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ハイメス国編
041話 海戦と新たな出会い
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タクティカ国を出国して数日が経過した。
道中、幾つかの島に停泊し乗客が入れ替わるように乗り降りしていた。
”白夜”と呼ばれる現象のおかげで、空には常に太陽が昇っている。
南極に位置するタクティカ国周辺地域では一定の期間に起こる自然現象だ。
そのため時間の感覚が少しだけ分からなくなる。
僕はデッキの隅でテーブルに2枚の地図を広げ、見比べていた。
そこに船内を探検していた2匹の黒猫が口元に何かのタレを付けて戻って来た。
誰かに貰ったのなら良いけど、盗み食いじゃないだろうな……
本当に食いしん坊で困る。
本来動物の持ち込みは制限があるらしいけれど、セロ社長の口利きとスピカ達が喋れて意思疎通が可能なので特別に許可が下りたのだ。
「神妙な顔して何見てんだ?」
円形のテーブルの上にひょいと飛び乗り2枚の地図を見つめる。
僕は2匹の口元を拭き、素朴な疑問を訪ねてみた。
「この冒険者ギルドで買った地図と、タクティカ国の露店で買った地図って島の大きさとかが微妙に違うんだけど……どちらかが粗悪品なのかな?」
片方の地図はタクティカ国がかなり大きく描かれ、もう一方の地図は全体的に縮小されていて、見比べると国土の広さが大きかったり、小さかったりと変化していた。
レオニスも「本当だ、変なの」と僕と同じ疑問を感じたようだ。
「ああ、これはな……」
スピカは空の太陽を指して、「俺様達がいる場所はあの太陽みたいに球体になっているんだ」と言う。
左に置いている地図は南極を視点にして平面に広げた描き方になっているから島や大陸の大きさが違うんだと教えてくれた。
逆に右手の方は完全に平面として描かれているので、こちらも国の大きさは信用しない方が良いぜと語っていた。
分かり易い説明を受け、相変わらず物知りだなと関心する。
どこで、その深い知識を得ているのだろうか。
僕がスピカの知識を褒めると、胸を張って「まぁな!」とドヤ顔を浮かべる。
料理ができて博識な猫とか本当に何者なんだって感じだ。
逆にレオニスは賢さ的には僕と同じくらいの知識量で、スピカほど物知りじゃない。
けれど力仕事や狩りが得意で僕でも短時間しか持てないような重い岩を持ち上げて、それを頭に乗せて片足でバランスを取る……みたいな事ができる。
俗に言う”脳筋”ってタイプの猫だ。
それでいてお互い短気で強気なのでよく喧嘩をしている。
最近は互いの癖みたいなものを理解できてきたせいか喧嘩の回数が減ってきているような気がする。
まぁ僕の見て無い所で小競り合いをしている可能性は大いにあるけどね。
「所であるじ、今はどこに向かってるんだ?」
「ええっと、ここがタクティカ国で地図で言うとこう進んで……」
僕は地図を指差し現在向かっている場所を示した。
この船は手持ちの地図上のタクティカ国から南西方向に10日間進んだ先にある国に向かっている。
そこはガルダイン大陸の最北に存在する魔法技術に特化したハイメスという国だ。
以前ルーン文字の起源について調べていた時に、古代ハイメス国の”絶対魔法障壁”に使われたのが残っている最古の記録だと記述があった。
「神話の時代から存在する国だから案外何か良い情報が得られるかもな」
スピカは大欠伸をしながら背筋を四つん這いで伸ばす。
食物の消化が始まって眠くなってきたらしい。
スピカは僕の頭部へ飛び乗るとターバンのように丸くなり寝息を立て始めた。
この地域みたいな極地ではスピカの体温が温かいと感じるけど、砂漠の国のような熱帯地域に行った場合、頭部を寝床にするのは止めて貰いたいものだ。
「あるじ、この船って揺れが少ないよな。おかげで船酔いしなくて助かるぜ」
そういえば、毎回船酔いに悩まされていたスピカもそんな様子がない。
不思議に思い、丁度通りかかった船員に聞いてみた。
「この船の側面には衝撃吸収の魔鉱石によるコーティングが施されているんですよ。多少は揺れますが普通の中型船と比べたら揺れを感じないくらいの差はありますね」
……と言う事らしい。
さすがタクティカ国で1番大きい客船だけの事はある。
地図をたたみ客室に戻ろうと船内の廊下を歩いている時に事件は起きた。
「ドンッ!」という船全体が揺れるような衝撃が走り、船が大きく傾いた。
僕は思わずバランスを崩し廊下の壁にぶつかってしまう。
「な、なんだ?」
廊下を照らしていた照明が瞬き、船が更に揺れる。
僕はゆっくりと立ち上がり壁際でバランスを取るように手すりを握った。
「いてて、どうしたラルク?」
さっきの大きな揺れでスピカが目を覚ましたようだ。
船員の説明では衝撃吸収の魔鉱石で揺れないと話していたのに……
まさか座礁でもしたのだろうか?
