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第四章 聖女救出編

復興

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 フェンテは村の入り口から森に目を向けていた。
 マリアとルイワーツの馬が目視で確認できた瞬間、フェンテは大声で村人たちに指示を飛ばした。

「目標確認! 総員位置について! 皆ちゃんと武装してる? 気を抜かないで! けが人がでるよ」

 村人たちはばたばたと忙しなく走る。皆、野盗たちからはぎ取った胸当てなどの防具を装備していた。目は緊張からか、睨むように鋭い。
 馬が村の入り口に辿り着いた時には、村総出で囲むように出迎えた。樹の上や、建物の影からはフェンテが調合した強力な麻酔薬を塗り込んだ弓矢を持った村人が有事に備えて待機していた。

 マリアは村人たちの切羽詰まった顔を見て、何事か、と不審がっていた。ルイワーツがフェンテをじーっと睨んでくるが、あえて無視する。

「マリアさんおかえりなさい」フェンテが笑顔でいった。こめかみ辺りに汗がつーっと伝う。
「ただいま」とマリアは応えつつも、「で、これは何なの」と早速尋問をスタートした。

 来たか、とフェンテは警戒を強める。そして村長アンリに勢いよく顔を向けた。

「村長、出番よ」
「いや、フェンテさん。あなた一応今、村の代表なんですから、あなたが報告してください」

 村長アンリの指摘に、くぅ、とフェンテが呻く。もはやそれしかないの、と天にすがるような切ない呻きだった。

「何? 用があるならさっさとしてくれる? 早くハルトくんの様子を見に行きたいんだから」

 マリアの一言で余計に言い出しづらくなる。が、フェンテは意を決して、村の現状の報告をした。ハルトが失踪したこと、置手紙のこと、ナナとラビィが後を追っていること。
 説明を受けるマリアの顔は、少しずつ、少しずつ、と怒気が増していくのが見て取れ、説明が終わるころにはフェンテは恐怖でほとんど泣いていた。

 村人は全員防御の体制を取っている。中には大楯にすっぽりと隠れる者もいた。それだけの圧が村人たちを襲う。恐怖に立っていられない者もいたほどだ。

 マリアは報告を受けた後、置手紙を受け取って読み、すぐにそれをびりびりに破いた。ルイワーツが「俺まだ読んでないんだが……」と呟くがマリアは構わず破いた紙きれを放り投げて蒔いた。

「ハルトくんにはお仕置きが必要なようね」

 そういったマリアの顔には表情がない。人は怒りが振り切れると、感情を失うのだろうか、とフェンテが考察している間にも、マリアはさっきまで乗っていた馬に、再度またがった。慌ててフェンテが止めに入る。

「ちょちょちょちょ、ちょっと待ってください! マリアさん! どこ行く気ですか」
「決まってるでしょ。ハルトくんを追うのよ」
「ダメです! マリアさんは立派な爵位を持った領主なんですよ? そんな人が密入国なんてしたら、大問題ですよ」
「すでにハルトくんが密入国してるんだから、どっちみち同じじゃない」

 フェンテは反論が出て来ず、うっ、と口が止まる。だが、代わりにルイワーツが口を開いた。

「マリア。一旦落ち着け。確かにハルトさんのことは心配だが、お前が今この村を離れるのはちょっとまずい」
「なんでよ」
「この村の復興にはお前の土魔法が必須だ」
「そんなの冒険者でも雇えばいいでしょ」
「あんな大規模な土魔法できるやつ、お前以外にいるか。いたとしてもA級以上は確実だ。今うちにそんな報酬を支払える金はねぇだろ」

 マリアは顔を顰めて黙り込む。ルイワーツの説得を理解したのだろう。理解した上で、それでも納得がいかない、という顔だ。

「なら、どうすれば良いのよ」マリアの鋭い目がルイワーツを捉えた。並みの人間ならすくんで身動きすらできなくなるであろう眼光に、ルイワーツは引き下がらず、応じる。「ナナとラビィを信じて待とう」

 マリアの威嚇するような視線はルイワーツから離れない。ルイワーツを責め立てるように口元だけ薄く笑い、「もしそれで」と言った。「もしそれでハルトくんが死んでしまったら、どう責任をとるつもりかしら」

