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第三章 農村防衛編

人質

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「カイ!」モリフは慌てて梯子を上った。

 何者か不明だが、こちらに危害を加えようとする者が上にいる。いや、いるだけではない。モリフが地下から顔を出すのを待ち構えている。
 案の定、カイと同じように地上に出たタイミングで蹴りがとんできた。が、そうと分かっていれば、対処は簡単だ。即座に結界を張って蹴りを防ぎ、敵の水月に手掌をついて、逆に吹き飛ばした。

「止まれ」

 後ろから聞こえた冷たい声に振り向くと、長身の男がカイの首を片手でしぼり上げるように掴んで持ち上げていた。カイは意識がとんだのか、だらりと力なく垂れ下がる。

「カイっ!」
「カイカイカイカイうっせーな。そんなにカイくんが大事ならとっとと止まれや」男がカイの頬をパシンと叩く。

 モリフは怒りのあまり、目を剥いて、奥歯をギリギリと噛みしめた。口の中に血の味がした。モリフは男の要求通り止まりつつも殺気を男に向ける。
 ——が、次の瞬間にはモリフは吹き飛んでいた。
 先ほどモリフが攻撃した男が戻って来て、背後からモリフに蹴りを入れたのだ。小石が重なる地面をモリフの顔が削って跡ができる。

「このガキ、舐めやがって」モリフを蹴った男が首の骨をボキボキと鳴らした。
「お前、カウンター食ってんじゃねぇよ。ガキだからって舐めすぎなんだよ」
「うるせぇ。お前はそっちの雑魚相手だから余裕なだけだろうが」

 どうやら敵は2人組のようだ。モリフは石に手をついて、立ち上がりながら考える。逃げるのはカイがいては不可能。抱えて逃げるのは現実的ではない。この危機を抜けるには、こいつらを殺すしかない。
 ——だけど、

 モリフの視線はカイに向く。人質として取られていては『戦う』という選択肢すらもモリフには選べなかった。
 

「あなた達、何者」とモリフが問う。
 とりあえずの時間稼ぎでもあった。隙をついてカイを逃がすにしても、カイの意識がないうちはできない。
「俺たちはしがない冒険者さ。しがないっつっても、それなりに名は売れてんだけど。『ダブルウィンド』って聞いたことねぇか?」モリフを蹴った男が嬉しそうに言う。
「冒険者……金で雇われたんだね。ナタリアに」とモリフが言うと、
 
「なんだ。嬢ちゃん、そんなことまで知ってんのかい」
「そりゃいけねーなぁ」
「ああ。生かしちゃおけねぇ」
「ってか、お前、元から殺すつもりで来てんだろーよ」
「ははは、言うなって! まるで俺たちが悪党みたいじゃねぇか」
「ちげーねぇ」

 2人で何故か盛り上がる男たちにモリフが割って入る。

「金なら払うよ。ナタリアよりも多く。だからカイを返して」
「ばか言っちゃいけねーよ。お前にそんな金がねぇってのは分かってんだよ」
「何年かかっても払うよ」
「分割ってか? 眠てぇーこと言ってんじゃねぇよ。片や一括払いのお嬢様、片や分割払いの貧乏人。お前ならどっちに付くよ? 考えるまでもねぇ」

 男が抜剣し、カイののど元に突きつける。「さぁ。お喋りは終いだ。大人しく縛られてもらうぜ。ナタリア嬢ちゃんはお前さんを公衆の面前で処刑したいらしい。趣味の悪いこって」
「待って!」モリフが声を上げる。「私は大人しく捕まるから、カイのことは見逃して」

 最後の手段だった。自分の命はもうどうあっても助かる見込みはない。あとはどうカイを生かすか、にモリフの思考はシフトしていた。
 

 だが、男はにっこりと笑みを作り「断る」と告げた。

 
「なんでッ……!」モリフが怒りでぶるぶる震えながら、唇をかみしめる。男は嬉しそうにその様子を眺め、「だってお前、カイくんを人質にしている限り、どのみちお前、捕まえられるじゃぁん」とおどけてモリフを挑発した。
 モリフを蹴り飛ばした男が背後に回り、モリフを乱暴に縛り上げていく。
 結局、モリフはカイを人質にされ、動くに動けず、拘束されてから領主の館に運ばれた。



