11 / 13
番ができるということ
しおりを挟む
(※倫理的に問題のある表現があります)
「……お疲れ様」
見るからに身も心も疲れ切った達樹を、安積は苦笑いで迎えた。
「オメガの検査ってキツいんですね」
まさか指を突っ込まれるとは思わなかったと思い出して、達樹はがっくりと項垂れた。まだ少し身体に違和感がある。
「僕も最初は泣きたいくらい嫌だったから気持ちはわかるけど、自分の身体のことを知っておくのはとても大事なことだからね」
さらりと告げて、レントゲンや腹部エコーの写真など、さまざまな検査結果を順番に見せてくれる。
「結論から言うと、達樹くんは男性としてもオメガとしてもとても健康体で、順調に発育してる。精巣も卵巣も子宮も問題なし。ホルモンバランスも良好。あと1、2年のうちにはヒートを経験することになりそうだね」
ヒート、という言葉に両親は息を呑み、達樹はごくりと唾を飲み込んだ。
「あの、ヒートを抑えることができるって聞いたんですけど……」
おずおずと切り出した達樹に、安積はあっさりと頷いた。
「あまり勧めないけど、どうしてもという子には処方してるよ」
「勧めないというのはなぜですか?」
「女性の生理をすべて止めるのが身体によくないのはわかるよね? 同じことだよ」
安積は柔和な表情のまま、ひとつひとつ説明した。
「ヒートを止める方法はいくつかある。
まずは、いわゆるオメガ用のピルを服用すること。排卵の影響でヒートが起こることはわかっているから、その排卵を抑えることでヒートを止める。そうすることで避妊にもなる。
次に、ホルモン剤で抑える方法。服薬と注射での投与がある。
これは、ホルモンバランスを崩して体調に影響が出る人が多いし、確実性は今ひとつと言っていいと思う。体調を崩すだけになる子も多いね。
それから、あまりお勧めしない方法をひとつ。
ヒートの時を狙って、体内にアルファの精子を注入すること。
これは、聞いてわかる通り、いろいろな意味でリスクが高いうえ、倫理的な面でも問題があると言われてる。
──最後に、どうしてもオメガという性を受け入れられない人のための最終手段として、卵巣と子宮を手術で摘出してしまう人もいる。
ただこれは本当に最終手段だし、身体のダメージも他の方法の比ではないと思ってもらった方がいい。
一生涯何かしらの不調を抱える覚悟が必要になるし、オメガでなくなる以上、医療費の補助もなくなる。
少なくとも、現状の制度内に救済措置はないね」
精子を注入あたりですでにいっぱいいっぱいだった達樹は、最後の手段で手足の震えが止まらなくなっていた。
3ヶ月に1度、長ければ1週間も続くヒートを抑える方法が現状でそれだけとは心許ない。
一部でオメガ判定を受けると人生詰むとまで言われているのも頷けた。
これでは、今まで頑張ってきたことなど、なんの役にも立たない。
完全に俯いてしまった達樹を、両親がおろおろして見ているのがわかる。
安積は静かにただ達樹を待っていた。
「……先生、は」
「うん?」
「先生は、どうでしたか? なにを選択しようと思いましたか?」
訊くと、安積は柔らかく笑った。
「僕の場合は、オメガとわかったときにはもうここに子供がいたからね」
そっと腹部を押さえる安積に、ひゅっと自分の息が詰まる音がした。
「排卵剤は、本来不妊治療のための薬なんだけどね、オメガは排卵=ヒートだから。故意に盛られて閉じ込められたら太刀打ちできない」
壮絶な話なのに、安積の声はあくまでも穏やかだった。
どうしてこんな風にいられるのかと、心底不思議に思うほどに。
「せ、先生、は」
声が震えて、短い言葉を伝えるのがやっとだった。
「……うん?」
「今、幸せ、ですか?」
「もちろん」
言い切られて、思わず顔を上げた。
穏やかに微笑む表情に嘘は見られない。
「それでも相手を愛してなきゃ、僕は今ごろ生きてないよ」
それは、そのときの相手が安積の番だという告白でもあった。
後に諒介から聞いた話だが、安積はかつて名門大学のラグビー部に所属していて、持ち前のスピードで将来を嘱望された選手だったらしい。当時の夢は、指導者として一生ラグビーに関わっていくことだったという。
それでも、自分を陥れた番と在る現在を幸せと言い切れるのは、愛情なのか、狂気なのか。
オメガでいる限り、自分にもそんな相手がいつか現れるのだろうか。
言いようのない畏れを、達樹は感じていた。
「……お疲れ様」
見るからに身も心も疲れ切った達樹を、安積は苦笑いで迎えた。
