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第四章 聖女救出編

絶対ぶん殴る

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 ハルトが後ろを振り返った。
 数キロ先に1時間前までハルトたちがいた王都の立派な城壁が見える。丘の上には堅牢な城がそびえたっていた。正面に視線を戻せば、地平線まで延々と続く殺風景な荒野が視界を占めた。

「この辺でよくないか」ハルトがうんざりしてダンの背中に呼びかけた。
「ん? まぁ、そうだな。王都から十分離れたから、大丈夫か」

 ダンが教えようとしているのは、あの爆発する魔法だろう。であれば、人の往来がある王都周辺は、通りがかった者を爆発に巻き込む危険性があるというのは理解できた。だが、王都から離れたのはおそらくそれだけではないだろう、とハルトは察していた。
 もし、ダンが本当に反乱軍の総長であるならば、当然人目は避けたいだろう。王都の近隣で爆発など起こせば目立ってしょうがない。
 ダンは自分が反乱軍の総長だと自ら明かした。そんな機密情報をあっけらかんと、まるで「私実は泳げないんですよ」くらいのあっさりとしたノリで暴露されたハルトは、当然ダンに向ける猜疑心は一層高まっていた。
 だが、ダンが嘘をつく必要性も特になさそうなのも確かだ。単にダンがバカである可能性の方が高いようにハルトには思えた。

「じゃ始めるぞ。見てろ」

 ダンは視線を10メートル程先の大きな岩に向けると、睨めつけるように目をやや見開いた。
 次の瞬間、突然爆発音が響き、岩が砕け散った。割れた岩がパラパラと飛んで来て、小さなかけらがハルトの足元で止まった。
 とんでもない威力だ、とハルトは目を見張った。あれを直接くらえば、並みの人間なら一瞬でバラバラ死体だろうな、と嫌な想像をして頬が引き攣った。ダンがハルトに向き直る。

「よし、やってみろ」ダンが言う。冗談を言っている風でもなく、腕組みをしてハルトを見据えていた。
「いや、『やってみろ』じゃないが。できるわけなくない?」
「何事もやってみなければ分からないだろ? 大事なのはトライ&エラーだ。お前はそのトライの部分をおろそかにするのか?」

 そう言われると、自分がひどく悪いことをしたような気がしてくる。確かにやる前から、できないと決めつけるのは早計かもしれない。案外簡単にコツを掴んで、できるようになるかもしれない。
 ハルトは手を岩に向けて、力を込めた。

「ハァァァアアアアア!」

 ハルトの気合の声は地平線の先の蜃気楼に呑み込まれるように儚く消えて行った。岩は当然ぴくりとも動かない。

「はははははは!『ハァァアア』てお前! 何だその雄たけび!」とダンがハルトを指さして爆笑する。ハルトは顔を赤くして俯き、怒りと羞恥にぷるぷる震えた。
「うっるさいなァ! やってみろって言ったのはアンタだろ!」
「でも、お前、『ハァァアア』て、お前、ははははははは!」
 ダンはひとしきり笑ってから「まぁ、見よう見まねで出来るわけねぇんだけどな」と言い放った。

 ハルトはこの魔術を覚えたら、まずこの男を爆破しようと心に決めた。

「そう睨むなっての。どのみちいちから教えるなんて、俺にできるわけねぇんだからよ。あんま期待すんな」
「はぁ? じゃあどうやって教えるんだよ。まさか見て学べ、とか言わないよね?」

 だとしたら、面倒だな、と腹の中でぼやく。1,2回見て学べるのならば苦労はしない。職人の師弟関係でその指導法が成り立つのは長い時間、行動を共にするからだ。僕にはダンにひっついている時間はない。

