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第二十七章
敵
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『騎士団』と言う組織はこの時代の亜大陸において一般的な武装組織である。何処の国にも存在し、規模の大小、構成要因の違いによって様々な種類があった。
基本的には騎士階級が中心で貴族が中枢にいる事もある。たいていはその国の王や大貴族と『忠誠』と自称する契約関係を結んでおり、納税や軍役の義務の代わりに存在を保護されていた。経済的には荒地を開拓して領地にしたり、地元の有力者から土地を寄付してもらって経営したり、商業や工業を営む事もある。タチが悪い例としては傭兵稼業の元締めをやっている騎士団もあった。
中にはその規模が大きく、領地や勢力圏が数ヵ国にまたがる場合もあるが、その顕著な例が、教会が母体になる幾つかの騎士団であろう。
特にこれらは教会と信仰を背景にすると言う独特の強みもあり、しばしば王権すらも無視出来るとされている。宗教的権威で領地や商権などを寄進させ、神の御名を盾に国への納税すら拒む。ベルガエの王宮のみならず既存の支配層とはたいてい仲が悪い。
カーリャの言った『聖友堂騎士団』はその有力な一つであった。中枢はフランゼ王国にあり、ベルガエにも拠点を持っている。宗教と大国の権威を鼻にかけた高慢ぶりはベルガエ中に知られていた。
「また厄介なところに」
「ゲルカッセンとの争いでは聖友堂騎士団は味方ですから」
亜大陸最大の宗教勢力である教会も決して一枚岩ではない。古代アズリアの首都レムルに在住の法王を中心とする『説教派』と新興勢力の『印刷派』との二派閥に別れ、神も呆れる程にみっともなく敵対している。主に古代アズリアの旧勢力圏はたいてい説教派で、それ以外のかっての蛮地に『印刷派』が多い。
説教派に属する聖友堂騎士団は印刷派のゲルカッセンとは基本的に敵対関係にあるのだ。
「しかし一応、あれらは修道騎士なのでしょう?」
そのはずだった。教会を基礎とする騎士団に所属する騎士は全員僧籍を持つ。幹部級ともなれば司祭や司教の資格持ちもいると聞いている。
「なのに決闘を誤魔化したり、根に持って襲ったりするんですか?」
「それはそれは教会に属するお方達ですから」
カーリャの声が実に不快げである。
「礼儀作法にも金銭にも実にご熱心であらせられます」
この人でも嫌みを言うのだなあとナディは変に感心した。
「私は戦の時にしか関わっておりませんが、戦場近くの町や村へ略奪紛いの寄進の強要をしていましたし、戦場で協力せずに勝手に振る舞うので友軍としてたいそう迷惑でしたし」
なかなか不愉快な目にあったらしい。
「僧籍の癖に婦女子への無礼の噂も頻繁にありましたし、逆に青少年へのあらぬ、あってはならぬ被害も出ていましたし」
あ、それ! とナディの目がきらりと輝いた。
「僧籍ですから妻帯はしないんですよね?」
「一応、そうなっていますが」
「じゃあやはり『薔薇の罪』とかも?」
何故、この淑女は急に元気になったのだろうと騎士様は首を捻る。まだまだ世間知らずの証拠であった。
「まあ、罪深い事ですが常習……散聞はしました」
『薔薇の罪』とは男色の隠語である。罪と呼んだ様に教会の教えでは男色は禁じられ、明確に罪とされていた。説教派の聖典は全て古代アズリア語で書かれている為に騎士様は読むことも出来ないのだが、そう言う意味で書かれている事はナディは読んで知っている。
「やはり! 僧院では男色は普通にあるのですね!」
そこでナディの声が跳ね上がる。実は教会がなんと言おうと男色は、亜大陸の各国の社会には普通に存在するのだ。表でははばからねばならないだけで、王宮でも貴族間でも男色関係は普通にあるし、平民の生活でも珍しい事ではない。
ティンベル男爵家の女使用人達も馭者のロドが好青年にも関わらず浮いた噂もないのをつかまえて、勝手にきっと男色趣味よ彼氏はどんな男性かしら?と決めつけて喜んでいるくらいだ。
だから女人禁制であり、妻帯も交際も認められていない教会や僧院ではさぞ男同士がお盛んであろうと罰当たりな妄想を淑女達は普通にして騒ぐのである。まったく困った悪習だが、この点に関してだけはナディも例外ではない。
