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17.隣はお前がいいみたい
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何処に向かっているのかもわからないまま、俺たちはただ並んで歩いていた。
馬鹿正直に、圭人に付いて行かなくたっていいはずなのに。
自然と体は歩幅を合わせてしまう。
「なんで、来たんだよ」
「浮気者が無視するから、会いに来た」
「……さっきまで、元カノといたくせに」
何を考えているのかわからない親友にそう吐き捨てると、対照的に圭人は俺をじぃっと見ながら、にこやかな表情をしていた。
なに、笑ってんだよ。
人のこと散々振り回しておいて、心の中にずかずか入り込んできて。
俺を、こんなに苦しめて、気づきたくもなかった気持ち引きずり出しておいて、なんで。
「やっぱ、帰る」
駅がどこかもわからないのに、俺は踵を返し、元来た道を歩き出した。
すかさず圭人が「待ってよ」と俺の腕を掴む。
たったそれだけで、久々に触れた親友の体温にまた流されてしまいそうで、咄嗟にその腕を振りほどいた。
「……っお前とは、しばらく会わない!」
カッとして、無意識に声を荒げてしまう。
本当は、出張お疲れって言ってやりたいのに。
土産話でも聴きながら、ただ一緒にだらだらと帰りたいのに。
親友の春を素直に喜んで、応援してやりたいのに。
なんで、思いとは反対の言動ばかりしてしまうんだろう。
俺が、友達で居たいって、自分で願ったのに。
「それ、本気で言ってる?」
圭人は、目を丸くして、少し震える声で口にした。
下唇を噛み締め、両手にはぎゅっと力が込められている。
普段は感情を表に出すことをあまりしない圭人から、怒りがはっきりと感じ取れて、背筋が少し寒くなった。
「っい、た……!」
そのまま黙って、圭人は俺の腕を再度捉える。
今度は振りほどかれないように、痛いくらいに強く。
「やめろ、離せ」
「無理」
「どこ、いく気だよ」
「ホテル」
「……っ!」
嫌だ、と心の底から思った。胃の中がぐっと押し上がって、嫌な汗が吹き出る感覚に、俺は思わず自身の口を押さえた。
友達とホテルに行くことが、ではない。
さっきまで一緒にいたであろう自分以外の別の相手と、同じ扱いを受けることがとても嫌なのだと、気づいてまた自分自身に嫌気がさした。
「……っ本当、無理だって!」
俺の顔を見ることもなく、圭人は歩き続ける。
心臓がきゅっと縮んでいくような感覚に襲われた。
これ以上、傷つきたくないと、本能で恐怖している。
こわばる身体で抵抗をしているうちに、ポツポツと雨が降り始めた。
あっという間に勢いを増したそれは、容赦無く俺たちに降りかかる。
「散々受け入れておいて、今更何言ってんの」
「な……」
「だってどうせ、塁はベットいけば、流されるでしょ」
圭人が冷たく言い放った言葉が、たまらなく胸に突き刺さって、深く、深く傷を抉った。
バカみたいだ。結局俺はずっと振り回されるだけ。
流されやすい俺を、簡単に丸め込める俺のことを、そんな風にずっと嘲笑ってたのかよ。
圭人が、俺に手なんて出さなければ、好きだなんて言わなければこんなことにならなかった。
いや、俺が、冗談なんて口走らなければよかったんだ
そうすれば、自分が知らない、脆弱で身勝手な自分を自覚することもなかった。
「あー……っもう!訳わかんねーよッ!お前、相手できたんだろ!」
感情を吐き出しながら、気がつけば、両目からはぼろぼろと涙が溢れ出していた。
この土砂降りの雨で、すぐに流されて、ごまかせるのだけが救いだった。
だって、圭人の「好き」が自分だけのものじゃなくなったから泣いてるなんて知ったら、お前はきっと困るだろ?
