上 下
2 / 21

2.新手のお笑いかな

しおりを挟む
頭が、痛い。
身体が怠い。そして重い。

(確か、昨日、調子乗って慣れない酒いっぱい飲んで、それで……)

うう、と声を漏らし身体を捻ると、腕がコツ、と何かにぶつかった。
眠たい目を無理やり開けると、目の前には、昨日自分がしでかした失態を、無慈悲にも思い起こす象徴が居た。

「はよっす、塁」

いつもどおりのクールな表情、なのに、少しだけ嬉しそうに目を細め、こちらをじっと見つめる親友の姿だ。
すでに起きていたのであろう彼は、ワイシャツに身を包みベッドの縁で頬杖を付いていた。

「……どわっ!」

その顔を見た瞬間、昨日の記憶が断片的に蘇った。だがはっきりと、決定的でショッキングな瞬間を覚えている。
昨日、俺はこいつに襲われて、キスをされて。押し倒されて、それから……

「へ、へんたい……っ!」

身の危険を感じ飛び起きた俺は、ベットの端へと急いで逃げた。

「何がよ」
「お、おれ、俺の処女、奪っただろ……っ」
「塁が良いって言ったんだよ」
「じょっ、冗談に決まってるだろバカ!」

動揺することもなく淡々と述べる圭人は、その場で猫のようにゆったりと伸びをした。

「冗談でもなんでも、言ったことには責任を持たないと。俺より経験がお有りのお兄さん」
「ぅぐ……普通男同士で本当にやるって思わないだろ!」
「っは、本当ーに、覚えてないんだ」

いつもよりも一層低い声で、落胆しているかのような表情で頭を掻く圭人。

「どっかの誰かさんが寝ちゃうから、未遂っすよ未遂」
「え?マジ?」
「マジのマジ」

確かに、言われてみれば、別に身体はなんともないし、尻も痛くない。
なぜか本当に残念そうにうなだれる親友をよそに、俺は一人、心から安堵していた。

「なんだ、ビビらすなよ!じゃあなんもしてないじゃん」
「なんもしてなくはなくね?キスしたしパンツも脱がせたよ」
「な……っ」

慌てて布団をめくり、目に飛び込んだ光景に身体がこわばった。
本当に履いてねーじゃん、俺。

「な、な……っんで、裸なんだよ!」
「だって脱がないとできないっすよ」
「何を!?」
「セックス」
「な、生々しい単語を言うなぁ!」

「だって塁が聞いてきたから」と淡々と返す圭人は本気なのか、身体を張りまくったお笑いを提供しているのか。
読めん。わからん。何を考えてるんだこいつは。結構長いこと親友やらせてもらってますけど、今日ほど圭人がわからない日はない。

俺はベットの端に無造作に脱ぎ捨てられた自身のパンツを掴んで、布団で身体を隠しながらいそいそと履いた。

「ご飯、あるからそろそろ起きたら」
「はっ……?あ、おう……」

マイペースな俺の親友は、一人肩を丸め身体を隠す俺を置いて、すっと立ち上がりリビングへと消えていく。

え、やっぱノリってこと、なのか。圭人なりのギャグだよな。
よく考えれば一緒に銭湯とか行ったこともあるし、別に裸ごときで恥ずかしがる必要もないよな。

(圭人がマジな顔するから……こっちまで釣られたじゃん、もう)

火照る頬の熱にたじろぎながら、俺は急いで服を着た。






「あ、つーかさ、誕生日、おめでと……」

童貞がどうのこうのとわちゃわちゃしていたら、すっかり、忘れてしまっていた。
日付が変わって今日は、俺の親友の誕生日なんだよ。そもそも俺、「20歳になる瞬間ひとりじゃ寂しいから遊びに来て」って言われて泊まりに来たのに。本来の目的を見失っていた。

「あざっす」

圭人は俺と一瞬目を合わせてペコ、と会釈すると、また朝食のパンを口に運んだ。
マジで、昨日のべろべろちゅっちゅはなんだったのか、と叫びたくなるくらいにいつも通りのテンションだ。