 ♦︎

「…………ぇちゃ……」

 微かに声が聞こえる。
 すぐ耳元で囁かれているような、あるいはとても遠くで叫ばれているような、小さく聞こえる誰かの声。

「お……ねぇ……ん」
 
 私のよく知る声。
 大好きな声。
 必ず守ると決めた、ただ一人の、血のつながった弟。
 なのに、結局——
 

「お姉ちゃん!」


 カッと目を見開く。と同時に勢い良く起きようとして、失敗した。手足が縛られている。赤い絨毯の上にモリフは転がされていた。

「お姉ちゃん!」とカイの声がする。顔を向けると、カイも同じく手足を縛られ、転がされている。

「カイ……」ぼんやりする頭が次第に明瞭になっていく。「……カイ! 大丈夫?! ケガは?!」
「ボクは大丈夫。ただ……」カイが扉に目を向ける。頑丈そうな扉だ。「脱出は無理そう」とカイが顔を顰めて言った。
「大丈夫。カイは私が絶対に助けるから」カイに笑いかける。根拠はなかった。ただカイを不安にさせてはいけない。そう思ったら口走っていた。カイは眉をひそめて黙りこくる。

 モリフは何か一つでも情報を、と部屋を見回した。
 大きなデスクと椅子。壁と一体になった本棚には、分厚い本がぎっしりと収まっている。大きな窓の端に上等な生地のカーテンが括られ、部屋に自然光が入り込んでいる。

 ちょうどモリフが、その両開きの黒い木製扉に目を向けた時、扉が突然開いた。入って来たのは見たことのある中年の男。
 

(スリーゼン伯爵……)

 ナタリアの父にして、この領地を支配する最高権力者。シムルド王国内でも特に大きな領地を支配する大貴族で、国王に強い影響を及ぼせる数少ない人物だった。
 スリーゼン伯爵はゆったりとした歩みでデスクまで行くと、椅子に深く腰掛けた。

「さて。起きたようだな。モリフくん」
「スリーゼン伯爵。これは一体どういうことなんですか。なぜ私たちはこんな——」

 まぁまぁまぁ、とスリーゼン伯爵は両掌をモリフに向けて、言葉を遮る。「言いたいことは積もるほどあるのだろうが、そんなことはどうでも良い。それよりも、私の話を聞きたまえ」と自分本位な発言をさらりと自然にする。最高権力者だからこそ許される態度なのだろう。

「私は謝りに来たのだよ」スリーゼン伯爵が髭を撫でながら言った。

 モリフは期待した。今までの蛮行は全て何かの間違いで、それを謝罪しにスリーゼン伯爵がやって来た。それならば、どんなに良かったことか。しかし、現実はそう甘くない。

「キミを犠牲にしなければならないことを、ね」
「犠牲……」
「ああ。知っての通り、うちの娘は『聖女』ということでやっているが…………実のところ本当は『聖女』などではない」とスリーゼン伯爵が肩を竦める。「まことに残念ながらね」と更に付け加えた。

 やっぱり。確信犯だ。この男は知っていて、民を騙している。

「そう睨むな。政治上、必要なことなのだよ。そして、さらに言えば」とスリーゼン伯爵が立ち上がり、モリフの横にしゃがみ込んで横たわるモリフの目を見下ろした。「キミが犠牲になることも必要なことだ。政治上、ね」

 スリーゼン伯爵は怯えるモリフの顔に満足したのか、立ち上がりデスクまでゆっくり歩くと、デスクに寄り掛かって、モリフの方を向いた。

「まさか。この時代のこの国に本当に聖女などという者が現れるとは思わなかったからねぇ。娘を『聖女』にしたことを後悔したよ。ただ——」

 スリーゼン伯爵の言葉を遮って隣でカイの声が上がる。「——今更、娘は聖女ではない、などとは言えない。そういうことですね。スリーゼン伯爵」
「いかにも。信頼の失墜につながるからね。全く本物の聖女など現れなければ良いものを」スリーゼン伯爵が疲れ果てた吐息をついて宙を見つめる。