その時、数名の船員が「お客様は客室にお戻りください! 海洋モンスターが現れました! すぐに討伐いたしますので、多少揺れますがドアにカギをかけて安全が確保されるまで待機していて下さい!」」と叫びながら走っていた。
「……ただのモンスターかよ。レオニス行くなよ?」
そうレオニスに釘をさすように呟くと、スピカは再び眠り始めた。
レオニスは「チェッ」と軽く舌打ちする。
確かにレオニスは好奇心旺盛だからな、今のスピカは少し先輩らしく見えたぞ。
乗員含めて400名以上乗り込める大型客船だ。
当然、海のモンスターに対応できる船員や専門の冒険者を常時雇用しているはず。
僕達は大人しく自室へと戻った。
船室の丸い窓から外を眺めると、さっきまで快晴だった空には黒雲が覆い嵐を予感するような空模様に変貌していた。
その後、しばらく本を読んで過ごしていると、また何度か船全体が大きく揺れた。
「おいおい大丈夫か? もしかしてモンスター討伐に苦戦してるんじゃないよな?」
レオニスが天井を見上げながら呟く。
ドオンッ!
今度は僕の部屋の窓際から直接伝わってくるような衝撃音が聞こえた。
驚いて窓に目をやると窓の全体が白く染まり、粘着質な液体が外側にこびりついているように見えた。
よく見ると何かヌルヌルとした白い肉のような物が窓の外側を覆うようにべったりと張り付いている。
これってモンスターの体の一部なのか?
だとしたら相当な大きさのモンスターが船に張り付いているんじゃ……。
危機感を感じた僕は自作のイシルディン装備を身に着ける。
「おい、あるじ。まさか行く気なのか?」
レオニスが小声で話しかけてくる。
僕はベッドの上で熟睡するスピカを一瞥し、無言でコクリと頷く。
「……しかたがねぇな」とまんざらでもなさそうな表情でレオニスが僕の肩に飛び乗る。
僕はそっとドアを開けて、デッキの方へと向かった。
デッキに出る扉の前では大勢の船員が状況を見守っていた。
僕達に気付いた船員が「お客様、危険ですので部屋へお戻りください!」と言い数人が僕を囲んで押し返してきた。
その時、今までで1番大きな揺れが起こり全員がその場に倒れ込んだ。
僕は素早く立ち上がり、デッキへと躍り出た。
そこで目にしたものは、巨大な軟体の触手を船に絡み付けた”クラーケン”という海洋モンスターの姿だった。
言ってみれば超巨大なイカだ。
「すっげぇデカいな! 脚しか見えねぇじゃねぇか!」
船体に絡みつく巨大な触手には何本もの銛と剣が刺さっており、現在進行形で数人の剣士と船員がモンスターを船から引き剥がそうと戦っている様子だった。
僕が魔力を込めると装備している3種のイシルディン武具のルーン文字が赤く輝き、僕に力を与えてくれる。
「あるじ! 周囲の警戒は俺に任せろ!」
「頼りにしてるよ、レオニス!」
僕は間近の触手に走って近付きイシルディンショートソードで斬り裂いた。
ヌルヌルとした軟体の触手を一刀の元に両断する。
先端側の吸盤が瞬間的に吸引力を失い、海へと落ちていった。
それを見た近くの船員が「お、お客様凄いですね!」と驚きの声を上げた。
僕は次の触手に狙いを定め、1本、2本!と両断していく。
「あるじ! 左から触手がくるぞ!」
長さ5メートル以上ある触手が甲板の上部を薙ぎ払うように滑りながら迫る。
「うわっ!?」「ぐあ!!」何人もの船員が触手に吹き飛ばされる。
あんな巨大な横薙ぎの打撃はとても受け止められないぞ!
「あるじ、剣を真正面に構えろ! あるじの足は俺が支える! あんなの斬っちまえ!!」
レオニスが僕の右足を力強く支えた。
その時巨大な白い壁が目前に迫ってきた。
僕は息を飲み、剣を放さないように力を込めて姿勢を倒し足を踏ん張る。
ザンッ!!
