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第三章 農村防衛編

知りたい

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 モリフの大鎌による斬撃を掻い潜りながら、ハルトはどうすべきか、未だ迷っていた。
 農神剣による鋭い斬撃はモリフの命を刈り取るには十分すぎる凶器だ。それを迷いなく振り回す覚悟がハルトにはまだ出来ていない。

「そんな甘ったれな攻撃じゃ、私には届かないよ~」

 モリフの大鎌は一層激しさを増す。
 大振りなのに、隙がない。避けるのがやっとだ。訓練に付き合ってもらっていた時の模擬戦から思っていたが、モリフは身のこなしが普通ではない。戦い慣れている。

 ハルトは攻撃をまともに仕掛けられないまま、戦況は防戦一方で展開していた。このままではじり貧だと、ハルトがモリフから距離を取ろうとすると、

「させないよ~」

 モリフの魔力が空気に滲み溢れる気配がした。それはやがて、実態を持って白い霧になり、ハルトの視界を埋めた。

(視覚を封じられた……! とにかく後ろに——)

 ハルトが後退しようと下がると、後ろ首にピリッと静電気のような嫌な気配を受けた。ヤバイ、と直感が働く。ハルトは咄嗟にしゃがみ込んだ。

 直後、野太い風を切る音が頭上で鳴った。モリフの大鎌が振り抜かれた音だ。どうやら回り込まれていたようだった。しゃがんでいなければ、ハルトの首は刈り取られていたところだ。モリフの一振りで白い霧が押しやられ、視界が晴れる。ハルトは急いでモリフから再び距離を取った。

 危なかった、と安堵する一方で、モリフが本気であることをまざまざと見せられて、気が狂いそうな程の絶望がハルトに襲い掛かる。

(モリフは…………本気で僕を殺そうとしている。それがお前の本心なのか、モリフ。本当にもう戻れないのか)

「このままじゃ勝てないよ、ハルト様~」
「やめろ、モリフ! こんなの…………お前はこんな事する奴じゃないはずだ!」

 モリフは静かに首を左右に振る。

「ハルト様は本当の私を知らないんだよ~。今まで見せて来たのは全て偽物。作られた私だよ」

「違う!」とハルトは口をついて叫ぶ。「お前は優しい奴だ! 絶対に仲間を裏切ったりしない!」
「だから、それも演技された『モリフ』なんだよ~」
「違う!」とハルトはまたも否定する。
「そうなんだよ~。残念ながら、ね」

 ハルトはそれでも認めない。認めてしまえば、もうモリフと戦うしかない。モリフを殺すしか、方法がなくなってしまう。だから、ハルトに「認める」という選択肢はなかった。

「だったら」とハルトが藁にもすがる思いで、モリフを指さして言う。まるで糾弾するかのように。「だったら、何故オークの集落で僕を見捨てなかった! お前は自分の命を張ってでも僕を見捨てなかったじゃないか!」

 モリフは黙る。それからそっと口を開き「『モリフ』という人間ならば、そうするだろう、と思って、そうしただけだよ」と答えた。

「ハルト様は何も知らない。私という人間のことを何も。そして知る必要もないことなんだよ、それは。だって——」

 モリフが再び大鎌を構える。その顔は一人ぼっちで助けを求める少女のそれに、ハルトには見えた。

「——ここで私かハルト様のどちらかは死んでしまうんだから」

 モリフがハルトに迫り来る。その様子をハルトはじっと無防備に眺めていた。時間の流れが遅く、スローモーションのように感じられる。

 確かに、僕は何も知らない。

 モリフのことも。何がモリフをこんなにも苦しめているのかも。
 何一つ知らない。

 だから、知りたいんだ。

 お前のことを。

 もっと、知りたい。知って力になってやりたい。仲間同士で殺し合うなんて間違っている。お前の心を縛り付ける問題を知れれば、それはもう僕の問題になる。一緒に立ち向かえる。

 そのためならば、たとえこの命が今ここで終わっても良い。

 だから——

 ハルトはモリフの大鎌の一撃を農神剣でいともたやすく弾いた。
 モリフの瞳が驚愕に見開かれる。弾かれた大鎌は大きく横に逸らされ、モリフの体は隙だらけだった。

 ハルトが握った拳でモリフの水月に一撃入れる。

 かはっ、と唾液を垂らしながら、モリフが吹き飛んだ。地面を擦って土を削りながら、モリフは転がるが、途中で地に手をついて、立ち上がった。よろめきながらも、モリフはハルトに顔を向け、目を見張った。

「青い………………魔力」

 ——モリフの瞳に清らかな青が写る。

 全てを見透かすような澄んだ青い魔力がハルトの体を覆っていた。それは村を魔蝗虫の毒素から救った青い光と全く同じものだった。
 普通の魔力とは明らかに違う。普通は体に魔力を纏う場合は、魔力は留まる。いわば「停止」状態だ。だが、今ハルトの体に纏われている魔力は常にハルトの体を高速で流れているようだった。

「これを戦闘で使う、ってのはそういえばお前のアドバイスだったな」とハルトが笑う。それは柔らかく優しい笑みだった。

「余計なアドバイスしちゃったかな~」とつられて笑ったモリフは何故か少し嬉しそうで、今だけ昔の、仲が良かった2人に戻ったように笑い合う。


 
 ひとしきりに笑うと、そっとハルトが剣を構えた。


 
「来いよモリフ。仕切り直しだ」その澄みきった蒼い瞳に、もはや迷いの色はなかった。

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