「オメガの検査ってキツいんですね」
まさか指を突っ込まれるとは思わなかったと思い出して、達樹はがっくりと項垂れた。まだ少し身体に違和感がある。
「僕も最初は泣きたいくらい嫌だったから気持ちはわかるけど、自分の身体のことを知っておくのはとても大事なことだからね」
さらりと告げて、レントゲンや腹部エコーの写真など、さまざまな検査結果を順番に見せてくれる。
「結論から言うと、達樹くんは男性としてもオメガとしてもとても健康体で、順調に発育してる。精巣も卵巣も子宮も問題なし。ホルモンバランスも良好。あと1、2年のうちにはヒートを経験することになりそうだね」
ヒート、という言葉に両親は息を呑み、達樹はごくりと唾を飲み込んだ。
「あの、ヒートを抑えることができるって聞いたんですけど……」
おずおずと切り出した達樹に、安積はあっさりと頷いた。
「あまり勧めないけど、どうしてもという子には処方してるよ」
「勧めないというのはなぜですか?」
「女性の生理をすべて止めるのが身体によくないのはわかるよね? 同じことだよ」
安積は柔和な表情のまま、ひとつひとつ説明した。
「ヒートを止める方法はいくつかある。
まずは、いわゆるオメガ用のピルを服用すること。排卵の影響でヒートが起こることはわかっているから、その排卵を抑えることでヒートを止める。そうすることで避妊にもなる。
次に、ホルモン剤で抑える方法。服薬と注射での投与がある。
これは、ホルモンバランスを崩して体調に影響が出る人が多いし、確実性は今ひとつと言っていいと思う。体調を崩すだけになる子も多いね。
それから、あまりお勧めしない方法をひとつ。
ヒートの時を狙って、体内にアルファの精子を注入すること。
これは、聞いてわかる通り、いろいろな意味でリスクが高いうえ、倫理的な面でも問題があると言われてる。
──最後に、どうしてもオメガという性を受け入れられない人のための最終手段として、卵巣と子宮を手術で摘出してしまう人もいる。
ただこれは本当に最終手段だし、身体のダメージも他の方法の比ではないと思ってもらった方がいい。
一生涯何かしらの不調を抱える覚悟が必要になるし、オメガでなくなる以上、医療費の補助もなくなる。
少なくとも、現状の制度内に救済措置はないね」
精子を注入あたりですでにいっぱいいっぱいだった達樹は、最後の手段で手足の震えが止まらなくなっていた。
3ヶ月に1度、長ければ1週間も続くヒートを抑える方法が現状でそれだけとは心許ない。
一部でオメガ判定を受けると人生詰むとまで言われているのも頷けた。
これでは、今まで頑張ってきたことなど、なんの役にも立たない。
完全に俯いてしまった達樹を、両親がおろおろして見ているのがわかる。
安積は静かにただ達樹を待っていた。
「……先生、は」
「うん?」
「先生は、どうでしたか? なにを選択しようと思いましたか?」
訊くと、安積は柔らかく笑った。
「僕の場合は、オメガとわかったときにはもうここに子供がいたからね」
そっと腹部を押さえる安積に、ひゅっと自分の息が詰まる音がした。
「排卵剤は、本来不妊治療のための薬なんだけどね、オメガは排卵=ヒートだから。故意に盛られて閉じ込められたら太刀打ちできない」
壮絶な話なのに、安積の声はあくまでも穏やかだった。
どうしてこんな風にいられるのかと、心底不思議に思うほどに。
「せ、先生、は」
声が震えて、短い言葉を伝えるのがやっとだった。
「……うん?」
「今、幸せ、ですか?」
「もちろん」
言い切られて、思わず顔を上げた。
穏やかに微笑む表情に嘘は見られない。
「それでも相手を愛してなきゃ、僕は今ごろ生きてないよ」
それは、そのときの相手が安積の番だという告白でもあった。
後に諒介から聞いた話だが、安積はかつて名門大学のラグビー部に所属していて、持ち前のスピードで将来を嘱望された選手だったらしい。当時の夢は、指導者として一生ラグビーに関わっていくことだったという。
それでも、自分を陥れた番と在る現在を幸せと言い切れるのは、愛情なのか、狂気なのか。
オメガでいる限り、自分にもそんな相手がいつか現れるのだろうか。
言いようのない畏れを、達樹は感じていた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
14
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる