上 下
99 / 106
第四章 聖女救出編

聖女ナタリア杯

しおりを挟む

 数日の移動と野宿を経て、ハルトとミーシャはようやく王都へたどり着いた。
 王都の城門前には既に入都希望者が列をなしていた。ハルト達はその最後尾の馬車の後ろにつく。
 ふとミーシャに目を向けると、ミーシャは鼻に皺を寄せて、顔を顰めながら鼻を潰すように押さえていた。時折、ヴォェ、とえずく声を漏らす。
 理由は聞くまでもなかった。入都する者たちには様々な事情がある。当然、清潔を保ちながら旅をできる者の方が稀だ。そのため、入都の列は酷い悪臭に包まれていた。

「猫人族はやっぱり鼻が利くのか?」
「人間よりは」と律儀に答えてからミーシャはまたウッと顔を青くし耐える。

 ハルトは何となく自分の脇に鼻を近づけすんすん、と臭いを確認する。風呂に入っていないのだから、自分だって臭い。だが、ミーシャはそんなハルトを見て「ハルトさんは、そこまで臭くないです」と言った。
「そんなわけないだろ。風呂にだって入ってないんだし」
「まぁ、まったく無臭ではないですけど、それを言ったらあたしだってそうです。でも、この列の悪臭はそんな次元ではありません。まるで地下下水道です」

 ミーシャは、信じられない、とでも言うように眉間に皺を寄せて首を振った。ハルトは、地下下水道に入ったことあるのか、と聞こうとして既で思いとどまった。ミーシャにここで吐かれても困る。
 後少しの辛抱だ、とミーシャを励ますが、ハルトには苦しそうに俯くミーシャに声が届いているのかどうかすら、よく分からなかった。
 やがて列は進み、ハルトの番が来る。

「止まれ。入都の目的は何だ」と門番がハルトに訊ねる
「地方の村から出稼ぎに」とハルトが愛想よく答えた。
「どこの村だ」

 ハルトがテキトーな村をでっちあげようと口を開いたところでミーシャが先に「ミケネ村です」と答えた。
 門番は何かのリストが書かれた紙をじっと見つめてから、「それは長旅だったな。入都料は銀貨1枚だ」と手を差し出す。
「はぁえ~、結構するもんですね」ハルトは死んだ闇商人から頂いた銀貨を門番に手渡した。もちろん本当は入都料が銀貨1枚もしないことは何となく察していたが、今は問題を起こしたくない。世間知らずの田舎者を装っておけば無問題だ。

「まぁ王都だからな。華々しい王都に物乞いが増えるのは避けねばなるまい?」と門番が笑う。

 ハルトが愛想笑いを返して去ろうとすると、えずいていたミーシャが横から割って入って来た。その顔は怯え半分、怒り半分といった様子で、門番に楯突くのは怖いけれど使命感から声を上げた、といった具合だ。

「ぎ、銀貨1枚もするなんて、そんなの——むぐぅぁ」そこまで言ったところでハルトに口を塞がれる。
 
 門番が表情のない顔をハルト達に向けた。文句でもあるのか、とでも言うようであった。

「いや、銀貨1枚もするなんて、王都はさぞ立派なところなんでしょうな。あはは。では、私たちはこれで」とハルトがミーシャを引っ張って王都に入って行った。



 大通りを歩きながらミーシャを引く手を離すと、ミーシャはハルトの横に並んで歩きながらも、鋭い猫目をハルトの横顔に向けた。

「ハルトさん、ぼられてますよ! 入るだけで銀貨1枚も取られるなんて!」
「別にいいだろ。もともと僕らの金じゃないんだから」
「それはそうですけど」とミーシャは口をすぼめてから「でも!」とやっぱり納得がいかない様子で声を荒げる。「でも! あんな横暴許されません! あんな人間が王都を守るだなんてちゃんちゃらおかしいです」
「ちゃんちゃらって、本当に言う人はじめて見た」
「ハルトさん! 真面目に聞いてください!」

