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8.放課後デートじゃないからな

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「塁ー、こっちー」

夕方、大学での授業を終えるとスーツ姿の圭人が正門前に立っていた。
俺の姿を見つけると、こいこいと小さく手招きをする。

今日はバイトの給料日。
泊めてもらっているお礼に少しでも恩返しをと思い、夕飯は外食をする約束をしていた。
だからって大学まで来なくたっていいのに。

「え、あのイケメン、塁くんの友達?」
「あ~……うん」

ほら、早速厄介ごとが起きそうな予感が。
同じ専攻だけどろくに話したこともない1軍女子数名が目ざとく圭人をロックオンしてしまった。

「へぇー、彼女いるの?」
「どうだろ、多分いないかな」
「なら、紹介してほしいなぁ、塁くん、お願い」

こーんな可愛い女の子に上目遣いでお願いなんて言われたこと人生で一度もないのが逆に虚しい。
圭人の顔面はやはりおそるべし。
俺は「聞いてみるよ」と答え、小走りで圭人の元へ向かった。

「お疲れ、塁」
「あー、お疲れ。駅で待ってりゃよかったのに」
「お迎えってデートっぽいでしょ」
「デート言うな」

ただでさえ顔面つよつよの圭人がスーツを身にまとっているとさらにかっこよさが際立ってしまう。
同世代の女子にとっては、歳はさして変わらないのに少し大人で自立しているイケメンに映るんだろうな。実際そうなんだけどさ。

「で、後ろにいる女の子たちは塁さんファンクラブとか?」
「なわけねーべ。お前と仲良くなりたいんだと」
「えー、困ったな」
「だから来ない方がよかっただろ」

いつでも女子にモテる童貞(自称)はうーん、と頭を捻ると、ギャラリーの元へ歩み寄る。
一応俺も側へと近づくと、圭人はにぱっと、気持ち3割り増しくらいの笑顔で女子たちに話しかける。

「はじめまして~。いつも塁と仲良くしてくれてありがとー」

お前は俺の母ちゃんかよと突っ込みたくなるようなセリフを口にした後、ぺこりと軽く頭を下げた。

「ごめんなさい、俺恋人いるからあんまり仲良くはできなくて。でも塁とはこれからも話してやってね」

「ええ~」と、落胆した女子たちの声が響き渡る。
圭人は言い逃げするように、身体を翻し俺の腕を取った。

「おい、お前相手いねーだろ」
「恋人(予定)がいる」
「はぁ?なんだよそれ」
「いいから早く行こ、お腹すいた」

ぐいぐいと腕を引かれ、俺たちは慌ただしく大学を後にした。







圭人が予約してくれたお店は、個室で落ち着いた雰囲気のおしゃれな空間だった。

「なんか、大人って感じじゃん……」
「経済力を持ち合わせた大人だから。おすすめ物件よ、俺」
「自分で言うなや」

自信ありげな圭人が言うには、かなり穴場だとのこと。
デートで圭人にこんなところ連れてこられたらどんな女の子だって落ちるだろう。

「てか、ごめん。お礼すんの俺なのに店予約してもらって」
「塁さんがおしゃれなお店とか知ってたらそれはそれでショックだから、いいんすよ」
「俺だって社会人になったらデートスポットくらい……」
「なんか遠くに行っちゃうみたいで、それはそれで複雑だなぁ」
「遠くって……なんだよそれ」

相変わらず圭人は変なことばっか言う。
今までだって、適度な距離で一緒に居たんだから、それでいいんじゃないのか。

俺は運ばれてきたコース料理に手を付ける。
学生のご身分ではなかなか食べる機会のない高級感な味がした。美味しい。

「お酒、飲んだら?」
「また、酔わせたいとか言うなよ」
「いや、今日は俺も飲む」
「へ~珍しいじゃん」
「せっかくのデートだから」

「だからデートじゃねっつの」と圭人の冗談を軽くいなす。
しかしながら、まだ一度も成人したばかりの圭人とは酒を交わしたことがない。
あるといえば口移しでビール飲まされたくらい。いやあれは一緒に酒飲んだ内に入らないな……。

