上 下
84 / 106
第三章 農村防衛編

才覚

しおりを挟む

 モリフと弟のカイはスラムで育った。
 シムルド王国王都は、見栄を張りたがる権力階層によって、華やかで立派な建物が所せましと立ち並び、世界有数の商業都市として活気づく程、繁栄を極める。
 その一方で、スラムは他の都市と比べても一層悲惨な状況だった。毎日のように餓死者が出て、その死体すらも、どう金にするのかは不明だが、スラムの者によってどこかへと運ばれる。

 モリフは8歳の頃、両親に弟共々捨てられてからは、時に身体を売り、時にドラッグを売り、時に世間知らずの田舎者から金をむしり取り、どうにかこうにか、暮らしていた。
 この都市では物乞いなどしても、慈悲を与えてくれるものなどいない。スラムの住人は、都市民全体から、存在しないもの、として扱われた。だから、姉であるモリフは手段を問わず、金を稼ぐ必要があった。弟カイのために。

 はじまりはモリフがどこからか、手に入れて来た一枚の公募紙からだった。
 モリフがそれを眺めていると、カイが器用に売り物用のかごを編みながら、ちらちらとモリフの様子を窺う。

「お姉ちゃん、それ何?」
「ん? 落ちてたんだよ~。国が兵士を募集するみたい」
「なぁんだ、別に珍しいことじゃないじゃん」とカイの視線は籠に戻る。どうやら興味をなくしたようだ。カイは姉よりも頭が良く、機転が利くのだが、興味が偏る傾向にある。興味のないことは、見向きもせず、やらせようとしても覚えが悪い。だが、モリフは今回ばかりはカイを驚かせる自信があった。

「それがね~、今回は『身分は問わない』って書いてあるんだよ~」とモリフがにやついて言うと、カイはぴくっと一瞬反応するが、
「どうせ表向きそうしてるだけで、実際には身分の低いやつは弾かれるよ絶対」と可愛くない返答がくる。

「でも、それだけじゃないんだよ~? なんと応募者全員に……才能の鑑定をしてくれるんだって~」

 モリフがとっておきの情報を提示すると、カイは「えぇ?!」と籠を放り捨て、モリフの持つ公募紙をひったくって読み、「本当だ……」と目を見張る。

「不採用でも受ける価値はあるよね~。普通に鑑定なんて受けるお金ないし、お得だよ」
「才能次第で新しい仕事が見つかるかもしれないね。だけど——」
「だけど?」
「ここ見て」とカイが公募紙の一文に指をあてる。モリフはそれを読み上げた。「鑑定結果によっては、兵役を義務付ける場合あり」
「良い才能が出たら、国が抱え込もうとしてるんだよ。多分下級兵と大差ない俸給で」
「なるほど~。まぁ、少なくても給料もらえるなら、私は万々歳だけどね~」





♦︎

 



 鑑定の魔法陣の上で、モリフはさすがにおかしいと、訝しんだ。
 モリフの鑑定を実施した司祭は、唇をわなわな震わせてモリフを見るばかりで、モリフに才があるのか、何の才があるのか、について一向に告げようとしない。
 そして、告げないまま、裏に走り去ってしまった。

(なになになに?! 怖いんだけど~)

 1人ポツンと鑑定の祭壇に取り残されるが、無料鑑定の結果を聞かないままタダでは帰れない。
 しばらく待っていると、カイが「お姉ちゃん?」と入口から入ってきた。

「司祭が慌てて出てきたけど、どしたの?」
「さぁ~」と肩をすくめるとカイは目を輝かせる。
「もしかして、すごい才能だったんじゃない?! 司祭も度肝を抜くような!」

「まさか~」と一笑にふしたが、少しどこかで期待している自分もいた。今日から人生が変わっていくような、もう雨水をすすり、1つのパンをカイと分け合う辛い日々から抜け出せるような、そんな夢みたいな未来を想像して、自然と頬が緩んだ。

 
 先ほどの司祭が、より役職が高いと思われる人たち数人を引き連れて、戻ってくる。
 戻ってくるなり、司祭達全員が鑑定結果を映し出す水晶を覗き込み、「まさか……」「そんなバカな」「だが、これは」「どうするんだ、既にいるんだぞ」などとモリフそっちのけで話し合いを始めた。

「あの~」とモリフが彼らに声をかけるが、司祭たちはこちらを指さして何やら揉めており、モリフの声は通らない。

 ため息が漏れる。意を決してスゥー、と一際大きく息を吸い、「あの~!」と一層大きい声を出すと、司祭たちが一斉にモリフに顔を向けた。
 

「結局、私の才能って何だったんですか~?」

 
 司祭たちがまた顔を見合わせる。「だめだ」「しかし」「うむ」「やむを得まい」などと司祭たちのひそめた声の一部分だけが、漏れ聞こえる。
 やがて、決着がついたのか、おそらく一番役職が上だと思われるひげを生やした司祭がためらいがちに口を開いた。

