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第三章 農村防衛編

懇願

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 3度目の大爆発が起こった。
 焼けるような熱風に顔を背ける。

「ハルト様、いつまで……」肩で呼吸をしながらラビィが訊ねる。
 ラビィは爆発が起こるたびに魔力粒子を張り直しているため、消耗が激しかった。
「マリアさんが来るまでだ。頑張れラビィ」

 相当苦しいだろうに、ラビィはそれでも首を縦に振って応じた。だが、いかに莫大な魔力量を誇るラビィと言えども、魔力は有限だ。
 スモッグスパイダーの足止め用に拡散していた魔力粒子は、遂に維持できなくなり、ふっ、と魔力粒子の活性化が止まった。
 燃え盛る巨壁の幻覚で留まっていたスモッグスパイダーは、巨壁が消えたことで一斉にこちらになだれ込んできた。

「すみません……ハルト様」ラビィが悔しそうに顔を歪めた。
「いやラビィは十分頑張ってくれた。後は僕がやる。ラビィは逃げろ」

 ハルトは剣を構える。
 範囲魔法なしにこの大量のスモッグスパイダーをさばくのは無理だ。だが、だからと言って諦める訳にもいかなかった。

「わ、私も戦います。まだ魔力も少しあります。巨壁は無理だけど、ハルト様の幻影でアラクネを足止めするくらいならいけます」

 ラビィが胸の前でぐっと拳を握る。震えている。だが、その目の光は消えていなかった。
 ラビィは自分に出来ることを理解し、精一杯村に貢献しようとしている。ハルトはラビィに一つ頷いて応えた。

 辛い過去も、楽しい思い出も、全部が詰まった皆にとって何よりも大切な村が、何度も苦難を乗り越え絆を深めてきた村が、今度こそ終わろうとしている。やりきれない思いが感情を揺さぶる。

 

 村の皆はどんな顔するかな。

 

 自分の無力さに怒りすら覚えた。


 
 せめて今出来ることを。
 ハルトがスモッグスパイダーの波に向けて足を踏み出そうとした時だった。前方で眩い閃光が十字に走り、広がって進軍していたスモッグスパイダーたちが焼き消えるように跡形もなく消滅した。

「え」とラビィが目を開く。
 ハルトにはその光景に見覚えがあった。


「神聖魔法」
 

 遅れながらも、サーチの気配探知を発動し、ハルトはその存在に気付いた。ハルトがゆっくりと上を見上げる。

「うわぁ。随分キモち悪い事態になってるねー」

 マリアだった。顔を顰めたマリアが宙に浮いて蜘蛛の方を見ている。それからハルトの隣に降りて来た。

「待たせたね、ハルトくん」
「マリアさん!」歓喜に自然と顔がほころんだ。

 マリアは何を勘違いしたのか「え、そ、そんな私に会いたかったの? も、もォ……人前だぞハルトくん」と何故かもじもじと太ももを擦り合わせていた。

 戦乙女の微笑みヴァルキリースマイルのタンクであるダルゴと魔術師メロもこちらに駆けていた。「わりぃ、ハルト。村人の避難はまだ終わってねぇんだ。幻魔術にかかった奴らがいて手間取ってる」とダルゴが駆け寄りながら報告した。
 ハルトは一つ頷いて「分かった。ありがとう」と答えた。

 そうは言ったものの、状況は良くない。ハルトの顔が曇る。「マリアさん、アレ、なんとかなるかな?」とまだ湧き出ているスモッグスパイダーとアラクネを指さした。
 マリアは少し考えてから、「両方は無理」と言った。「小さい方の蜘蛛だけなら範囲魔法で殲滅できるけど、でっかい方は範囲魔法じゃ無理だね。多分魔法当てたら怒って私の方来るよアイツ。サシなら勝てるけど、そうなれば小蜘蛛の殲滅はできなくなる」

 ハルトは額に手を当て考える。
 アラクネをマリアに仕留めてもらえば、スモッグスパイダーは村に入り込む。
 スモッグスパイダーならばロドリ達でも十分倒せる相手だから避難は多分問題なく行える。が、その代わり、村自体は壊滅する。

 逆にアラクネが村に入り込んだ場合、アラクネに遭遇した時点でロドリ達やまだ非難していない村人の死は確定する。
 どうすべきか、は一目瞭然。あきらかだった。

 ——だが、

「マリアさんはスモッグスパイダーだけを狙って範囲魔法で殲滅して」
「そ、そそそれだとアラクネが——」とラビィが慌てて声を上げるが、ハルトは手を向けてそれを制止した。

