまに馬鹿にしたような表情を見せた。
 デイジーさんは言葉少なく物静かな雰囲気な人だと思っていたが、話してみると結構毒舌で鋭いツッコミをもらう事が多々あった。
 デイジーさんが何か発言しようとした時にクーヤが被せるように会話に入ってきた。

「ラルク、他の国ではどうか知らないがハイメス国では……疑似戦争だ」

 クーヤが言うには、授業で学んだ実力を披露する実践の場で成績や進路に大きく影響するらしい。
 家族以外にも王族や貴族、騎士団や大手商会なども観戦に来て優秀な人材のスカウトも行われるようだ。
 そのため、クラス対抗ではあると同時に個人アピールを絶好の場でもあると言う。

「毎年怪我人が多数出るほど白熱するから、かなり盛り上がるんだ」

 クーヤはデイジーさんと違い、楽しそうに競技祭の話をする。
 彼女の身体能力ならばどんな競技に参加したとしても大活躍したであろう事は想像に難くない。
 僕の脳内で幼いクーヤが年上の同級生を薙倒し、屍の山の頂上で高笑いしている姿が浮かんだ。

「ふーん、それでデイジーさんは億劫な訳だ」

「そ! うちの親は見に来ないし最低限の競技だけ参加して足を引っ張らないようにするよ」

 デイジーさんはそう言うと、1枚の紙をテーブルに広げる。
 そこには競技祭の競技種目と細かな説明が記載されていた。

 8:30 開会式
 9:00 午前の部開始

 9:00 100メートル走
 各クラス20名の代表選手を選出の個人戦(特殊技能スキル、 魔法スペルの使用不可)
 1位:20ポイント 2位:10ポイント 3位:5ポイント
 ※重複登録可能
 ※武器・防具・装飾品着用不可

 9:30 クラス対抗リレー
 各クラス全員参加の団体戦(特殊技能スキル、 魔法スペルの使用不可)
 1位:200ポイント 2位:150ポイント 3位:100ポイント
 ※参加人数に応じてスタート位置変更
 ※武器・防具・装飾品着用不可

 10:00 体術戦
 制限時間30分間 バトルロワイヤル方式
 各クラス10名の代表選手を選出の個人戦( 魔法スペルの使用不可)
 1位:300ポイント 2位:200ポイント 3位:100ポイント
 ※持参防具のみ着用可能
 ※残留人数で最終勝敗が決まる

 10:40 障害物競走
 制限時間50分の3学年分 バトルロワイヤル方式
 各クラス10名の代表選手を選出の個人戦(特殊技能スキル、 魔法スペルの使用可能)
 1位:300ポイント 2位:200ポイント 3位:100ポイント
 ※持参防具のみ着用可能
 ※ルート踏破ないし、残留人数で最終勝敗が決まる

 13:00 休憩

 14:00 午後の部開始
 騎馬戦:ジョスト トーナメント方式
 各クラス5名の代表選手を選出の個人戦(特殊技能スキル、 魔法スペルの使用不可)
 1位:300ポイント 2位:200ポイント 3位:100ポイント
 ※馬は抽選にて決定 
 ※武器・防具・装飾品は指定の物のみ

 15:30 全学年対抗リレー
 1年生:1位 2年生:1位 3年生:1位 対抗戦
 各学年10名を選出(特殊技能スキル、 魔法スペルの使用不可)
 1年生 1位:300ポイント 2位:200ポイント 3位:100ポイント
 2年生 1位:200ポイント 2位:100ポイント 3位:50ポイント
 3年生 1位:100ポイント 2位:50ポイント 3位:20ポイント
 ※重複登録可能
 ※武器・防具・装飾品着用不可

 16:30 閉会式 予定

 注1:クラス対抗リレーは必ず全員参加、欠席1名に付き総合得点より20ポイント減点。
 注2:学年対抗リレーは学年別に特典が変動します。
 注3:在籍生徒はクラス対抗リレー以外に必ずどれかの競技に出場する事。
 注4:全学年対抗リレーのポイントは同学年全てに加算されます。

 …何か思っていたのと少し違う。
 騎馬戦で馬は抽選って書いてあるけど、本物の馬で戦うって事だろうか?
 それに、それぞれポイントが振られていてクラスで対抗する感じなのか。

 えーっと、1学年5クラスで上位3クラスまでしかポイントが貰え無い。
 ちなみに最高得点は、1年生が全戦全勝した時の1800ポイントになるのか。

「あの、この騎馬戦って本物の馬に乗るんですか?」

「そう、槍か剣を選んで騎士らしく一騎打ちをするのさ!」

 この競技が体育と呼べるのか疑問だけれど、僕以外の生徒全員が貴族出身だから、そもそも感覚が違うのかも知れない。
 魔法学園スペルアカデミーなのに魔法スペルを許可されているのが障害物競走だけというのは、単純に肉体練度を競うという意味もあるんだろうか。