僕の剣にクラーケンの触手が直撃し剣にふれた部分が勢いよく両断される。
そして貫通するように通り過ぎ、先端はその勢いに任せて宙を舞った。
最悪な事に、僕の全身はクラーケンの体液を直接浴びてヌルヌルと滑る。
汚っ!ヌルヌルで海水と何か独特の臭みが混じったような匂いがする。
レオニスも「ぎゃぁ! 気持ち悪っ!!」と叫んでいた。
僕は次の触手に向かうために走ろうとしたが、床全体に広がった粘液に足を取られて転んでしまった。
これはまずい、こんな状態では足を取られて真面に剣が使えない。
船上に見えている触手は残り3本……どうする。
「君は冒険者か? さっきまで戦いを見せて貰ったけど、なかなかやるじゃないか」
気付くと僕の真横に豪華な刺繍が施された高価そうな白いローブを纏い、フードを深々と被った冒険者らしき人物が立っていた。
その冒険者は僕の横を通り過ぎると船首の方へと向かって行った。
「なんだ、あいつ。どこかの貴族か?」
レオニスには貴族のように見えたらしい。
確かに高価そうなローブを身に着けていたけど、雰囲気は冒険者って感じたけどな。
僕は起き上がり、滑らないように左側面に張り付く残りの触手へと向かった。
触手の間近に接近した時に、一瞬視界が白く染まり「ドオオォォン!!」という巨大な音と衝撃が船全体を覆ったように感じた。
「あるじ、見たか! 船首に超でかい雷が落ちたぜ!」
レオニスの声を聞いて船首の方に目をやると、先程擦れ違った冒険者が身の丈よりも巨大な「大槌」を天高く振り上げていた。
その大槌は人が持てるサイズにはとうてい見えなかった。
見るからに華奢な体型だけど、何らかの加護か特殊才能持ちなのか?
それともあの大槌がハリボテで、中が空洞で出来ているのだろうか?
考え事をしていると、「ズズズズ……」という音を立てて船に張り付いていた触手が離れていく。
3本の触手全てが、その吸引力を無くしたように甲板に体液を残し大海原へと沈んだ。
どうやら海に落雷が落ちて、その電撃でクラーケンが気絶したようだ。
「なんとか終わったみたいだね」
「それよりも……この汚い汁を流そうぜ、あるじ。そうだ! 俺が背中を流してやるぜ!」
レオニスはそう言うとクフクフと笑いながら足元に体を擦りつける。
……確かにクラーケンの体液を浴びて気持ち悪い。
怪我人の救助を手伝ったら、すぐにでも体と武具を洗いたい。
「へぇ、その猫喋れるのか? 使い魔か精霊の類なの?」
いつの間にか船首にいた冒険者が僕の近くにしゃがみ、レオニスを不思議そうに眺めていた。
気配を消していたのか、僕もレオニスも話し掛けられるまで気付けなかったので「うわっ!」と驚いて声を上げた。
「ごめん、ごめん。驚かす気はなかったんだ」
少しばかり大袈裟な素振りの冒険者は、謝罪しながらフードを下ろした。
長く尖った耳がのぞき、束ねられた長いエメラルドグリーンの髪が海風に靡いた。
切れ長の睫毛に凛とした雰囲気の整った顔、美しい妖精種の女性が爽やかな笑顔を覗かせた。
その美しさに目を奪われ、思わず見とれてしまった。
それに気付いた女性は何か察したような表情を浮かべる。
「うん? ああ、この髪かい?珍しい色だろ。我が家の家系に時々生まれるらしいんだ。おかげで私はよく面倒事に巻き込まれて困ってるんだよね。君も黒髪だけど闇妖精種の血が入ってるのかい?」
「ああ、いえ。えっと……僕は昔の事をよく覚えて無くて」
僕は5歳以前の記憶が無い。
まぁ単純に物心がついて無かったってだけかも知れないけど。
冒険者の女性と話していると、後方からドタドタと大きな足音が響いて来た。
「クーちゃん様! 大丈夫ですか!?」
この人クーチャンって名前なのか、少し変わってる名前だ。
彼女と同じ柄のローブを纏った3人が叫びながら僕達の方に向かってきて、直前で床の粘液に足を滑らせて盛大にすっ転んだ。
「……ぷっ!」「ぶっ!」
「あはははは!」
示し合わせたように同時にすっ転んだ光景を目にした僕とレオニスは思わず吹き出し、クーチャンと呼ばれた冒険者は容赦なく大笑いした。
床で打って顔面を赤くした3人は「し、失礼しました」と女性に躓く。
なかなか切り替えが早いな。
「私は大丈夫。君達の怪我の方がよっぽど痛そうだよ……ぷくく」
会話や態度から察するに、どうやらこの人達と女性は主従関係のようだ。
レオニスの言ってた通り、どこかの偉い貴族なのだろう。
「私の事はいいから、船員の救護を手伝ってあげてくれ」
「はっ!」「はっ!」「はっ!」
初老の人物が若い2人に指示を出し、怪我人の治療へと向かった。
レオニスはデッキに転がる触手の先に噛みついて「ぺっぺっ! 臭くて食えねぇ……」と舌を出していた。
そもそもクラーケンって食えるものなのだろうか?
スピカなら「不味い不味い」と言いながら平らげそうな気がしないでもない。
周囲を見渡すと彼女の従者達がテキパキと動き、海に落ちた船員の救助までも終わっているようだった。
これなら、手伝わなくても大丈夫そうだ。
僕は苦い顔をしたレオニスを拾い上げ、女性に会釈して船内に戻った。
◇◆◇◇◇◇
私はデッキに転がるクラーケンの触手を眺めていた。
歪みの無い真直ぐな切口は角度を変えると白く輝き、完全な平面である事を証明していた。
なんと見事な切口なんだ、これは卓越した剣技からくるものなのか?
