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7.親友たる所以
しおりを挟む「やっちゃった……ダメなやつだ、これ」
バイト先のバックヤードで頭を抱える夕方。
昨夜俺は親友と、セックスの一歩手前まで行ってしまったのだ。
そこからずっと、頭の中は焦りと不安でいっぱい。
そんな俺とは対照的に、圭人は事後も案外ケロっとしていつも通りに過ごしていた。
本当にあいつはどういうメンタルしてんだ。
気まずいとか、恥ずかしいとか、男同士なのにとか考えないのだろうか。
「はぁ、帰りづらい……」
一人になると、昨日のことを鮮明に思い出してしまい、ただただ羞恥心といたたまれなさで一人悶々としてしまう。
かといって寮に帰っても生活できないし、今日も今日とて意地でも俺を抱きたがる圭人の元へ戻らないといけない。
(つうか、いつまで俺の冗談引きずんだよマジで……)
あと4日、無事に処女を守り抜いて我が家へ凱旋するしか俺に残された道はない。
重たい腰を上げて、俺は裏口から店外へと出た。
すると、正面入り口からちょうど入店しようとしている若者の姿が目に入る。
「ん……?あれ、塁じゃん?」
二名の若い男性は、帰ろうとする俺を指差した。
知り合いか?と目を凝らすと、近づいてくる彼らが高校の同級生だと気がつく。
「あれ、久しぶり」
「やっぱ塁だ。何してんの」
「ここでバイト。今終わったんだよ」
「なんだよ、もう少し早く来れば塁に接客してもらえたじゃん」
約2年ぶりに会う旧友は、嬉しそうに俺の肩をバシバシと叩いた。
「あ、そういやまだ圭人と会ってんの?」
「ん。なんなら今から圭人ん家いくところ」
「相変わらず仲良いよな~、お前ら」
「高校の時も二人ずっと一緒だったもんな」と懐かしそうに二人は語る。
思い返すと、確かにそう。転校でこの街に来てから、俺はずっと圭人とつるんでいた。
飽きもせず毎日一緒にいて、卒業して別の道を歩んでいる今でもその関係は変わらない。
……いや、変わらないはずだった。2日前、圭人の誕生日を迎えるまでは。
「で、どうなん。相変わらずあいつの周り女いっぱいいんの」
「どーかな……でも、こないだ会社の美女三人連れてランチはしてたけど」
「あーね。いーよなイケメンは、顔で得しまくりだもんなぁ」
二人はため息交じりに諦めたような笑みを浮かべた。
確かに圭人は昔も今も変わらずモテる。だからといって、顔がいいからってだけではないとは思うんだけどな。
あいつは明るい性格ではないけど、なんだかんだ優しいしいいヤツだから。
「塁は、今彼女いないん」
「しばらくいないな」
「まじかよ。圭人と一緒にいればいくらでも上玉紹介してもらえんじゃん」
「いや、紹介とかは特に……」
「ばか、塁は結局一回も圭人主催の合コンきてねーじゃん」
「あ、確かに」ともう一人は思い出したように頷く。
そういえば、圭人はよく周りに泣きつかれてそんな催しをしていたっけな。
「おかげで早めに童貞も卒業できたし、ほんと圭人様々だったよな」
「ほんとそれ」
二人は愉快そうに嗤うが、俺にはイマイチしっくり来ていなかった。
先ほどから圭人の外見の事ばかりしか話していないことに気がついて、無意識にモヤっとしてしまった。
俺の友達は、もっといいところたくさんあるのに。
「ただいまー」
「おかえり。いつもより遅かったっすね」
家に戻ると、すでに帰宅していた家主がリビングでテレビを見ていた。
「あー、ちょっと知り合いに会って立ち話してた」
「……男?」
「え?あ、うん。そうだけど……」
「へぇ……ふーん……」
やけに含みのある反応を示す親友を不思議に思いながらも、キッチンへ向かう。
冷蔵庫からお茶を取り出し口に含んでいると、テレビから懐かしい歌が流れてきた。