 ハルトは立ち止まり、疲れた吐息をついてからミーシャの目を見返す。

「何のために王都まで来たのかを考えろ。王都の不良兵士にお灸をすえるために来たのか?」

 ミーシャは口を真一文字に結んでハルトを見上げる。それから「ハルトさんは何しに来たのですか」と訊ねた。
 ハルトの事情はミーシャには話していない。他国の人間だなんて知られれば面倒なことが起こるのは目に見えている。だから事情は話せない。ハルトは「商売だよ」と答えた。
「無一文で荒野を歩く商人なんて見た事ありません」
「良かったな。初めてお目にかかれたわけだ」

 ミーシャは目を細めてハルトに非難の視線を送るが、ハルトは全く意に介さず、また歩き出した。

「とりあえず宿をとるか。ミーシャも今すぐに行動を開始するわけではないんだろ?」何の行動か、には触れない。分かり切ったことであるし、聞いてもミーシャが素直に答えるとは思えないからだ。
「いえ、すぐに動きます」ミーシャが鋭い目をさらに研ぎ澄ます。瞳には強い意志と覚悟が映っていた。
「止めた方がいい」とハルトはミーシャを見ずに言う。「何をやるかはしらないが、何事も順序、というものがある」
「でも——」と食い下がろうとするミーシャをハルトが「これは一般的な話だが」と前置いて遮った。
「奴隷は奴隷紋を植え付けられた上で鉄檻てつおりに入れられて管理される。つまり、奴隷が非合法的に解放されるには、まずは奴隷紋の解除、それから鉄檻のカギ。この2つは必須だ」

 仮にミーシャが今奴隷商を襲撃して、カギを奪い、鉄檻を開けたとして、奴隷紋が解除できなければ、結局、奴隷は主のもとに帰ってしまう。奴隷を管理している場所に、都合よく奴隷紋解除の方法が用意してある保証はない。
 ミーシャは顔を伏せ、苦悶の表情を浮かべた。一体どうすれば、そう顔に書いてある。焦燥と不安の色が見て取れた。

「反乱軍」とハルトが口にした。ミーシャは、えっ、と顔を上げる。
「彼らを頼れないものだろうか。政府への反乱と奴隷とは無関係かもしれないが、少なくとも反乱軍は情報を豊富に得ているだろうし、暴動が起こるのに乗じて奴隷商を襲うことも可能だ」

 ミーシャが目を見開く。すぅ、と小さく息を吸う音が聞こえた。表立ってはミーシャも反応を示さない。この後、ミーシャがどういった行動にでるかはハルトには分からないし、干渉できることでもない。可哀想だが、奴隷解放に時間を割いている余裕はハルトにはなかった。

「ま、ミーシャにそんな物騒な話、関係なかったな」とハルトが笑って話を終わらせた。「でもとりあえずミーシャも休んだ方が良い。せっかく金があるんだし、風呂付の高級宿でもとろうぜ」
 ミーシャも作り笑いを見せ、「……いいですね」と答えた。

 
 高級宿は、やはり都市の中央付近にあると踏んで、ハルトたちは大通りを真っすぐ進んだ。いくつかの小広場を経由したが、どの小広場も市場が開かれ、活気づいている。

「金もあることだし、何か買うか」とハルトがふらふらと市場のテントの一つに吸い寄せられていった。
「ハルトさん、そう言って無駄遣いして破産するタイプでは……」ミーシャは呆れながらもハルトに付いていった。
「無駄遣いはしないって。でも、宿で食べる物とか必要だろ?」
「高級宿なら食事は付いてると思うんですけど」
「固いことは言いっこなしだ。さて、掘出し物あるかなぁ~」ハルトはサーチを使い片っ端から鑑定していった。

 良い品もあるにはあったが、良い品にはそれなりの値段が付けられていた。粗悪品に高い値段が付けられているものは多く見つかったが、その逆は全くない。良い商品には、それに見合う金額よりも少し高い金額が付けられている。世知辛い。