「どうでした? 出来れば具体的に?」
キラキラ目で聞かれた騎士様はそこら辺はよくわかっていない。
「具体的……見た事はありませんが、内部での宴がいかがわしいだとか、男しかいないのに痴話喧嘩があるとか普通に言われていましたねえ」
真面目に記憶をたどって説明している。ナディの質問などただのいかがわしい好奇心なのに。
「カーリャ様は如何でしたか? 巻き込まれたりしていません?」
甘やかすからこんな事まで聞かれてしまうのだ。
「宴に呼ばれたりとか昼間から強い酒を強要されたりはありましたね」
ほうら! とナディは嬉しそうである。男でこの美貌なのだ。男色家達が放っておくはずはない。
「文とかはどうですか? 詩とか贈られたりして」
「……何分、戦の最中であり、私は師に仕える立場でしたので、身内以外からの手紙の類いは封も開けずに全て師に託しました」
ある意味すごい拒絶と嫌がらせである。その師も困ったろうが、贈った方も赤っ恥だろう。それは根に持って、つけ狙う恨みになるのもあり得る話だった。
「そうですかあ。カーリャ様はやはり」
「何がやはりですか」
ナディの納得に騎士様は嫌そうである。その視線の白さからするととことん不快な経験だったらしい。
「それよりなんかお元気になられましたよね?」
「はい!」
淑女には栄養たっぷりのお話だった。物語の薔薇の浪漫も素晴らしいが、本物の体験談はまた違った味がある。女以上の美貌の騎士だなんて物語でもあざとすぎる現実だし。
「また聖友堂騎士団と何かあったら教えて下さい」
「二度と関わりたくないし、関わったら今朝の様な血を見る羽目になるのですが」
とにかく騎士様が感心した様にナディの元気は復活していた。重度の二日酔いも朝の斬劇も消しとんでいるのだから大したものだ。淑女はある意味、騎士様より逞しいのである。
「では参りましょう。今日中にアルトバインに入ります」
騎士様の声が堅さを取り戻す。狙われているのがわかった以上、ここからは本気で行かねばならない。騎士様はナディに迷惑がかかる事を本気で申し訳なく思っている様である。
「昨日はドーセルで行き先を謀りましたが、今朝一番に見つかったと言う事は向こうも気づいているでしょう。騎士団らしい者はいませんでした。ごろつきを雇ったのでしょうが、ならば治安の良い街まで行けば手出しはしにくくなるはず」
朝食代わりの林檎を食べ終え、二人はまた騎乗し、旅を再開した。
基本的には騎士階級が中心で貴族が中枢にいる事もある。たいていはその国の王や大貴族と『忠誠』と自称する契約関係を結んでおり、納税や軍役の義務の代わりに存在を保護されていた。経済的には荒地を開拓して領地にしたり、地元の有力者から土地を寄付してもらって経営したり、商業や工業を営む事もある。タチが悪い例としては傭兵稼業の元締めをやっている騎士団もあった。
中にはその規模が大きく、領地や勢力圏が数ヵ国にまたがる場合もあるが、その顕著な例が、教会が母体になる幾つかの騎士団であろう。
特にこれらは教会と信仰を背景にすると言う独特の強みもあり、しばしば王権すらも無視出来るとされている。宗教的権威で領地や商権などを寄進させ、神の御名を盾に国への納税すら拒む。ベルガエの王宮のみならず既存の支配層とはたいてい仲が悪い。
カーリャの言った『聖友堂騎士団』はその有力な一つであった。中枢はフランゼ王国にあり、ベルガエにも拠点を持っている。宗教と大国の権威を鼻にかけた高慢ぶりはベルガエ中に知られていた。
「また厄介なところに」
「ゲルカッセンとの争いでは聖友堂騎士団は味方ですから」
亜大陸最大の宗教勢力である教会も決して一枚岩ではない。古代アズリアの首都レムルに在住の法王を中心とする『説教派』と新興勢力の『印刷派』との二派閥に別れ、神も呆れる程にみっともなく敵対している。主に古代アズリアの旧勢力圏はたいてい説教派で、それ以外のかっての蛮地に『印刷派』が多い。
説教派に属する聖友堂騎士団は印刷派のゲルカッセンとは基本的に敵対関係にあるのだ。
「しかし一応、あれらは修道騎士なのでしょう?」
そのはずだった。教会を基礎とする騎士団に所属する騎士は全員僧籍を持つ。幹部級ともなれば司祭や司教の資格持ちもいると聞いている。
