破壊神の加護を持っていた僕は国外追放されました  ~喋る黒猫と世界を回るルーン技師の**候補冒険記~

剣之あつおみ

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プロローグ

005話 猟犬

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 昨夜は村長の家に泊めて貰い、翌日の朝を迎えた。

 この集落で暮らす事となった僕は、村長の家の近くの空家を借りる運びとなり早速訪れてみた。
 家具はベッドが一台と椅子とテーブルと簡素な家だったが、独りと1匹で暮らすには十分な広さが有った。

「少しホコリっぽいけど、広さは十分だな」

 部屋の内装を見渡しながらスピカが足に纏わり付いてくる。
 スピカと話していると言葉の端々に何と言うか"自分なりのこだわり"や"プライド"のようなものを感じる事がある。

「明日の朝、皆に紹介しようと思うが良いかい?」

 生活に必要そうな道具を村長が家から持って来てくれた。
 そして明日、広場に住民を集めて僕達を紹介するという。

「はい、分かりました。何から何までお世話になります」

 僕は再度、頭を下げる。
 申し訳ないという遠慮と有難いとが混ざった複雑な感情。
 でも1番簡単に表現をするならば「嬉しい」だ。

 思えば僕は義理の両親にも世話になりっぱなしだった。
 結局、何一つ恩を返せないまま生き別れてしまったな……。
 それだけが今の所唯一の心残りかも知れない。
 いつか故郷に戻れる日が来たら、感謝の心を伝えて恩を少しでも返せたらいいな。

「困った事が有ったら、何でも相談するがよい」

 ある程度、荷物を運び終えると村長は優しく微笑み家を出て行った。
 よくよく考えると独り暮らしなんて初めてだ、うまく生活できるだろうか。

 僕は取り敢えず、この埃っぽい家の大掃除をする事にした。
 この家は随分使われて無かったのか蜘蛛の巣やホコリ塗れで、大掃除をするに当たって一つ気合を入れる必要がありそうだ。

「よし、頑張ろう!」

「おう! 頑張れ!」

「いや、手伝って!?」

 スピカの監督のもと、部屋の掃除を始める。
 魔法スペルで手伝うとか出来無い物かと聞くと、そんな魔法スペルは知らんと言われる。

「俺様は所詮猫だぜ? この手を見ろよ、掃除なんか出来る訳無いだろ?」

 スピカは僕に肉球を見せつけながら小さな手を振る。
 猫独特の仕草は可愛いと感じるんだけれども……
 普段偉そうに上から目線で話すくせに、都合の良い時だけ完全な猫になるのは何かズルイと思った。
 あと自分で「可愛いは正義」とかドヤ顔で言う所もどうかと思う。
 まぁ、何だかんだで許してしまうんだよなぁ……。
 ・
 ・
 ・

 翌朝、村長が集落の広場に住民全員を招集する。
 朝早い中、ざっと100人近くの住民が広場に集まった。

 村人のほぼ全員が銀髪の妖精種エルフで、少数だけど人間種ヒューマンの姿も見受けられた。
 その中には昨日お世話になったネイさんとガタルさんの姿も見えた。

 周囲を見渡しながら住民を観察していると村長は新しい村人として僕を紹介する。
 事前に村長から話を聞いていたのだけれど、敢えて僕のステータスを住民の前で開示した。

 村長の話では破壊神の加護はこの村では尊いモノで、別段隠す必要は無いと言う。
 そして、予め皆にも知って貰ったほうが変な後ろめたさも感じないんじゃないかと話していた。
 故郷で受けた迫害を思い出し躊躇していたが、村長の優しい言葉を信じる事にした。

 広場の中央に聳える2メートルくらいの石碑のようなオブジェに僕の加護等が映し出される。
「おおぉ……!」それを見た住民達から感嘆に似た声が漏れる。

 正直、どんな反応が返って来るか不安だった。
 故郷の大聖堂で化物扱いされたのも記憶に新しいからだ。

 しかし自分が考えていたのと違い、村長が話していた印象に近い反応だった。
 僕のステータスを見た住人達は、ほぼ全員が土下座をする形で地面に平伏した。
 中には涙を流しながら祈りを捧げている人もいた。