それとも彼の持っていたショートソードが特別な物だったのか……。
なんにせよ、そこいらの冒険者よりは強そうだ。
それに……初めて会ったはずなのに、なんだかとても懐かしいような。
とても不思議な気持ちになった。
「しまった! ……彼の名前を聞くのをすっかり忘れていた」
デッキを見渡すが彼の姿はすでに見当たらなかった。
乗客は多いが喋る黒猫を飼っている冒険者なんて、そうはいないだろう。
明日にでも探してみるか。
・
・
・
翌日、今日1日かけてゆっくりと探そうと決め、意気揚々と船内を歩いていると食堂前であっさりと彼と遭遇した。
彼の頭上と左肩にはそれぞれ黒猫がしな垂れ掛かっていた。
1匹は昨日見かけたけど、もう1匹いたのか。
もしかして動物調教師という職業なのか?
「あ、おはようございます。昨日はお疲れさまでした」
「……昨日の緑の人だ」
「誰だよ緑の人って」
もう1匹の黒猫も喋るのかと驚いていると、少年は軽く挨拶を交わしそのまま通り過ぎようとした。
思わず私は彼を引き留めようとして腕を掴んだ。
「あっと……えーと、もし良かったらお茶に付き合ってくれないかい?」
あまりにも突然の出会いに会話の準備をしていなかった私は、色事が好きな吟遊詩人が詠いそうな台詞を発してしまった。
失敗したなと思ったが、頭上の黒猫が「奢ってくれるなら付き合ってやっても良いぜ。なっ、ラルク? 食後のティータイムってヤツ」と言い、彼の頬をペシペシと叩いた。
彼の名前はラルクというのか珍しい名前だな。
「も、もちろん奢らせて貰うよ」
私は黒猫の好意的な発言を無駄にしないように努めて笑顔で返した。
最初は遠慮していたラルクも、もう1匹の黒猫に促されお茶に付き合ってくれる運びとなった。
こんなに早く出会えるとはね、今日はついてるかも知れない。
「自己紹介がまだだったね。私の名前はクーヤ・イジ・ユーイン。ハイメス国の公爵家の者です。ああ、貴族とか気にせず気軽にクーちゃんと呼んでね」
「クーちゃんですか……、僕の名前はラルクと言います。頭の上のがスピカで、こっちがレオニスです」
黒猫は首から何かを下げているのがスピカで、もう1匹がレオニスね。
喋る猫とは珍しい、絶滅危惧種の猫人間種だろうか?
私がスピカとレオニスに種族の事を聞くと、口を揃えて「違う」と答えが返ってきた。
そして「俺様達は賢い猫の種族」だと言っていた。
もしかして揶揄われているんだろうか?まぁ、いいか。
そうこう話してる内にハーブティー2つとアイスティーが2つ、あとケーキが丸々1ホール届きテーブルに並んだ。
誘った時に食後のティータイムとか言ってたような……。
金銭的には問題無いが、まさか食後にケーキを1ホール頼むとは思わなかった。
ただ、ラルクが終始恐縮して頭を下げている姿は可愛いと思ってしまった。
その後、私はラルクと他愛も無い話をした。
彼は終着地のタクティカ国から乗船し、私の故郷のハイメス国を目指していると話していた。
なんでもルーン技術という魔法の属性付与に似たものを調べているそうだ。
昨日の戦いも、その技術があったからこその技だと語っていた。
「ルーン技術か、聞き及んだ事がないな。博識な父上なら知っているかも知れないが……」
私の独り言を聞いたラルクは、身を乗り出して「本当ですか!?」と喰いついてきた。
確証は無いが父は考古学の博士号を取得し、古代ハイメスの知識にも精通している。
ラルクが調べているルーン文字の起源の事も父上の守備範囲に入っている可能性は十分にある。
こうして私は彼を父上に合わせるために、屋敷へと招く約束をした。
彼の嬉しそうな顔を見ると、何故か私まで嬉しくなってしまう。
気が付くと、すでに1時間が経過していた。
1ホールあったケーキも黒猫達がいつのまにか全て平らげていた。
凄い食欲の猫だな……あの小さい体のどこに収納されたか気になる所だ。
私達は港で落ち合あう約束をして食堂で別れた。
「フフッ……」
ラルク君か……
久しぶりに面白い連中と知り合えて自然と頬が緩み笑いが零れる。
初対面のはずだけれど、何だか懐かしいような不思議な気分にさいなまれて、また逢いたいと思わせるというか……
ふむ、なんとも表現し難い。
イケメンという訳でもないし、恋とは少し感覚が違う。
明確な固有名詞が思い付かない感情が湧くっていうのは初めての経験だ、実に興味深い。
これは是非、解明したいものだな。
――ハイメス国まで後2日。
これから面白い事が起きるような……
そんな漠然とした予感を感じ、私は胸を高鳴らせた。