「——アラクネは僕が仕留める」

 え、とラビィの頬がぴくりと引き攣った。ダルゴがアラクネを一瞥してから再びハルトに『お前正気か?』とでも言いたげな目を向けてくる。マリアは慌てた様子で声を荒げた。

「ダ、ダメだよ、そんなの! ハルトくんが勝てる相手じゃない!」
「でも、村を守るにはそうするしかない」ハルトも譲らない。
「村なんてどうでもいい! 土地なんてどこにでもある! 大切なのは人でしょ?! ハルトくんが死んじゃったら私——」

 マリアはその未来を想像したのか、ぽろぽろと涙をこぼした。
 人類最強とうたわれるマリアの涙にダルゴとメロはぎょっとし、ラビィはおろおろと慌てる。ハルトはそっとマリアの涙を指で拭ってから、綿を包むように優しくマリアを抱きしめた。

「信じてマリアさん。絶対倒してみせるから」

 マリアはハルトの胸に顔を埋める。
 いつもなら、簡単に了承していた。だが、今回ばかりは違った。最愛の人の生死がかかっている。マリアも簡単には引けない。ハルトの胸の中で顔を上げて抗議する。

「やっぱりダメ! そんなの認められない! アレS級案件だよ? あんなのにハルトくんが1人で勝てるわけない!」

 ハルトが口を開きかけるが、先に声を上げる者がいた。

「1人じゃありません!」ラビィだった。「わ、わわ私も! 私も戦います! は、ハルト様は絶対死なせません!」
「ま、ハルトが男見せるっつーのに、うちらがしっぽ巻いて逃げるわけにゃいかねぇわな」とウォーリアのダルゴが不敵に笑うと「私らは女なんだけど。まぁ仕方ないから付き合ってあげよう。マリアを除けば遠距離攻撃は私しかできないみたいだし」と魔術師メロもうなずく。

 マリアの顔がみるみる青ざめていく。「だ、ダメだって! 領主命令だよ! ハルトくんは絶対戦っちゃだめ!」
 ハルトは困ったように眉を下げて、マリアの目を見た。そらから「お願いマリアさん」と懇願する。「村を守りたいんだ。皆の帰る家を。大切な畑を。思い出の場所を」

 ハルトはマリアから一歩下がって、深く頭を下げた。「お願い。行かせて」

 マリアは口をキュッと結んで何かに耐えるように顔を歪めていた。
 だが、やがて、はぁ、と力が抜けるようなため息をついてから、ぶすっとむくれた顔で「キスして」と脈絡なく要求する。
 ハルトは顔を上げて、きょとん、と呆けてから、意味を理解し、小さく顔をほころばせた。そして、ゆっくりとマリアをもう一度抱き寄せ、唇を重ねる。

「わぁ」とラビィが両手で口を押え、
「見せつけやがって」とダルゴが目を逸らし、
「死ね」とメロが罵倒した。

 2人はどちらからともなく、ゆっくりと唇を離す。ハルトには腕の中にすっぽり収まっている人類最強が、異様に可愛らしく思えてまた笑みを零れた。

 反対にマリアは眉を吊り上げて言う。「アレを倒そうなんて絶対思わないで。私が行くまでの時間稼ぎでいい。もしやばくなったら村を諦めて逃げること。いい? 約束できる?」
 矢継ぎ早にまくし立てるマリアに、ハルトはにこにこしながら「はい」と返事した。
「本当に分かってんの? 絶対だかんね! 約束破ったら怒るよ!」ハルトの腕の中で、しつこく釘を刺し続けるマリアに苦笑しながら、ハルトはマリアのおでこにもう一度キスした。

「大丈夫。絶対生きて帰るから」

 マリアは頬を染めて、ん、とだけ返事をした。
 ハルトはそんなマリアがやっぱり愛らしくて、堪らず、また顔をマリアに寄せる。マリアが目を詰むってハルトを迎え入——

「——おい、いつまでイチャついてんだ」マリアとハルトが2人きりの世界に入ろうとするが、ダルゴが割って入り阻止した。
「死ね」とメロが再度罵倒すると、
「これから死闘する人に死ねは、ちょっと止めた方が……」とラビィが控えめに嗜める。
「爆発しろ」
「アラクネは爆発系魔法使いますので、それもちょっと……」

 ダルゴが呆れた顔で「いいから、さっさと指示を出せ」と促すと、ハルトは頷いて応え、各人に指示を出していった。

「さぁ、ここが正念場だ。気合い入れていくよ」

 皆が一斉にうなずく。
 マリアが浮遊魔法で宙に浮かび上がると、それを合図にそれぞれ持ち場に散った。
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