「ラルクさんは体術が得意だから、体術戦か障害物競争で活躍できそうですね」

「なるほど、デイジーさんはどれに出たいんですか?」

 デイジーさんは少し考え込んで「無い!」と胸を張ってきっぱりと答えていた。
 どの道、どれかの競技に参加しないといけないので、今週辺りに学級会議が開かれてクラス全員の参加競技を決めるんじゃないかと話していた。

 ちなみにクーヤは教師陣として運営と審判役をしないといけないらしい。
 デイジーさんは乗り気では無さそうだけど、僕は初めての学園行事に少し心が躍っていた。


◇◇◇◇◆◇


 俺様は今、蛇の姿に擬態して木の根のように縦横無尽に張り巡らされた換気管路の中を徘徊していた。
 我ながら良い思い付きをしたもんだ。
 広い学園とはいえ換気管路は鍵のかかった部屋にも必ず繋がっている。
 問題は、この学園は滅茶苦茶広いって事だ。
 しかも管路内は意外に複雑な構造となっており、まるで高難易度の迷宮といった造りになっていた。
 特に怪しいと睨んでいる緑眼鏡みどりめがねの研究室に入る為のルートが見つけられないでいた。

「完全に迷った、俺様ってこんなに方向音痴だったかな? それとも座標や方位を狂わす防壁的なモノがあるのか?」

 蛇の姿だと猫のように素早く行動できないのが難点で、しかも聴覚が弱い。
 肌で振動を感じたりして色々判断はできるが、やはり感覚的に慣れないのだ。
 まいったな、夜までにラルクの元へ戻れるか不安だぜ…

 俺様は細長い舌をペロッと出し周囲の匂いを探り、無駄に圧縮された筋肉を巧みによじり、細く狭い管路の中を前へ前へと進んで行った。


◇◇◆◇◇◇


 僕は昨年の情報を基に競技祭の最優良配置を考えていた。
 この魔法学園スペルアカデミーは1学年から3学年の間、クラス替えといったシステムは存在しない。
 特に僕の所属するハイレベル魔法スペル学科は四賢者と呼ばれるアーネン先生の指導を3年間受けられるという幸運に恵まれた生徒達だ。
 したがって我がクラスは学年…いや、この学園で常に先頭を走らなければならない。

 昨年度はクラスメイトの情報が少なく、1位から3位まで全てを3年生に独占されたが今年は条件が違う。
 昨年上位独占した3年生は卒業し、クラスメイトとも打ち解け1年かけて全員の得意不得意を把握した。
 そして皆もアーネン先生の指導を受け、他のクラスよりも確実に強くなっている。

 不本意だが先生推薦で特別入学した特別生もいる。
 最初は魔力マナ総量と体術だけの過大評価な男の代名詞だと思っていたが、”隷属の印事件”以降魔法スペルの扱いが上達し及第点と呼べる程度にはなった。

 体術に関しては、ムカツクが百歩譲ってクラスでも僕に次いで上位に位置するだろう。
 他のクラスに正確な情報が流れていない分、使える隠し駒になるかも知れない。

 目指すは…学園全体で1位を取る事。
 そう!今年こそは必ず全学年、全クラスを下し優勝を目指す!!

「ふーん、なるほどね。これがハイレベル科の布陣か」

 いつの間にかクリストフが僕の横に立ち、”競技祭の布陣計画(仮)”を覗き込んでいた。
 敵側の”将”と相部屋という極地に対して僕は動揺する事は無い。
 見られて対策を取られたのなら、更に先と裏を読んで逆手にとってやるさ。
 …と考えつつ書類を裏返した。

「もう3組は全員の参加種目を決定し提出済だ。もちろん1位を目指して頑張るけれど、俺達のクラスは”勝利”よりも”良い思い出作り”に重きを置いているからな」

 学年はそれぞれ5クラスあり、ハイレベル魔法スペル学科はどの学年も5組に該当する。
 クリストフは3組の学級委員長をしており、すでに競技祭競技の出場者を記載した書類を提出済だと言う。
 競技祭は各クラスの威信を賭けた戦争だ、思い出作りなど別の行事ですれば良い。
 なんせ上位に入賞したクラスは内申点に大幅な加点がされ、それぞれ狙った進路に対して良い影響を与える。

「ふん、こころざしが低いな。全学年で最下位になったら”悪い思い出”になるんじゃないか?」

「3組の皆は君が考えているよりも強敵だと思うよ」

 お互いに不敵な笑みを浮かべ、しばし間接的な探り合いを行う。
 しかしすぐに飽き、クリストフは自身の机へと腰掛けた。
 僕も再度、机に向き直り計画を練り始める。

 基本的に皆で話し合って、最終的に投票や多数決といった民主主義的な方法で決定する。
 僕が作っているのは学級委員長としての視点から示した采配であって、皆の希望を反映したものではない。
 基本的に僕の計画を肯定してくれる生徒は多いだろう。
 しかし当然、反対意見や自己競技の変更要請は必ず出てくるはずだ。