「じゃあ、少しだけな」
「うん、少しだけ」

そう言って圭人は、無垢な表情で笑った。







意外にも飲めるクチだったらしい親友は、ペースは早くはないものの途切れることなくお酒を口にした。
俺もまた酔ってへろへろにならないように、セーブしながら楽しく飲めるペースで嗜んでいく。

「酒、飲んだことあんの?」
「いーや、塁のビール口に含んだのが初めて」

俺はまたあの日の口移しのキスのことを思い出して、かすかに頬が熱を持つのを感じた。
そんな俺を見て、圭人はにやっと意地悪そうに口角を上げる。

「け、結構飲めるんじゃん」
「そだね、案外いけるかも」
「お前が飲めるってわかったら、周りが放っておかないだろうな~。美女から飲み会誘われまくんじゃね」
「それは困るっすね」
「なんか……友達と酒飲むの初めてだから、楽しいわ」

高校生の頃は、大人になるってどんな感じか全く想像がつかなかった。
高3で一人暮らしを始めた時も、大学に進学した時も、初めてバイトをした時も、二十歳になった時も。
最初は未知の経験に不安でいっぱいだった。

でもどんな時でも、こいつが変わらずに友達としてそばに居てくれたから。
変わらない大切なものがある。それだけで、変化を受け入れる覚悟をくれる。

二人して一緒に大人になって、こうやってお酒を交わせるようになったのが、単純に嬉しかった。

「ふーん、そう」

だと言うのに、圭人は俺とは正反対の淡白な反応をしてみせた。

「な、なんでそんな無表情なん……」

直後、足元に違和感を覚えた。
テーブルの下で、何かに太腿を触られている。

「トモダチ、ね……」
「……っ」

下を覗き込むと、いつの間にか靴を脱いでいた圭人の片足が、俺の内腿のあたりをゆっくりとなぞっているのが見えた。

「ちょ……変なとこ、触んな」
「太ももは変なところじゃないよ」
「いや、そもそも、行儀悪いから……っ」

すりすりと、ゆっくり太ももを撫でる脚は、時折敏感な鼠蹊部に触れて、思わず体が跳ねてしまう。

「塁、貧乏ゆすりは行儀悪いよ」
「だ、れが……っ違うわ」
「あは、顔、真っ赤」

個室とはいえ、いつ店員が入ってくるかもわからないのに。
そのスリルと背徳感に、なぜか敏感に体が反応を示していく。
もうやめろ、と声をあげようとしたその時、明らかに狙った場所に圭人の脚が触れた。

「~~ッ!」

漏れそうになる声を必死に両手で押さえ、俺は即座に立ち上がった。
圭人の足が俺の下腹部を軽く擦っただけで、半分勃った。
ふざけんな、こんなとこで完勃ちしたらどーしてくれる。

「外ではやめろ、バカっ」
「……じゃあ、そろそろ帰ろっか」

慌てた俺の反応をみた圭人は、したり顔でにぃ、と笑う。
思惑通りに事が進み、喜んでいるかのようにも見えた。

「家だったら、いいんでしょ」
「き、昨日もしたじゃん……っ」
「塁さん、成人男性の性欲を舐めないでいただきたい」

圭人は残っていたお酒をぐいっと飲み干すと、同じく席から立ち上がった。
ジャケットを羽織り俺のそばまで歩み寄ると、突如、俺の後ろ首をぐっと引き寄せる。

ちゅ、と自然に落とされたキスからは、淡いアルコールと柑橘系の香りがした。

「俺も、楽しかった。ありがと」

目を細めて笑う圭人の姿に、思いがけず心臓がぎゅ、と苦しくなった。
違う、ドキドキしたんじゃない。アルコールのせいだ。


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