 モリフはつけ込むなら、ここしかない、と「ならば」と声を上げた。「ならば、私を処刑してください。『私は偽物でした』と王国民に嘘の告白をしても良いです。ただし、弟は——カイだけは解放してください」

 スリーゼン伯爵は宙ぶらりんに見つめていた視線をモリフに向ける。そして少し考えてから「いいだろう」と答えた。
 ホッとした。良かった。本当に良かった。
 私は生きられないが、カイが私の分も生きてくれる。
 それだけで勇気が湧いた。処刑台にも胸を張って立てる気がした。
 

——だが、


 

「嘘ですよね」

 カイだった。スリーゼン伯爵を見据えた目は鋭く冷たい。伯爵は肯定も否定もせず、カイに目を向ける。並の者なら萎縮して物を言えなくなるような視線に、しかし、カイは物怖じせず口を開く。

「ボクを生かすつもりなら、こんなに機密情報をペラペラ喋る訳がない。お姉ちゃんを処刑した後で、ボクも殺すつもりだ。そうでしょう?」
「…………賢いガキだ。嫌いじゃないよ」スリーゼン伯爵は笑った。
 
 目の前が真っ白になり、水に溶ける一滴のインクのように視界が捻れて上下が分からなくなる。
 そんな……どう足掻いても私とカイは死ぬしかないの? もうできることなんて、何も——。
 諦めと絶望に精神を絡め取られそうなモリフの耳に、カイの声が聞こえた。

「勿体ない」カイは笑った。まるで、ここで諦めるなんて勿体ない、とモリフに向けて言われたような気がした。だが、カイの言葉はモリフではなくスリーゼン伯爵に向けられている。「ボクならもっと上手く手駒を使えますけどね」

 挑発するようなカイの言葉に伯爵は怒り半分、好奇心半分といった目をカイに向ける。なんにせよ伯爵は興味を示した。

「ほぅ。どう使うというんだね」と伯爵が訊ねると、カイは口角を片方釣り上げた。
「まず、ボクなら、ボクを人質にしますね」
「実際キミを人質にしたから、モリフくんを捉えられた」スリーゼン伯爵が言うとカイは首を振り、「そうじゃありません」と否定した。
「聖女っていうのは利用価値がすごい。だけどスリーゼン様は政治上の『聖女』しか利用できていない。それは今表に出ている聖女が偽物だからです。でも、これからは違う。お姉ちゃんが裏で聖女の仕事をするんです。そして、その手柄をナタリア様の手柄にしてしまえば良い」

 すらすらと澱みなく言葉を発する弟に、モリフは目を見張る。
 伯爵はなるほど、と呟いてから薄く笑った。

「それで『人質』か。モリフくんをコントロールするための手綱がキミってわけだな」
「ご慧眼です」

 スリーゼン伯爵は顎に手を当て、思考にふける。モリフは少し遅れて事態を理解し、咄嗟に声を上げた。

「だめ! そんなのダメだよ! だってそれじゃ…………それじゃあカイは囚われたままじゃない!」
「でもそれしかボクらが生き残る道はない」
「だけど——」

 カイがモリフを見つめた。カイの曇りない瞳がモリフの言葉を遮る。「大丈夫。ボクを信じて」

 ずっと2人でやってきた。助け合ってきた。それなのに。こんなの。

「良いだろう」とスリーゼン伯爵が告げる。「乗ってやる。ただし」

 スリーゼン伯爵はズカズカとカイにやり込められた怒りを床に叩きつけるように強く踏みしめてモリフとカイに歩み寄る。そしてその怒りはついに、カイの上に落とされる。カイの頭をスリーゼンが踏みつけ、床に強く打ち付けた。

「——少しでも命令に背く真似をすれば、このガキは拷問行きだ。なるべく長い時間苦しめてから殺してやる。いいな?」


 
 この日からモリフはスリーゼン伯爵の奴隷となった。聖女の裏仕事から、要人の暗殺、時にはスリーゼン伯爵の夜の相手をすることさえ。

 帝国に攻め込む足掛かりとして、とある村へ司祭としての潜入偵察を任される2年前の話である。
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