 僕のように学園トップを目指す者ばかりでない事は理解しているし、クリストフのような考えの生徒も考慮しなければならない。
 その辺りの妥協点も考慮して、議論に発展する前に終わらせる計画を立てる。
 長時間話し合って結論が出ない…なんて事ほど無駄な時間の消費方法は無い。

 とりあえず、4つくらい想定されるパターンを用意して、今週末の話し合いへ臨もう。


◆◇◇◇◇◇


 ――数日後。

 その日、午後からの実技授業は無く、競技祭出場競技の参加選手を決定する学級会が開かれた。
 生徒の自主性を重んじるという事でアーネン先生は教員席で様子を見守り、教壇には学級委員長のアルフィオ君が立ち司会進行を始めた。

 まず全員に彼の考えた配置とその理由の書かれた書類が全員に配られた。
 そこには競技別に参加者が記載されており、各個人の得意不得意と選別理由が事細かく記載されていた。
 おおむね反対意見が出る事無く、アルフィオ君のスムーズな進行で会議が進んで行った。

 多少反対意見が挙がったが、アルフィオ君が代替案を用意しており、異議を申し立てた生徒も一人、また一人と納得していった。
 会議が終盤に差し掛かった頃、不意にデイジーさんが挙手をして発言許可を申請した。
 普段”本の虫”と呼ばれ、大勢の前で発言する事の無い無口な彼女が意見を言うという事態にクラスメイトが騒めいた。

「勝利に近付く為の提案があります。実はラルクさんが”裏技”を持っています」

 彼女が突然、妙な事を言い出した。
 普段物静かな彼女が皆の前で発言したのも驚かれていたが、発言内容は教室内がざわついた。

 当然、皆の視線が僕に集まり少し動揺する。
 なんだ”裏技”って?
 僕自身、彼女の発言に対して思い当たる節が全く無い。
 それに僕を巻き込むなら事前に話しておいて貰いたいものだ。

「デイジー君、その”裏技”とはなんだい? それとも、これはラルク君に聞いた方が良いのか?」

 問いかけと同時にアルフィオ君の鋭い視線が僕に向けられた。
 僕に聞かれても、さっぱり見当がつかないのですが…

「彼は錬金術師アルケミストで、ルーン技術という特殊技能スキルを扱えます」

「ルーン技術?」

 教室中に「ルーンって何だ?」「さぁ?」みたいな会話が聞こえ始める。
 タロス国とタクティカ国で普通に商業化されている技術に対して、この国では全く知られて無いという事実に少しだけ驚いた。
 なんせルーン文字のルーツを探りに学園に入学したのに、この国の人々はルーンという名称すら知らないというのは、なんとも腑に落ちない。
 長い年月で忘れ去られたのか、それとも
 後者の場合、何か理由があるのだろうか。

 この国に来て唯一ルーンの事を知っていたのがマウリッツさんだけで、クーヤや執事の人達も知らなかった。
 案外、世界的にはマイナーな部類なのかも知れない。
 これがセロ社長の話していた国家間の常識や価値の違いみたいなモノなのかと、改めて納得した。

「まぁ、実際に見せて貰った方が分かり易いんじゃない?」

 教室の隅で書類仕事をしながら会議を見守っていたアーネン先生が、面白そうなものを見る表情を浮かべ口を挟んで来た。
 どうやら、皆の前でルーン技術を披露しろという流れらしい。

「あるじ、俺が道具を取って来てやるよ!」

 首からスピカのガマ口財布ぐちざいふを下げたレオニスが状況を察して教室を出て行った。
 なんでレオニスがスピカの財布を下げているのだろう?そう言えば最近、姿を見かけて無いような気がする。

 そしてレオニスが戻って来るまでの間、ヒソヒソと噂話をされて何だか肩身が狭い思いを強いられた。
 発言した張本人のデイジーさんは素知らぬ顔で分厚い本を広げて見入っている。

 数分後、レオニスがルーン文字を刻む材料を持って来た事を確認した先生は教室の隅に置いてあった教材用のライトアーマーを持ってきてくれた。
 なんで、そんなものが都合良く出てくるんだ……そう考えて、僕はハッと気付いた。
 たぶん、デイジーさんと先生はグルだ。
 初めからルーン技術を皆に見せる為に仕組んでこの状況を作り出したんだ。

 先生は僕にライトアーマーを受け渡し、ウィンクをした。
 やっぱり、最初からこの状況は仕組まれていたんだ。
 赤いフレームの眼鏡の下の顔は、いつもの何かを企んだ時の表情だった。

