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校舎裏
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(※やや胸糞表現あり)
教室からは、時折下品な笑い声が響いてくる。
「オメガってアレだろ? セックスすげーイイんだろ?」
嘲笑うような物言いに、鳥肌が立つほどの嫌悪感を感じた。
身体がぶるぶると震え、汗をかくような季節でもないのに冷たい汗が滲んでくる。
「えー、もともと男って女よりいいとか言わねえ?」
「じゃあ、あいつらのケツめちゃめちゃイイってことか」
「やめれ。キモい」
同級生たちから発せられる言葉が次々と棘になって心臓に突き刺さった。
この場から逃げたいと思うのに、足が動かない。
「いや、でも、結構美味しくね? 成瀬や柚木を言うこと聞かせられるんだろ」
「げっ」
「おまえホモかよ。気持ち悪っ」
「そうじゃなくて、番になったらアルファはオメガを奴隷にできるんだろ? 佐々岡は顔だけだけど、成瀬や柚木が無条件で言うこと聞くんなら、結構使えそーだよな」
「でもやっぱキモい」
(奴隷)
達樹の知識では、番は終生の伴侶だ。決して奴隷などではない。
だけど、それが世間のイメージなのだろうか。
身体の震えが酷くなり、吐き気がこみ上げてきた。
ようやく自分が貧血を起こしかけていることに気づいたとき、震える指に暖かいなにかが触れた。
それは、諒介の手だった。いつの間に近くに来ていたのか、冷たくなった指を暖めるように、宥めるように握ってくる。
「行くぞ」
正面から目を合わせられて、教室の中に聞こえないように小声で囁かれて、つい問い返した。
「行くって、どこに?」
「いつまでもここにいてもしょうがないだろ。人のいないとこ、行くぞ」
具体案はないらしいが、ぎゅっと握られたその手が暖かくて。
すがりつきたくなるのをぐっと堪えて諒介に手を引かれるまま歩いた。
どこに行くこともできず、達樹と諒介はけっきょく人気のない校舎裏に移動していた。
「財布とか、貴重品は?」
訊かれて、達樹はおずおずと答えた。
「持ってる」
「じゃあ大丈夫か。今日はカバン諦めて寮に戻れよ」
「でも、課題……」
言いかけたが、あの中に戻る勇気はないし、達樹と同じくオメガであるらしい諒介に頼むのは論外だ。
それでも、今でも信じられない。
あんなことを言われても平然としている諒介が、オメガだなんて。
「予習も、明日の朝、手伝ってやっから」
宥めるように言う諒介を見ていると、まるでさっきの同級生たちの会話が夢のようだった。
震えの止まらない達樹の背を摩りながら、すこし困ったように眉間に皺を寄せている。
(あ……)
以前の諒介が傷ついたのを堪えるときに見せる表情だと思ったが、それはすぐに無表情に取って代わられた。
「……クソだな、あいつら」
「……」
怒っているというよりは、突き放したような言い方だった。諦めているようにも聞こえる。
返す言葉が浮かばなくて、ふたりしてしばらく黙っていたが、達樹が落ち着いてくると諒介は携帯電話を立ち上げて時間を確認した。
「……成瀬、相談員と連絡取れる? 電話して相談しねーと」
当たり前のように「相談員」と言われて、戸惑った。
「あ、まだ、病院行ってなくて……」
6月生まれの諒介はすでに医者にかかって、相談員とも接触しているのだろう。
生まれ月の問題でなく、諒介は、達樹よりずっと大人だ。
それが恥ずかしくてうつむくと、諒介が意外なことを言った。
「……じゃあ、オレと同じとこ、行く?」
思わず顔を上げると、いつも通り、感情を読めない瞳とぶつかる。
「オメガの先生に診てもらえるとこなんだけど」
めったにないΩ科を標榜する完全予約制の診療所だと聞いて、達樹は一も二もなく飛びついた。
「頼む」
だが、そこで気がついた。
「……あ、佐々岡、は……」
オメガ性を暴露されたのは自分たちだけではない。
2つ隣のクラスの佐々岡光もだった。
達樹とも諒介とも接点がなく、当然ながらどんな医師にかかっているかや相談員と連絡を取り合っているかも知らないが、放ってはおけない。
「あいつにも声かけるか」
諒介は頷いて同意した。
そして、わずかではあるが、口角を上げる。
「変わってないな」
達樹も遠くから見て、諒介は変わっていないと思っていた。今までは。
中学で再会した諒介は、再会した瞬間こそ違和感を感じさせたが、それ以降は記憶の中の彼のままで、ずっと変わらなかった。しいて言えばほんの少し背が伸びたくらいだ。
小学生の頃は大人っぽいと評された面差しが今ではやや童顔寄りに見えるくらい、変わっていない。
なのに、ふとこぼれた笑みは信じられないほど大人びていた。