「俺とお前はただの友達なんだよ……だから、」
圭人の吐いた嘘の真実を知ったあの時、胸が苦しかったのは、騙されていたからじゃない。
隣にいると安心して、楽しくて、自分の世界の中心とさえ思うほど大切な存在が、自分の手の届かないどこか遠くへ行ってしまうんじゃないかって。
誰かに取られてしまうんじゃないかって、怖かったんだ。
今、こんな最悪なタイミングで、はっきりと自分の気持ちに気がついてしまった。
隣にいるのは、圭人がいいって。
圭人の隣にいるのは、俺じゃなきゃ嫌だって。
「もう、俺に構うなよ……」
だから俺は慌てて、その真実に蓋をするんだ。
圭人のために、そして自分のために。
「……ダメだ、限界」
篠突く雨の中、いつの間にかその歩みを止めていた親友がポツリと呟いた。
俺の腕を握るその掌から、微かに震えが伝わる。
振り向いて俺の顔を覗き込む圭人の表情は、痛苦の色を滲ませて、訴える。
「なんで、こんなに好きだって言ってるのに、わかんないかな」
力一杯俺の身体を引き寄せ、肩にもたれかかるように顔を埋める圭人は、まるで嗚咽をこらえているように見えた。
「塁に会えなくて、連絡も取れないし、どれだけ不安だったと思ってんだよ……ッ他の人間なんか、見る暇ない」
「――ッ!」
こんなに取り乱し、怒りをあらわにする親友の姿は、初めて見る。
遅れて、俺が、そうさせたのだと理解して、心苦しさと同時に、わずかに気持ちが高揚した。
「もう、塁が折れるのを気長に待つ自信、俺にはない」
圭人が自分に溺れているのだと感じて、のぼせ上がる自身の愚かさを非難する余裕は、今はない。
「お願いだから友達としてじゃなくて、俺自身を見て、塁」
俺の大切な友達は、顔が良くて仕事だってできて、普通に過ごしているだけで順風満帆な生活が送れると思っていた。
大切な友人には、男の俺なんかじゃなくて、可愛い女の子と普通に幸せになって欲しかった。
そうすれば、俺と圭人はずっと友達でいられると思っていたから。
でも、そんな取ってつけた一般論や理想なんて簡単に剥がれ落ちた。
だって俺は、友達でも恋人でもなんだっていいから、圭人の隣を誰にも譲りたくないんだって、自覚してしまったから。
「……今更、だろ」
もう、嫌って程お前のこと、見てるよ。
全部お前のせいだ、バカ。
馬鹿正直に、圭人に付いて行かなくたっていいはずなのに。
自然と体は歩幅を合わせてしまう。
「なんで、来たんだよ」
「浮気者が無視するから、会いに来た」
「……さっきまで、元カノといたくせに」
何を考えているのかわからない親友にそう吐き捨てると、対照的に圭人は俺をじぃっと見ながら、にこやかな表情をしていた。
なに、笑ってんだよ。
人のこと散々振り回しておいて、心の中にずかずか入り込んできて。
俺を、こんなに苦しめて、気づきたくもなかった気持ち引きずり出しておいて、なんで。
「やっぱ、帰る」
駅がどこかもわからないのに、俺は踵を返し、元来た道を歩き出した。
すかさず圭人が「待ってよ」と俺の腕を掴む。
たったそれだけで、久々に触れた親友の体温にまた流されてしまいそうで、咄嗟にその腕を振りほどいた。
「……っお前とは、しばらく会わない!」
カッとして、無意識に声を荒げてしまう。
本当は、出張お疲れって言ってやりたいのに。
土産話でも聴きながら、ただ一緒にだらだらと帰りたいのに。
親友の春を素直に喜んで、応援してやりたいのに。
なんで、思いとは反対の言動ばかりしてしまうんだろう。
俺が、友達で居たいって、自分で願ったのに。
「それ、本気で言ってる?」
圭人は、目を丸くして、少し震える声で口にした。
下唇を噛み締め、両手にはぎゅっと力が込められている。
普段は感情を表に出すことをあまりしない圭人から、怒りがはっきりと感じ取れて、背筋が少し寒くなった。
「っい、た……!」
そのまま黙って、圭人は俺の腕を再度捉える。
今度は振りほどかれないように、痛いくらいに強く。
「やめろ、離せ」
「無理」
「どこ、いく気だよ」
「ホテル」
「……っ!」