「あ、これ。流行ってた曲じゃん」
テレビでもラジオでも学校の放送でも、頻繁に流れていたヒット曲。
俺はこの切ない歌詞に、当時の自分の境遇を重ねていたことを思い出す。
「この、転校しても、手紙書くよ、忘れないよって歌詞のとこさ、覚えてる?」
テレビを見つめたまま、圭人はこくん、と頷く。
「実際は手紙なんてもらえないし普通に存在忘れられんだよなって言ったらさ、圭人本当に手紙書いてきてくれたよな、俺、あれめっちゃ感動したんだよな」
「俺の母さんの観察日記ね」
「そー!何書いてきてくれたんだろって中見たらさ、天然母ちゃんが砂糖と塩間違えて激マズのクッキー作ったとか、そんな内容ばっかでさぁ」
当時の大切で温かい思い出に浸り、自然と笑みが溢れる。
中身なんて正直なんでもよかった。
圭人が俺に、憧れだった初めてをくれたから。ただ、自分のためを思って行動してくれたことが、あの時は素直に嬉しかった。
だから俺は、特別な友達が、圭人がいるこの街に残りたいと、親に頭を下げたんだ。
「あ、そんでさ、あれにはびっくりしたわ」
「何」
「ほら、入ってただろ?ラブレター」
圭人がくれた俺宛の他愛もない手紙の中には、別の便箋が紛れ込んでいた。
ただ、「好き」とだけ書かれていた。おそらく、昔から変わらずモテまくっていた圭人が、誰かからもらったものが混ざってしまったのだろう、と。
「でも、結構どきっとした」
「へぇ」
「なんだよ、さっきから反応薄いじゃん」
青春時代を懐古する俺とは対照的に、圭人はなんだか浮かない様子だった。
少し心配に思い、圭人の座るソファまで歩み寄ると、眉をひそめ小さくため息を吐いた。
「いや、ただ……」
パシっ、と俺の手首を掴むと、引き寄せるでもなくただじいっと俺の目を覗き込む。
また、この表情だ。虚ろな目で、悲しんでいるような、何かを渇望しているような、そんな顔。
「なんにもわかってないから、塁」
「どういう、意味だよ」
ふっ、と鼻を鳴らすように息を吐くと、圭人は俺の腕を離した。
そしてまたソファにもたれかかると、いつものように心の内を上手く隠すような笑みで「なんでもない」と。
「なぁ、圭人。なんか、元気ないけど」
「心配してくれてるんすか」
「当たり前だろ」
圭人の様子がおかしいのは今に始まったことではないが、物憂げな親友の顔を見ていると、不思議と胸が締め付けられるように痛かった。
「塁からキスしてくれたら、元気でる」
「お前、こんな時に冗談……」
「冗談じゃない、本気」
「……!」
嘘をついている顔ではなかった。
俺は少し悩んでから、圭人の隣に腰掛ける。
同じ目線の高さで、恐る恐る顔を近づけた。
こんなの間違ってるって思うのに。逃げたいって頭では思ってるのに。
心臓の音が聞こえるんじゃないかっていうぐらいどくどくと鼓動して、無意識に息が上がる。
鼻先が触れる距離まで近づいて、目を閉じた。
「ん……」
ふに、と柔らかく熱い、昨日までも何度も感じた感触には嫌悪も不快も感じない。
ただ、緊張して身体の筋肉が震えるだけ。
そうして揺れる俺の身体を、圭人は優しく両手で包んだ。
「本当にしてくれた」
「いつも勝手にしてくるくせに……」
「塁からっていうのが、やばい嬉しいんです」
「……ずいぶん、単純だな」
耳元で、少しトーンが上がった声で囁く圭人。
本当にちょっと元気出てんじゃん。調子が狂う。
「夜ごはん食べますか」
「お、おう」
「その後、また練習しようね」
「っき、今日もすんのかよ……!」
男にキスしてらって喜ぶのも、素直に聞き入れる俺もお互い様だということは、良くわかった。
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