道中、幾つかの島に停泊し乗客が入れ替わるように乗り降りしていた。
”白夜”と呼ばれる現象のおかげで、空には常に太陽が昇っている。
南極に位置するタクティカ国周辺地域では一定の期間に起こる自然現象だ。
そのため時間の感覚が少しだけ分からなくなる。
僕はデッキの隅でテーブルに2枚の地図を広げ、見比べていた。
そこに船内を探検していた2匹の黒猫が口元に何かのタレを付けて戻って来た。
誰かに貰ったのなら良いけど、盗み食いじゃないだろうな……
本当に食いしん坊で困る。
本来動物の持ち込みは制限があるらしいけれど、セロ社長の口利きとスピカ達が喋れて意思疎通が可能なので特別に許可が下りたのだ。
「神妙な顔して何見てんだ?」
円形のテーブルの上にひょいと飛び乗り2枚の地図を見つめる。
僕は2匹の口元を拭き、素朴な疑問を訪ねてみた。
「この冒険者ギルドで買った地図と、タクティカ国の露店で買った地図って島の大きさとかが微妙に違うんだけど……どちらかが粗悪品なのかな?」
片方の地図はタクティカ国がかなり大きく描かれ、もう一方の地図は全体的に縮小されていて、見比べると国土の広さが大きかったり、小さかったりと変化していた。
レオニスも「本当だ、変なの」と僕と同じ疑問を感じたようだ。
「ああ、これはな……」
スピカは空の太陽を指して、「俺様達がいる場所はあの太陽みたいに球体になっているんだ」と言う。
左に置いている地図は南極を視点にして平面に広げた描き方になっているから島や大陸の大きさが違うんだと教えてくれた。
逆に右手の方は完全に平面として描かれているので、こちらも国の大きさは信用しない方が良いぜと語っていた。
分かり易い説明を受け、相変わらず物知りだなと関心する。
どこで、その深い知識を得ているのだろうか。
僕がスピカの知識を褒めると、胸を張って「まぁな!」とドヤ顔を浮かべる。
料理ができて博識な猫とか本当に何者なんだって感じだ。
逆にレオニスは賢さ的には僕と同じくらいの知識量で、スピカほど物知りじゃない。
けれど力仕事や狩りが得意で僕でも短時間しか持てないような重い岩を持ち上げて、それを頭に乗せて片足でバランスを取る……みたいな事ができる。
俗に言う”脳筋”ってタイプの猫だ。
それでいてお互い短気で強気なのでよく喧嘩をしている。
最近は互いの癖みたいなものを理解できてきたせいか喧嘩の回数が減ってきているような気がする。
まぁ僕の見て無い所で小競り合いをしている可能性は大いにあるけどね。
「所であるじ、今はどこに向かってるんだ?」
「ええっと、ここがタクティカ国で地図で言うとこう進んで……」
僕は地図を指差し現在向かっている場所を示した。
この船は手持ちの地図上のタクティカ国から南西方向に10日間進んだ先にある国に向かっている。
そこはガルダイン大陸の最北に存在する魔法技術に特化したハイメスという国だ。
以前ルーン文字の起源について調べていた時に、古代ハイメス国の”絶対魔法障壁”に使われたのが残っている最古の記録だと記述があった。
「神話の時代から存在する国だから案外何か良い情報が得られるかもな」
スピカは大欠伸をしながら背筋を四つん這いで伸ばす。
食物の消化が始まって眠くなってきたらしい。
スピカは僕の頭部へ飛び乗るとターバンのように丸くなり寝息を立て始めた。
この地域みたいな極地ではスピカの体温が温かいと感じるけど、砂漠の国のような熱帯地域に行った場合、頭部を寝床にするのは止めて貰いたいものだ。
「あるじ、この船って揺れが少ないよな。おかげで船酔いしなくて助かるぜ」
そういえば、毎回船酔いに悩まされていたスピカもそんな様子がない。
不思議に思い、丁度通りかかった船員に聞いてみた。
「この船の側面には衝撃吸収の魔鉱石によるコーティングが施されているんですよ。多少は揺れますが普通の中型船と比べたら揺れを感じないくらいの差はありますね」
……と言う事らしい。
さすがタクティカ国で1番大きい客船だけの事はある。
地図をたたみ客室に戻ろうと船内の廊下を歩いている時に事件は起きた。
「ドンッ!」という船全体が揺れるような衝撃が走り、船が大きく傾いた。
僕は思わずバランスを崩し廊下の壁にぶつかってしまう。
「な、なんだ?」
廊下を照らしていた照明が瞬き、船が更に揺れる。
僕はゆっくりと立ち上がり壁際でバランスを取るように手すりを握った。
「いてて、どうしたラルク?」
さっきの大きな揺れでスピカが目を覚ましたようだ。
船員の説明では衝撃吸収の魔鉱石で揺れないと話していたのに……
まさか座礁でもしたのだろうか?