「キミは…………キミの才覚は——」



 ♦︎


 
 ハルトの青い刃をモリフは大鎌で受けた。
 青い魔力は電流のように一瞬でモリフの中を走り、ハルトに戻っていく。
 剣が強靭になっただけではない。魔力がモリフの中の記憶や情報、そして大切な思い出を読み取っていく。
 それだけではない。ハルト自身の動きも格段に速くなっていた。それが青い魔力の影響だということは疑いようもないことだった。

 モリフはハルトの斬撃を受けきれなくなって堪らず後ろに跳んで距離を取る。
 ハルトは追って来なかった。その不気味なほど澄んだ瞳は、全てを見透かしたように、モリフを見つめる。

「ここまでとは」とモリフが苦虫を噛み潰したような顔をする。ハルトの隙を覗いながら無意識のうちに、さらに半歩下がる。焦りがにじむ。
 

「モリフこそ、強い強いとは思っていたけど、まさか——」
 

 ハルトに言い当てられる予感はずっと前からあった。もし秘密を暴かれるのだとすれば、それはハルト様だろう、という予感が。

 ずっと隠してきた。誰にも気付かれないように、バレないように。
 今の自分に全くふさわしくないその言葉を、名乗る資格などとうに無くしたその言葉を、ハルトが口にする。

 

「——まさかキミが『聖女』だったとはね」


 
 やはり、か。ハルトには全てがバレている。——いや、視られている。

 

「戦いながら『サーチ』できるようになったんだね~」
「おかげさまでな」とハルトが笑う。
「だけど、精度が低いね~。私は聖女じゃないよ。シムルド王国には既に活躍している聖女がいるでしょう? 『セイント ナタリア』が」

 その名を口にした瞬間、頭の血管を焼き尽くすような憤怒が体中を駆け巡る。
 が、顔に出ないように必死に押さえ込む。

 ハルトはモリフの目をじっと見据える。「違うな。『セイント ナタリア』は聖女じゃない。彼女は偽物だ。本物の聖女はモリフ、キミだろう」

 シムルド王国の大領主の娘ナタリアに聖女の覚醒が生じた、という話はあまりにも有名だった。聖女なんてそう何人も、1つの時代に——それも1つの国に——ポンポンと現れるものではない。未だかつて2人以上が同時に存在したことはない、と言われている。

 ハルトの指摘にモリフは答えない。答えないことが答えだった。

「僕にはモリフの過去も視えている。キミは間違いなく聖女だ。聖女だった。だからこそ——」

 ハルトの目が悲し気に歪んだ。
 人間の愚かさを憂いるようなハルトの目は、怒りに肩で呼吸をするモリフをその瞳に写す。

 
「——存在を消されたんだ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

14歳までレベル1..なので1ルークなんて言われていました。だけど何でかスキルが自由に得られるので製作系スキルで楽して暮らしたいと思います

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕はルーク 普通の人は15歳までに3~5レベルになるはずなのに僕は14歳で1のまま、なので村の同い年のジグとザグにはいじめられてました。 だけど15歳の恩恵の儀で自分のスキルカードを得て人生が一転していきました。 洗濯しか取り柄のなかった僕が何とか楽して暮らしていきます。 ------ この子のおかげで作家デビューできました ありがとうルーク、いつか日の目を見れればいいのですが

序盤でボコられるクズ悪役貴族に転生した俺、死にたくなくて強くなったら主人公にキレられました。え? お前も転生者だったの? そんなの知らんし〜

水間ノボル🐳
ファンタジー
↑「お気に入りに追加」を押してくださいっ!↑ ★2024/2/25〜3/3 男性向けホットランキング1位! ★2024/2/25 ファンタジージャンル1位!(24hポイント) 「主人公が俺を殺そうとしてくるがもう遅い。なぜか最強キャラにされていた~」 『醜い豚』  『最低のゴミクズ』 『無能の恥晒し』  18禁ゲーム「ドミナント・タクティクス」のクズ悪役貴族、アルフォンス・フォン・ヴァリエに転生した俺。  優れた魔術師の血統でありながら、アルフォンスは豚のようにデブっており、性格は傲慢かつ怠惰。しかも女の子を痛ぶるのが性癖のゴミクズ。  魔術の鍛錬はまったくしてないから、戦闘でもクソ雑魚であった。    ゲーム序盤で主人公にボコられて、悪事を暴かれて断罪される、ざまぁ対象であった。  プレイヤーをスカッとさせるためだけの存在。  そんな破滅の運命を回避するため、俺はレベルを上げまくって強くなる。  ついでに痩せて、女の子にも優しくなったら……なぜか主人公がキレ始めて。 「主人公は俺なのに……」 「うん。キミが主人公だ」 「お前のせいで原作が壊れた。絶対に許さない。お前を殺す」 「理不尽すぎません?」  原作原理主義の主人公が、俺を殺そうとしてきたのだが。 ※ カクヨム様にて、異世界ファンタジージャンル表紙入り。5000スター、10000フォロワーを達成!