急に胸がざわついて、達樹はなにも言えなくなっていた。
教室からは、時折下品な笑い声が響いてくる。
「オメガってアレだろ? セックスすげーイイんだろ?」
嘲笑うような物言いに、鳥肌が立つほどの嫌悪感を感じた。
身体がぶるぶると震え、汗をかくような季節でもないのに冷たい汗が滲んでくる。
「えー、もともと男って女よりいいとか言わねえ?」
「じゃあ、あいつらのケツめちゃめちゃイイってことか」
「やめれ。キモい」
同級生たちから発せられる言葉が次々と棘になって心臓に突き刺さった。
この場から逃げたいと思うのに、足が動かない。
「いや、でも、結構美味しくね? 成瀬や柚木を言うこと聞かせられるんだろ」
「げっ」
「おまえホモかよ。気持ち悪っ」
「そうじゃなくて、番になったらアルファはオメガを奴隷にできるんだろ? 佐々岡は顔だけだけど、成瀬や柚木が無条件で言うこと聞くんなら、結構使えそーだよな」
「でもやっぱキモい」
(奴隷)
達樹の知識では、番は終生の伴侶だ。決して奴隷などではない。
だけど、それが世間のイメージなのだろうか。
身体の震えが酷くなり、吐き気がこみ上げてきた。
ようやく自分が貧血を起こしかけていることに気づいたとき、震える指に暖かいなにかが触れた。
それは、諒介の手だった。いつの間に近くに来ていたのか、冷たくなった指を暖めるように、宥めるように握ってくる。
「行くぞ」
正面から目を合わせられて、教室の中に聞こえないように小声で囁かれて、つい問い返した。
「行くって、どこに?」
「いつまでもここにいてもしょうがないだろ。人のいないとこ、行くぞ」
具体案はないらしいが、ぎゅっと握られたその手が暖かくて。
すがりつきたくなるのをぐっと堪えて諒介に手を引かれるまま歩いた。
どこに行くこともできず、達樹と諒介はけっきょく人気のない校舎裏に移動していた。
「財布とか、貴重品は?」
訊かれて、達樹はおずおずと答えた。
「持ってる」
「じゃあ大丈夫か。今日はカバン諦めて寮に戻れよ」
「でも、課題……」
言いかけたが、あの中に戻る勇気はないし、達樹と同じくオメガであるらしい諒介に頼むのは論外だ。
それでも、今でも信じられない。
あんなことを言われても平然としている諒介が、オメガだなんて。
「予習も、明日の朝、手伝ってやっから」
宥めるように言う諒介を見ていると、まるでさっきの同級生たちの会話が夢のようだった。
震えの止まらない達樹の背を摩りながら、すこし困ったように眉間に皺を寄せている。
(あ……)
以前の諒介が傷ついたのを堪えるときに見せる表情だと思ったが、それはすぐに無表情に取って代わられた。
「……クソだな、あいつら」
「……」
怒っているというよりは、突き放したような言い方だった。諦めているようにも聞こえる。
返す言葉が浮かばなくて、ふたりしてしばらく黙っていたが、達樹が落ち着いてくると諒介は携帯電話を立ち上げて時間を確認した。
「……成瀬、相談員と連絡取れる? 電話して相談しねーと」
当たり前のように「相談員」と言われて、戸惑った。
「あ、まだ、病院行ってなくて……」
6月生まれの諒介はすでに医者にかかって、相談員とも接触しているのだろう。
生まれ月の問題でなく、諒介は、達樹よりずっと大人だ。
それが恥ずかしくてうつむくと、諒介が意外なことを言った。
「……じゃあ、オレと同じとこ、行く?」
思わず顔を上げると、いつも通り、感情を読めない瞳とぶつかる。
「オメガの先生に診てもらえるとこなんだけど」
めったにないΩ科を標榜する完全予約制の診療所だと聞いて、達樹は一も二もなく飛びついた。
「頼む」
だが、そこで気がついた。
「……あ、佐々岡、は……」
オメガ性を暴露されたのは自分たちだけではない。
2つ隣のクラスの佐々岡光もだった。
達樹とも諒介とも接点がなく、当然ながらどんな医師にかかっているかや相談員と連絡を取り合っているかも知らないが、放ってはおけない。
「あいつにも声かけるか」
諒介は頷いて同意した。
そして、わずかではあるが、口角を上げる。
「変わってないな」
達樹も遠くから見て、諒介は変わっていないと思っていた。今までは。
中学で再会した諒介は、再会した瞬間こそ違和感を感じさせたが、それ以降は記憶の中の彼のままで、ずっと変わらなかった。しいて言えばほんの少し背が伸びたくらいだ。
小学生の頃は大人っぽいと評された面差しが今ではやや童顔寄りに見えるくらい、変わっていない。
なのに、ふとこぼれた笑みは信じられないほど大人びていた。
急に胸がざわついて、達樹はなにも言えなくなっていた。
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