「これは市販品よ、そうね…えーと”ケン”だったかしら? 炎を宿すルーン文字を刻んで貰えない?」

 その後、先生が分かり易く皆にルーン技術の説明を始めた。
 以前、先生とデイジーさんにルーン技術の実演をした事があったけれど、それから先生は独自に調べたようで非常に詳しく説明していた。

「なるほど…、体術戦と障害物競争のみ、生徒の安全性を考慮して持参した防具の使用が許可されている。要は、そのルーン技術によって能力の底上げが可能という訳ですか?」

「そう、ルーン技術の凄い所は魔力マナを通さなければ、刻んだ能力が発動しない所なの。まぁ、実際に皆にも体感してもらいましょう」

 僕は教壇を借りてライトアーマーの鑑定を行い、そして炎を司るルーン文字の”ケン”を1文字刻んだ。
 魔力マナの操作技術が向上した僕は、1文字刻みをものの2分程度で完成させた。
 先生の指示でアルフィオ君が出来上がったばかりのルーンライトアーマーを着用し、魔力マナを込めた。

 胸に刻まれた”ケン”の文字が赤く輝き、アルフィオ君が目を見開いた。
 教室の生徒達はライトアーマーの文字が輝いた事に驚いているが、装備者のアルフィオ君は違った。
 着用している本人にしか感じる事は出来ないが、彼は今”勇気”と”自信”に満ち溢れ、そして”炎属性”が攻守共に向上している感覚を実感しているはずだ。

「凄いぞこれは…まるで高度な付与エンチャント防具じゃないか。魔石無しでそんな事が可能なのか? しかし先生、これは防具の審査を通るのでしょうか?」

 アルフィオ君は試すようにてのひらに20センチ程度の火柱を発生させながら、先生に問いかけた。

「過剰に付与エンチャントされた防具は審査に引っ掛かりますが、ルーン文字を刻んだ防具は魔力マナを介在させなければ、その能力を発動しない。したがって審査する人にはただの落書きに見えるでしょうね。そして審査は公平に行われるので、試合が始まってから”待った!”をかける事は出来ない」

 何かややこしい規定があるようだけど、アーネン先生が許可しているなら、2つの競技に関しては大丈夫なのだろう。
 しかし、なんだかルールのギリギリ所を攻めるみたいで、「良いのだろうか?」という気分になる。

「ばれないようにすれば、騎馬戦でも使えるのでは? 試合前に特別生君にサッと造ってもらえば良いんじゃないですか?」

 最前列で話を聞いていた男子生徒が手を上げて質問をした。
 …確かに2分くらいあれば、試合前に1文字刻むのは可能だと思う。

「それは無理ね。騎馬戦は武器・防具共に各部位にダメージを与えた瞬間、ポイントが加算されるように造られている特注品なの。手を加えた時点ですぐにバレて失格になるでしょうね!」

 そう言いながら、先生はアルフィオ君に氷属性の魔法スペルを放った。
 魔法スペルは彼に到達した瞬間”ケン”の文字の効果により相殺され、氷塊は溶解し掻き消えた。
 不意打ちを喰らい、防御姿勢を取れなかったアルフィオ君は自分が無傷である事に驚いていた。
 そして教室の生徒全員から「すげぇ!!」「すごーい!!」と口々に歓声が上がった。

 その後、僕はクラスメイトに囲まれルーン技術に関する質問を受けまくった。
 結果、競技種目はルーン技術を盛り込んだ計画に大幅変更となり、会議が終わったのは6限終了の鐘が鳴り終わった2時間後だった。

「ラルク君、ルーン技術の事を、もう少し詳しく教えては貰えないだろうか? 別の効果を持つ文字もあるんだろう?」

「ああ、うん。喜んで協力するよ」

 いつも睨むような視線のアルフィオ君の表情が少しだけ柔らかくなったような気がした。
「アルフィオ君の計画と僕のルーン技術があれば優勝は確実だ!」とクラス全体が沸き立ち、皆一様に盛り上がっていた。
 この日、僕は初めてクラスの輪に入れて貰えたような実感を得たのだった。

 当然、クラス内で競技祭開催までルーン技術に関する事柄に対して緘口令が敷かれた。
 何だか皆、内緒で悪だくみを楽しんでいる子供のような表情を浮かべ、クラスが妙な一体感に包まれていた。
 クラスの為に役に立てるなんて、初等部や中等部でも経験が無かったので、少し誇らしい気持ちを感じていた。

 授業が終わったのが遅かったにも関わらず、その後の補習時間は減る事はなかった。
 補習が終わるころには夜も完全に更け、体力的にもヘトヘトだったけど、その日は不思議な充実感と高揚感が溢れ、中々寝付く事ができなかった。

 そして、万全な準備を済ませ僕達は競技祭当日を迎えたのだった。
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