 凄まじい殺気がルイワーツを飲み込む。ルイワーツは目を閉じて、ごくり、と唾を飲みこんだ。そして覚悟を決めて、再度目を開いた。

「その時は俺を殺していい。いや、お前の手は煩わせない。自ら死のう」

 フェンテには、ルイワーツのその言葉が嘘や誤魔化しとは思えなかった。もしハルトが帰らぬ人になったら、ルイワーツは本当に自決するだろう。フェンテにはそう確信できた。
 マリアもその覚悟を見て取ったのか、ため息をついてから、馬から降りた。

「どれだけ待てば良いの」不貞腐れたようにマリアが言った。
「最低でも1か月」とルイワーツが答える。確かにマリアの魔力量ならば、1か月もあれば余裕で村人全員分の建物を建設できる。むしろマリアなら2週間でも可能だろう。それでも1か月と言ったのはおそらくマリアをできるだけ長く村に縛り付けておきたい、という理由からだろう。
「1か月経ってハルトくんが戻って来なければ私は隣国シムルドに行くけど、文句ないよね」マリアが腕組みをして、念を押すように言った。
「ああ。それで良い」ルイワーツは大きく頷く。それからマリアを励ますように笑いかけた。「大丈夫だ。ナナもラビィも信頼できる」
「でも、ハルトくんだよ? 無駄に危険なことに首を突っ込むハルトくんの特性は全く信頼できない」

 ルイワーツは反論しようと口を開くが、開いた口から言葉は発されず、やむなし、とでも言うように口は閉ざされた。
 そこにいる全員が不安そうな顔をしている。

(どんだけ信用ないのよ。ハルト先輩)

 フェンテは空気を変えようとパンパン、と手を叩いた。「じゃ、それまではハルト先輩が戻った時のために、村の復興に集中しましょ! ね!」
「そうだな。村を——いや、俺たちが目指してんのは都市か。ヴァルメルに対抗できるくらいの都市を作らなきゃならないわけだからな。落ち込んでいる暇なんてないぜ」ルイワーツがフェンテに乗じて、発破をかける。
 ——が、

「建物もそうだが、食糧問題が先じゃないか」
「もういっそ城壁の外を全部畑にしちまうのはどうだ」
「いいな。あのハルト様の剣がありゃ簡単に開墾できるからな」
「種はほとんど無事だっただろ?」
「イムスが持ってきた異国の作物の種もあるぜ」
「よし植えよう」
「都市にするなら兵も必要だろう」
「傭兵を雇うか」
「いや金がねぇ」

 村人たちががやがやとそれぞれに話だし、その場で会議のようになっていた。誰の目にも強い意志が灯り、絶望に暮れる者など誰一人としていなかった。
 フェンテはその様子に何となく頬がほころび、ルイワーツに顔を向けた。「ルイワーツさんの下手な発破かけは不要みたいですね」
「下手で悪かったな」
「どうせならハルト先輩が帰った時に、びっくりするような都市を作っておきましょうか」フェンテが笑いかけると、ルイワーツも「そうだな」と笑った。

 
その様子をマリアがじーっと見ていた。

 
「な、なんだよ」とルイワーツが顔を後ろに退く。
「ルイワーツさん、今度は何したんですか?」フェンテは話を聞く前に既にルイワーツに軽蔑の眼差しを送っていた。
「今度は、ってなんだ。何もしてねぇよ」

 マリアはしばらく思惟をめぐらしてから不意に「よし」と声をあげた。

「ルイワーツくん、キミは全く役に立たない」マリアが唐突にルイワーツを指さして罵倒した。
「おいおい、いきなりなんてこと言うんだお前。昨日、村にとって俺は必要な存在だって言ってたじゃねぇか」ルイワーツが半目でマリアを睨んだ。
「村の復興には役に立たないって意味よ」
「全然フォローになってないが」
「だから」とマリアが続ける。「あんた、ちょっとお金稼いで来なさいよ。出稼ぎ」

 はぁ? とルイワーツが翻った声を上げた。
 出稼ぎ、と言ってもこの近くで栄えている場所は都市ヴァルメルくらいである。敵のお膝元に出稼ぎにいくなんて馬鹿な話はない。
 同じことをルイワーツも思ったのか、「出稼ぎって、どこにだよ」とマリアを責め立てるかのように訊ねた。

マリアは全く意に介さずに平然としていた。「どこに、ってそりゃ——」



 マリアがニヤリと笑った。


 

「——ダンジョン『不死王の大墳墓』よ。ちょっくら攻略してきなさい」
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