「なのに決闘を誤魔化したり、根に持って襲ったりするんですか?」
「それはそれは教会に属するお方達ですから」
カーリャの声が実に不快げである。
「礼儀作法にも金銭にも実にご熱心であらせられます」
この人でも嫌みを言うのだなあとナディは変に感心した。
「私は戦の時にしか関わっておりませんが、戦場近くの町や村へ略奪紛いの寄進の強要をしていましたし、戦場で協力せずに勝手に振る舞うので友軍としてたいそう迷惑でしたし」
なかなか不愉快な目にあったらしい。
「僧籍の癖に婦女子への無礼の噂も頻繁にありましたし、逆に青少年へのあらぬ、あってはならぬ被害も出ていましたし」
あ、それ! とナディの目がきらりと輝いた。
「僧籍ですから妻帯はしないんですよね?」
「一応、そうなっていますが」
「じゃあやはり『薔薇の罪』とかも?」
何故、この淑女は急に元気になったのだろうと騎士様は首を捻る。まだまだ世間知らずの証拠であった。
「まあ、罪深い事ですが常習……散聞はしました」
『薔薇の罪』とは男色の隠語である。罪と呼んだ様に教会の教えでは男色は禁じられ、明確に罪とされていた。説教派の聖典は全て古代アズリア語で書かれている為に騎士様は読むことも出来ないのだが、そう言う意味で書かれている事はナディは読んで知っている。
「やはり! 僧院では男色は普通にあるのですね!」
そこでナディの声が跳ね上がる。実は教会がなんと言おうと男色は、亜大陸の各国の社会には普通に存在するのだ。表でははばからねばならないだけで、王宮でも貴族間でも男色関係は普通にあるし、平民の生活でも珍しい事ではない。
ティンベル男爵家の女使用人達も馭者のロドが好青年にも関わらず浮いた噂もないのをつかまえて、勝手にきっと男色趣味よ彼氏はどんな男性かしら?と決めつけて喜んでいるくらいだ。
だから女人禁制であり、妻帯も交際も認められていない教会や僧院ではさぞ男同士がお盛んであろうと罰当たりな妄想を淑女達は普通にして騒ぐのである。まったく困った悪習だが、この点に関してだけはナディも例外ではない。
「どうでした? 出来れば具体的に?」
キラキラ目で聞かれた騎士様はそこら辺はよくわかっていない。
「具体的……見た事はありませんが、内部での宴がいかがわしいだとか、男しかいないのに痴話喧嘩があるとか普通に言われていましたねえ」
真面目に記憶をたどって説明している。ナディの質問などただのいかがわしい好奇心なのに。
「カーリャ様は如何でしたか? 巻き込まれたりしていません?」
甘やかすからこんな事まで聞かれてしまうのだ。
「宴に呼ばれたりとか昼間から強い酒を強要されたりはありましたね」
ほうら! とナディは嬉しそうである。男でこの美貌なのだ。男色家達が放っておくはずはない。
「文とかはどうですか? 詩とか贈られたりして」
「……何分、戦の最中であり、私は師に仕える立場でしたので、身内以外からの手紙の類いは封も開けずに全て師に託しました」
ある意味すごい拒絶と嫌がらせである。その師も困ったろうが、贈った方も赤っ恥だろう。それは根に持って、つけ狙う恨みになるのもあり得る話だった。
「そうですかあ。カーリャ様はやはり」
「何がやはりですか」
ナディの納得に騎士様は嫌そうである。その視線の白さからするととことん不快な経験だったらしい。
「それよりなんかお元気になられましたよね?」
「はい!」
淑女には栄養たっぷりのお話だった。物語の薔薇の浪漫も素晴らしいが、本物の体験談はまた違った味がある。女以上の美貌の騎士だなんて物語でもあざとすぎる現実だし。
「また聖友堂騎士団と何かあったら教えて下さい」
「二度と関わりたくないし、関わったら今朝の様な血を見る羽目になるのですが」
とにかく騎士様が感心した様にナディの元気は復活していた。重度の二日酔いも朝の斬劇も消しとんでいるのだから大したものだ。淑女はある意味、騎士様より逞しいのである。
「では参りましょう。今日中にアルトバインに入ります」
騎士様の声が堅さを取り戻す。狙われているのがわかった以上、ここからは本気で行かねばならない。騎士様はナディに迷惑がかかる事を本気で申し訳なく思っている様である。
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