「えっと……」

 僕はその光景に驚き、逆に反応に困る。
 実際、100名近くの人が一斉に頭を垂れている光景なんて見た事が無かった。
 近い状況といえば、他国の王様を自国に迎えるパレードを見た時のような感覚に似ているかも知れない。

「皆の者、おもてをあげよ。我らが神の寵愛を受けるお方を住民に迎える事を心より喜びましょう。ラルク殿が困っていたら必ず力を貸してやってくれ」

 パチパチ……
 パチパチパチパチパチパチ!

 住民の皆が拍手を始める。

「はい!」「分かりました!」「おおう!任せろ!」

 そして、住民から口々に大きな返事が返って来る。
 その光景に僕は唖然とするほか無かった。
 実際何が起きているのか分からない。
 この村で破壊神とは本当に崇拝の対象なんだと実感した。

 かといって、別段自分が何か特別な力が備わっている実感なんて無かった。
【不死状態】と言う特殊才能ギフトのせいで、どんなに暴力を振るわれても死ねないと言うのは身を持って実感したけど、破壊神の加護が本来どういった効果をもたらすのか分からないでいた。

 その後、スピカと一緒に集落を一回りした。
 昨日とは違い、村の人達は僕に優しく接してくれるようになった。
 信心深い年配の人に「ありがたや! ありがたや!」と拝まれ、逆に恐縮し対応に困った。

「結構住みやすい環境になったんじゃねぇか? 良かったなラルク!」

 心なしかスピカも嬉しそうで何よりだ。
 かくゆう僕も安心して暮らせそうな雰囲気を肌で感じ、自然と笑みが零れた。

 その日の夜にはネイさんが食材や生活用品を差し入れてくれた。
 彼女は無口で無表情でぶっきらぼうだが、実は凄く親切な人だと気付いた。

「ネイさん、この村で僕に出来る仕事とか無いでしょうか?」

「……ネイでいい」

「あ、はい。ネイさん」

「ネイ……」

「ネ、ネイ」

 女性を呼び捨てにするのは少し抵抗が有ったが、言われた通りにする事にした。
 彼女は少し考えた後、しばらく一緒に行動しようと提案してきた。
 村の細かな決まりや習慣等の説明や、要人への紹介もしてくれるらしい。

 ネイの母はこの集落の生まれだが、彼女自体は大陸の中央にあたる王都生まれだと言う。
 現在は王都の魔法師団に所属し、遺跡と村の防衛警備を任され派遣されていると話してくれた。

 村の見回りがてら、一緒に僕の仕事を探してくれると言っていた。
 大変有難く心強い。
 明朝迎えに来ると言い残し、彼女は帰って行った。

 僕はスピカと先程貰った果物と野菜、残り物の干し肉と硬いパンで夕食にする事にした。
 スピカは低位な魔法スペルを使い、簡単な調理をして見せた。
 風の刃で食材を切り、氷塊と火球を利用して炙ったり煮たりと手を使わずに器用に調理をして見せた。

「どうよ! 俺様の魔法スペルは!」

「凄い!本当に魔法が使えたんだな。驚いた」

 スピカは自慢げにフフンと鼻を鳴らし、ドヤ顔をする。

 ……・うん?って言うか結構応用が出来ていたような?
 家の掃除とかも出来たんじゃ無いだろうか……まぁ、いいか。

 微妙にモヤモヤしながらも、出来上がった料理を早速食べてみる事にした。
 う~ん……うんうん、味の方は調味料が無い為か微妙だった。
 良く言えば”素材の味を活かしている”と言えなくも無い。

