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そこにナニがあるのか

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「とりあえず移動しよう」

 昼休み、3人揃ったところで達樹は提案した。
 人の口に戸は立てられないからそのうち話は広まるだろうが、他人に聞かれて気持ちのいい内容ではない。

「どこに?」

 当然の光の疑問に答えたのは諒介だった。

「レジャーシート持ってきた」
「え」

 どこに行きどこに敷くと言うのか。達樹は即座に却下した。

「校内でそれを敷いていいのは体育大会のときだけだろ」
「校則にはなかった」
「そこまで確認したのか……。でも、先生に生徒指導室借りたから」
「それをするおまえも大概だな」
「…………」

 結局は達樹の案が通ったが、いざ生徒指導室に移動しようとしたとき光が小さな声で「こわいよー……」とつぶやいたのが聞こえた。
 無理強いをしたいわけではない。達樹は安心させるように光に笑いかけた。

「大丈夫、こいつ表情が顔に出にくいけど、怒ってないし噛みつかないから」
「怖いのは鬼の松山から指導室借りたおまえだろ」

 反論されたが、納得は致しかねる。

「俺は人畜無害で通ってんだよ」
「どこが」
「……ツートップが、こわい」

 今度ははっきりと言われた。

 両方というのは心外だ。
 それに、本人たちの前で口に出せる光も光だと達樹は思った。

 なお、遠巻きに見る生徒たちからは「類が友を呼び込む瞬間を見た」という不思議な表現が生まれたという。








 生徒指導室に着くと、諒介は持ってきていた保冷エコバッグから次々と弁当を取り出しはじめた。

「おにぎりは、梅・シャケ・ツナ。海苔はこっち。適当に巻いてくれ。玉子焼きは好みがあるから分けてみた。これが甘いの、真ん中のネギ入ったのが出汁巻き、ピンクが見えるやつはスパム巻いてあるしょっぱいの」
「すげー……」

 光の呆然とした声が空気に溶けていく。
 その種類と量に達樹は舌を巻いた。

「おまえ、どんだけ時間かけたの」
「常備菜や冷凍してあるやつも使ってるから、そんなに」

 常備菜とは。
 ますます唖然とした達樹をよそに、バッグからはサラダやデザートの果物まで出てきた。
 実は諒介が久しぶりの達樹との交流に緊張して眠れなかったのだと達樹自身が知ることはない。

「女子力たけー」

 光はひたすらに感心していた。






「先に食おうか。飯がまずくなるような話しなきゃだし」

 消化にいい話でもないだろうが味がわからなくなるよりはましだと思ったのだが、光は勘違いをしたようだ。

「え、ウ●コの話?」
「なんのためにこの面子でウ●コの話をするのか……」

 どうしてわざわざ飯をまずくしようとするのだ。
 達樹は頭を抱えたくなった。
 ついに『立てば芍薬 座れば牡丹 口を開けばただの中2』という謎のキャッチフレーズを持つ光の本領発揮である。
 ちなみに、このキャッチフレーズを考えたのは光のクラスの級長らしい。

「さっきから思ってたけど、佐々岡、女子力を勘違いしてないか?」
「なんでウ●コの話に女子力が絡むんだよ」

 諒介は首を傾げて意味不明なことを言った。
 同じく意味がわからなかったらしい光が困った顔になったので、達樹は掘り下げたくもないのに掘り下げた。

「女性は●秘の話が好きだろ」
「好きでしてるかは議論が分かれるとこだろ」

 それは女きょうだいがいるが故の経験則なのか。達樹はがっくりとうなだれた。

「……ふたりとも、天然?」

 小学生のころよく言われた台詞が降ってきて、はっとなる。
 このままでは伝説(?)の『谷丘小天然凸凹コンビ』再来である。

「──さあ食おう‼ 早く食おう‼ いただきます‼」

 時間は限られている。両手を合わせて宣言すると、残りのふたりも神妙に「いただきます」と続いた。

「成瀬せんせー、おいしーです」

 食べている間中、光は達樹を教師扱いしてきた。

「なんで急に先生。あと感想は諒介に。このスパム巻きうまいな」

 好みの味に反応すると、諒介がうなずく。

「だろ。おまえは好きだと思ってた」

 そんな達樹と諒介をしげしげと交互に眺めて、光が爆弾を落としてきた。

「……もしかして、アイとかある?」
「っ」

 思わず達樹はむせた。
 生徒指導室にしばしの沈黙が落ちる。

「…………」
「…………」
「…………」

 その間、達樹は死んだ魚のような目になっているのを自覚しながら「アイ」という単語を強調した流行のCMソングを反芻していた。

「どこに」
「性欲を伴う愛は、ない」

 口にしたのは同時だった。
 それぞれ個性的な回答に光は二の句が継げなかったようだ。沈黙が落ちる。
 微妙な空気のそれは、食べ終わるまで続いた。
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