「心配すんな。ちゃんと、考えてある。手っ取り早い方法をな」
「手っ取り早い方法?」

 怪訝な顔を浮かべるハルトをダンが手招きして呼び寄せた。それから、ハルトの左胸に手を当てた。

「お? なんだ。扱いづれぇ魔力してやがるな」とダンが肩眉をあげた

 ハルトは、そのダンの手に、デジャヴじみた嫌な予感を受け、反射的にダンを『サーチ』で鑑定していた。ダンの身体情報やスキル情報が頭の中に流れると同時に、ダンの記憶の断片がハルトの脳を焦がすように定着していく。激痛にハルトの顔が歪んだ。以前よりも多くの過去を見られる代償に、痛みが伴う。
 どうやらダンが反乱軍の総長、というのは本当のことらしい。ダンがどういった経緯で反乱軍に加わり、その取りまとめをするに至ったのかは分かったが、残念ながらダンの思考を読めるわけではない。ダンが今、何をしようとしているのかは、ハルトには分からなかった。
 ダンはハルトの魔力に自分の魔力を混ぜるようにぶつける。

「俺がやっていることは2つ」とダンが口を開いた。「一つは爆裂魔法『エクスプロージョン』だ。まぁ見たまんまだが、爆発を起こす魔法だな」
「僕が知っている『エクスプロージョン』と大分違うんだが」とハルトが口をはさむ。

「一般的に知られているのは、勇者の英雄譚なんかで語られる大規模なやつだからな。本来の使い方は、『エクスプロージョン』を魔弾の形に形状変化させて投げて使う」

 魔法、魔術による遠距離攻撃のほとんどが、この魔弾形式である。形を変えて、投擲あるいは放出させる。だが、ダンの魔法は明らかにこの形式から外れている。敵が突然爆発したのだ。その直前に魔弾を投げる動作や魔弾が放出される姿は見られなかった。予備動作なしに、爆発を起こす。それは魔法学の常識からかけ離れている。ダンが、まぁ聞けよ、と説明を続ける。

「大事なのはもう一つの方だ。爆裂魔法『エクスプロージョン』に合わせて、俺は空間魔法『ゲート』も使っている」
「空間魔法……」
「ああ。通常、物質をテレポーテーションさせる程の空間魔法は相当難しい技術だ。1級魔術師でも物質転移をできる奴はほとんどいねぇだろうな。それが人間になれば尚更だ。少なくとも俺は人間を転移させられる魔法を見たことがない。だが実体のない魔力の転移ならば、実はそれ程難しいことでもない」

 なるほど、とハルトが大きく頷く。「魔力だけを転移させてエクスプロージョンを起こすってわけね」

「ああ。普通、魔術師が遠距離攻撃する際は魔弾を使うからな。まさかてめぇの面の前で急に爆発が起こるとは思わねぇよな」ダンはそう言ってから、だはははは、と豪快に笑った。これが国家転覆を企む反乱軍の総長の発言なのだから、笑えない。
「おっと、やっと掴めてきたぜ」とダンが言うとほぼ同時にハルトは自分の魔力が外からの何らかの力を受けていることに気がついた。それは強制力とも言えた。強制的にハルトの魔力が性質を変え、魔術を行使する準備が急速に整って行く。

「ダン……何するつもりだ」嫌な予感に顔が引き攣る。
「百聞は一乙に如かず」
「なにそれ」
「百回聞くより、1回くらって乙った方が良いってことだ」
 
 ダンは言うや否や、ハルトの青い魔力を使って、空間魔法「ゲート」と爆裂魔法「エクスプロージョン」を強制的に行使させた。
 背後から爆裂音と爆風が同時にハルトを呑み込んだ。爆発の中心はハルトの5メートル後方。ダンは行使と同時に、ちゃっかりハルトと距離を取って爆風から逃れていた。もろにエクスプロージョンの爆風を受けたのはハルトだけだ。肌を焼くような熱風にを全身に受け、ハルトは乾いた地面を転がりながら10メートル程吹き飛んだ。

「おっほぉ~、あんまり魔力使わなかったんだが、それでこの威力かよ。お前、とんでもねぇもん持ってんな」ダンが呑気な声を上げるのはかろうじて聞こえた。だが、瞼が重くて上がらない。

「次は自分で使って見ろ。俺が丁度良い舞台を用意してやるからよ」

 ダンの楽しそうな声に怒りがこみ上げる。こいつ、やっぱり僕を騙していたのか?

「本選は丁度一週間後からだ。それまでに戻ってこないと、不戦敗になっちまうぜ。まぁ頑張れや」

 この男、絶対、ぶん殴る。豪快に笑うダンの声を聞きながら、かろうじて繋がっていたハルトの意識は、ぷつん、と途絶えた。
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