その時、数名の船員が「お客様は客室にお戻りください! 海洋モンスターが現れました! すぐに討伐いたしますので、多少揺れますがドアにカギをかけて安全が確保されるまで待機していて下さい!」」と叫びながら走っていた。
「……ただのモンスターかよ。レオニス行くなよ?」
そうレオニスに釘をさすように呟くと、スピカは再び眠り始めた。
レオニスは「チェッ」と軽く舌打ちする。
確かにレオニスは好奇心旺盛だからな、今のスピカは少し先輩らしく見えたぞ。
乗員含めて400名以上乗り込める大型客船だ。
当然、海のモンスターに対応できる船員や専門の冒険者を常時雇用しているはず。
僕達は大人しく自室へと戻った。
船室の丸い窓から外を眺めると、さっきまで快晴だった空には黒雲が覆い嵐を予感するような空模様に変貌していた。
その後、しばらく本を読んで過ごしていると、また何度か船全体が大きく揺れた。
「おいおい大丈夫か? もしかしてモンスター討伐に苦戦してるんじゃないよな?」
レオニスが天井を見上げながら呟く。
ドオンッ!
今度は僕の部屋の窓際から直接伝わってくるような衝撃音が聞こえた。
驚いて窓に目をやると窓の全体が白く染まり、粘着質な液体が外側にこびりついているように見えた。
よく見ると何かヌルヌルとした白い肉のような物が窓の外側を覆うようにべったりと張り付いている。
これってモンスターの体の一部なのか?
だとしたら相当な大きさのモンスターが船に張り付いているんじゃ……。
危機感を感じた僕は自作のイシルディン装備を身に着ける。
「おい、あるじ。まさか行く気なのか?」
レオニスが小声で話しかけてくる。
僕はベッドの上で熟睡するスピカを一瞥し、無言でコクリと頷く。
「……しかたがねぇな」とまんざらでもなさそうな表情でレオニスが僕の肩に飛び乗る。
僕はそっとドアを開けて、デッキの方へと向かった。
デッキに出る扉の前では大勢の船員が状況を見守っていた。
僕達に気付いた船員が「お客様、危険ですので部屋へお戻りください!」と言い数人が僕を囲んで押し返してきた。
その時、今までで1番大きな揺れが起こり全員がその場に倒れ込んだ。
僕は素早く立ち上がり、デッキへと躍り出た。
そこで目にしたものは、巨大な軟体の触手を船に絡み付けた”クラーケン”という海洋モンスターの姿だった。
言ってみれば超巨大なイカだ。
「すっげぇデカいな! 脚しか見えねぇじゃねぇか!」
船体に絡みつく巨大な触手には何本もの銛と剣が刺さっており、現在進行形で数人の剣士と船員がモンスターを船から引き剥がそうと戦っている様子だった。
僕が魔力を込めると装備している3種のイシルディン武具のルーン文字が赤く輝き、僕に力を与えてくれる。
「あるじ! 周囲の警戒は俺に任せろ!」
「頼りにしてるよ、レオニス!」
僕は間近の触手に走って近付きイシルディンショートソードで斬り裂いた。
ヌルヌルとした軟体の触手を一刀の元に両断する。
先端側の吸盤が瞬間的に吸引力を失い、海へと落ちていった。
それを見た近くの船員が「お、お客様凄いですね!」と驚きの声を上げた。
僕は次の触手に狙いを定め、1本、2本!と両断していく。
「あるじ! 左から触手がくるぞ!」
長さ5メートル以上ある触手が甲板の上部を薙ぎ払うように滑りながら迫る。
「うわっ!?」「ぐあ!!」何人もの船員が触手に吹き飛ばされる。
あんな巨大な横薙ぎの打撃はとても受け止められないぞ!
「あるじ、剣を真正面に構えろ! あるじの足は俺が支える! あんなの斬っちまえ!!」
レオニスが僕の右足を力強く支えた。
その時巨大な白い壁が目前に迫ってきた。
僕は息を飲み、剣を放さないように力を込めて姿勢を倒し足を踏ん張る。
ザンッ!!