 我侭わがままは言ってられない、家を借りれてこうしてまともな食事も食べれているのだ。
 これで文句を言うのは、はっきり言って贅沢という物だ。

 食事を終えるとスピカは早々に丸まり寝息を立てて寝てしまった。
 こうしてみると本当にただの猫だなと感じる。

 僕は木製の食器を洗い、残った食材を片付けてからベッドに横になる。
 ランプの光を消すと窓から星々の輝きが色鮮やかに夜空を彩っていた。

 ・
 ・
 ・

 この村を訪れて3日目の朝を迎える。

 何者かに頬を抓られ目を覚ます、目の前にはネイがいた。
 今日は彼女の仕事に付いて行くと約束していたんだ。

 僕はすぐに着替え、準備を済ませる。
 スピカはまだ寝ているようだ。
 ……そっとしておくか。

 早朝から正午に掛けて、遺跡の見回りを行う。
 ネイは見回りをしながら、この遺跡と集落の事を話してくれた。

 まずこの村……と言うかこの大陸に暮らす妖精種エルフ古代妖精種エンシェントエルフという少し特殊な種族だと言う。
 古代都市で繁栄していた妖精種エルフの始祖の末裔ってヤツらしい。

 確かに普通の妖精種エルフは色白の肌に金髪の碧眼で、闇妖精種ダークエルフは紅眼の浅黒い肌をしているイメージが強い。
 故郷のアルテナ国でも妖精種エルフ闇妖精種ダークエルフは多く暮らしていた。
 なかでも人間種ヒューマンとの混血の半妖精種ハーフエルフの割合が多いイメージだった。

 ここの住民の方々は、どの妖精種エルフとも特徴が一致しないと感じていたが、なるほど……彼女の美しい銀髪は古代から脈々と受け継がれて来た特徴だったのか。

 過去に栄華を極めた古代妖精種エンシェントエルフは大規模な災害で大きく人口を減らしたらしい。
 その為、現在の王都は主に人間種ヒューマンが実権を握っており、古代妖精種エンシェントエルフはこの小さな集落等に点在する極少数しかいないと話していた。
 この遺跡は古代人の故郷の名残りで、今も聖域として守って来たのだと言う。

 遺跡の警護をネイと同じく派遣されている同僚の人と交代し、午後は村の中の見回りを行う。
 一般的な衛兵業務と言った感じだ。
 困った住民の手助けや、集落に入り込んだ小型モンスター討伐が主な仕事だ。
 小さな村で住民同士の繋がりが強いおかげか、犯罪や傷害事件は殆ど起きないらしい。

 集落を見回っていて気付いたことはネイは不愛想だが、人々からの評判は非常に高いように思えた。
 きっと僕が困っていた時に手を差し伸べてくれたように、村でも色々と助けたりしているのだろう。

 僕は先々で何か仕事は無いかと尋ねるが、皆口を揃えて”神様の加護を受けた方を働かせるなど恐れ多いです”と言われる始末。
 妙に持ち上げられて崇められるのも困りものだ。

 結局、今日は就職先を見つける事が出来なかった。
 う~ん、困ったな。
 僕が家で頭を悩ませているとスピカが話し掛けてきた。

「この村で神様として有難がれているなら無理に働かなくて良いんじゃないか?」

 至極当然のように無職でいいじゃんと言い出す。

「いや、そういう訳にもいかないでしょ」

「ふ~ん。律儀なヤツ」

 確かに昨日と今日、村を回っただけで沢山の食物を別けて貰った。
 しかし、御利益の無い神様として有名になっても本物の神様に失礼な気がする。
 何かこの村で約に立つ事は出来ないだろうか……

 ドオォォォン!

 その時、外から巨大な爆発音が響き少し遅れて地響きが家を軋ませる。
 僕とスピカは窓から外の様子を伺う。

 街の出入り口の方が赤く染まっている。
 あれは、火が付いているのか?