嫌だ、と心の底から思った。胃の中がぐっと押し上がって、嫌な汗が吹き出る感覚に、俺は思わず自身の口を押さえた。
友達とホテルに行くことが、ではない。
さっきまで一緒にいたであろう自分以外の別の相手と、同じ扱いを受けることがとても嫌なのだと、気づいてまた自分自身に嫌気がさした。
「……っ本当、無理だって!」
俺の顔を見ることもなく、圭人は歩き続ける。
心臓がきゅっと縮んでいくような感覚に襲われた。
これ以上、傷つきたくないと、本能で恐怖している。
こわばる身体で抵抗をしているうちに、ポツポツと雨が降り始めた。
あっという間に勢いを増したそれは、容赦無く俺たちに降りかかる。
「散々受け入れておいて、今更何言ってんの」
「な……」
「だってどうせ、塁はベットいけば、流されるでしょ」
圭人が冷たく言い放った言葉が、たまらなく胸に突き刺さって、深く、深く傷を抉った。
バカみたいだ。結局俺はずっと振り回されるだけ。
流されやすい俺を、簡単に丸め込める俺のことを、そんな風にずっと嘲笑ってたのかよ。
圭人が、俺に手なんて出さなければ、好きだなんて言わなければこんなことにならなかった。
いや、俺が、冗談なんて口走らなければよかったんだ
そうすれば、自分が知らない、脆弱で身勝手な自分を自覚することもなかった。
「あー……っもう!訳わかんねーよッ!お前、相手できたんだろ!」
感情を吐き出しながら、気がつけば、両目からはぼろぼろと涙が溢れ出していた。
この土砂降りの雨で、すぐに流されて、ごまかせるのだけが救いだった。
だって、圭人の「好き」が自分だけのものじゃなくなったから泣いてるなんて知ったら、お前はきっと困るだろ?
「俺とお前はただの友達なんだよ……だから、」
圭人の吐いた嘘の真実を知ったあの時、胸が苦しかったのは、騙されていたからじゃない。
隣にいると安心して、楽しくて、自分の世界の中心とさえ思うほど大切な存在が、自分の手の届かないどこか遠くへ行ってしまうんじゃないかって。
誰かに取られてしまうんじゃないかって、怖かったんだ。
今、こんな最悪なタイミングで、はっきりと自分の気持ちに気がついてしまった。
隣にいるのは、圭人がいいって。
圭人の隣にいるのは、俺じゃなきゃ嫌だって。
「もう、俺に構うなよ……」
だから俺は慌てて、その真実に蓋をするんだ。
圭人のために、そして自分のために。
「……ダメだ、限界」
篠突く雨の中、いつの間にかその歩みを止めていた親友がポツリと呟いた。
俺の腕を握るその掌から、微かに震えが伝わる。
振り向いて俺の顔を覗き込む圭人の表情は、痛苦の色を滲ませて、訴える。
「なんで、こんなに好きだって言ってるのに、わかんないかな」
力一杯俺の身体を引き寄せ、肩にもたれかかるように顔を埋める圭人は、まるで嗚咽をこらえているように見えた。
「塁に会えなくて、連絡も取れないし、どれだけ不安だったと思ってんだよ……ッ他の人間なんか、見る暇ない」
「――ッ!」
こんなに取り乱し、怒りをあらわにする親友の姿は、初めて見る。
遅れて、俺が、そうさせたのだと理解して、心苦しさと同時に、わずかに気持ちが高揚した。
「もう、塁が折れるのを気長に待つ自信、俺にはない」
圭人が自分に溺れているのだと感じて、のぼせ上がる自身の愚かさを非難する余裕は、今はない。
「お願いだから友達としてじゃなくて、俺自身を見て、塁」
俺の大切な友達は、顔が良くて仕事だってできて、普通に過ごしているだけで順風満帆な生活が送れると思っていた。
大切な友人には、男の俺なんかじゃなくて、可愛い女の子と普通に幸せになって欲しかった。
そうすれば、俺と圭人はずっと友達でいられると思っていたから。
でも、そんな取ってつけた一般論や理想なんて簡単に剥がれ落ちた。
だって俺は、友達でも恋人でもなんだっていいから、圭人の隣を誰にも譲りたくないんだって、自覚してしまったから。
「……今更、だろ」
もう、嫌って程お前のこと、見てるよ。
全部お前のせいだ、バカ。
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