僕の剣にクラーケンの触手が直撃し剣にふれた部分が勢いよく両断される。
そして貫通するように通り過ぎ、先端はその勢いに任せて宙を舞った。
最悪な事に、僕の全身はクラーケンの体液を直接浴びてヌルヌルと滑る。
汚っ!ヌルヌルで海水と何か独特の臭みが混じったような匂いがする。
レオニスも「ぎゃぁ! 気持ち悪っ!!」と叫んでいた。
僕は次の触手に向かうために走ろうとしたが、床全体に広がった粘液に足を取られて転んでしまった。
これはまずい、こんな状態では足を取られて真面に剣が使えない。
船上に見えている触手は残り3本……どうする。
「君は冒険者か? さっきまで戦いを見せて貰ったけど、なかなかやるじゃないか」
気付くと僕の真横に豪華な刺繍が施された高価そうな白いローブを纏い、フードを深々と被った冒険者らしき人物が立っていた。
その冒険者は僕の横を通り過ぎると船首の方へと向かって行った。
「なんだ、あいつ。どこかの貴族か?」
レオニスには貴族のように見えたらしい。
確かに高価そうなローブを身に着けていたけど、雰囲気は冒険者って感じたけどな。
僕は起き上がり、滑らないように左側面に張り付く残りの触手へと向かった。
触手の間近に接近した時に、一瞬視界が白く染まり「ドオオォォン!!」という巨大な音と衝撃が船全体を覆ったように感じた。
「あるじ、見たか! 船首に超でかい雷が落ちたぜ!」
レオニスの声を聞いて船首の方に目をやると、先程擦れ違った冒険者が身の丈よりも巨大な「大槌」を天高く振り上げていた。
その大槌は人が持てるサイズにはとうてい見えなかった。
見るからに華奢な体型だけど、何らかの加護か特殊才能持ちなのか?
それともあの大槌がハリボテで、中が空洞で出来ているのだろうか?
考え事をしていると、「ズズズズ……」という音を立てて船に張り付いていた触手が離れていく。
3本の触手全てが、その吸引力を無くしたように甲板に体液を残し大海原へと沈んだ。
どうやら海に落雷が落ちて、その電撃でクラーケンが気絶したようだ。
「なんとか終わったみたいだね」
「それよりも……この汚い汁を流そうぜ、あるじ。そうだ! 俺が背中を流してやるぜ!」
レオニスはそう言うとクフクフと笑いながら足元に体を擦りつける。
……確かにクラーケンの体液を浴びて気持ち悪い。
怪我人の救助を手伝ったら、すぐにでも体と武具を洗いたい。
「へぇ、その猫喋れるのか? 使い魔か精霊の類なの?」
いつの間にか船首にいた冒険者が僕の近くにしゃがみ、レオニスを不思議そうに眺めていた。
気配を消していたのか、僕もレオニスも話し掛けられるまで気付けなかったので「うわっ!」と驚いて声を上げた。
「ごめん、ごめん。驚かす気はなかったんだ」
少しばかり大袈裟な素振りの冒険者は、謝罪しながらフードを下ろした。
長く尖った耳がのぞき、束ねられた長いエメラルドグリーンの髪が海風に靡いた。
切れ長の睫毛に凛とした雰囲気の整った顔、美しい妖精種の女性が爽やかな笑顔を覗かせた。
その美しさに目を奪われ、思わず見とれてしまった。
それに気付いた女性は何か察したような表情を浮かべる。
「うん? ああ、この髪かい?珍しい色だろ。我が家の家系に時々生まれるらしいんだ。おかげで私はよく面倒事に巻き込まれて困ってるんだよね。君も黒髪だけど闇妖精種の血が入ってるのかい?」
「ああ、いえ。えっと……僕は昔の事をよく覚えて無くて」
僕は5歳以前の記憶が無い。
まぁ単純に物心がついて無かったってだけかも知れないけど。
冒険者の女性と話していると、後方からドタドタと大きな足音が響いて来た。
「クーちゃん様! 大丈夫ですか!?」
この人クーチャンって名前なのか、少し変わってる名前だ。
彼女と同じ柄のローブを纏った3人が叫びながら僕達の方に向かってきて、直前で床の粘液に足を滑らせて盛大にすっ転んだ。
「……ぷっ!」「ぶっ!」
「あはははは!」
示し合わせたように同時にすっ転んだ光景を目にした僕とレオニスは思わず吹き出し、クーチャンと呼ばれた冒険者は容赦なく大笑いした。
床で打って顔面を赤くした3人は「し、失礼しました」と女性に躓く。
なかなか切り替えが早いな。
「私は大丈夫。君達の怪我の方がよっぽど痛そうだよ……ぷくく」
会話や態度から察するに、どうやらこの人達と女性は主従関係のようだ。
レオニスの言ってた通り、どこかの偉い貴族なのだろう。
「私の事はいいから、船員の救護を手伝ってあげてくれ」
「はっ!」「はっ!」「はっ!」
初老の人物が若い2人に指示を出し、怪我人の治療へと向かった。
レオニスはデッキに転がる触手の先に噛みついて「ぺっぺっ! 臭くて食えねぇ……」と舌を出していた。
そもそもクラーケンって食えるものなのだろうか?
スピカなら「不味い不味い」と言いながら平らげそうな気がしないでもない。
周囲を見渡すと彼女の従者達がテキパキと動き、海に落ちた船員の救助までも終わっているようだった。
これなら、手伝わなくても大丈夫そうだ。
僕は苦い顔をしたレオニスを拾い上げ、女性に会釈して船内に戻った。
◇◆◇◇◇◇
私はデッキに転がるクラーケンの触手を眺めていた。
歪みの無い真直ぐな切口は角度を変えると白く輝き、完全な平面である事を証明していた。
なんと見事な切口なんだ、これは卓越した剣技からくるものなのか?