「おい! ラルク、事件だ!行ってみようぜ!」

 いつになく鋭い眼付きのスピカが叫ぶ。
 僕はスピカの後を追うように、急いで村の入口に走った。
 ・
 ・
 ・

 村の入口に着いた僕らは火の手に包まれた家々と、それを引き起こした元凶と戦うネイと数人の住民が視界に入る。
 悍ましくも巨大な黒い獣の姿がそこにあった。

 民家の屋根に届く程の巨大な身体と、実態が無いように揺らめく漆黒の体毛。
 今までに見た事のないような禍々まがまがしい姿をしたモンスターが視界に入る。
 その狼のような形状の魔獣が、「グルルルルル……」と喉を鳴らし、威嚇しながら彼女達を睨み付けていた。

 口元はくちゃくちゃと咀嚼動作をしている。
 だらしなく垂れ流している唾液には赤い血液と肉のような物が混じっていた。

「……ティンダロスの飼い犬か。だが何故こんな所に居るんだ?」

 巨大な黒い獣を見つめて、スピカがボソッと囁く。
 ティンダロスはこの南極大陸から遥か北に有る小大陸の国の名前だったと思う。
 そこから、こんな最果ての地に来たとでも言うのだろうか?

 巨大な獣は彼女達に怪しく光る鋭い爪で攻撃を繰り出し、住民を軽く引き裂く。
 鮮血が舞い結界が壊れて降り積もる雪を赤く染め上げる。
 響き渡る悲鳴と応戦する魔法スペルが周囲を飛び交う。

 凶悪な魔獣は鋭い牙と爪で次々と住民を襲い、弄び、殺し、咀嚼し、蹂躙する。
 僕は悪夢のような光景を目の当たりにして思わず足が竦む。

 巨大な獣が本能を剥き出しに食料エサを求めて集落を破壊する。
 今まで生きてきた中で最低最悪の光景が広がっていた。

 村人達は上位魔法ハイスペルを使い戦っているが獣は素早くかわし、術者をあっさりと屠る。
 災害級モンスターとの戦闘……そしてこれが命の奪い合い。

 竦んで動けない僕の後方から、巨大な3ついの巨龍を模した電撃が轟音を撒き散らし、うねりながら獣を貫く。
 雷撃が直撃した獣はのたうち一瞬怯む。
 振り向くとそこには長く立派な杖を構えたフェイル村長の姿があった。

 初めて目に見えたダメージを負わせた攻撃者に対して標的を絞ったのか、獣は素早く踵を翻し村長に向けて突進して来た。
 突風、いや疾風とも言うくらいの圧倒的な素早さ。
 ほんの一瞬、僕の視界の隅を黒い物体が通り過ぎた。

 風と化した獣は僕とスピカの横を駆け抜け、杖を構えた村長を目の前で引き裂く。
 唖然とした表情のまま村長の四肢が僕の目の前で吹き飛び飛散する。

「あ、ああ……!」

 村長の体はバラバラに引き裂かれ、ボロ雑巾のように地面に打ち捨てられた。
 一瞬何が起きたか分からない程のスピードで現実離れした光景が一瞬で脳裏に焼き付く。

 足が竦みガクガクと震え、動くことが出来ない。
 僕はその場に崩れ、地面に膝を付き呆然と項垂れる。

 目の前で村長だったモノを獣が更に噛み砕く。
 グチャグチャと不快な音を撒き散らし、生臭い吐息が風に乗って周囲に流れる。
 込み上げる嗚咽と非現実的な状況に頭が混乱する。
 故郷で感じた拷問の恐怖とは別種の……生物の根源的な恐怖が全身を支配する。

「しっかりしろ! 逃げるぞ!!」

 不意に後ろから襟首を掴まれて引きずられる。
 いつも無表情なネイが怒りを露わにした形相で僕に叫ぶ。
 しかし、僕は動く事が出来ず彼女に引きずられるように走った。

 なるべく隙間の細い木々の間を通り、森を縫うように走って、走って、走って……
 スピカの姿が見えない、どこかで逸れたのか?

 そこから記憶が途切れ途切れになっていく。
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