「ねぇ、てかプレゼント何欲しいん」

誕生日を迎える一週間ほど前から、ずっと俺はこうして聞いているというのに。
圭人は前日になってもまだのらりくらりとその答えを躱し続けていた。
自分は、プレゼントにサプライズをしたくない派。
ちゃんと本人が欲しいものをあげたいし、一人暮らしのしがない大学生である俺はプレゼント選びを失敗すると財布にもダメージがでかい。

「え、まだ何かくれんの」
「は?俺まだ何もあげてないし」
「いや、だから……これからもらうでしょ」
「何をよ」
「塁のはじめて」
「ぶっ!」

俺は口に含んでいた目玉焼きを思わず喉に詰まらせそうになる。

「ま、まだ言ってんのかよ!」
「え?だって昨日最後までできなかったし」
「最後までって、お前……」

いつも通りなのかそうじゃないのかはっきりしろ!ボケがわかりづらい!と叫びたい。
俺は一体、どうリアクションとるのが正解なのか。

当惑する俺と、まるで何を考えているのかわからない圭人。
微妙な沈黙が流れる中、食事を終えた圭人はガタン、とテーブルから立ち上がった。

「はい、これ」

そしてなんの気なしに、自然と俺に差し出してきたのは、鍵だった。

「なにこれ」
「合鍵」
「っな、なんで俺に」
「俺いなくても、いつでも好きに入って」

そっけなくも見える淡々とした話口調で、キュッ、とネクタイを締めると、圭人はスーツのジャケットを羽織る。
同性の俺でも、こいつのスーツ姿は一瞬心拍が早まるくらいにはカッコいい。

「じゃあ、俺もう会社いきますわ」
「え、ちょ、」
「塁さんお見送りしてくんね」

展開についていけていない俺を置いて、圭人はスタスタと玄関へ向かう。
その場にポカンと座したままでいると、くるりと振り返った圭人が「遅刻するから、早く」と急かす。

仕方なく立ち上がり側へ歩み寄ると、突然、右腕を引っ張られた。

「ぅわ……っ」

態勢を崩し前のめりになった俺の身体をガチリとホールドすると、圭人は俺に口付けた。

「んン……ッ!」

柔らかく、熱いこの感じ。
やべー、やっぱ昨日のは酔っ払って見た夢じゃなかったんだ。

「……覚悟ができたら、いつでもうち来てよ」

圭人の瞳は、何かに期待するように、奥底で輝く。
放心する俺を一瞥し、喉をごくりと上下させると、軽い足取りで部屋を出て行ってしまった。

「……っマジで、なんなんだよ」

親友の初めて見せる表情に、なぜか熱を持ってしまった身体は、気がつけばその場で膝をついていた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王子様の愛が重たくて頭が痛い。

しろみ
BL
「家族が穏やかに暮らせて、平穏な日常が送れるのなら何でもいい」 前世の記憶が断片的に残ってる遼には“王子様”のような幼馴染がいる。花のような美少年である幼馴染は遼にとって悩みの種だった。幼馴染にべったりされ過ぎて恋人ができても長続きしないのだ。次こそは!と意気込んだ日のことだったーー 距離感がバグってる男の子たちのお話。

【報告】こちらサイコパスで狂った天使に犯され続けているので休暇申請を提出する!

しろみ
BL
西暦8031年、天使と人間が共存する世界。飛行指導官として働く男がいた。彼の見た目は普通だ。どちらかといえばブサ...いや、なんでもない。彼は不器用ながらも優しい男だ。そんな男は大輪の花が咲くような麗しい天使にえらく気に入られている。今日も今日とて、其の美しい天使に攫われた。なにやらお熱くやってるらしい。私は眉間に手を当てながら報告書を読んで[承認]の印を押した。 ※天使×人間。嫉妬深い天使に病まれたり求愛されたり、イチャイチャする話。

ラブホから出た直後一番会いたくない人物と出くわした俺の話

いぶぷろふぇ
BL
エリート美形攻め×ちょっぴり卑屈な平凡受け 【完結まで毎日更新】 速水慧は、一年も終わろうという大晦日に、最大のピンチを迎えていた。なんと、ラブホテルの目の前で、恋人である瀧崎亮二が待ち伏せしていたのだ。恋人がいるにも関わらず女の子とラブホテル、けれどもそんな状況になったのにはある理由があって……? すれ違い気味になっていたカップルが、ひょんなことから愛を確かめる話。 R18回には*をつけてあります。 この作品はTwitterに載せたものを大幅に加筆修正したものです。ムーンライトノベルズにも掲載しています。