 ハルトはいくつかの店を見ていく中で、あることに気が付いた。手に持っていた剣をもとの場所に戻しながらミーシャに「なぁ」と声をかける。
「なんか、武器とか防具とか、そういうのばっかじゃね?」ハルトが訝しんで首をひねった。
「言われてみれば…………確かに。あとは魔道具とか、ですね」
「食い物なんて、何もないじゃん」とハルトがぼやくと、その店の店主が「ははは、食い物なんて今売るバカはいねーわな」と笑った。
「なんで? 普通市場には遠方の果実とか、魔物の肉とか、あるでしょ」
「まぁ、普通はな。だが、今は商人にとってはボーナスタイムなわけよ」店主がひひひ、と汚らしい歯を見せる。
「ボーナスタイム?」
「なんだ、あんたら、もしや王都に来たばかりかいな? 聖女ナタリア杯のことは知らねえのか?」

 聖女ナタリア、と聞き、ハルトの目の色が変わった。「何それ」と平静を装って聞くが内心は期待に高鳴っていた。

 店主は詳しく教えてくれた。
 聖女ナタリア杯とは今度、この王都の闘技場で行われる予定の闘技大会のことらしい。そこで剣と魔法、力と技を競い合うのだとか。優勝者には賞金が与えられるのに加え、聖女ナタリアから直々に祝福が授けられる、という特典がつく。

 なんだそれだけか、とバカにはできない。聖女の祝福は一度行われれば生涯効果が持続する。一部の毒や呪いを無効化し、魔法威力、魔法防御を高める、とまで言われている。冒険者にとっては喉から手が出るほどの特典といえる。それが本物の聖女であれば、の話ではあるが。
 ハルトは店主に礼を言ってから籠手を一つ買って店を離れた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お布団から始まる異世界転生 ~寝ればたちまちスキルアップ、しかも回復機能付き!?~

雨杜屋敷
ファンタジー
目覚めるとそこは異世界で、俺は道端でお布団にくるまっていた 思わぬ″状態″で、異世界転生してしまった俺こと倉井礼二。 だがしかし! そう、俺には″お布団″がある。 いや、お布団″しか″ねーじゃん! と思っていたら、とあるスキルと組み合わせる事で とんだチートアイテムになると気づき、 しかも一緒に寝た相手にもその効果が発生すると判明してしまい…。 スキル次第で何者にでもなれる世界で、 ファンタジー好きの”元おじさん”が、 ①個性的な住人たちと紡ぐ平穏(?)な日々 ②生活費の為に、お仕事を頑張る日々 ③お布団と睡眠スキルを駆使して経験値稼ぎの日々 ④たしなむ程度の冒険者としての日々 ⑤元おじさんの成長 等を綴っていきます。 そんな物語です。 (※カクヨムにて重複掲載中です)

砂の積み木

cyaru
恋愛
ランベル王国の東の端にマーベルという小さな漁師町がある。 セーラと呼ばれる女性とその子供ダリウスは貧しいながらも倹しく暮らしていた。 そこにウィルバート・ボルビアがやって来て日常が変わった。 セーラの本当の名はセレニティ。 ウィルバートとセレニティは5年前まで夫婦だった。 ★~★ 騎士であるウィルバートは任務を終えて戻った時、そこにセレニティの姿はなかった。残されていたのは離縁状。 狂ったようにセレニティを探した。探さねばならない事情がウィルバートにはあった。 ※1~3話目、23話目~が今。4~22話は今につながる過去です。 ★↑例の如く恐ろしく、それはもう省略しまくってます。 ★9月5日投稿開始、完結は9月8日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

婚約者が庇護欲をそそる可愛らしい悪女に誑かされて・・・ませんでしたわっ!?

月白ヤトヒコ
ファンタジー
わたくしの婚約者が……とある女子生徒に侍っている、と噂になっていました。 それは、小柄で庇護欲を誘う、けれど豊かでたわわなお胸を持つ、後輩の女子生徒。 しかも、その子は『病気の母のため』と言って、学園に通う貴族子息達から金品を巻き上げている悪女なのだそうです。 お友達、が親切そうな顔をして教えてくれました。まぁ、面白がられているのが、透けて見える態度でしたけど。 なので、婚約者と、彼が侍っている彼女のことを調査することにしたのですが・・・ ガチだったっ!? いろんな意味で、ガチだったっ!? 「マジやべぇじゃんっ!?!?」 と、様々な衝撃におののいているところです。 「お嬢様、口が悪いですよ」 「あら、言葉が乱れましたわ。失礼」 という感じの、庇護欲そそる可愛らしい外見をした悪女の調査報告&観察日記っぽいもの。

追放薬師は人見知り!?

