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1.全てのはじまり
しおりを挟む「あー……俺、童貞のまま20歳になりたくないでーす」
明日、誕生日を迎える親友の圭人が、突然ボソリと呟いた。
「うっそ、お前童貞?彼女いたこと何度もあるじゃん」
一足先に20歳になっていた俺は、まだ未成年の親友を横目にプシュ、と3本目のビール缶を開ける。
「うん、そー。童貞なのよ、俺ってば」
「じゃあ俺が一歩リードしとんの?やりぃ」
圭人とは高校生の頃からの付き合いだ。
俺が大学に進学し、圭人が高卒で社会人になった後も、交友関係は続いている。
いわゆる親友ってやつ。
そんな親友の俺でも、この優男イケメンが未だ操を守り続けていたことは知らなかった。
お互いに彼女ができても、関係はいつも通り。互いの恋人の話など、特にすることもなかったし。
「……なんだ、塁さんは経験済みですか」
「そーだよ、顔の良さでは負けてるけど経験は負けてねーわ」
「ハァ、しんど……」
とはいえ俺も今は絶賛フリーの寂しい独り身だけど。
高校の頃から見た目の良さでは群を抜いていた親友の唯一の弱みを握れたようで、俺はなんだかちょっぴり優越感に浸っていた。
さらにお酒で少し気が大きくなっていたのだろうか。
俺はこの後、全力で後悔する事象の引き金を、自分で引いてしまうのだった。
「しょ~がないな~~じゃあ、そんな圭人に誕生日プレゼント」
「……何」
「俺で童貞捨ててもいーよ」
完全に、おふざけだった。
てっきり、即、「そんなんいるか」とツッコミとグーパンチが飛んでくるもんだと思ってた。
俺はまるで自分の家のように、親友の一人暮らしのワンルームで、仰け反るようにして笑った。
けれども、長年の親友から帰ってきた言葉は、全く想像とは違うものだったのだ。
「……それ、ガチ?」
「はっ?」
「俺、本気にするけど」
圭人は見たこともない真剣な表情をして、俺に詰め寄る。
心なしか頬が赤くて、息づかいも荒い。
熱い吐息が顔にかかるような距離で、親友は俺の肩を強く掴んだ。
あれ、圭人ってこんな悪ノリするほうだったっけ?
「な、なにマジな顔してんだよ……あ、あ~、圭人さんてばそんなに欲求不満なんですかぁ~?」
俺は笑いながら、珍しくふざける親友を茶化した。
圭人はアルコール飲んでないはずだけど、もしかして空気に酔った、的な?
(てか、俺も慣れない酒なんか飲んだから、ちょっと頭ぼーっとすんだよな)
「うん、欲求不満」
いい加減このノリをやめて欲しい。いくら酔っているとはいえ、この至近距離は恥ずかしい。
それに、圭人と下ネタなんて話したことほぼ無いから、自分で振っておいて何だけど正直耐性がなかった。
「け、圭人のえっち~、じゃ、今からAVでも借りに行っちゃう?特別に俺が出してあげ……」
「いい。いらない」
とにかく話の流れを変えようと試みたが、途中で遮られる始末。
これ、あんまり笑えないって。マジでどういうお笑い路線なんだよ。
「塁がいればそれでいい」
「え……?」
直後、俺の視界は綺麗な親友の顔で埋め尽くされて。
考える間も無く、唇に柔く熱い感覚が訪れた。
「……っ!」
キス、されているのだと。
かれこれ5年の付き合いになる親友に。
そう気がついた時には、もう、俺の背中はソファの上にあった。
(なんだこれ、今、押し倒されてる?圭人に?)
「っん……ちょ、何……ッ?」
上に乗る圭人の胸を軽く押しのけると、唇が離れた。
だけど、俺の肩はしっかりと掴まれたままで、身動きが取れない。
相変わらず同じ男でも惚れ惚れするような爽やかな甘いマスクの下では、ギラギラと欲望が渦巻いているように見えて。
見慣れた顔なのに、少し、恐怖を感じた。
「っさ、さすがに悪ノリが過ぎる……」
「だから、マジだってば」
圭人はおもむろに、俺の飲みかけのビールを口に含むと、そのまま俺に再度口付けた。
「~~ッ!…ん、んンぅ……っ」
こぽこぽ、と咥内に苦くて生ぬるいビールが注がれていく。
口を塞がれていて、それを飲み込むしかなかった。
絡まる親友の熱い舌、体内に足されていくアルコール。
ただでさえぱやぱやとしている意識が、さらにその輪郭をなくしていくのがわかった。
「プレゼント、ありがと。遠慮なくもらうね」
少しだけ嬉しそうに口角を上げ、舌なめずりをする姿に、全身がぞくりと震えた。
こいつ、マジで言ってんだ。
そう、理解するのには十分だった。
しかし既に、酔いがだんだんと回ってきていた俺には、正直どうでもよくなってきていたのも事実。
(まぁ……圭人だからいっか)
触られたところもあつくてきもちーし。
キスして舌入ってきてもなんか嫌じゃなかった。
男同士とかよくわかんないけど。じゃれ合いみたいなもんだよな、きっと。
俺は両腕を力なく放り投げて、抵抗をやめた。
そこから先は、あまりよく覚えていない。
だが、再度キスを落とされた直後に、時計の針が12時を超えた音だけが、耳に残っていた。
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