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閑話・季節はすれの……

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(※近親相姦を匂わせる描写があります)







 携帯電話を開くと、『カレーでいい?』というメッセージが入っていた。
 それを見た行哉は「あ、なんかあったな」と直感した。
 ほんの30分前には『今から帰る。今日なに食べたい?』と送ってきていたのだ。

『了解』と返し、バイトの帰りにサラダや惣菜を買い込んだ。

 定期的に大量に作られ、冷凍されるカレーやシチュー。
 それらが消費されるとき、行哉の自宅マンションではあるイベントが起こる。

「ただいま」

 玄関のドアをくぐると、ドアが全開になった寝室から「おかえり」と声がした。
 行哉の帰宅がわかるようにあえてドアを開けているのがなんとも可愛らしい。
 行哉にちゃんと聞こえるように、少し声を張っているのも。

 苦笑いして、行哉は様子をうかがうために寝室を覗き込んで……。

 ──凍り付いた。

 ベッドの上に盛られた季節を問わない大量の衣服。おそらく、下着まであるだろう。

「うわあ……」

 思わず、声が出た。

「こりゃまた、新記録だな」

 片付けが大変そうだと思いながら近づくと、中から「ごめん」と声がした。

 宥めるようにぽんぽんと上から服の山を叩いて、気にしていないと意思表示する。





 巣作り、と言うらしい。

 オメガによってそれをする理由には差があるようだが、行動は基本的に同じで、番の匂いのするものを集めて中に籠もるのだ。

 そういえば昔から、なにかあると行哉の布団を頭まですっぽりと被って寝ていたと振り返る。





 行哉は上着を脱いで、山の中心に突っ込んだ。

「……ありがと、兄ちゃん」

 中から聞こえた声がすこし潤んでいるのに気づいて、言いようのない感情が駆け巡る。

 かわいいとか愛しいとか、それだけじゃない。

 誰によってその心を動かされたのだという、理不尽な嫉妬がそこには混じっている。
 他の誰かをその視界に入れるくらいなら、いっそ閉じ込めてしまおうかと。
 この狂った激情をまだ幼い番に受け止められて、行哉は生きている。

「……カレーあっためてくるから、まだいいぞ」
「うん」
「温玉もあるぞ」
「贅沢だね」
「おう」

 行哉は時間を確認し、それから壁に貼ってある自分のものではない時間割を確認した。

(明日、体育があるのか)

 さすがに無理はさせられないと苦笑いして、行哉はキッチンに立った。




 とりあえず今日のところは思い切り甘やかしてでろでろに溶かしてやろうと思う。
 嫌なことも、不安なことも全部この腕の中で忘れてしまえばいい。

 そんなことを考える行哉は、翌日の携帯電話に『シチューでいい?』というメッセージが入ることをまだ知らない。
 そして、新記録とも言えるあの巣が翌日の夕方には大復活を遂げていることも。



 柚木行哉、19歳の冬。
 季節はずれの営巣に振り回される日々はつづく。
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