チュートリアル場所でLv9999になっちゃいました。

ss
ファンタジー
これは、ひょんなことから異世界へと飛ばされた青年の物語である。 高校三年生の竹林 健(たけばやし たける)を含めた地球人100名がなんらかの力により異世界で過ごすことを要求される。 そんな中、安全地帯と呼ばれている最初のリスポーン地点の「チュートリアル場所」で主人公 健はあるスキルによりレベルがMAXまで到達した。 そして、チュートリアル場所で出会った一人の青年 相斗と一緒に異世界へと身を乗り出す。 弱体した異世界を救うために二人は立ち上がる。 ※基本的には毎日7時投稿です。作者は気まぐれなのであくまで目安くらいに思ってください。設定はかなりガバガバしようですので、暖かい目で見てくれたら嬉しいです。 ※コメントはあんまり見れないかもしれません。ランキングが上がっていたら、報告していただいたら嬉しいです。 Hotランキング 1位 ファンタジーランキング 1位 人気ランキング 2位 100000Pt達成!!

【完結】妖精を十年間放置していた為SSSランクになっていて、何でもあり状態で助かります

すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
 《ファンタジー小説大賞エントリー作品》五歳の時に両親を失い施設に預けられたスラゼは、十五歳の時に王国騎士団の魔導士によって、見えていた妖精の声が聞こえる様になった。  なんと十年間放置していたせいでSSSランクになった名をラスと言う妖精だった!  冒険者になったスラゼは、施設で一緒だった仲間レンカとサツナと共に冒険者協会で借りたミニリアカーを引いて旅立つ。  ラスは、リアカーやスラゼのナイフにも加護を与え、軽くしたりのこぎりとして使えるようにしてくれた。そこでスラゼは、得意なDIYでリアカーの改造、テーブルやイス、入れ物などを作って冒険を快適に変えていく。  そして何故か三人は、可愛いモモンガ風モンスターの加護まで貰うのだった。

異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話

kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。 ※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 異世界帰りのオッサン冒険者。 二見敬三。 彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。 彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。 彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。 そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。 S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。 オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

追放されてから数年間ダンジョンに篭り続けた結果、俺は死んだことになっていたので、あいつを後悔させてやることにした

チドリ正明@不労所得発売中!!
ファンタジー
世間で高い評価を集め、未来を担っていく次世代のパーティーとして名高いAランクパーティーである【月光】に所属していたゲイルは、突如として理不尽な理由でパーティーを追放されてしまった。 これ以上何を言っても無駄だと察したゲイルはパーティーリーダーであるマクロスを見返そうと、死を覚悟してダンジョンに篭り続けることにした。 それから月日が経ち、数年後。 ゲイルは危険なダンジョン内で生と死の境界線を幾度となく彷徨うことで、この世の全てを掌握できるであろう力を手に入れることに成功した。 そしてゲイルは心に秘めた復讐心に従うがままに、数年前まで活動拠点として構えていた国へ帰還すると、そこで衝撃の事実を知ることになる。 なんとゲイルは既に死んだ扱いになっており、【月光】はガラッとメンバーを変えて世界最強のパーティーと呼ばれるまで上り詰めていたのだ。 そこでゲイルはあることを思いついた。 「あいつを後悔させてやろう」 ゲイルは冒険者として最低のランクから再び冒険を始め、マクロスへの復讐を目論むのだった。

家族に無能と追放された冒険者、実は街に出たら【万能チート】すぎた、理由は家族がチート集団だったから

ハーーナ殿下
ファンタジー
 冒険者を夢見る少年ハリトは、幼い時から『無能』と言われながら厳しい家族に鍛えられてきた。無能な自分は、このままではダメになってしまう。一人前の冒険者なるために、思い切って家出。辺境の都市国家に向かう。  だが少年は自覚していなかった。家族は【天才魔道具士】の父、【聖女】の母、【剣聖】の姉、【大魔導士】の兄、【元勇者】の祖父、【元魔王】の祖母で、自分が彼らの万能の才能を受け継いでいたことを。  これは自分が無能だと勘違いしていた少年が、滅亡寸前の小国を冒険者として助け、今までの努力が実り、市民や冒険者仲間、騎士、大商人や貴族、王女たちに認められ、大活躍していく逆転劇である。

処理中です...