破壊神の加護を持っていた僕は国外追放されました  ~喋る黒猫と世界を回るルーン技師の**候補冒険記~

剣之あつおみ

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アルフヘイム編

028話 それぞれの作戦

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 まだ朝日が昇る前の港はすでに働いている漁師達の"せり"が行われており、市場全体が活気に溢れていた。
 自分とは違う生活リズムで働く人々の姿を見るのは少し新鮮だ。
 こういう風に自分の知らない所で働く人々がいて、それが積み重なって世界が廻っていると思うと不思議な気分になる。

 人々の営みを眺めていると、セロ社長があくびをしながら歩いて来た。
 僕もつられてあくびをする。
 他人のあくびを見ると移ると言うのは本当だな。

 早朝の薄暗い中、僕達は船に荷物を運びこんでいた。
 ピトゥリア国行きの船は研修の時よりも小型で、船員は総勢18名らしい。

「やっぱり釣れたての新鮮な魚は美味いな!」

 ペロリと口の端を一舐めし、スピカが僕の肩に飛び乗る。
 魚特有の生臭い匂いがフワッと漂った。

「スピカ、つまみ食いか?」

「そんなせこい事するかよ。俺様の魅力で強請ねだったらイチコロだったぜ!」

 スピカは自信あり気にフフンと鼻をならす。
 結局、猫なで声で近付いて恵んで貰った魚を摘まみ食いしたんじゃないか。
 自分の可愛さを理解した猫というのは厄介なものだ。

 スピカは僕の頭上に飛び移り、丸くなって寝息を立て始めた。
 本当にこいつの自由さには羨ましささえ覚える。

「ラルク様はその猫にそうとう懐かれていますね」

「本当ナノ! しかも喋る猫とか珍しいノ!」

 積荷を終えて甲板で一息ついているとアネッタさんとシャニカさんが話しかけて来た。
 シャニカさんはスピカの事がお気に入りのようで、撫でようとして尻尾の強烈な一撃を顔面に喰らって涙目になっていた。

 しかし、それでもめげずに撫でようと挑戦していた。
 余程猫好きなのだろうか?
 逆にスピカは薄目を開けて「うっとおしいガキだな!」という表情を浮かべ、シッシッと尻尾で祓う仕草をしている。
 立場が逆のような気がするが、本気で嫌っている訳じゃ無さそうなので放置している。
 敢えて言う事があるとすれば……それを人の頭の上でするなと言いたい。

「あの、アネッタさんにシャニカさん。折り入ってご相談が有るのですが……」

 僕は航海中に剣術と魔法スペルの指南をして貰えないか頼んでみた。
 普段はレヴィンの手の空いた時に剣術を見て貰っているけれど、中々時間が取れず上達していない。
 アネッタさん達は魔法騎士スペルナイトという、剣技と魔法スペルを織り交ぜた戦術を得意とする職業と聞いた。
 冒険者になる予定はないけれど、自分や身の回りの人くらいは守れる強さを身に着けたい。
 聖域やタロス国での経験、そしてタクティカ国を守る騎士団の姿を見て改めて感じた。
 ―――僕は強くなりたい。

「よろしいですよ。お任せください」

「シャニカにまかせるノ!」

 2人は「まかせなさい!」とばかりに胸を叩く。
『敏感巨乳』
 ルーティアさんの言葉が脳裏に過り、拳の置かれた彼女の胸に視線が吸い寄せられる。
 その時、もう一つの台詞が脳裏に浮かんだ。
『いいかラルク、胸のでかい女ってのは視線に敏感なんだ。胸を見て良い時間は3秒までだぞ』
 頬を赤らめた上目遣いのビクトリアの顔と台詞が脳内に鮮明に蘇る。
 昔、何かの拍子に成長途上のビクトリアの胸に目がいった時に言われた言葉だ。
 そんなにマジマジと見ていただろうか……?

 ―――ハッと正気に返る。
 その間約2.8秒、間一髪で視線を逸らし誤魔化すように深々とお辞儀をする。
 器用なスピカも急なお辞儀に対応できず頭上から滑り落ちた。

「宜しくお願いします。あとラルクで良いです、様付けは恐縮ですので」

 危ない、同じ過ちを繰り返す所だった。
 ありがとうビクトリア、君の忠告に助けられた!