それとも彼の持っていたショートソードが特別な物だったのか……。
なんにせよ、そこいらの冒険者よりは強そうだ。
それに……初めて会ったはずなのに、なんだかとても懐かしいような。
とても不思議な気持ちになった。
「しまった! ……彼の名前を聞くのをすっかり忘れていた」
デッキを見渡すが彼の姿はすでに見当たらなかった。
乗客は多いが喋る黒猫を飼っている冒険者なんて、そうはいないだろう。
明日にでも探してみるか。
・
・
・
翌日、今日1日かけてゆっくりと探そうと決め、意気揚々と船内を歩いていると食堂前であっさりと彼と遭遇した。
彼の頭上と左肩にはそれぞれ黒猫がしな垂れ掛かっていた。
1匹は昨日見かけたけど、もう1匹いたのか。
もしかして動物調教師という職業なのか?
「あ、おはようございます。昨日はお疲れさまでした」
「……昨日の緑の人だ」
「誰だよ緑の人って」
もう1匹の黒猫も喋るのかと驚いていると、少年は軽く挨拶を交わしそのまま通り過ぎようとした。
思わず私は彼を引き留めようとして腕を掴んだ。
「あっと……えーと、もし良かったらお茶に付き合ってくれないかい?」
あまりにも突然の出会いに会話の準備をしていなかった私は、色事が好きな吟遊詩人が詠いそうな台詞を発してしまった。
失敗したなと思ったが、頭上の黒猫が「奢ってくれるなら付き合ってやっても良いぜ。なっ、ラルク? 食後のティータイムってヤツ」と言い、彼の頬をペシペシと叩いた。
彼の名前はラルクというのか珍しい名前だな。
「も、もちろん奢らせて貰うよ」
私は黒猫の好意的な発言を無駄にしないように努めて笑顔で返した。
最初は遠慮していたラルクも、もう1匹の黒猫に促されお茶に付き合ってくれる運びとなった。
こんなに早く出会えるとはね、今日はついてるかも知れない。
「自己紹介がまだだったね。私の名前はクーヤ・イジ・ユーイン。ハイメス国の公爵家の者です。ああ、貴族とか気にせず気軽にクーちゃんと呼んでね」
「クーちゃんですか……、僕の名前はラルクと言います。頭の上のがスピカで、こっちがレオニスです」
黒猫は首から何かを下げているのがスピカで、もう1匹がレオニスね。
喋る猫とは珍しい、絶滅危惧種の猫人間種だろうか?
私がスピカとレオニスに種族の事を聞くと、口を揃えて「違う」と答えが返ってきた。
そして「俺様達は賢い猫の種族」だと言っていた。
もしかして揶揄われているんだろうか?まぁ、いいか。
そうこう話してる内にハーブティー2つとアイスティーが2つ、あとケーキが丸々1ホール届きテーブルに並んだ。
誘った時に食後のティータイムとか言ってたような……。
金銭的には問題無いが、まさか食後にケーキを1ホール頼むとは思わなかった。
ただ、ラルクが終始恐縮して頭を下げている姿は可愛いと思ってしまった。
その後、私はラルクと他愛も無い話をした。
彼は終着地のタクティカ国から乗船し、私の故郷のハイメス国を目指していると話していた。
なんでもルーン技術という魔法の属性付与に似たものを調べているそうだ。
昨日の戦いも、その技術があったからこその技だと語っていた。
「ルーン技術か、聞き及んだ事がないな。博識な父上なら知っているかも知れないが……」
私の独り言を聞いたラルクは、身を乗り出して「本当ですか!?」と喰いついてきた。
確証は無いが父は考古学の博士号を取得し、古代ハイメスの知識にも精通している。
ラルクが調べているルーン文字の起源の事も父上の守備範囲に入っている可能性は十分にある。
こうして私は彼を父上に合わせるために、屋敷へと招く約束をした。
彼の嬉しそうな顔を見ると、何故か私まで嬉しくなってしまう。
気が付くと、すでに1時間が経過していた。
1ホールあったケーキも黒猫達がいつのまにか全て平らげていた。
凄い食欲の猫だな……あの小さい体のどこに収納されたか気になる所だ。
私達は港で落ち合あう約束をして食堂で別れた。
「フフッ……」
ラルク君か……
久しぶりに面白い連中と知り合えて自然と頬が緩み笑いが零れる。
初対面のはずだけれど、何だか懐かしいような不思議な気分にさいなまれて、また逢いたいと思わせるというか……
ふむ、なんとも表現し難い。
イケメンという訳でもないし、恋とは少し感覚が違う。
明確な固有名詞が思い付かない感情が湧くっていうのは初めての経験だ、実に興味深い。
これは是非、解明したいものだな。
――ハイメス国まで後2日。
これから面白い事が起きるような……
そんな漠然とした予感を感じ、私は胸を高鳴らせた。
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