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第四章 聖女救出編

魔力の使い方

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魔力の使い方
 良い試合だったな、と声を掛けられたのは闘技場を出てすぐのことだ。
 振り向くと赤い長髪の男が煙草を咥えて、闘技場の外壁にもたれかかっていた。この世界にも煙草があることは知っていたが、前世とは成分が違う。この世界の煙草は半分麻薬みたいなものだ。依存性が高く、過度に摂取すれば酩酊状態になる。だから、煙草を吸う者ははみ出し者、といった認識が一般化していた。

「誰?」とハルトが訝しむ。

 人が集まるところには犯罪も増える。唐突に話しかけてくるものを信用してはならない、なんてことは都市に住む者ならば子供でも知っている。

「おれはダンってんだ。知ってるか? ちょっとした有名人なんだが」
「……いや、知らないね」とハルトが答えると、「そうか。それは都合が良い」とダンは歯を見せて笑った。それからハルトに歩み寄って来る。
「お前さんの試合、見てたぜ。なかなかの手練れだ。やるな」
「それはどうも。あのさ、おじさん、僕ファンサービスしてる暇はないんだよ」

 ハルトは話を切り上げて立ち去ろうとするが、ダンは構うことなく話をつづけた。

「だが、最後の奴。あのガチガチに防御を固めたバカだ。あいつの倒し方はスマートじゃねえな」

 予選で最後まで残った奴を思い出す。物理防御魔法をがむしゃらにかけまくっていた彼である。確かに彼を倒すのは苦労した。殴り倒した後は、ハルトの息があがって、しばらく動けなかったくらいだ。

「物理攻撃がまったく効かねぇ化け物も世の中にはいるくらいだ。魔法攻撃手段がねぇとこれから苦労するぜ?」
「ありがたいご忠告どうも」と皮肉を言うが、やっぱりダンには効果がない。人の話を聞かないという点は、ハルトの国の冒険者と同じだった。
 ハルトは、まさかこの人冒険者じゃあるまいな、と疑い始める。
 
「予選は魔法攻撃禁止だったから。僕ほんとは魔法使えるし」とハルトは嘘をついて、話を終わらそうと試みる。

 ところが、ダンの返答は予想外なものだった。

「嘘言っちゃいけねーな。お前さん、魔法攻撃はからっきしだろ?」

 ハルトはわずかに目を見張って、彼に向けた。

「魔力の流れ方を見れば分かるっつーの。お前さんの魔力は身体強化しか想定していない動き方だった。つまり、近接戦士ってわけだ。それにしてはチビだがな」

 ダンが頭に手を乗せてくるのをハルトは乱暴に払って、「うるさいなー」と眉間に皺をよせた。
「魔術師はたいてい魔法や魔術を使う時に自分のキーとなる部位に魔力を集中させるもんだ」
「キー?」
「ああ。ほとんどは自分の利き腕だな。杖を持てるから効率が良い」
 
 なるほど、とハルトが頷く。いつの間にかダンへの警戒を解いて、話に耳を傾けて聞き入っていることにハルトは自分でも意外だった。直感的に、この人の話は聞くべきだ、と頭が察していた。

「だが、腕に魔力を集中させるのにはデメリットも多い」
「なんでさ。一番魔力を扱いやすそうだと思うけど」
「初心者向けなのは間違いねぇな。だが、腕をキーにする者は、魔術を行使する時にその腕を使えない」

 ハルトは目を細めて首を傾げる。頭の上にはてなマークでも生まれそうな渋い顔を作っていた。

「使ってんじゃん。魔術に」
「魔術にはな。なら、聞くが、例えば右腕で魔術を行使している最中に右側から攻撃されたらどうする? 避けることができなかったら?」

「それは……くらうだろうね」
「右腕が使えるならそうはならない。剣で弾くなり、盾で防ぐなりできるだろ?」

 そういうことか、と理解した。要は魔術と同時進行で別のことに使える、ということを言いたいようだ。

「それに、腕に魔力を集中させると無意識のうちに身体の魔力は薄くなる。魔力の薄い部位はパワーはでねぇし、驚くほど脆い。まぁ訓練で矯正もできるが、一朝一夕に直せるものでもない」

 ハルトは自分の腕の魔力量を厚くして見せた。「別に体の魔力が薄くなったりしないけど」
「お前さんがしてるのは身体強化だからな。魔術を行使するのとはまた違う」

 その時、中央広場の方から3人の男がハルトに向かって歩いてくるのが、視界の端に入った。どの男もぎらぎらと悪意の視線を飛ばして、とても友好的とは思えない形相で近づいてくる。
 ダンもそれに気が付いていたようで、「お前さんの客だと思うぜ」と呟くように言った。「おおかた本選出場のバッジでもかっぱらいに来たんだろ」