「では、ラルク君とお呼びします」

「シャニカもラルク君って呼ぶノ! あでででで……」

 頭から滑り落ちたスピカを拾い上げたシャニカさんは腕を咬まれていた。
 猫特有の甘噛あまがみではない、本気噛まじがみだ。
 スピカのヤツ寝惚けて手加減を忘れているな……

 そうこうして荷物の積み込みを全て終える。
 そして、水平線に朝日が昇ると同時に船はタクティカ国の港を出航した。

 船は大海原を悠然と進み始める、すこし肌寒い海風を感じるのは研修以来だ。
 僕は早速アネッタさんに頼み込み、甲板で剣の指導をして貰う事になった。
 シャニカさんがどこからか訓練用の木剣を2本持ってきてくれた。
 さすが騎士団、普段から練習用の木剣を持っているのか。

「ラルク君、頭に猫が張り付いたままなのだが……」

 アネッタさんが僕の頭の上の物体を見て、微妙にやり難そうな表情を浮かべる。
 小さな寝息と生暖かい体温を頭上で感じる。
 ……こいつ熟睡してやがる、なんて器用なんだか。

「多分大丈夫です。思いっきり打ち込んで下さい」

 スピカの事だ、恐らく強力な結界を張っているに違いない。
 むしろ魔法スペルを纏った剣で叩き起こしてもらっても構いません!
 それよりも、スピカの憩いの場と化した自分の頭皮が心配だ。
 禿げたりしないだろうな……

 手始めに剣の型を見て貰う為に、打ち込みを行う。
 甲板に上がって来たネイとルーティアさんも何事かと様子を見に来ていた。

 何度か打ち込んでみたが、僕の攻撃がアネッタさんを捕らえる事はなかった。
 逆にアネッタさんの剣は僕の体を的確に打ち抜く。
 真剣だったら確実に致命傷だろう。
 何故かアネッタさんが考えるような表情を浮かべて問いかけてきた。

「ラルク君、もしかして鎧を着てますか?」

 僕は服の下に4文字刻みのルーンチェインメイルを着用している。
 その為、木剣によるダメージは皆無だった。

「練習中は脱ぎましょう。痛みがあった方が上達が早いので」

 僕は衣服の下に身に着けていたルーンチェインメイルを脱ぐ。
 ……ルーティアさんは思っていたよりスパルタなようです。
 こんな事なら痛がる振りをしておくべきだった。
 ―――そして僕は、案の定ボコボコにされた。


「お前は剣とか向いて無いと思うぞ。まずは筋力を鍛えろよ。それから訓練は俺様が寝てない時にしろよな。プンプン!」

 頭上で寝そべるスピカの辛辣な言葉に少しだけ傷付く。
 しかし、事実なので言い返す言葉も無い。

「そうだな。自分でも自覚してるんだけどね」

 ……分かっているんだ。
 僕には剣も魔法スペルも才能は無いらしい。
 でも、最低限の自衛くらいは出来る様になりたい。

 打撲傷はネイが魔法スペルで回復をしてくれた。
 体の治癒能力を高めるなんて本当に便利なものだ。
 しかし痛みや傷は治るけど、疲労はそのまま蓄積されるようだ。

 その後アネッタさんは斬り返しの仕方や相手の動きに対しての対処法を細かく指導してくれた。
 そして、その日は体力が続くまで打ち込み稽古は続いた。
 僕が撃ち込まれる度に、少しだけネイの不機嫌指数が上昇しているように見えたのは気のせいだろうか。
 途中からアネッタさんの動きが鈍っていたような気がしたし……

 こうしてピトゥリア国への船旅の1日目は終了した。

 この旅の間に強くなってレヴィンを驚かせよう。
 僕は新たな決意を胸に秘め、疲れた体を引きずり自室へと戻った。


◇◇◆◇◇◇


「……2人はどう思う?」

「脈があるね……確実に」

 私は部屋にアネッタとシャニカを呼び出し、小声で話し始める。
 別に小声で話す必要はないのだけれど、会話の内容から自然と小声になる。

「え? 何ナノ?」

 お子ちゃまはの頭上に”?”が浮かんでいるのが見える。

「何って……副隊長とラルク君の恋バナです」

 察しも敏感なアネッタはお子ちゃまのシャニカに、人差し指を立て子供に教えるように話す。
 恋バナと聞いてシャニカは瞳を輝かせて喰いついてくる。

「ネイ様は確実に好きですね。間違いありません」

 さすがに敏感なだけあってアネッタも私と同じ考えのようだ。
 今日空いた時間に物陰から観察して感じた距離感は友達以上恋人未満に見えた。
 あの少年は鈍感で朴念仁な上に絵に、描いたようなむっつりスケベだ。
 今日の訓練中もアネッタの露出した肌に目を奪われて、何度も打ち込まれていた。