上司と雨宿りしたら、蕩けるほど溺愛されました

藍沢真啓/庚あき
BL
恋人から仕事の残業があるとドタキャンをされた槻宮柚希は、帰宅途中、残業中である筈の恋人が、自分とは違う男性と一緒にラブホテルに入っていくのを目撃してしまう。 愛ではなかったものの好意があった恋人からの裏切りに、強がって別れのメッセージを送ったら、なぜか現れたのは会社の上司でもある嵯峨零一。 すったもんだの末、降り出した雨が勢いを増し、雨宿りの為に入ったのは、恋人が他の男とくぐったラブホテル!? 上司はノンケの筈だし、大丈夫…だよね? ヤンデレ執着心強い上司×失恋したばかりの部下 甘イチャラブコメです。 上司と雨宿りしたら恋人になりました、のBLバージョンとなりますが、キャラクターの名前、性格、展開等が違います。 そちらも楽しんでいただければ幸いでございます。 また、Fujossyさんのコンテストの参加作品です。

【R18】【BL】嫉妬で狂っていく魔法使いヤンデレの話

ペーパーナイフ
BL
魔法使いのノエルには欲しい物が何もなかった。美しい容姿、金、権力、地位、魔力すべてが生まれ持って与えられていたからだ。 ある日友達に誘われてオーティファクトという美男美女が酒を振る舞う酒場へ足を運ぶ。その店で出会った異世界人の青年ヒビキに恋をした。 彼は不吉なこの黒い髪も、赤い瞳でさえも美しいと言ってくれた。ヒビキと出会って初めて、生きていて楽しいと思えた。俺はもう彼なしでは生きていけない。 素直で明るい彼にノエルはどんどんハマっていく。そしていつの間にか愛情は独占欲に変わっていった。 ヒビキが別の男と付き合うことを知りノエルは禁断の黒魔術を使ってしまうが…。 だんだん狂っていくヤンデレ攻め視点の話です。2万文字程度の短編(全12話ぐらい) 注意⚠ 最後に性描写あり(妊娠リバなし本番) メリバです

嘘をついて離れようとしたら逆に離れられなくなった話

よしゆき
BL
何でもかんでも世話を焼いてくる幼馴染みから離れようとして好きだと嘘をついたら「俺も好きだった」と言われて恋人になってしまい離れられなくなってしまった話。 爽やか好青年に見せかけたドロドロ執着系攻め×チョロ受け

【完結】イケメン騎士が僕に救いを求めてきたので呪いをかけてあげました

及川奈津生
BL
気づいたら十四世紀のフランスに居た。百年戦争の真っ只中、どうやら僕は密偵と疑われているらしい。そんなわけない!と誤解をとこうと思ったら、僕を尋問する騎士が現代にいるはずの恋人にそっくりだった。全3話。 ※pome村さんがXで投稿された「#イラストを投げたら文字書きさんが引用rtでssを勝手に添えてくれる」向けに書いたものです。元イラストを表紙に設定しています。投稿元はこちら→https://x.com/pomemura_/status/1792159557269303476?t=pgeU3dApwW0DEeHzsGiHRg&s=19

深窓オメガのお見合い結婚

椎名サクラ
BL
深窓の令息を地でいくオメガの碧(あおい)は見合い相手のアルファの一輝(かずき)に一目惚れをした。断られると思っていたのになぜか正式に交際の申し込みをされ戸惑いながらデートを重ねていく。紆余曲折のあるお付き合いをしながら結婚した二人だが、碧があまりにも性的なことに無知すぎて、一輝を翻弄していきながら心も身体も結ばれていく話。 かつて遊び人だったアルファと純粋培養無自覚小悪魔オメガのお見合い→新婚話となっております。 ※Rシーンには☆がついています ※オメガバース設定ですが色々と作者都合で改ざんされております。 ※ラブラブ甘々予定です。 ※ムーンライトノベルズと同時掲載となっております。

処理中です...