 男の1人がハルトの前に立ち、残りの2人は退路を断つようにハルトの左右後方に立った。目の前の男が言う。「予選、ご苦労さん。真面目に予選に出るなんて馬鹿のすることだがな。殺されたくなければ、とっととバッジを置いて消えろ」

 ハルトはダンに顔を向けた。ダンは、ほらな、というような得意げな顔で、ふふん、と笑った。
 男たちよりも、ダンのドヤ顔に若干イラつく。

 ダンは小さく「まぁ、見てろ」と呟いてから、煙草を地面に放り投げた。そして、それから正面の男を鋭い眼光で見据えた。ただ見ただけだ。特段手をかざしたり、杖を向けたり、呪文を唱えたりなどはしていない。なんなら、構えすらもなかった。

それなのに——ただ見ただけなのに、男の顔面付近で唐突に小爆発が起こった。爆竹のような破裂音と同時に、男の周りに血痕が飛び散った。男は両手で顔を押さえ、苦しそうに悶え、呻きながら、転がった。顔は真っ赤で、どうなっているのかは不明だ。だが、血の量から、男の顔がもとに戻ることはないのではないか、とハルトには思えた。

「貴様、何をした!」と後ろの男2人が剣を抜いて、ハルトに向けた。何故僕に、と思ったが、口には出さない。多分、何もしなくてもダンに任せておけば大丈夫だ、とハルトは分かっていた。
 今度はダンが残った男の1人の足元を見ると、またそこで小爆発が起こる。男は足だけ爆発で後ろに弾かれるように浮いて、ビタンと地べたにうつ伏せに倒れた。倒れてから、例の如く脚を抱えて悶える。吐いていたブーツの前方が焼き切れて、弁慶は赤く血がにじんでいた。うわ、痛そう、とハルトは鼻に皺を作って顔を歪める。

 ダンは残った1人に手を向けた。
 ハルトから見れば、特段魔力のこもっていないただの右腕だ。そもそも爆発を起こすのに腕を上げる必要がないのだから、ただの脅し以外の何物でもないのは明らかだった。
 男は案の定、そのただの右腕に恐れをなして、仲間を置いて一目散に逃げだした。

「まぁ、こういうことだ」とダンが言う。
「どういうことだ」

 ハルトはまるっきり理解できていなかった。分かっていることは、ダンがどうやってか魔術を行使して爆発を起こした、ということくらいだ。
 目の前に男が2人悶えている状況というのは、さすがに気持ちの良いものではなかったので、仕方なくハルトは広場から離れるように歩き出す。ダンもそれに付いて来た。

 ダンはハルトの疑問には応えずに代わりに、「よし、特別に許可しよう」とよくわからないことを口走った。
「は? 何が」分からないことがさらに増えて、ハルトの鼻に出来た皺はさらに深くなる。
「特別にお前の弟子入りを許可してやる。魔法の使い方、知りてぇだろ?」

 え、と戸惑いの声が漏れた。
 ハルトとしては魔術を教えてもらえるのはありがたい。ずっと、遠距離攻撃の術を探っていたところだったから、渡りに船だ。だが、目の前の男をいまいち信用できなかった。ダンの話は面白いしためになる。だから、ここまで話に付き合っていたが、手放しで信頼できる相手かと言えば、首を横に振らざるを得ない。

「おい、そんな不審者を見るような目をするなよ。傷つくだろ」
「いや、まるっきり不審者だろ。そもそも僕に師事して、あんたに何の得があるのさ」
 ダンは瞳を横に流して少し考えてから口を開いた。「次の本選に、この国の王国第二兵団団長が出場するんだ」

 まだ予選1組目が終わったばかりで今2組目の最中なのだから、まだその王国第二兵団団長とやらが本選にでるかどうかは決まっていないはずだった。だが、ダンはもう決まりきったことのようにはっきりと断言していた。

「俺ぁ、その男が大嫌いなんだわ。だから、優勝して当たり前、みたいに思ってるそいつに赤っ恥をてやりてぇのよ」
「驚くほど幼稚な理由だな」
「うるせ」

 ハルトはそれでもまだ腑に落ちなかった。怪しすぎる男を前に、いっそサーチで鑑定してやろうか、とさえ思えた。
 だが、戦闘時以外で、無許可に鑑定するのは、ハルトのポリシーに反する。

「そんなに嫌いなら自分で出場して、ぶっ飛ばせば良いだろ」とハルトがまたも疑問を口にしたところ、ダンは「それができたら苦労しねぇんだよ」と渋い顔を作った。
「なんでだよ」
 ダンは「だって俺——」と何でもない事のように言ってから、新しい煙草に火をつけた。「反乱軍の総長だから」
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