 まったく男というヤツは……
 私もモデル並みのスタイルだと自負している。
 それなのに乳ばかりに目を奪われて……解せぬ。

「ブツブツブツ……」

「ど、どうした?ルーティア」

 考え事をしている私の目の前に、薄着のアネッタのたわわに実った果実が付き出される。
 くっ……この元凶め、目障りな。

「うっさい! 敏乳!」

「敏乳!? おまっ……ふざけんな! 喧嘩売ってんのか!?」

 その後、少しの間アネッタとじゃれる。
 ベッドが半壊したので、こっそり空き室の物と取り換えておいた。
 ばれてもシャニカのせいにしておけば大抵は「メッ!」みたいな感じで終わる。

 荒れた部屋を片付け、私達は再度ネイ様とラルク君の恋バナを始めた。
 ルーン工房に出向していた同僚達が話していた通り、彼といる時の副隊長は明らかに表情が豊かで口数が多いと感じる。
 そして私達が一定範囲にいる場合、いつもの無表情へと戻り口数が減るのだ。
 あの凛として口数の少ないクールビューティの副団長のデレた姿は、お子ちゃまのシャニカ並み分かり易い。

「私はネイ様の恋を応援したいのです! 力を貸してください!」

 アネッタとシャニカが鼻息を荒くして目を輝かせる。
 うんうん、2人共乗り気で話が早くて嬉しい限りだ。
 もともとネイ様とはキャラ被りな所があると感じていたので、少しだけ親近感があった。
 是非とも恋を成就して欲しい!

「これは極秘任務です! 我々が陰ながらサポートを行い、ネイ様の恋を成就させましょう!」

 護衛任務と言う名目で来ているが、ハッキリ言って長期休暇の友人の里帰りに付き合うようなものだと思っていた。
 シャニカには悪いが妖精種エルフの里なんて何もないに決まっている。
 しかし、この旅に明確な目標ができれば退屈しなくてすみそうだ。

 副隊長は今まで仕事一筋で同棲の部下や異性にも無関心だった。
 しかし、あの少年に対しては、他とは明らかに態度が違う。
 他人の恋は爆発して死ねと思うが、ネイ様は自分を重ねてしまってついつい応援したくなる。

「……そうですね。綿密な作戦を立てる必要が有ります」

「まず、2人きりになる時間を増やす事でしょう」

「シャニカがラルク君を呼び出して、アネッタが副隊長を呼び出すとかどうナノ?」

「いえ、それは足が付く可能性が高いです。副隊長が気付かないように行動しないと意味が有りません」

 私達は腕を組み「う~ん」と唸り、頭を捻る。
 そして私達は、ある衝撃の事実に気付く。

 アネッタ64歳(見た目年齢14歳程度)恋愛経験無し。
 ルーティア65歳(見た目年齢15歳程度)恋愛経験無し。
 シャニカ56歳(見た目年齢10歳程度)恋愛経験無し。

 お互いの恋愛経験を聞く過程で、全員が未経験だった事を知った。
 有り得ない……ロチッ子のシャニカならいざ知らず……。

「まさかとは思ったけど……全員恋愛経験が無いなんて」

「盲点でした。アネッタは経験があるものとばかり……」

 敏感巨乳ですら恋愛経験ゼロとかおかしいだろ。
 種族的に動物でいう所の"発情期"的な感覚は薄いとは思うが。
 あれか……職業が悪いのか?
 よく考えたら魔法師団って9割が女性だし。

「シャニカは結構もてもてナノ!」

「いや、それは幼女に対する優しさであって女性として見られて無いから! むしろそう見てたらヤバイ部類の男だから!」

 勘違い小娘のドヤ顔に腹が立ち、捲し立てるように叫んでしまった。

「――マイゴッド!!」

 興奮して思わずシャニカの心に致命傷を与えてしまった。
 すまない、子供に対して大人気なかった。
 2秒程度反省し、私達は互いに顔を見合わせ大きな溜息を付く。

 妖精種エルフという種族は他種族と違い恋や恋愛に関する感情に疎く、何故か女性が生まれ易い。
 その為、純血種を嫌う傾向にあると母親から聞いた覚えがある。

「と、とにかく! 副隊長の良い所をさり気無く伝えるとか」

「そうですね。あとは社長を誘導して2人きりにする時間を増やすとかでしょうか」

 私達は「えいえいおー!」と改めて気合を入れる。
 ……安心して下さい!
 必ず副隊長の恋心を成就させて見せます!