川上とむ
ファンタジー
幼き頃より将来を期待された天才薬師エリン・ハーランドは両親を病気で亡くし、叔父一家に引き取られる。彼女は叔父の工房で奴隷同然のひどい扱いを数年間にわたって受けた挙げ句、追放されてしまう。 叔父から受けた心の傷が原因ですっかりコミュ障となってしまったエリンだったが、薬師としての腕前は健在であった。エリンが新たに拾われた薬師工房でその腕前を遺憾なく発揮していく中、愚かにも彼女を追放した叔父の工房は簡単な薬さえ作れなくなり、次第に経営が傾いていく。

あなたが幸せになれるなら婚約破棄を受け入れます

神村結美
恋愛
貴族の子息令嬢が通うエスポワール学園の入学式。 アイリス・コルベール公爵令嬢は、前世の記憶を思い出した。 そして、前世で大好きだった乙女ゲーム『マ・シェリ〜運命の出逢い〜』に登場する悪役令嬢に転生している事に気付く。 エスポワール学園の生徒会長であり、ヴィクトール国第一王子であるジェラルド・アルベール・ヴィクトールはアイリスの婚約者であり、『マ・シェリ』でのメイン攻略対象。 ゲームのシナリオでは、一年後、ジェラルドが卒業する日の夜会にて、婚約破棄を言い渡され、ジェラルドが心惹かれたヒロインであるアンナ・バジュー男爵令嬢を虐めた罪で国外追放されるーーそんな未来は嫌だっ! でも、愛するジェラルド様の幸せのためなら……

無尽蔵の魔力で世界を救います~現実世界からやって来た俺は神より魔力が多いらしい~

甲賀流
ファンタジー
なんの特徴もない高校生の高橋 春陽はある時、異世界への繋がるダンジョンに迷い込んだ。なんだ……空気中に星屑みたいなのがキラキラしてるけど?これが全て魔力だって? そしてダンジョンを突破した先には広大な異世界があり、この世界全ての魔力を行使して神や魔族に挑んでいく。

婚約を破棄され辺境に追いやられたけれど、思っていたより快適です!

さこの
恋愛
 婚約者の第五王子フランツ殿下には好きな令嬢が出来たみたい。その令嬢とは男爵家の養女で親戚筋にあたり現在私のうちに住んでいる。  婚約者の私が邪魔になり、身分剥奪そして追放される事になる。陛下や両親が留守の間に王都から追放され、辺境の町へと行く事になった。  100キロ以内近寄るな。100キロといえばクレマン? そこに第三王子フェリクス殿下が来て“グレマン”へ行くようにと言う。クレマンと“グレマン”だと方向は真逆です。  追放と言われましたので、屋敷に帰り準備をします。フランツ殿下が王族として下した命令は自分勝手なものですから、陛下達が帰って来たらどうなるでしょう?

さよなら、英雄になった旦那様~ただ祈るだけの役立たずの妻のはずでしたが…~

遠雷
恋愛
「フローラ、すまない……。エミリーは戦地でずっと俺を支えてくれたんだ。俺はそんな彼女を愛してしまった......」 戦地から戻り、聖騎士として英雄になった夫エリオットから、帰還早々に妻であるフローラに突き付けられた離縁状。エリオットの傍らには、可憐な容姿の女性が立っている。 周囲の者達も一様に、エリオットと共に数多の死地を抜け聖女と呼ばれるようになった女性エミリーを称え、安全な王都に暮らし日々祈るばかりだったフローラを庇う者はごく僅かだった。 「……わかりました、旦那様」 反論も無く粛々と離縁を受け入れ、フローラは王都から姿を消した。 その日を境に、エリオットの周囲では異変が起こり始める。

処理中です...