 こうして、私達は「副隊長恋愛成就大作戦」を決行する事になった。



◇◇◆◇◇◇



「え!? ピトゥリア国へセロ社長と出張?」

「ええ、聞いてませんか?珍しいですね。耳聡いレヴィン様が知らないなんて。」

 カルディナさんが紅茶を用意しながら不思議そうな顔をする。
 僕が知らないうちにラルクが1ヶ月間も国外に出張に出たと言う。

 ……おかしい。
 この僕にそういった情報が入らないなんて。
 急に決まったのか?
 いや、なんらかの情報統制がされて僕に届かなかった?
 様々な疑問が僕の中で渦巻く。
 しかし、2日前に出航したという話で時既に遅し……だ。
 どうもキナ臭い。

 今から何らかの手段を講じて彼を追うか?

「き、急だったんですね」

「レウケ様の紹介で、凄いルーン技師に紹介を取り付けたとか言われてましたよ」

 ピトゥリア国と言えば東のサイリーン大陸の最南端に有る国だ。
 あの大陸は魔族の侵攻対象になっている。
 ……そんな所に足を運ぶのは危険じゃないか?

 何かが引っ掛かる。
 レウケ様に何とか連絡を取ってみるか。
 ……情報操作をしたスパイも気になる。
 僕はその日の内に信頼のおける部下に指示を出し、ワイバーン便を使い秘密裏にレウケ様の元へ書状を届けさせた。


 ――2日後

 その日、極秘任務としてタロス国に向かった部下が書状を手に帰還した。
 思った通りだ、僕の考えていた悪い予感は的中する。

「やはり」

 手元の書状にはこう記されていた。
 レウケ様の元に社長からの書状は届いておらず、また紹介状も送っていないと言う返事だった。
 何者かが関与してラルクをピトゥリア国に誘き寄せたと考えるのが妥当だろう。
 しかし、誰が……?
 僕の脳裏に最悪の状況が浮かぶ。

「ティンダロス……」

 どうやって知ったか分からないが、猟犬を使い2度もラルクの居る場所を襲撃させている。
 これは偶然とは思えない。
 しかも今回は、僕に情報が届かないように工作までされている。
 最悪な事に、この国にもスパイが紛れ込んでいるという事だ。

 ……目的は何だ?
 ここ2年間、ラルクを襲わなかった理由は?
 王都に籠っていたから安易に手が出せなかっただけなのだろうか。

 いや、今は考えている場合じゃない。
 あの国が使者を使って猟犬を嗾けているのは間違いない。

 まずはグレイス大臣に相談しよう。
 彼に許可を貰い、出国許可を得よう。
 軍備増強されたこのタイミングなら許可が下りるかも知れない。

 ワイバーンで最短で4日、タロス国を経由して休憩を入れないとワイバーンの体力が持たない。
 すぐに動けるのはワイバーンに乗れる6名が限界だろう。
 この国にスパイが紛れ込んでいる可能性も考慮して極秘裏に計画を進める必要が有る。
 場合によっては僕の出国も偽装しなければならない。

 表向きはタロス国に軍事演習を行うと言う話をでっちあげ、小隊規模を船で向かわせる。
 僕と5名は出向後に船上からワイバーンに騎乗し、タロス国を経由してピトゥリア国に向かう。
 ……これで良いだろう、あとはスパイの捜索はグレイス大臣にまかせるとしよう。
 もしかしたら貴族や大臣の中に紛れている可能性もある。

「とにかく、事を急がなければ」

 この2年間、とくに事件も無く過ごして来た事で平和ボケしていた。
 この国で直接危害を加える事が難しいと判断し、他国に誘き寄せる手段をとるとは考えもしなかった。
 ……このままではラルクが危険だ。

 僕は怒りと自分自身の不甲斐無さを噛み締め、グレイス大臣の元へと向かった。
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